159話 ドルイドとドルウカ
-ドルイド視点-
「何かあったのか?」
前に会った時と違いすぎる態度に、どう接したらいいのか分からない。
前といっても数年前だが。
「子供の冒険者と一緒にいるところを見かけたよ。あの子かな、最近話題になっているアイビーという子は」
しまった。
俺と一緒にいる事で、注目を浴びてしまっているのか。
明日にでも、アイビーに話しておかないと。
注目されるのを嫌がっているのに、どうして俺は……。
グッと手を握り込む。
「ドルイド?」
「あぁ、悪い。そうだ」
「久しぶりに見た。ドルイドのあんな表情」
ギルマスにも言われたな、自然に笑っていると。
そんなに違うのか?
「昔を思い出したよ。その事をシリーラに話したら『少し前まであなたは、人として屑だったわよね。あの笑顔を奪っていたのだから』と言われたよ」
……えっ?
シリーラさんってあの大人しそうな奥さんだよな。
一度だけ挨拶に来てくれた事がある。
「ふっ、確かにドルイドのあの笑顔を奪ったんだから、屑といわれても仕方ないよな」
「兄さん」
どうしたんだ?
絶対に自分のミスを認める人ではなかったのに。
本当に本物か?
「いつまでたっても店を任せてくれなくてな、父に直談判したんだ」
話が変わった?
店の話?
まぁ、父もいい年だもんな。
店を次に任せても良い頃合いか。
「父に言われたよ『1ヶ月やってみろ。お前も現実をしっかりと見ろ』と」
現実を見ろ?
どういう事だ?
店が危ないのか?
そんな話は聞いていないが。
「1ヶ月の間に父に認めさせて、店を継ごうと思ったんだ。だが、客というのは素直だよな」
「客?」
「あぁ、俺だけが店にいると客が少ないんだ。シリーラや母がいると普通に入って来るのに」
……それは、兄の性格のせいだ。
無意識なのか、他人を見下すようなことを平気で口にしてしまうから。
それでも、昔と比べたら随分と落ち着いたのだが。
まぁ、言葉を出さないように気を付けても雰囲気から伝わるものはあるからな。
「何とか俺も頑張ったんだけど、全然成果がでなくて。苛立ってシリーラに当り散らしてしまった」
ぅわ、奥さん大変だったな。
「まぁ、シリーラには『分かっていた事でしょう』と言われたが」
なんだか、すごい人を奥さんにもらったみたいだな兄さん。
シリーラさんか、挨拶に来てくれたが兄にばれたら大変だと追い返したんだよな。
申し訳ない事をしてしまった。
「驚いた表情でもしたんだろうな『もしかして気付いてないの? あなた商売人として、いえ人として他の人から見たら最低なのよ』って、笑顔で言われて。さすがに一瞬何を言われたのか理解できなかったよ」
……人として最低って、それはさすがに言いすぎなのでは?
「ハハハ、意味が理解できても、どう言っていいのか。母はその話を聞いて擁護するどころかシリーラに『よくこんな息子の嫁に来たわよね~』なんてのんびり話すし」
…………。
「あまりの事に唖然としてしまったよ」
それはまぁ、そうなるだろな。
でも、兄も成長しているのだな。
昔は少しでも馬鹿にされたら、怒り狂っていたのに。
「次の日に店番をしていたら、相当ひどい表情をしていたのか常連のトキヒさんが俺を見て大きなため息をついたんだ」
トキヒさんか。
俺も可愛がってもらった人だ。
元気だろうか。
「『いつにもまして客が入りづらい店になっているな。店を潰す気か』だと。カッと頭に血が上ってな、前日の事もあって。思っている事をぶちまけてしまった」
兄さん、客になんてことを。
「俺は頑張っているのに認められないとか、こうなったのは星が無くなったせいだとか」
……あぁ、やはり許せるわけないか。
スッと視線を足元に向ける。
握りしめている手が視界に入る。
気付かなかったが、随分と力を込めていたみたいだ。
掌に爪が食い込んでいる。
そういえば、兄達と話す時はいつも手に傷ができていたな。
「色々、言ったと思う」
兄は何が言いたいのだろう。
やはり、許せないと?
