王国の逆襲
― 10月半ば・教室 ―
教室内は、かなり閑散としている。
ポツリポツリと点在している生徒は、俺を含めて全員ハイエロー派閥の生徒だ。
…………
アッカールド王国のフェルギン帝国に対する逆侵攻は、ノットール父上さんを筆頭とする侵攻反対派の懸命な工作も空しく、早くも実現することとなってしまった。
これはノットール父上さんが王都に到着する前に、帝国への逆侵攻を決定されてしまったことによるものだ。
対立している貴族連中にしては珍しく迅速かつ上手くハイエロー家の隙を突いたなと思ったら、逆侵攻計画を強引に推進していたのは予想外の人物だった。
宰相府で唯一、帝国からの商人等の流入に反対していた『ゲヒャナ大臣』だったのである。
ゲヒャナ大臣はまず、帝国との友好を進めていた他の大臣たちを反帝国派へと寝返らせた。
帝国軍の侵攻によって責任を追及されることを恐れた大臣たちは、ゲヒャナ大臣の『帝国への逆侵攻案に賛成してくれるのならば、自分は皆さんが帝国の間者を積極的に流入させたことを追及しない』との誘いにあっさりと乗ったらしい。
次に説得したのは、反ハイエロー派閥の貴族たち。
『このままでは手柄は全てハイエロー家のものになる。 与えられる褒美は、もしかしたら貴方方から召し上げた領地になるかもしれない』などと脅された貴族たちは、本気で帝国に攻め込む気があったかどうかは別にして慌てて逆侵攻賛成派に加わり、これで大勢はほぼ決したのである。
一旦作られた流れは濁流となり、『代々に亘って我が国を苦しめてきた帝国に鉄槌を下すのは、兵力の大半を失った今しか無い』というゲヒャナ大臣の主張は、いつしかハイエロー派閥を除いた貴族たちをその気にさせてしまった。
確かにこのままではハイエロー辺境侯爵家の功績だけが大きすぎると考えた王様は、大臣たちと貴族たちの主張を聞き入れてしまい、帝国への派兵はいとも簡単に決まってしまったのである。
逆侵攻が決定してからの動きは早かった。
戦争などとは長らく無縁であったハイエロー派閥を除いた王国軍を、ひと月も経たずに帝国に攻め込めるほどに纏め上げたゲヒャナ大臣の手腕は、恐ろしく有能であると言えよう。
アッカールド王国軍は9月の頭には、アダマン砦からフェルギン帝国へと侵攻を始めた。
ハイエロー派閥の貴族は侵攻軍からは外され、国内での後方支援を任されている――要は『お前たちは金や兵糧等の物資面だけ協力しろ』とのお達しだ。
――ハイエロー派閥の金と物資で王国が戦争をする。
――そして手柄は侵攻した者たちのもの。
正直やってられん。
つーか、そんなもんに金や物資を使うくらいなら、未開地の開発に使いたい。
我が領内には、まだまだ開発が必要な土地が山ほどあるのだ。
逆侵攻についてノットール父上さんとも話し合ったのだが、2人の意見はやはり一致した。
たぶん王国軍は、さほどの戦果を挙げられずに引き返すことになるだろう――と。
アッカールド王国軍は40万という大軍だが、我がハイエロー家の軍がテンバイヤー家の軍をいとも容易く蹴散らしたことからも分かるように、全体的にその練度は低い。
しかもその40万のうちの半分近くが、急遽徴兵してかき集めただけの者たちなのだ。
帝国にはまだ20万を超える兵がおり、更に地の利は向こうにある。
おまけに侵攻に手間取れば、すぐに冬がやってくるのだ。
冬になれば兵も凍え足も止まる。
物資の補給にも影響が出るし、恐らく士気も下がるはずだ。
遠征の経験も無く地元でぬくぬくと訓練してきた兵士たちに、敵地で冬を越し戦い続けるなどは難しいだろう。
つまり、今回の逆侵攻は短期決戦が必須なのである。
つーか、せっかく俺やノットール父上さんが帝国の内乱を画策しているというのに、それを待たずして進行するとか何を考えているのだか……。
