廃墟エリアとおっさん
「あん、もうやだ怖い~」
「怖いんなら来なきゃいいのに――つーか腕、離してくんない?」
俺の腕にガッシリとしがみ付いているのは、ミネコちゃんである。
幽霊とかアンデッド系が苦手なくせに、みんなが行くと聞いて付いてきたのだ。
「もうほらミネコさん、ちゃんと戦って下さいよ~」
「そうですよ。 ゴーストには物理攻撃あまり効かないんですから、ちゃんと支援してくれないと」
一緒に来ているのは、マカロンと小次郎さん。
シンタはこの時間、両親と鮨を食べに出かけているはずだ。
鮨とか、なんて羨ましい……。
海の幸、食いてーなー。
――それはさておき。
アンデッドが跋扈するこの場所はいったいどこかと言うと、言わずと知れた草原エリアとは別な場所。
すなわち『廃墟エリア』である。
この廃墟エリアには現在、3種類のアンデッドが出現する。
ゴースト・スケルトン・ゾンビ、という3種だ。
この3種のアンデッドたちはそれぞれクセがある。
そのせいで、廃墟エリアは草原エリアより手強いとされているのだ。
ゴーストは『ドレイン』という敵の生命力を吸い取り、自分の生命力にするという攻撃があるのだが、攻撃としてのダメージは実は低い。
だがゴーストというのはつまり幽体なので、魔法攻撃には弱いが物理攻撃には大きな耐性を持ち、ダメージが大きく減衰させられるのである。
ちなみにゴーストの見た目はアメコミとかにありがちな、シーツを被ったオバケ系。
こいつを怖がるミネコちゃんが、俺にはどうにも理解できぬ――が、苦手なものというのは、たぶんそういうものなのだろう。
そしてゴーストと戦っているとちょいちょい出てくるスケルトンなのだが、骨の間に隙間が多く物理攻撃が少々当てにくい。
マカロンの矢などは、さっきからスケルトンの肋骨の隙間を器用にすり抜けているくらいだ。
小次郎さんの武器は剣だが、案外器用に当てている。
剣術に優れている――という訳ではもちろん無い。
このゲームでは、武器が速度を持って当たればダメージとして成立する。
つまり達人のひと振りであろうが、ブンブン振り回した素人の剣だろうが、同じ速さで当たりさえすれば同じダメージが叩き出せる仕様である。
なのでもし対人戦があったとしたら、剣道の達人よりもスポーツチャンバラのチャンピオンのほうが強いのではないか、というのが掲示板でのもっぱらの噂である。
などと説明していたら、いつの間にかゴーストに囲まれてしまった。
しゃーない、魔法を使うか。
「【水鉄砲】」
【水鉄砲】の魔法は、たとえ相手が金属の板であろうと、穴を開けたり切ったりできるほどの水圧がある。
魔法に弱いゴーストなどは、だいたいコレで一撃必殺だ。
ぶっちゃけプレイヤースキル魔法だが、みんなには『ランダム職業コイン』で『水魔法使い』を引いたと嘘をブッこいてある。
俺は正直者なので、嘘をつくのもひと苦労というものだ。
「きゃー、タロウさん頼りになるぅ~」
「俺を褒めるとかしなくていいから、踊ってマカロンと小次郎さんを支援してくんない?」
マカロンの矢も小次郎さんの剣も純粋な物理攻撃だが、踊り子であるミネコちゃんの『祝福の舞』というバフ効果のあるスキルで支援すれば微量の聖属性が付与されるので、物理攻撃に大きな耐性があるゴーストにはかなり有効な攻撃へと変貌する。
なのでさっきからミネコちゃんには『踊りで支援をしてくれ』と何度もお願いしているのだが、さっきからなかなか踊ってくれていない。
それどころか、俺にしがみ付いて邪魔をしてくるくらいなのだ。
邪魔くさいから、しがみ付くなら小次郎さんにして欲しいものだ。
つーか、どうせしがみ付かれるなら中身女子高生のマカロンのほうが……あ、イヤ、なんでもない。
「ゴ―ストはやりにくいから、少ないエリアまで移動しませんか?」
「いいんじゃね? 誰かゴーストのドロップ必要な人っている?」
小次郎さんの言う通り、ゴーストを相手にするよりスケルトンやゾンビを相手にする方が、この面子ならばやりやすいかもしれない。
ならば誰かゴーストに用のある人がいなければ、エリアを移動するのも手だ。
