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昭和38年 ~令和最新型のアラフォーが混迷の昭和にタイムスリップしたら~【なろう版】  作者: 朝倉一二三


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99話 母娘水入らず


 コノミが麻疹はしかだ。

 看病のため、消化がよくて滋養がつきそうな料理やデザートを作っていたら、相原さんが見舞いに来てくれた。

 まったくありがたいことだ。

 そのまま相原さんが泊まることになった。


 ――そして次の日の朝になったのだが、下から声が聞こえる。

 大家さんと女性の声だ。


 起きるとヒカルコがいない。

 多分、炊事場で朝食の準備だろう。

 相原さんは普段の激務のせいか、まだ寝ている。

 この時代の編集部も、フレックスタイム制みたいな感じなのだろうか?

 彼女も夜中まであちこち飛び回っているが、残業代が出ている感じではないしなぁ。

 多分、基本給だけで、ヒット作などが出たら、ドーン! とボーナスが――そんな感じだろうか。


 美人編集者のことはさておき、コノミの顔を覗き込む――。


「あ~」

 彼女の顔に赤い斑点が浮かび上がっていた。

 顔も赤い。

 昨日、すこし熱が下がったようで調子がよかったみたいだが、またぶり返したようだ。


 昨日使ってなかった氷嚢をおでこに当ててやる。

 また氷も買ってくるか。

 水まくらの水も変えたほうがいいだろう。

 コノミの頭から水まくらを取ると、炊事場に向かう。

 まだ時間が早いので、モモは来ていない。


「おはよう、ヒカルコ」

 彼女がコンロの前で朝食の準備をしていた。

 コノミに食べさせる、おかゆも作っている。


「おはよう」

「朝から、大家さんの所に誰か来てるのか?」

「そうみたい」

 水まくらの水を捨てていると、内階段を誰かが上がってくる音がする。


「あ~、2階もまた貸しちゃったのね!」

「あなたが帰ってこないのに、部屋を空けておいてももったいないでしょう?」

「そうだけど! だって狭いし! 奥の部屋なんて、トイレの音が丸聞こえなんだよ?! ありえないよ!」

「奥の部屋は、なにか他の部屋に使えばよかったでしょ?」

「それじゃ実質一部屋しかないじゃん!」

「下に必要なものは揃ってるじゃない」

「もう、こんなアパート潰して、モダンなマンションにしようよ」

 え? いやいや、それは困るぞ。


「私が生きている間に、そんなことはさせませんよ」

「生きている間って、お母さんいつまで生きるつもりなのよ」

「あなたがその調子なら100まで生きないとねぇ」

「げぇ~」

 声は、大家さんと若い女性。

 若いと言っても、多分30すぎか。

 会話からすると、やっぱり大家さんの娘らしい。


「どうやら、大家さんの娘さんらしいな」

「うん、初めて会うかも」

「俺もだよ」

 話には、なん回か出てきたがなぁ。

 ヒカルコと話していると、廊下の戸が勢いよく開いた。

 そこにいたのは、短いパーマ頭にワンピースを着た女性。

 ちょっとタレ目の美人さんで、口元にほくろがある。

 ひと目見て――大家さんを思い出した。

 すごく似ている。

 多分、このまま歳をとったら、大家さんそっくりになるんじゃないだろうか。


「こっちは前のままなのねぇ。あ~! 冷蔵庫! 電話も入れてる!」

 彼女がぐるぐると廊下を見回している。


「お、おはようございます。それはウチの冷蔵庫と電話ですよ。ちゃんと大家さんにも許可取りました」

「今、住んでいる人?」

 女性が訝しげに俺の顔を覗き込む。


「は、はい――大家さんの娘さんですよね?」

「え?! なんで解るの?!」

「だって、そっくりですし」

「ええ~っ?! 似てないから! 絶対に似てないしぃ!」

 男が親父に似ていると言われると嫌がるのと同じように、女性も母親に似ていると言われると嫌なのだろうか?


