実家と隣領と実力行使
今回の主人公、ほぼ何もしておりません。
本格的に夏休みに入った。
俺は既に、実家であるハイエロー家の領地へと帰省している。
1学期が終わった学園生活は、今のところ順調だと言えるだろう。
攻略対象男子たちともそれなりに交流ができているし、主人公であるマリアの育成の成果もなかなかだ。
それより何よりまだ口約束の段階だが、マルオくんと婚約をしているのが大きい。
ゆくゆくは婚約破棄となるフラグの可能性もあるが、逆に言うとそんなもん折ってしまえばこっちの勝ちだ。
あとは、ラノベの主人公みたいに『あんまし目立ちたくない』とか言いつつ無双とかTueeeをやって目立ちまくっている現状だが、もうこの際面倒だから無双しまくってもいいんじゃね? とか開き直りつつある。
本来『悪役令嬢』というポジションはやたら目立つのが当たり前だし、さらに王子の婚約者ともなれば目立たず生きていくほうが無理というものだろう。
それに貴族という連中が思ったより面倒な生き物であるヤツらで、目的のためなら普通に暗殺なんぞを仕掛ける連中だということが俺にも分かってきた。
なので無双・Tueeeで俺の実力を見せつけて、貴族どもの敵対心をへし折るのもアリだなと思うのだ。
つーか、こういう殺伐とした世界観とか止めて欲しいよなー。
まぁ実際、貴族なんてそんなもんなのかもしんないけどさ――乙女ゲームの世界なんだから、もうちょっと……こう……平和で色ボケしていてもいいと思うんだよね?
――と、いうことで。
平和を愛する俺としては殺伐とした貴族社会に背を向け、実家に帰省してからは毎日のように屋敷で弟妹たちと一緒の日々を過ごしていたりする。
というよりも、他にすることが無い。
マルオくんとの婚約の件で敵対する貴族の暗殺対象になったらしい俺は、今は危険だからと屋敷にステイホームすることを余儀なくされているのである。
いかに広い屋敷とはいえ、外出自粛というのはやはりつまらぬ。
早く自由に外へと出られるようになりたいものだ。
「姉上、ここのところなのですが……」
「ここはほら、こちらの本にあった……」
ちなみに弟妹と過ごすと言ってもそこは大貴族の家、きゃっきゃと遊んでいる訳では無い。
さっきから俺は弟のアナキンに、勉強を教えているのだ。
弟のアナキンは金髪青い目で2つ年下の、10歳になる利発で可愛らしい顔立ちの男の子である。
次期ハイエロー家の当主となるべく教育されていることもあり、見た目の可愛さとは違って中身はかなりしっかりしていたりする。
俺としてはアナキンという、そのうちダークサイドに落ちそうな名前が若干気になっていたりもするが、今のところは普通に優しい弟だ。
「あねうえ、おたくぶんかのいせき……ってなに?」
「えっと、それはね……」
妹のアリスは、俺のすぐ隣で大人しく本を読んでいる。
こちらは勉強ではなく、開いているのは物語の本だ。
俺の役目はアリスが読めなかったり理解しにくい部分があった時に、助けることである。
つーか、アリスさん? 君はいったい何の物語を読んでいるのかな?
オタク文化の遺跡とか出てくるお話って、どんなん?
妹のアリスはといえば、これも金髪青い目の可愛らしいマジ天使だ。
末っ子で甘えん坊で俺を見たら駆け寄ってくるのだが、最終的にタックルのように飛びついてくるのは若干危ないので止めて欲しい。
たぶん俺のステータスがエリスに上乗せされていなかったら、普通に生命力の数値が削れると思う。
しかし俺が中の人になる前のエリスは、それを黙って受け入れていたらしい――エリスもなんだかんだで、優しいお姉さんだよね。
そんな弟妹と屋敷内で過ごす日々も悪くは無いのだが、やはりたまには外に出たい。
王都にいた頃は毎日鍛錬していたこともあり、少々運動不足な今の状態も非常に物足りない。
なのでハイエロー家の当主であるノットール父上さんに『レベル上げをしたいので、おそとで魔物狩りをしたい』とかおねだりしているのだが、返事は『ふむ、考えておこう』のひと言だけで未だに許可が出る気配が無かったりしている。
「アナキン様、エリス様、アリス様、夕食のお時間でございます」
メイドさんが呼びに来た。
もうそんな時間か……。
晩飯食い終わったら、魔物狩りの件はどうなったのかノットール父上さんに聞いてみようかな?
