1091話 アイビーの手
シュッ、パン。
矢が的の真ん中より少し右に当たって、ホッとする。
「お見事。お疲れ様」
シファルさんが的を見て、私に微笑む。
「ありがとうございました」
練習が終わると矢を回収し、矢と弓の手入れをする。
「終わったな。戻ろうか」
「うん」
シファルさんと一緒に地下の訓練室を出ようとすると、なんとなく自分の手を見たくなった。
鞭を使おうと頑張った時は、掌が傷だらけになっただけだった。
でも今は、違う。
最初は弓を放つ時に姿勢が悪かったせいで、余計なまめが出来てしまったけど、シファルさんに指導してもらってからは出来なくなった。
「どうしたんだ?」
手をジッと見ている私に気付いたシファルさんが、不思議そうに首を傾げる。
「必要なところにまめが出来ているなと思って、まだ少し硬くなったくらいだけど」
必要なまめは弓を安定させてくれるんだよね。
「あぁ、良い手になってきたな」
シファルさんが私の手を見て頷くので、私は思わず笑ってしまった。
「んっ?」
シファルさんが私を見て首を傾げる。
「なんでもない」
これまで色々な武器に挑戦してきたけど、どれも私は続ける事が出来なかった。
でも今は、弓の練習を続けられている。
そして、ほんの少しだけど上達していると思う。
「そういえば、どうして弓は続けられているんだろう?」
私の呟きに、シファルさんが視線を向ける。
「今までは、どの武器も続かなかったの。剣はちゃんと握っているのに、手からすっぽ抜けて飛んでいっちゃうし。鞭の時は、掌が傷だらけになってしまって……」
そういえば、筋肉も全然つかなかったんだよね。
今は、どうなんだろう?
腕に力を込めて触ってみる。
変わったのか、変わらないのか……わからない、残念。
「前世の記憶を持っている者たちにだけ掛かっている制限だよな」
「うん。でも今回はその制限がちょっと軽減? されているような気がする」
全くないわけではないと思う。
でも、少しずつ弓は上達していると思う。
殺気がなくても、的に当てられる回数が増えたから。
「軽減か……」
私の言葉に、シファルさんが考え込む。
「ごめん。変な事を聞いちゃったね」
もしかしたら剣も鞭も続けていたら、ゆっくりでも上達したのかな?
あの時は、全く上達するとは思えなかったけど。
「アイビーの気持ちが影響しているのかもしれないな」
シファルさんの答えに私は首を傾げる。
「私の気持ち?」
「そう。剣や鞭はどんな気持ちで練習しようと思ったんだ?」
どんな気持ち……。
「守られるだけは嫌だから、戦える武器が欲しい……かな」
お父さんやシエルの足手まといになりたくなかった。
「今は?」
シファルさんを見ると、ジッと私を見つめていた。
今は……。
「捨てられた大地へ行って、木の魔物が暴走するのを絶対に止めたい。その為に、戦えるようにならなければいけない」
あっ、気持ちが全然違う。
「今のアイビーは、強い思いで弓を練習しているんだよ。その思いが制限を弱めているのかもしれないな」
「そうだね」
私の気持ちで制限が弱まったのなら、もっと気持ちを入れて練習しよう。
そうしたら、もっと上達出来るかもしれない。
「ドルイドは戻ってきたかな?」
食堂に行くと、シファルさんがドールさんに聞く。
「いえ、まだです。お昼は、ドルイド様が戻って来てからにいたしますか?」
ドールさんの問いに、シファルさんが私を見る。
「いつ戻って来るかわからないし、先に食べようか。お腹も空いているし」
「うん。そうだね」
今日の朝ごはんの時、フォロンダ公爵からお父さんに手紙が届いた。
その手紙には、話があるので、一人で王城に来てほしいという内容だった。
「わかりました。すぐにご用意いたしますね」
食堂の奥に向かうドールさんを見送ると、椅子に座る。
「お父さんに話ってなんなんだろうね?」
そういえばお父さん、フォロンダ公爵に「未来視を紹介してほしい」って手紙を出したよね?