「いや、一目見て大家さんの身内だと思ったし」

「うん」

 俺の言葉にヒカルコも同意した。


「絶対に似てないから!」

「もう、篠原さん、ごめんなさいねぇ。朝から騒々しくてぇ」

 憤慨している彼女の後ろから、申し訳なさそうに大家さんがやって来た。


「自分の実家に帰って来て、なにが悪いのよ」

「帰ってくるなら、連絡ぐらいよこしなさい!」

「だって、ちょっと物を取りにきただけだしぃ!」

 言い争っている2人を見比べる。

 大きな違いは口元のほくろだけ。

 もちろん髪型も違うが。


 ――ということは、大家さんが若い頃にはこんな感じだったのか。

 そりゃ彼女が言ったとおりに、10歳若けりゃなぁ……ゲフンゲフン。


「そんな調子で、向こうのご両親と上手くやってるの?」

「行ってないわよ、あんな所」

「行ってないって……」

「行ったら、孫はいつだとかそればっかりだし! あげく、役に立たない嫁だとか、別れろとか、余計なお世話だわ!」

 どうやら話を聞くと、子どもができないようで、向こうの親戚から責められている感じらしい。

 まぁ、あるあるな話ではあるが、ちょっと割り込みをさせてもらう。


「子どもができないのは、女性だけじゃなくて、男性に問題がある場合もあるからなぁ」

「そうなのよ! 彼もそう言ってはくれているんだけど、向こうの親戚連中は、私が悪いの一点張りなのよねぇ」

「そんなこと、私には一言も言ってくれてないじゃない!」

「だって、お母さんに言っても、しょうがないでしょ?」

「しょうがないって……私は母親なのよ……戦火をくぐり抜けて、女手1人であなたを育てたのに……」

 娘さんの言葉に、大家さんが涙ぐんでしまった。


「あ~、私が悪かったって! ごめん!」

 空気が悪くなってきたので、仲裁に入る。


「でも、ものは考えようですよ。子どもが生まれたりしたら、もう子ども中心の生活になってしまって、夫婦でなにかする――なんてことはできなくなりますからねぇ」

「そうなのよねぇ。それは彼も言ってくれてるわ。2人で人生を楽しもうって」

「いい旦那さんだなぁ」

「そうなのよねぇ。こんな娘をもらっていただいてぇ」

 大家さんがさめざめしている。


「こんなって言わないでよ!」

「あなただって、私が死んだらビル建てるとか言ってたでしょ?!」

「ビルじゃなくてマンション!」

 傍から見たら、どっちもどっちだ。

 朝っぱらから親子喧嘩なんて不毛なので止める。


「はいはい、やめやめ」

「ショウイチ、ご飯持っていくね」

「ああ、頼む」

 入れ替わりで、相原さんがやって来た。

 スカートは穿いているが、上は俺が貸したシャツのままだ。


「あ、あの、おはようございます」

「おはようございます」

 相原さんを見た、大家さんの娘の目が輝いた。


「え?! もしかして、3人で住んでいるの?」

「違いますよ、彼女は仕事でお世話になっている方で、昨日泊まったんです。いつもは、大家さんの許可を取って奥の部屋を使わせていただいたりしてるんですけどね」

「そうなの?」

「ここに2人、漫画家さんが住んでいるって聞きました?」

「ええ、さっき……」

 大家さんから、新しく入った住民たちのことは聞いているようだ。


「その漫画家の面倒を見ている編集さんなんですよ」

「なんでわざわざあなたの所に泊まるの?! 奥の部屋を使えばいいじゃない」

「ウチの娘が麻疹で寝込んでいるので、心配してくださっているのですよ」

「小中学館の相原と申します」

 相原さんがペコリとお辞儀をした。


「小中学館って大きなところじゃない」

「ここにいる漫画家の先生たちも、その小中学館で描いている人たちなんですよ」

「へ~、あ! そういえば、彼が雑誌買ってたわ! 戦艦ムサシとかいう漫画に夢中になってるの! いい歳して!」

「ははは、その漫画を描いている先生が、そこに住んでいるんですよ」

「……え?! ウソ!」

 俺の言葉に、娘さんが驚いた。


「本当ですよ」

 相原さんが、俺に続くように事実を肯定した。


「そういえば、先生が出てこないな。まだ寝てるのかな?」

「ウソ~、お母さん、そんなことを一言も言わなかったじゃない!」

 娘さんは、まだ信じられないみたいだ。


「住んでいる人たちがどんな商売をしているとか、そんなペラペラと話せるわけがないでしょう」