まぁ催促してもダメと言われそうだけど、一応ね……。
…………
夕食も進み、そろそろみんな食べ終わりそうだ。
貴族の食卓はゆっくりと味わって食べるのが習慣なようで、今までバクバクと勢い良く食べていた俺としてはペースを合わせるのになにげにいつも苦労している。
タイミングを見計らって『例の件どうなった?』と父上さんに聞こうと思っていたら、あっちに機先を制せられた。
「そうだエリス、レベル上げの件だが――4日後でどうだ?」
「よろしいのですか!?」
これは意外……。
暗殺防止のために俺の周囲をガチガチに固めている父親なので、まさか許可が下りるとは思わなんだ。
「少しは気晴らしに外へ出たいだろう。 警備は万全にしておくから、思う存分レベルを上げてきなさい――ただし無理は絶対にするな、それと1日だけだからな」
「ありがとうお父様! 感謝いたしますわ!」
ちょっと大袈裟に喜び、俺は椅子から立ち上がり駆け寄って、父上さんの首にしがみついた。
もちろんエリスの中身であるおっさんの俺としてはそんなことはやりたくないのだが、こうすると父上さんが喜ぶらしいのでご機嫌取りのためにやってあげている。
本当は頬ずりとかもするほうが喜ぶそうなのだが、さすがにそれはイヤなのでしていない。
おっさん同士で頬ずりとか、誰得の絵面だっつーのよ。
一応言っておくが――。
俺も父上さんも、どっちもイケてるおっさんとは程遠いからな。
――――
― 4日後・ハイエロー領のどっかの森 ―
「おとなしく経験値におなり!」
俺の鞭のひと振りで、5匹の大猿の首が転がった。
なんだよ大猿とか魔物じゃないじゃんとかお思いかもしれないが、こいつらは体内に魔石を持つ立派な魔物の仲間である。
大猿と言ってもそんなに大きくはない、チンパンジー程度のサイズだ。
違いはチンパンジーよりも筋肉がかなりマッチョなこと、チンパンジーよりも格段に頭が悪いことである。
この乙女ゲームの世界の魔物は、自分の縄張りからはあまり出ては来ない。
なので普段はさほど脅威にはならないのだが、増えすぎるとさすがに街道や人里に溢れてくる。
今回の大猿狩りは、そんな増えすぎた連中の駆除も兼ねているのだ。
なので現地にはハイエロー家の兵士さんたちも投入され、森はさながら戦場となっていた。
ちなみに俺の周りは騎士の皆さんでガチガチに固められている。
それでも人間以外はこちらへ通すようにと命令してあるので、狩りはそれなりに順調だ。
つーか、順調過ぎる。
俺個人もだが、全体的に。
どうもハイエロー家の兵士さんたちが優秀過ぎるせいで、まだ午前中だというのに大猿の大半が駆逐されており、俺が遭遇する分が減ってしまっているのだ。
もう少し加減しろよ兵士ども、こっちの取り分が減るだろうが。
こっちはまだ、200匹も殺ってないんだぞ!
レベルだって12しか上がってないんだからな!
この乙女ゲームの世界では、レベルは上がりやすい。
だがレベル100到達者などが、ゴロゴロいたりはしない。
なぜかは知らんがレベルの上限に個人差があるからだ。
最大レベルが100なのは主に王族と貴族くらいのもので、騎士などでせいぜい70~80くらい、兵士だと50くらい、一般の人だと高くても30止まりらしい。
レベルの上限は主に血筋で決まるらしいと言われているが、実際のところは知らん。
ただこのレベルの上限の違いが、この世界の身分制度を形作る要因になっていることは想像に難くない。
「エリス様、そろそろお昼の休憩に致しましょう」
そう進言してきたのは、すっかり俺専属になってしまった騎士将の『クレシア』である。
俺と一緒にハイエロー領に戻り、ようやく2人の子どもたちと過ごせているというのに、また今回も護衛の責任者として引っぱり出してしまっているのだ。
せっかく子供たちと一緒のところを、なんかごめんね。
さて、確かに俺の【真・腹時計】でも12時11分と正午は過ぎているので、そろそろ休憩時ではあろう。
本音を言えばもう少し大猿を狩りたいのだが、欲張ってもそんなに変わらぬだろうから大人しくクレシアの言うことを聞こうと思う。
休憩を指示してメイドたちが支度を始めたところで、伝令がやってきた。
つーか、メイドさんたちもこんなとこまでご苦労様だよね。
「エリス様にお父上からのご指示をお伝えします。 『緊急の事態によりレベル上げは中止、速やかに屋敷へ戻るように』とのこと」
は? 中止?