「『星が無くなって、少しは人として成長したと思っていたが……今もそんなくだらないことに拘っているとは情けない。ここの兄弟で町に必要なのは一番下の弟だけだな!』」
「えっ?」
「『星が消えたからこうなった? 違うだろう。お前と2番目の弟は人として屑だった。それをドルイドが人として成長できる機会を与えたんだ。まぁ、周りから見たらお前はまだまだ最低な人間に見えるがな』……トキヒさんが俺に言った言葉だ」
そういえばトキヒさんは、ため息をつきながらも兄達に注意をしてくれる優しい人だったな。
「なんでだろうな。『屑』や『最低の人間』など何度も言われた記憶があるが、今までは『持てなかった者の僻み』だと片付けた。……でもこの時は……どう言えばいいのか。ショックを受けたんだ」
「兄さん」
「トキヒさんの言葉が気になって、父に聞いたんだ。『ドルイドが店を継ぐと言ったらどうする?』と。父は『すぐに任せるだろう。あの子は人を馬鹿にするような子ではないからな』そう言われたよ」
そう言えば、ここ数年父と話をしていないな。
「1ヶ月が終わって父が言ったんだ『お前には無理だと理解できたか? 商売というのは物を売れば終わりではない。人との繋がりが重要になってくる。特に店主は、相談事を多く持ちかけられる。それを1つ1つ丁寧に聞いて、解決するだけではなく一緒に悩むことも重要になる。お前は昔に比べればましだが、まだまだ他人を自分より下に見る。そんな奴に店は任せられない。店はシリーラに任せることにする』」
相談か。
確かに色々な人が、父に相談を持ちかけていたな。
それこそ商売とは全く違う事まで相談されて、母と一緒に悩んでいた。
「衝撃だった。まさかシリーラに継がせるなんて。でも、母もシリーラも既に知っていたみたいなんだ。ドルイドは知っていたか?」
「今、初めて聞いた」
「そうか」
兄は、店を継ぐのは自分だと前から言っていた。
父の判断は、驚愕だっただろうな。
でもそうか、シリーラさんが継ぐのか。
だったら安心だな。
「母に昔から言われ続けた言葉がある。『スキルや星はおまけだ。それを忘れてはいけない』」
俺も言われた事があるな。
『確かにスキルで仕事がやりやすくなることはある。星が良ければ、人より少し上手にこなせるだろう。でも、努力をすれば補える。だからスキルや星はおまけぐらいで考えなさい』
父の努力を間近で見てきた母だから言える言葉だろうな。
「この1ヶ月、色々と考えさせられた。だからかな、トキヒさんの言葉や父や母の言葉をいつもとは違う気持ちで受け止められた。とはいえ、正直まだスキルや星に拘っている。でも、それだけでは駄目なんだと気が付いたよ」
そうか。
ようやく気が付けたのか。
父と母の努力がようやく実ったんだな。
よかった。
「シリーラに『星が消えたおかげであなたは少し人として成長できた。そして今、もう少しだけ成長できたのね。ずっとそのままなら離婚していたわ』だと」
……シリーラさん、人を見かけで判断してはいけないとは思うが。
本当に見た感じは、大人しそうなんだけどな。
「ドルイド、悪かった。星に拘り過ぎて随分と酷い事をしてきた。それが人として最低なんだと理解できた」
「いや、原因を作ったのは『俺達だろう?』えっ?」
俺の言葉を遮った兄を見ると、少し苦しそうな表情をしていた。
「俺とドルガスの態度に一番悲しんでいたのはドルイドだ。何とかしたいと思ったんだろう。お前は嫌われ者の俺達にも優しかったからな。それなのに俺達は、星が消えた事でお前に随分と酷い事をしてきた」
そうじゃない。
「父のためだった。家族がバラバラになっていくような気がして。だから兄さんたちのためとは言えない」
「覚えてないのか?」
「えっ?」
「俺に聞いただろう? 『星が少なくなれば、人にやさしくできる?』と。あの時、なんて答えたか覚えていないが。聞かれた事は覚えているよ」
……そんな事を聞いたことがあったのか?
分からないが、兄が言うのならそうなのだろうか?
「今さらだと思う。だが悪かった」