「ワタシは要りませんけど……あれ? タロウさん、回復薬作るのに使うって言ってませんでしたっけ?」
「俺は後でソロ狩りするから別にいいよ」
マカロンもゴーストのドロップは必要ないようだから、移動しても良さそうだな。
ミネコちゃんは……そもそも役に立っていないのだから、文句は言わせない。
「じゃあ、移動するってコトで」
ゴーストのドロップである『ゴーストのカス』は、回復薬(微)を作る時に混ぜると僅かだが魔力も回復する薬が出来上がる。
だがそんなモノは、後でソロ狩りすればいくらでも手に入るモノだ。
ぶっちゃけアンデッドしか出ないエリアとか、俺の自前の魔法スキルである【不死者消滅】をぶっ放せば無双できるのですよコレが。
だからむしろ、今はやらない。
やってしまったらそれはもはやゲームではない――それではただのドロップアイテムを集めるための作業でしかなくなってしまう。
――てな訳で。
俺たちは攻略サイトで調べた、ゴーストがほとんど出ないエリアへと向かった。
そこはこの廃墟エリアで最も強いと言われる、ゾンビのエリアでもあった。
…………
「はっ!」
「えいっ!」
「ほいっと」
「ちょっと本当に近くに来てないわよね! 信じていいのよね!」
俺たちは今、ゾンビと戦っている。
ミネコちゃんがずっと目を背けていたので、いっそのこと目を閉じろと提案して『祝福の舞』を躍らせてみたら、グダグタと文句を言いながらもなんとか支援をバラ撒かせるのに成功した。
ゾンビが厄介なのはその生命力の高さと、攻撃を喰らうと『状態異常:病気』を引き起こすところだ。
『祝福の舞』には状態異常に対する耐性を少しだが上げる効果もあるので、ミネコちゃんには無理にでも踊ってもらわねば困るのだ――主に俺が。
ぶっちゃけ病気などは自前のスキルとして【治癒魔法】を極めている俺にとっては、簡単に治せる程度の代物だ。
しかしながら、わざわざそんなチート技をみんなに披露などしたくは無い。
できればまだ自分がトンデモチートであることは、秘密にしておきたい。
てな訳で、一応NPCの店から『病気治療薬』も買ってあるし少しくらいなら病気になっても問題は無いが、念には念を入れてミネコちゃんには頑張ってもらっているのである。
「少し休憩させて~」
ミネコちゃんに泣きが入った。
さすがに目を閉じて踊るのは負担が大きすぎたか?
「休憩と言っても、ノンアクティブのエリアとはちょっと距離がありますからねぇ……」
確かに休憩と言われても、小次郎さんの言う通りノンアクティブのエリアまで1km以上離れている。
こうしている間にもポコポコとゾンビが沸いて来ているので、ミネコちゃんを休憩させるとなると、ここはやはり俺が頑張るしか無さそうだ。
「あそこって、休憩とかできないんですか?」
マカロンが指さしたのは、廃墟エリアに何故かポツンと設置してあるファンタジー系の世界観を無視した建物――。
『小規模ショッピングモール』だ。
ゾンビだけが無尽蔵にわらわらと湧いてくる場所のド真ん中にあるこのショッピングモールには、持ち出し不可の様々な商品アイテムに加え、銃タイプの魔法の杖が2丁――じゃなく2本置いてあったりする。
この2本のライフルタイプと散弾タイプの魔法の杖は、微小な火球の魔法が込められた弾丸を装填して魔法として発射するシステムである。
『そこまでやるなら、もう銃でいいんじゃね?』とか思わないでも無いが、そこは運営の拘りとかそういうものなのだろうから、あまりとやかくは言うまい。
――ということで。
分かる人はもうお分かりかと思うが、ゾンビが大量に沸くエリアにポツンとあるこのショッピングモール――それはゾンビ映画等の大好きなプレイヤー達のための、趣味の建物である。
それ系が好きなプレイヤーは、このショッピングモールに立て籠もってゾンビと戦うのだ。
ゾンビ系の映画やドラマには、何故だかスーパーとかショッピングモールに立て籠もるシチュエーションのものが多い。
つまりショッピングモールに立て籠もって戦うのは、終末ゾンビ世界ごっこなのである!