まぁ、大猿もそろそろ駆逐してしまったみたいだし、それは別に構わないんだけどさ。
「何事かあったのですか?」
「申し訳ございません、自分は何があったのかは聞かされておりません」
「分かりました。 戻って父上にお伝えなさい『可及的速やかに戻る』とエリスが言っていた、と」
「はっ!」
伝令を帰して、せっかく始めた休憩の準備も中止させる。
食事は、街道に待たせてある馬車に乗ってからでもいいだろう――まぁ、到着まで2~3時間は掛かるだろうが。
それにしても何があったのだろう?
暗殺者が領内に入ったという情報があったので、念のためとかだろうか?
広げた休憩用の荷物をメイドさんたちがまとめ終わるのを待ち、いざ帰還の途に就く。
馬車に辿り着く少し手前で、木々を伝ってきた気配がこれも木の上の気配へと接触したようだ。
木の上の気配は我がハイエロー家の影の者である。
先ほど木々を伝ってやってきたのは、その配下の影の者による伝令か何かだと思われる。
何か俺が戻らねばならなくなった理由とかが、情報として入ってきただろうか?
「カスミ、何か分かって?」
問うた相手はもちろん木の上の影の者、カスミというのはその名だ。
影の者とは忍者のようなもので、諜報やら陰ながらの護衛などをしてくれている者たちである。
カスミはそこそこベテランの女性らしいのだが、姿を見せてくれないので年齢は不詳。
今回は影から俺を暗殺者から守る、という任務の指揮をしてくれている人だ。
「はっ……どうやらテンバイヤー男爵の兵が、我が領内の領民を攫ったようです。 帰還の命はそれが理由かと」
「テンバイヤーの兵が我が領民を攫った?」
「はい」
指向性スピーカーのように俺だけに聞こえる声でカスミが伝えてくれた情報だが、これにはさすがに驚いた。
いくらテンバイヤー男爵家と我がハイエロー家の仲が悪いとはいえ、さすがにこれは暴挙である。
そう、我がハイエロー家とすぐ東の隣領であるテンバイヤー家は、仲が悪い――というか、敵対している。
これには色々と理由やら因縁やらがあるのだが、そもそもの理由はテンバイヤー男爵領から我がハイエロー辺境侯爵領へと、領民が流出していることから始まっていることである。
経緯はこうだ。
これは最近になってのことではなく、もう既に何代も前の当主の時代からのことなのだが――。
当時の代のテンバイヤー男爵は貴族間の見栄の張り合いのために税収を増やしたかったが、領地はだいたい開発しつくされていたので当然ながら増税という形で搾り取り、領民の暮らしは非常に苦しくなった。
対してハイエロー辺境侯爵の領地は開発の余地が腐るほど有り余っており、開発すればするだけ税収を増やせる領地ということで領民には開発を奨励し、人口を増やしたいこともあって領民に手厚い政策を行っていた。
片や無理な増税、片や領民に手厚いとなれば、この2つの領地の間を危険な獣や魔物がいる山が隔てていたとしても、領民が土地を捨て危険を冒してでもハイエロー家の領地へと移りたくなるのはやむを得まい。
だからと言って、もちろん収まらないのはテンバイヤー家である。
領主貴族にとって、領民は財産なのだ。
ちなみにこの場合の財産とは大事なものという意味合いでは無く、自分の所有物という意味である。
『そっちへ逃げた領民を捕らえ、こちらへ帰せ』とテンバイヤー家が言えば――。
『そんなものは知らんし、そもそも逃げられるのが悪い』とハイエロー家が返す。
こうして両家は険悪となり、その図式は今でも続いている。
つーか、当時よりも今のほうが酷かったりしている。
10年ほど前に家を継いだ今代のテンバイヤー男爵になってからの、領民の流出がとにかく酷い有様なのだ。
今のテンバイヤー男爵は、家を継いですぐに領民に対する税を上げた。
これまでも十分に高かった税を、である。
そして領民が税を払えないとなると借金をさせ、その借金の形として若い娘を無理矢理連れていったり男を強制労働に狩り出したりと、領主という立場にあるまじき行為を平然とやり始めたのだ。
テンバイヤー男爵は連れて行った若い女を王都の役人たちに抱かせ、増税等で得た金は王都の文化・芸術を振興する金としてばら撒いた。
そうして得た人脈や支持層を使って何を始めるかと思いきや、ヤツは我がハイエロー家への誹謗中傷をそいつらを使って広め始めやがったのである。