 平成令和では当たり前なのだが、コンプライアンスがザルな昭和で、大家さんはかなりしっかりしている。


「そ、それはそうだけどぉ」

「あなたも、すごい漫画家の人がウチのアパートにいるとか言い触らしたりしちゃ駄目よ」

 本に作家の住所が載っている時代だが、この時代は情報を拡散する手段がないんだよな。

 せいぜい口コミぐらいのものなので、アパートに凸してくる読者はよほどのマニアか。

 中には面倒な連中もいるので、気をつけなければならないのは今も未来も変わらない。


「ううう……」

 大家さんからすごい圧力を食らって、娘が小さくなっている。

 さすがお母さんだ――やはり強い。


 俺は八重樫君の部屋をノックしてみた。


「お~い、先生、起きてる~?」

「はいはい」

 起きているようで、すぐに戸が開いた。


「おはよう」

「おはようございます。なんだか、今日は賑やかですね」

 パンツ一丁の先生が顔を出した。


「大家さんの娘さんが来ているんだよ」

「あ、そうなんですね! おはようございます!」

 彼が顔だけだして、挨拶をした。


「それでな、娘さんの旦那さんがムサシのファンらしいんだよ」

「ありがとうございます~」

 彼の言葉に、娘さんがペコリとお辞儀をした。


「そこでだ、先生のサインでも一発描いてあげたらどうだろう」

「わかりました!」

 色紙はないので、彼がスケッチブックにサインとキャラを描いた。


「これでどうでしょう?」

 先生からサインをもらって、娘さんも喜んでいる。

 一応、一緒にムサシの漫画は読んでいるらしい。


「あ~、本当に漫画のキャラだ! ありがとうございます。彼も喜ぶと思います」

「だって漫画がかなり売れてるものなぁ。やっぱりファンも増えているような」

「あまり実感はないですが……」

「いやいや、このアパートにファンが押しかけたりしてきたら、実感できても仕事どころじゃなくなるぞ?」

「そ、それはそうです! 困りますよ」

 皆でワイワイしていると、モモが出勤してきた。


「あの、おはようございます……」

「お、おはよう」

「え? こちらの方は?」

 突然やってきたモモに、娘さんが驚いている。


「ウチの社員で電話番兼、漫画家の先生たちのお手伝い要員ですよ」

「あなた、社長さんなの?」

「そこの篠原さんは、結構凄い方なのよぉ」

 大家さんも持ち上げてくれるのだが、別にすごくはない。


「別にすごくはないですよ」

「篠原さんは、自称変なオジサンですよね」

 八重樫君の言葉に俺は応えた。


「そうです! 私が、変なオジサンです」

「プッ……」

 また、相原さんが噴き出している。

 その間に、八重樫君が自分の部屋に戻って、爪切りを持ってきた。


「この爪切りのカバーを、篠原さんが考えたんですよ」

「そうそう! これが便利なのよぉ!」

 大家さんもイチオシのアイテムだ。


「え~?! この爪切り、駅前で売ってたんで買ったんだけど……あなたが作ったの?!」

「あ~、作ったのはサントクって会社で、私は特許を取っただけですよ」

 正確には特許じゃなくて実用新案だけどな。


「すご~い!」

「ほら、凄い方でしょう?」

 大家さんがドヤァァ! している。


「いやぁ、それにしても、有名な漫画家はいるし、発明家はいるし、小説家はいるし、ここは歴史に残るアパートになるかもしれませんよ」

「ありえますね!」

 俺の言葉に八重樫君がうなずいた。

 先生も、有名なト○ワ荘のようだと思っているのかもしれない。

 実際にそうだろうし、八重樫君や矢沢さんのアシの子まで有名な漫画家になったら、そりゃ大変だ。


「そんな有名になったら、建て替えができないじゃない」

 娘さんの言葉に八重樫君が仰天した。


「え?! そんなお話があるんですか?」

「いやねぇ、八重樫さん――この娘が勝手に言っているだけですから。私の目の黒いうちはそんなことはさせませんよ」

「ええ~? いやだぁ! もっとイカス建物にしようよ」

「いやって――ここはあなたの実家なのよ」

「実家っていっても、大変な思い出しかないし……」

「大変だったのは、ウチばかりじゃないでしょ? そういう時代だったんだから」

 まぁ、そこらへんは大家さんの言うとおりだが、大家さんちは資産家だ。

 なにもないほかの家に比べたら楽だったんではなかろうか?

