1077話 疲れてはいるけど……
―ドルイド視点―
アイビーが部屋に入るのを見届けると食堂に戻る。
「あら、ドルイド様。どうかしましたか?」
食堂の後片付けをしていたフォリーさんが、片付ける手を止めて俺を見る。
「もしかしたら明日、アイビーが体調を崩すかもしれません。食べやすい料理を用意しておいてもらえますか?」
心労からくる体調不良はポーションが効きにくい。
あぁでも、フレムのポーションなら効くかもしれないのか?
「はい、分かりました。今日は大変な1日でしたからね。仕方ありませんわ」
片付けを再開したフォリーさんが呟くと、俺は今日の事を思い出して頷く。
「そうですね。本当に大変な日でした」
部屋に戻ろうとするが、なんとなく気持ちが落ち着かない。
リュウと遭遇した恐怖から、まだ気持ちが落ち着いていないようだ。
「すみませんが、お酒を貰えますか?」
「分かりました。強いお酒がいいですか?」
確かに今日は強いお酒を飲みたい気分だ。
「はい、お願いします」
フォリーさんの提案に笑って頷くと、彼女は真剣な表情で俺を見た。
「飲んでもいいですが、飲みすぎは駄目ですよ」
「はい、分かっています」
明日の特訓に支障が出るような飲み方はしないつもりだ。
フォリーさんがアルコール度数の強いお酒と、軽くつまめる物をテーブルに置く。
「どうぞ」
「ありがとうございます」
グッとお酒を煽ると、喉がカッと熱くなる。
「かなり強い度数だな……」
予想以上に強いお酒に、コップの中のお酒を見つめる。
「ドルイド?」
名を呼ばれ振り返ると、セイゼルクとシファルが食堂の入り口で驚いた表情をしていた。
「2人も眠れないのか?」
俺の質問にセイゼルクとシファルは苦笑する。
「少しは落ち着いたが、まだ興奮が抜けきっていないみたいだ」
セイゼルクの説明にシファルも頷く。
緊張と興奮が最高潮になると、気持ちがなかなか落ち着かなくなる。
この状態で眠ろうとしても、眠れないんだよな。
「セイゼルク様もシファル様も、お飲みになりますか?」
フォリーさんがお酒の瓶を掲げて2人を見る。
セイゼルクとシファルは顔を見合わせると笑って頷いた。
「準備をしますね。お待ち下さい」
フォリーさんが調理場へ行くと、セイゼルク達は俺の正面に腰を下ろした。
「ヌーガとラットルアは?」
もしかして2人は寝ているのか?
「ヌーガは何か作っているだろうし、ラットルアは武器の手入れをしているだろう」
あぁ、それぞれの落ち着き方があるんだな。
「アイビーはもう眠ったのか? 森ではどんな様子だった?」
シファルの質問にお酒を一口飲む。
「疲れ切っている様子だったから寝ていると思う。森か……アイビーが気付いているか分からないが、かなり怖がっていたし、緊張していたよ。ある程度の殺気に慣れているとは言っても、リュウの威圧に殺気だ。アイビーが思っている以上に、心に負担がかかっただろう」
そんなアイビーにつられて、ソラ達もかなり緊張していたな。
アイビーは気付いていなかったけど、あんなにピリピリした雰囲気のソラ達を見たのは初めてだ。
アイビーを心配させないためか、いつも通りに振る舞っていたけど、夕飯の時は疲れて眠ってしまっていた。
あの子達も、今日は相当疲れただろうな。
「明日は寝込むかもしれないな」
俺の説明にセイゼルクが呟く。
「そうだな」
冒険者になりたての頃は、恐怖や死を感じた事で体調を崩す者が多い。
アイビーはこれまでの経験から、簡単には倒れないだろうが、リュウから感じた恐怖にはきっと耐えられないだろう。
「俺としてはもっと色々な経験をしてから、こんな日を迎えて欲しかったけどな」
俺が溜め息を吐くと、コツンとテーブルに新しいお酒とつまみが載る。
「どうぞ。私は休みますので、失礼いたしますね」
フォリーさんが静かに食堂から出て行くのを見送る。