ハイエロー家憎しでそんなことを始めたテンバイヤー男爵であったが、それが皮肉にもより一層の領民流失を加速させた。
我が父上ハイエロー辺境侯爵も、誹謗中傷を広めるなどという行為に憤慨し、流入してきたテンバイヤー家の領民を積極的に受け入れることで対抗して更に険悪になったのである。
更に2年前。
テンバイヤー男爵領が飢饉となった時、ハイエロー辺境侯爵家に助けを求めてきた。
この時の使者が土下座までして『今までのことは謝罪するので、どうか領民を助けて欲しい』とか言ってきたので、父上さんも『そこまで言うなら』と謝罪する旨の証文を書かせた上で、格安で領内に蓄えていた備蓄の食料を『全て領民に配る』と約束したテンバイヤー家に売ってやったのだ。
ところがテンバイヤー家は、飢饉で食べる物に困っている自家の領民に、あろうことかこちらから安く買った食料を、その何倍もの高額で売り付けた――転売をしやがったのである。
そして『謝罪する』という証文の件も、こちらから買った食料を転売した件も、テンバイヤー家は使者となった人が勝手にやったことにして知らぬふり。
その使者は転売で金を手にしたあと、何処へと逃げて行方不明――ということになっているが、どうせ使者は死体にされているだろうし、金はテンバイヤー男爵のふところに入っていると見て間違いないだろう。
そのような経緯があり、おかげさまで両家は――。
テンバイヤー家は『ハイエローは領民泥棒だ!』、と罵り。
ハイエロー家は『テンバイヤーの詐欺師めが!』、と貶す仲へとなった。
なので今回テンバイヤー家の兵士がこちらの領民を攫ったというのは、その延長線上にあるのだと言っても間違いはあるまい。
とうとうテンバイヤー家が実力行使に出たのだ。
どう考えても無謀だけど。
だって、実力行使でハイエロー家に勝てる訳ないもの。
テンバイヤー男爵家は、爵位こそ男爵だが力はそれなりに大きい。
これは黎明期の当主たちが、領地の開発に積極的に尽力し豊かにしたからである。
なのでそこらの子爵やら伯爵よりも力はあったりするのだが――。
巨大かつ今も開発によってその力を増しているハイエロー辺境侯爵家とは、いかんせん比べるまでも無いほどの差があるのだ。
加えてハイエロー辺境侯爵家は、西の大国『フェルギン帝国』への備えとして常に軍備を怠ることの無い家である。
軍事的には勝負にすらならないはずだ。
テンバイヤーは、なんでまたそんな無謀な暴挙に?
と思ったが、考えてみたらエリスがマルオくんと結婚したら、テンバイヤー男爵が詰んでしまう可能性があることに気付いた。
テンバイヤー男爵の領地での諸々の悪評は、役人たちに賄賂や女を与え芸術・文化に関わる連中に金をばら撒くことで、良い風評ばかりが流されていて王や宰相のような偉いさんには伝わってはいない。
エリスとマルオくんが結婚してしまうと、それがダイレクトに信憑性のある話として王様たちに伝わることになる。
だがそれだけでは、テンバイヤー男爵家が詰むまではいかないだろう。
せいぜい領地の管理の仕方を是正するように、との命が下る程度で済むかもしれない。
がしかし、結婚によってハイエロー家の王家への影響力が強くなれば話は別だ。
大概の貴族に対する賞罰など、王の腹ひとつでどうとでもなる。
エリスが王妃となれば、王になったマルオくんに大きな影響を与えるだろう。
そうなれば領民を大量流失させているテンバイヤー男爵に対して、領地を経営する能力無しとして領地召し上げという処罰を下すことも十分にあり得るのだ。
つーかたぶん、ハイエロー家の父上さんなら間違いなくやらせるように画策するだろう。
そうなれば当代のテンバイヤー男爵だけでなく、テンバイヤー男爵家そのものが終わる。
――没落エンドだ。
となると今回の暴挙は、俺とマルオくんの婚約を妨害するための何かの策、ということも考えられる。
なんだろう?
ちょっとした騒ぎを起こして耳目を集め、それに乗じてまたウチの悪評でも流すつもりなのだろうか?
で『他領の領民を奪うようなハイエロー家の娘との婚約など、してはならない!』みたいに騒いで、婚約反対派の機運を盛り上げようという腹なのかな?
テンバイヤー男爵は実力そのものは大したことは無いが、声だけはでかい悪質クレーマーみたいなヤツだからなー。
声がでかいだけで言ってることは誹謗中傷なのに、それを信じる連中がいるから困る。
さて、ノットール父上さんはどう対処するのかな?