まぁ逆に言うと、それだと更にハイエロー家の功績が増えるから、今しか無いと考えたのかもしれないが。
それでもこのタイミングで仕掛けるのは、バカだと思う。
はっきり言わせてもらおう――。
い・ま・じゃ・な・い。
一応マルオくんには撤退することを前提に、侵攻と同時に賠償金などの請求も含めた停戦交渉も進めておくようアドバイスはしておいたのだが――はたしてどうなることやら。
あ、言い忘れていたが、今回の軍の総大将はマルオくんである。
さすがに王様が出陣するわけにもいかないので、マルオくんは名代として軍に参加。
第1王子という立場から、名目上ではあるが総大将となったのは当然の流れだろう。
それと、学徒動員でクラスの大半の生徒が軍に持っていかれてしまった。
2学期のど真ん中というのにこの教室内が閑散としているのは、実はそのせいだ。
このクラスで残っているのは、俺とアンとガーリ――他にはミカタ男爵とナカマー子爵の息子の2人だけ。
もちろん全員がハイエロー派閥の人間である。
マリアはハイエロー派閥の平民ではあるが、学徒動員で従軍させられた。
所詮は身分が平民なので、手柄を挙げてもハイエローには大してプラスにはならんだろうとの計算によるものらしい。
大丈夫かなと思う反面、最近マリアは回復や治癒の聖魔法だけでなく『聖なる区域』などという、範囲内の不死者を強制的に浄化するという魔法まで使えるほど聖魔法が上達しているので、むしろかなり目立つ活躍をしてしまうのではないかと俺は踏んでいたりする。
救護班に配属されるとマリアも言っていたので、きっと無事に帰ってきてくれるだろう。
何より主人公だし、きっとストーリーが守ってくれると思うし。
ちなみにコレスはマルオくんの護衛で本陣務め、ガルガリアンくんは参謀本部付き、ラルフくんは王家の軍の魔道部隊に所属、ユリオスくんはキーロイム家の大将として自家の軍を率いる予定だ。
友人たちには、全員無事に帰ってきてほしい。
まだ俺は、みんなと楽しく学園生活を満喫したいのだ。
――――
― 深夜・自室 ―
ピロリロリーン♪
《マルオースの好感度が上昇しました》
何事が起きたんだ? と目を覚ます。
時刻は深夜2時……。
しばらくの間、寝ぼけた頭で考えて――。
そうか、マルオくんが俺の書いた手紙を読んだのかと納得した。
今回の秋の『恋のどきどきイベントスロット』が、『マルオース』と『2つの国の間』で『文通する』というものだったので、たまたま俺が最初にマルオくんに宛てた手紙が、このタイミングで読まれたということなのだろう。
――にしてもマルオくん、こんな深夜に手紙を読んでいるのか。
名目上の総大将とはいえ、きっと多忙なのだろうな。
その割には戦地から、やはり毎日のように手紙が届くのだが……。
まぁ、励ましの手紙でも送ってあげよう。
――――
― 教室 ―
「はぁ……ヒマですわね」
「まったくですわ」
「いっそお茶会にでもしましょうか?」
学徒動員だけではなく、教員たちも戦争に取られてしまっているので、2学期の授業は自習がやたらと多い。
だからと言ってアンの提案通りにお茶会にする訳にもさすがに行かず――。
あ、でも待てよ……良く考えたらアリかな?
どうせ次の授業だって自習だし、自習している教室を巡回している教頭は、最近面倒になってきたらしくけっこうサボり気味だ。
やっちまうか?
「お茶菓子はあるのですよね、アン?」
「抜かりはありませんエリス様――クッキーと羊羹は、常にカバンにありますわ!」
うむ……それも若干どうかと思うが、今日のところは褒めて遣わそう。
だがお菓子はともかく――。
「お茶は……どうしましょう?」
「緑茶ならば、あたくしの水筒に入っておりますが」
でかしたぞガーリ!