ちなみにショッピングモール内では、経験値もドロップアイテムも手に入らない。
この小規模ショッピングモールは、完全に趣味の終末ゾンビ世界ごっこのためのものなのだ。
……うむ。
このセンス、嫌いじゃない。
――話を元に戻そう。
マカロンにショッピングモールで休憩はどうかと提案されたが、趣味の人たちの邪魔にもなるだろうし、何より休憩できる気があまりしない。
建物に入った途端にゾンビがわらわらと内部に侵入しようと寄せて来るのだ、どう考えても逆に疲れるビジョンしか浮かばぬ。
なので――。
ここは俺がなんとかすることにしよう。
「とりあえず俺が無双しとくから、みんな休んでてー」
そう言って俺は、ゾンビ退治のおじさんをやることにしたのである。
幸いこのゲームのゾンビは今のところ走ったりはしないので、寄ってくるヤツを余裕をもってバッタバッタとなぎ倒しまくる。
見た目はグロいけど、飛び散る肉片や汁などは付着したりはしないので、そこは安心してぐちゃぐちゃにしても問題は無い。
飛び散る脳漿、ぶち撒かれる内臓……。
なしてこんなリアルに作り込むし――つーか、生命力のバーが消えてるのになかなかポリゴン化して消えないのは、いったい何の拘りなのよ。
ちなみにというかどうでもいい情報だが、スケルトンとゾンビのドロップ素材である骨や肉などは、あくまで『スケルトン』や『ゾンビ』というモンスターの骨や肉であって、決して人間のそれではないというのがこのゲームの設定である。
これは『人の骨や肉をモノとして扱うのは、死者に対する冒涜である』だとか『人の死体を切り刻んだり壊したりしてその一部で何かを作ったりするなど、教育にもよろしくない上に犯罪を助長しかねない』などという、クレーム団体の皆様によるご尽力の賜物だ。
30年後の世界、クレーム団体様が大活躍である。
とまぁ、そんなこんなで『みんなで戦う』と『俺無双』を何度か繰り返し、廃墟エリアでのクエストは終了した。
今まで触れていなかったが、クエストの内容は『アンデッドを100体倒す』というものであった。
ボスがまだ実装されていないのが原因なのか、クエストでこなさねばならない数値のインフレが起きつつある。
モンスターと戦うのが主目的のプレイヤーがメインになってボスはまだかと運営をせっついているらしいが、実装される期日はまだ明確になっていない。
「ほんじゃ、街へ帰りますかー」
「終わったぁ~」
「お疲れ様でした~」
「やっぱりタロウさんがいると助かりますねぇ」
街へ戻ってギルドへと向かう。
クエストを完了して、今日は解散。
今のところ俺は、この『幻想世界 -online-』を無難に楽しめている。
…………
「廃墟エリアよ! わたしは帰ってきたー!!」
みんなと別れて、今度はソロでのアンデッド退治。
ゴースト相手に【不死者消滅】をぶちかまして、ドロップアイテムの『ゴーストのカス』を大量に仕入れるつもりなのだ。
回復薬(微)を作る際に混ぜると魔力もほんの僅かに回復するようになるこの『ゴーストのカス』だが、本当に必要かと問われると実はそうでもない。
そもそも回復など俺は必要としていないし、だからと言って金策のために売る必要もゲーム内通貨Gがダブついてきているので無かったりするのだ。
ならば何故そんなものを集めるのか?