 矢沢さんの家なんて、話を聞くだけで大変だったみたいだしなぁ。


「あ、そういえば――矢沢さんの姿が見えないな……」

「そうですね」

 八重樫君もそれに気がついたようだ。


「ああ、矢沢さんは、上野駅にお母さんを迎えに行ったのよぉ」

 大家さんの口からびっくりな情報が飛び出した。

 矢沢さんのお母さんかぁ。

 話によく出てくる苦労人のお母さんだな。

 戦後に女手1つで子どもを育てるのは、相当苦労しただろうと思われる。


「お母さんですか?」

「ええ、なんだか上京してくるらしくて」

「そうなんですか。はは、母娘揃い踏みだな」

「そうですねぇ」

「もしかして、八重樫君のお母さんも来たりして?」

「ありえませんよ。母は、父の言うことが絶対の人ですからねぇ」

 その代わりに、お姉さんが来ているのだろうか。


「そうかぁ、会ってみたいんだがなぁ」

「え~? なんでですか?」

「だって、あのお姉さんのお母さんだろ? お姉さんはお母さん似だって話だし」

「確かにそうですが……やめてくださいよ」

「小説のネタとして、不倫とか三角関係とかつきものだからなぁ、ははは」

「身内でそういうことをネタにされると困りますから」

 まぁ、確かにそうだ。

 あまりからかって嫌われたりすると困るから、止めとこう。


 いつも妄想するが、あのお姉さんとお母さんの親子丼かぁ。

 さぞかしパラダイスだろうなぁ――男の夢だな、はは。

 しかし、あのお姉さんに睨まれて、俺の息子は勃つだろうか。

 それが心配だ。


 せめてお母さんの写真でもあれば、妄想がはかどるんだが、まさか八重樫君に写真をくれ――とも言えない。


「三角関係って、篠原さんの所もそうじゃないの?」

 大家さんの娘さんが、いやらしい笑みを浮かべている。


「え?!」

 アホなことを考えていると、矛先がこちらに向かってきた。


「いやいや、さっき言ったとおり、それは違いますから、ははは」

「……」

 娘さんのツッコミに、相原さんも困っている。

 それにしても、三角関係か?