いつも持ち歩いている水筒に、緑茶を入れていたとは……!
「お茶菓子と緑茶があるのでしたら、できますわね――お茶会」
「緑茶なら、羊羹のほうがいいですわね」
「ではお茶を――あら? カップはどうしましょう?」
そうかカップなー。
さすがにそんなもんは、普通は持ち歩かんわな。
「仕方がありませんわね……カップは食堂へ行って、借りてきましょうか」
「では、あたくしが借りてまいりましょう」
「……あぁ、お待ちになってガーリ――借りてくるカップは、5つでお願い」
「5つ……ですか?」
ガーリが教室から出ようというところで呼び止め、借りてくるカップの数を変更。
急にそんなことを言われて困惑しているようだが――。
「どうせなら、クラスみんなでお茶会をしたほうが楽しいでしょう?」
俺がそう言うと教室の中を見回し『あぁ、なるほど』と頷いて、ガーリは食堂へと向かっていった。
教室の中には俺とアンとガーリの3人の他に、やはりこれもハイエロー派閥ということで学園に取り残されたジョニル・ミカタくんとモヒ・ナカマーくんという男子2人がいる。
今現在のクラス全員は、これで計5人。
どうせならば残り者の男子2人を交えて、みんなでお茶会をするというのも悪くは無かろう。
せっかくの機会だ――。
ハイエロー派閥の親睦を深めてやろうではないか。
…………
「それで、戦況のほうはエリス様の耳には入っておられるのですか? ミカタ家にはあまり情報が入って来なくて……」
「ナカマー家も同様です。 どうやら王国はハイエロー派閥の貴族を、とことん蚊帳の外に置いておきたいようですね」
なんだかんだで残り者の男子2人も、A組に所属するだけあって優秀だ。
政治的な情勢も分かっているし、何よりも様々な判断の材料となる情報には、当然のように貪欲である。
「そうですわね、機密情報もあるのでアタクシが教えられる内容は限られますが――戦後のこともあります、生徒の身とはいえ情報はできるだけ共有しておいたほうが良いでしょう」
俺のところにはノットール父上さん経由で、前線から本国への報告の一部に加えてハイエロー家独自の情報網を使った戦況報告が逐一届けられている。
更に総大将であるマルオくんからの、私的かつマメなお手紙のおかげで、俺は独自の情報までも手に入れられる立場だ。
前線の情報については間違いなく、そこいらの貴族よりも俺のほうが知っているだろう。
まぁ、マルオくんの手紙からの情報の大半は、だいたいどうでもいい話なんだけれどもさ……。
「では、説明するわね――」
そうだな――最初の段階から説明したほうがいいかな?
まずは軍の動きから――。
…………
アッカールド王国軍は、帝国の東側にある農村地域をまず制圧した。
少しでも物資――兵糧を確保するためである。
その後は都市部の攻略に掛かったのだが、ここで王国軍は広域的な制圧に乗り出すのではなく、帝都を目指して進軍を始めたのである。
帝国もこの王国軍の動きに対応し、両軍の主力は帝都から2つ手前の街――城塞都市セマンにて激突することとなった。
後に『セマン攻略戦』と呼ばれる戦である。
――ごめん、嘘だ。
なんとなく『後に~』とか雰囲気で言ってみたかっただけっす。
まぁ、後にどんな名称で呼ばれるかは知らないが、とにかく両軍は大都市であるセマンにおいて激突。
戦いそのものは緒戦においては激しかったらしいが、王国軍が優勢になったところで帝国軍がセマン内部に引きこもった。
――つまりは、籠城戦である。
帝都攻略のために戦力を温存したい王国は、そのためにあの手この手でセマン攻略を試みてはいるが攻めあぐねている。
防衛側の帝国としてはもっと兵力を集中して王国を国外に叩き出したいところだが、先の侵攻作戦で兵力を大きく減らしてしまったのと周辺国へ睨みを利かせる必要性とで、王国軍に大兵力を向けることができないという事情がある。