それは単なる、暇つぶしのレベル上げのためである。
このゲームは、戦闘だけでなく生産でも経験値が入る。
戦闘ばかりやっていると飽きてしまうので、俺はこうやってアイテムを集めては生産活動も並行して行っているのだ。
おかげでもう、従魔士と薬士のレベルはカンストである10になろうとしている。
そろそろ新しい職業を、ランダム職業コインを使って得ることも考えるべきだろう。
…………
ゴーストのカスもいい加減集めたので、ついでにスケルトンとゾンビ相手に無双をした。
ぶっちゃけ単純作業だが、ドロップアイテムの数が増えるという目に見える成果があるので、思ったよりは苦では無い。
廃墟エリアには岩場もあり、そこで採掘して石や銅鉱石も集める。
今のところ自分では使い道が無いが、きっとそのうち使うこともあるだろうと溜め込んでいるのだ。
――断捨離ができないタイプの、典型である。
いいかげん飽きたので一休み。
買っておいたプレイヤーメイドのハンバーガーを頬張りながら、廃墟エリアを眺めた。
広範囲に亘って根こそぎアンデッドを狩りまくったので、今はまだとても静かだ。
アンデッドたちが再び湧いてくるには、まだ数分掛かるだろう。
現在はリアルの時間で、平日の未明という辺り。
なのでプレイヤーもほとんど見かけない。
こうしてポツンと廃墟に1人でいると、何とも言えない寂寥感がある。
アンデッドが湧くより前に、環境生物扱いの『人魂』がポコポコと出現し始めた。
人魂というと和風な印象があるので、洋風な廃墟とアンデッドたちとは微妙にマッチしないような気がするのは俺だけだろうか……?
とか考えていたら、ポーンという通知音と共にアナウンスがあった。
≪環境生物:人魂のテイムに成功しました。 名前を付けてください≫
は? なして?
俺、人魂をテイムした覚えとか無いんだけど!?
慌てて周囲を見回すと、俺の背中に人魂がピトっとくっついていた。
これは――どゆこと?
考えられるのは、ドジョウのヌメ太をテイムした時のように【真・餌付け】のスキルが発動してしまったとかだが――。
人魂にエサを与えた覚えは一切無い。
つーか、人魂のエサって何よ?
ここに至って今更だけど嫌な予感がして、インフォスクリーンで環境生物図鑑を呼び出す。
環境生物図鑑には、自分が発見したことのある環境生物の情報が載っているのだ。
えっと、廃墟エリアの……ハエじゃなくて、カラスじゃなくて……あった、人魂!
ほうほう。
ふむふむ。
おう……。
マジか……。
人魂は生命力を吸うことで存在しているという設定らしい。
確認のため攻略サイトも参照。
あ゛ー、やっぱり……。
攻略サイトの情報には『人魂は時々プレイヤーから生命力を1だけ奪ってきますので、瀕死の時は気を付けて下さい』などという注意書きが添えられていた。
――うむ、だいたい理解した。
つまりアレだ。
湧いた人魂がたまたま俺の生命力を1だけ奪ったせいで、エサを与えた判定となってしまい【真・餌付け】のスキルが発動。
おかげで人魂が勝手にテイムされてしまった――と、いうことだ。
ふざけんなちくせう。
なんだよその設定は! 聞いとらんぞゴルァ!
俺はネコをテイムしたいんだよ分かってくれよー!
つーか、そもそもなして【真・餌付け】のスキルはオフにできんのじゃい!
…………
………
……
人魂が仲間になりたそうにプカプカ浮いている。
どうやら名前を付けられるのを待っているようだ。
ここでテイムした従魔についてのおさらい。
『従魔の登録解除は不可』
『従魔の登録上限は3体まで』
『完全自由行動の命令にはバグがあり、命令実行中の従魔が死亡判定になると消滅する』
だいたいこんな感じ。
なので――。
まずは名付けをして、テイムを確定。
「お前はプカプカしているから、名前は『プカ次』だ!」
「プカ~♪」
そして命令。
「プカ次には『完全自由行動』を命ずる! まだ見ぬ世界へ武者修行の旅に出るが良い!」
「プカ!」
プカ次は『プカプカブカ~!』と叫びながら、何処かへと消えた。
そこいらのスケルトンやらゾンビと戦ってもいいのに、何故だか消えた。
俺が『まだ見ぬ世界へ』とか言ったせいかもしれない。
ともあれ、これでプカ次もそのうち行き倒れてくれるだろう。
悪く思うなよプカ次、何せ従魔の枠は3つしか無いのだ。
俺がネコをテイムするためには、これは必要な犠牲なんだ。
せめてお前がモフモフだったなら……。
さようならプカ次、君のことは忘れないよ。
――とか思ったのだけれど。
この時、俺の頭にはとある恐ろしい言葉が浮かんでいた。
それは――。
『二度あることは三度ある』という言葉である。
それは、これから起こる悲劇の予感と同時に――。
お約束の予感も感じる言葉であった。