兵を動かして脅すか――。
それとも攫われた領民の奪還作戦までやるのか――。
平和的解決は、たぶん無いだろうなー。
――――
事態はひと月も経たずに沈静化した。
ハイエロー家の圧勝である。
果たしてどう対処するのだろうかとノットール父上さんを見守っていたら、思っていたよりやることが苛烈であった。
兵を集めて『領民を取り返し、テンバイヤー男爵に天誅を下す!』という馬手目で、いきなりテンバイヤー領へと大軍を送り込んだのだ。
戦争である。
テンバイヤー男爵としては、今回のことを王家や他の貴族たちを巻き込んだ舌戦にしようと目論んでいたこともあり、まさか兵を動かして攻めてくるなどは無いだろうと高を括っていたのだろう――テンバイヤー男爵領は瞬く間にハイエロー軍に制圧されていった。
ハイエロー軍は攫われた領民をすぐに奪還していたにも関わらず、『攫われた領民を返せ』をスローガンに侵攻を続けた。
無茶なことをすると思われるかもしれないが、このアッカールド王国では正当な理由さえあれば貴族同士での戦争が認められているので、こういうのもアリなのだ。
全体の7割ほどを占領した頃、慌てて王家から停戦の仲裁をするための使者がやってきた。
開戦から10日も経たぬうちに来るのはあまりにも早いので、これはテンバイヤー家が役人たちに金やら女やらを掴ませていた効果が思ったよりあったということだろう。
本気でテンバイヤー家を潰すつもりだったノットール父上さんも、これは計算外だったらしく、テンバイヤー男爵のアッカールド王国の役人たちへの影響力を甘く見ていたと、苦虫を嚙み潰していた。
軍と言えるほどの兵力を動かすにはかなりの金が掛かるので、これで和睦が成立してしまい占領地を帰すとなれば、ハイエロー家としては僅かな領民を取り返しただけで大損ということになる。
なのでノットール父上さんは一計を案じた。
和睦の条件として『占領した地はハイエロー家の領地となったが、王家の仲裁でテンバイヤー家に全て返却する』という形にすることを使者とテンバイヤー家に正式に認めさせたのである。
これは『占領地は返すから、こちらの面子を立てるためにせめて勝者はハイエロー家だという形にしろ』と要求しているだけのように思える。
これは事実でもあり、王家の使者とテンバイヤー家が正式に認めたところで何の問題も無さそうに思えるが、実際は大きく違った。
ノットール父上の指示により、ハイエロー軍が占領地の領民たちに対して、ハイエロー領への領地間の移民を募ったのだ。
重税に喘いでいた占領地の領民は、もちろんその移民の募集に飛びついた。
これによってハイエロー家は、テンバイヤー家の領民の実に半分近くを引き抜くことに成功したのである。
占領地は全てテンバイヤー家に返還されたが、領民のいない領地など廃墟も同じ。
テンバイヤー男爵は怒り心頭となったが後の祭り、一時的にせよハイエロー家の土地となったと認めた以上、その時期にハイエロー家が自領の領民をどこにどう動かそうが文句は言えないのだ。
しかも領民は自発的に移動している。
形式上はハイエロー家に全く非は無い。
これでテンバイヤー家の勢力・影響力は大きく下がるだろう。
それどころか、領地経営を立て直すこともできないかもしれない。
――とまぁ、そんな経緯で今回の騒動はハイエロー家の圧勝に終わった。
ただ『敵は根絶やしにするに限る』と断言して憚らないノットール父上さんにとっては、この結果では不本意だったようだが……。
実際、遺恨は残るだろう。
テンバイヤー男爵がヤケになって、再び暴発しないとも限らない。
事態はまだ、予断を許さないのだ!
――つーかさ、ここって『乙女ゲーム』の世界なんだよね?
なんか殺伐とし過ぎてない?
――――
さて、無益な争いのせいでますます俺の警備が厳重になってしまった。
そのせいで残りの夏休みは、全日ステイホームが決定である。
おかげで夏休みの宿題が、捗ること捗ること……。
早々と宿題が終わったので、俺はやはり弟妹たちと残りの夏休みを過ごしている。
「姉上、ここのところなのですが……」
「ここはほら、こっちと一緒で……」
弟のアナキンとは、また一緒にお勉強中。
この出来の良い弟は、もう学園で学ぶようなレベルの内容まで学習中だ。
妹のアリスもまた、やはり俺の横で物語を読んでいる。
「あねうえ、こうれべるほうしゃせいはいきぶつのいせき……ってなに?」
「えっと、それはね……」
だからアリスさんってば――。
その『高レベル放射性廃棄物の遺跡』とか出てくる物語って、いったいどんなお話なのよ?
アリスの読んでいる物語は『おっさんが異世界転移したんだが、とりあえずハーレムはいらない。』というおはなしです。