これらの理由により、戦いは膠着状態となってしまったのが現状の戦況である。
――と、ここまでが戦の現状。
問題はここから。
すなわち外交上の――停戦条件を巡る攻防である。
停戦条件とか良さげな言葉を使ってはいるが、要は金の話だ。
雑に言うと――。
『金寄越せ、でないと帝都まで行ってブッ殺す』
『ざけんな、手ぶらでとっとと失せろ』
てな交渉を2国間でやっている訳だ。
王国軍としては本格的な冬が来てしまうと、退却せざるを得ない。
帝国としてはアッカールド王国軍の相手をしている隙に、別な周辺国に参戦されると滅亡しかねない。
互いに互いの弱みは分かっているので、双方とも表向きは強気だ。
もちろん裏ではお互い冷や汗をかきながらの、チキンレースである。
この戦争は、都合により真冬までには決着する。
あとは王国が、どれだけ帝国から金をむしり取れるかだけだ。
――友人たちの現状についても話しておこう。
マルオくんは、なかなか立派に総大将を勤め上げているらしい。
コレスは護衛として、マルオくんのそばにいるだけ。
ガルガリアンくんは参謀本部付きで、セマン攻略に頭を悩ませる日々を送っているそうだ。
ラルフくんは魔道部隊の一員として、これも毎日セマン攻略のために嫌がらせの魔法を放ち続けているとのこと。
意外だったのが、ユリオスくんの活躍ぶりである。
キーロイム家の軍を率いたユリオスくんは、王国軍の占領地に嫌がらせのようなゲリラ戦を続けている帝国の部隊を、見事に撃退し続けている。
これはマルオくんの手紙だけではなく、正式な軍の報告やハイエロー家の情報でも裏付けられていることだ。
どうやら信じ難いことだが、事実らしい。
マリアは占領地で怪我人の回復役をしており、帝国軍のゲリラ戦によって被害の出た部隊を巡回して、八面六臂の大活躍をしているらしい。
マルオくんの手紙によると軍内部での評価も高く、帰国後には表彰されることになりそうだ。
表彰は今回動員された平民たちの中に英雄を作り、貴族・平民を問わずアッカールド王国が一丸となって此度の戦争をしたのだという政治的アピールの意味もある。
マリア本人にはそんな気は毛頭ないだろうが、帰国後は平民代表の英雄として扱われてしまうに違いない。
たぶんあいつのことだ、英雄扱いなんぞされたらさぞかしゲンナリするだろう。
可哀そうだから、何かマリアが欲しそうな物を個人的に褒美としてプレゼントすることにしよう。
立場的にマリアは、ハイエロー派閥の誉れでもあるのだから。
――あっ、やべっ! 教頭の気配がこっちに来る!
早くカップとお菓子を片付けないと!
俺の【気配察知】ってば、やっぱ優秀♪
――――
― 12月半ば ―
学園は既に冬休みに入った。
俺は帰省を待つように言われているので、まだ王都のハイエロー屋敷にいる。
そんな折、ノットール父上さんから急ぎの知らせが入った。
帝国との戦争は無事、終結したらしい。
結果として帝国から賠償金をむしり取ったのはいいが、その金額は到底満足のいく額では無かった。
正直言って、ハイエロー派閥全体が軍のために出した物資だけを考えても、足が出てしまう程度の金額でしか無い。
それでも賠償金をむしり取ったという事実は、アッカールド王国が帝国に勝利したという証となる。
王国軍の帰国後に戦勝パーティーをするらしいが、これが果たして勝利と言えるのかどうか……。
言っちゃうんだろうな、たぶん……。
戦勝パーティーなんぞをするのは、そんなもん勝ったどアピールをするため以外の何物でも無いしな。
とにかく、これで――。
後に『王国の逆襲』と呼ばれる戦は終結した。
――ごめん、嘘だ。
なんとなく『後に~』とか雰囲気で言ってみたかっただけっす。