もしかして、未来視を紹介してもらっているのかな?
「ドルイドだけを呼んだのが気になるよな」
シファルさんを見ると、彼は眉間に皺を寄せ考え込んでいる。
「お待たせしました」
ドールさんとフォリーさんが、それぞれ私たちの前にお昼ご飯を並べる。
「ふふっ。胃に優しい料理ばかりですね」
私が料理を見て呟くと、フォリーさんが笑う。
「はい、今日は胃に優しい料理です」
フォリーさんの言葉にドールさんが苦笑する。
昨日のお祝いは、私が抜けるとランカさんが度数の強いお酒を持ち込んだらしい。
そして、お父さんとシファルさん以外が酔いつぶれていたそうだ。
今日の朝、ドールさんから聞いてちょっと呆れてしまった。
「ランカ達は起きてきましたか?」
「少し前に、ラットルア様とヌーガ様が起きていらっしゃいました。ヌーガ様は、庭で気分転換をしてくると言っておりましたので、庭にいらっしゃる筈です」
フォリーさんの説明に、シファルさんが庭のあるほうを見る。
「気分転換? 庭の椅子に座って寝ているような気がするけどな」
「ふふふっ」
シファルさんが呆れた表情で言うと、フォリーさんが楽しそうに笑った。
「はぁ、ランカの持ってくる酒には気を付けろって言っておいたのに。アイビー、食べようか」
「うん」
「「いただきます」」
シファルさんとお昼を食べていると、廊下から声が聞こえた。
視線を向けると、少し顔色の悪いラットルアさんが食堂に入ってきた。
「アイビー、おはよう」
「ラットルアさん、おはよう。大丈夫?」
「あぁ、大丈夫。それにしても、ランカの持ち込んだ酒はなんだったんだ?」
ラットルアさんが呟きながら、私から少し距離を取って座る。
それに首を傾げると、ラットルアさんが気まずそうな表情をした。
「酒の匂いが残っているから」
「ふふっ、気にしなくて大丈夫なのに」
ドールさんが、ラットルアさんの前に水の入ったコップを置く。
「ありがとう」
水を一気に飲むと、ラットルアさんは少しスッキリした表情をした。
「ランカはまだ寝ているのか?」
シファルさんがラットルアさんを見る。
「声を掛けたら、起きてたよ。でも、ベッドで頭を抱えてた」
そんなに二日酔いが酷いの?
「あれ? 二日酔いに効く薬草水は飲まないの?」
「もう飲んだ。でも……」
私の疑問にラットルアさんが複雑な表情になる。
「あの薬草水は、飲み過ぎると効かないからな」
シファルさんの言葉に、ラットルアさんが視線を逸らす。
「そんなに飲んだんだ」
「……ちょっと、調子に乗ってしまって……」
ラットルアさんの説明に、シファルさんが呆れた視線を彼に向けた。
「「おはようございます」」
掠れた2つの声に驚きながら視線を向けると、顔色の悪いミンガさんとオッズさんが食堂に入ってきた。
「おはようございます。朝ごはんは、いりませんね。薬草水を作って来ましょうか?」
フォリーさんの提案に無言で頷くミンガさんとオッズさん。
「昨日は飲み過ぎた。最後のほう、記憶がないんだけど……俺、何かしなかった?」
ミンガさんが、不安そうにシファルさんを見る。
シファルさんはミンガさんの問いに、ただ微笑みを返した。
「えっ、何? もしかしてやばい事でもやっちゃった?」
ミンガさんが不安そうにシファルさんを見ると、薬草水を持ってきたフォリーさんが笑った。
「大丈夫ですよ。ちょっと服を脱ぎながら走り回ったくらいですから」
んっ?
それは大丈夫なの?
「なんだ、いつもと一緒か」
えっ?
驚いた表情でミンガさんを見ると、彼はスッと私から視線を逸らした。