「今回の事で、アイビーは捨てられた大地へ行くのを止めようとは思わないかな?」
シファルの呟きに俺は首を横に振る。
「迷うし悩むだろうけど、アイビーは行くと思う。今回の事を経験して、もっとその思いが強くなるんじゃないかな。まぁ、落ち着いたら一度話してみるつもりだ」
俺の返答に、シファルとセイゼルクが頷く。
「捨てられた大地か……」
セイゼルクがグッとお酒を煽ると、小さく溜め息を吐いた。
「セイゼルク、迷っているみたいだけど、お前は待っている人のもとへ行け。約束は守るものだ」
シファルの言葉に、セイゼルクが口を開いたが、何も言わず酒を飲んだ。
「迷っているのか?」
俺の問いにセイゼルクが小さく頷く。
「こんな時に俺だけ冒険者を辞めていいのか?」
捨てられた大地の問題を知っているからこそ悩むんだろうな。
「当たり前だろう。セイゼルクを待ってくれている人達がいるんだ。彼らをいつまで待たせるつもりだ?」
「それは……」
シファルの説得に、セイゼルクは言葉を詰まらせた。
「セイゼルク」
俺が声を掛けると、苦しそうな表情をしたセイゼルクが俺を見る。
「セイゼルクが王都にいたとしても、役には立たない」
迷いながら続けられるほど冒険者は甘くない。
「えっ?」
今のセイゼルクの状態は危険だ。
「セイゼルクは強い。でも、捨てられた大地にいるリュウにはきっと手も足も出ない」
今日、目の前にしたリュウを見て感じた。
圧倒的な強さを持つリュウには、きっと誰も勝てないと。
「分かっている。門にいても感じたんだ。リュウの威圧を」
リュウがいた場所から門まではけっこうな距離があるのに感じたのか?
やはり、あのリュウは、相当強い個体だったんだな。
「だから、セイゼルクが『炎の剣』を抜けたとしても問題ない。迷いながら冒険者を続けると、周りに迷惑を掛けるだろうしな」
俺の言葉に、セイゼルクは険しい表情をした。
でもすぐに首を横に振る。
「そうだな。はぁ『迷った時は冒険者を辞めろ』か」
セイゼルクの呟きに、シファルがセイゼルクに視線を向ける。
「チームを組んだ時に俺達に言った言葉だな」
「そういえば言ったな。この言葉は俺が冒険者になった時に、冒険者の心得を教えてくれた上位冒険者から聞いたんだ」
セイゼルクがお酒を一口飲む。
「……そうだな。こんな状態で冒険者を続けると、周りに迷惑を掛けるな」
少し寂しそうに呟くセイゼルクにシファルが頷く。
「その通り。だからセイゼルクは待っている彼らのもとへ行け。大丈夫だ。ランカもセイゼルクと同じくらい強い。それに、俺達も今より強くなると決めた。だから心配するな」
セイゼルクは、シファルを見て苦笑する。
「あのリュウに勝てるのか?」
「無理だな」
セイゼルクの問いに迷いなく答えるシファルに、つい笑ってしまう。
「ドルイドは笑っているけど勝てるのか?」
「無理だろう」
あんな強者に勝負を挑むのは、死にに行くようなものだ。
「それが分かっているのに捨てられた大地へ行こうとするんだから、お前達は馬鹿だな」
心配そうに呟くセイゼルクに、俺とシファルは顔を見合わせた。
「「まぁ、そうだろうな」」
無謀な挑戦だと思うよ。
でも、未来視から託された本に書いてあった未来。
あれが本当に起こったら、きっと王都だけではなく国全体に被害が及ぶだろう。
だから、無謀だと分かっていても、誰かが未来を変えるために動かなければならない。
「アイビーも、分かっているのか?」
セイゼルクが心配そうに俺を見る。
「今日、リュウと遭遇した事で、捨てられた大地がどんな場所なのかを理解したと思う」
「そうか」
コップに入っていたお酒を飲み切る。
捨てられた大地か。
あの場所は、きっと強さだけでは生き残れない。
未来視が見た「未来のアイビー」は、どうやって捨てられた大地の奥へ辿り着いたんだろう?