 確かに関係はあるんだが、微妙に違うような……。

 昨日の騒動から、相原さんも確実にそういう気があるのがわかったのだが――。

 相原さんは仕事のパートナーなら最高だし、俺にはもったいないぐらい。

 でも、どちらかを選べと言われたら、コノミのためもあるからヒカルコを選ぶし……。


 俺だってヒカルコに感謝しているし、それに応えたい。

 そのための、あの紙だったんだがなぁ……。

 まぁ、コノミもすぐに興味なくすかもしれんし。

 そのときに回収すればいい。

 いや、ヒカルコがその気なら、自分で紙をもらってきて自分の名前を書けばいいのだ。

 それに俺がサインすればそれで終了。

 丸く収まる。


 朝から皆でワイワイしていると、誰かが階段を上がってくる音がする。

 音からすると2人だ。


「あれ? 皆さん、朝からどうしたんですかぁ?」

 上がってきたのは矢沢さんだった。

 後ろに着物を着た小さな女性がいる。


「おお、矢沢さん、おはよう。実は大家さんの娘さんが来ててな。皆で話していたんだ」

「大家さんの娘さんですか?! 初めまして! 矢沢です。こちらが、ウチのお母さんです」

「私の母」と紹介しなさいと――お小言を言いそうになってしまったのだが止める。


「娘がいつもお世話になっております」

 女性がペコリとお辞儀をした。

 矢沢さんも小さいが、さらに小柄で、目には小さなメガネ。

 暗い縞模様の着物を着て、髪を後ろでっている。

 こんな小柄な女性が、女手1つで矢沢さんを育てたのかぁ。


 並ぶと解るが、髪型は違っても顔はそっくり。

 もちろん、違う所もある。

 顔に深く刻まれたシワだ。

 俺より年上に見えるのだが、矢沢さんの話を聞いてずっと30歳半ばだと思っていた。


「初めまして――私、篠原と申します」

「まぁ、あなたが篠原さん? 娘の手紙によく出てくる方なので、どんな方なのだろうと楽しみにしておりました」

 それはいいのだが、お母さんのなにやら値踏みするような視線が気になる。


「ええ? 矢沢さん、お手紙になにを書いたの?」

「えへへ、内緒ですぅ」

 内緒って気になるじゃないか。

 お母さんの反応からして、悪口ではないっぽいが。


「お母さん、こちらは出版社の人」

「編集の相原です」

 ちょうど相原さんがいて、タイミングがよかったな。


「まぁ! 出版社さんにも挨拶に参ろうかと思っていたんですよ」

「お母さん、今はそういうのはいいから」

「そうはいきませんよ。娘がお世話になっているのですから」

「漫画家の親が、出版社に挨拶なんてしないから! ねぇ、相原さん」

「ええ、まぁ……」

 俺も聞いたことがない。

 地方なら知り合いが多いだろうから、挨拶――って話になるのも解りそうな気がするが……。


「ええ? そうなの?」

 やはり、話のテンポなどが矢沢さんに似ている。

 いや、矢沢さんがお母さんに似ているのだと思うが。


「それでは、ここで皆様にお土産を――つまらないものですが……」

 そう言ってお母さんが、包装された紙箱に入ったものをくれた。

 軽いからお菓子かなにかだろうか。

 これを持って出版社に挨拶に行くつもりだったのだろうか?

 同じものが相原さんにも渡された。


「お母さん、それからこちらが、ここの大家さんと、漫画家の先生」

「初めまして~」

 八重樫君がペコリと挨拶すると、自分の部屋に戻った。

 お母さんが、大家さんにも改めて挨拶をした。


「娘が、いつもお世話になっております」

「いいえ~、矢沢さんには料理などを手伝ってもらって、助かっております」

 そう言いつつ、大家さんが娘さんのほうを見ると、彼女がプイと横を向いた。

 そういう手伝いをしてくれない娘さんを暗に批判しているのだろう。


 彼女たちの話を聞いていると――俺の部屋の戸が開いて、ヒカルコが顔を出した。


「ショウイチ! ご飯食べないの?」

「おお、食うぞ! 朝から話し込んでしまった。相原さんも食べましょう」

「は、はい――すみません」

 飯を食うために部屋に戻ろうとしたのだが、矢沢さんのお母さんが娘の頭をいきなり叩いた。


「エミコ! 歳はともかく、所帯持ちじゃないの!」

「いったぁ! 一緒に住んでいるけど、結婚してないみたいだし!」

「そういう意味じゃないの!」

 彼女たちが言っているのは、多分、俺のことなのだろう。

 矢沢さんがお母さんに送っていたという手紙の内容がなんとなく想像できた。

 ここはやっぱり正確に伝えておかないとだめだな。


「あの~矢沢さん、娘さんとは仕事仲間で、そういう関係ではないので……ねぇ、相原さん」

「も、もちろん、そのとおりです!」

「も~! お母さん、恥かいちゃったじゃないの!」

「矢沢さん、大丈夫ですよ、大丈夫――ははは」

「もう、本当に申し訳ございません」

「いえいえ、ははは」

「え?! なになに?! もしかして4角関係?!」

 大家さんの娘さんが興味津々なのだが、冗談じゃない。

 いや、そんなつもりは毛頭ないのだが。


「あらぁ! 私だって10歳若ければぁ……」

 大家さんがそんなことをいい出したので、娘さんが慌てている。


「やめてお母さん! や・め・て!」

 俺も実の母親の生々しい話なんて聞きたくはない。

 おそらく、子どもであれば誰でもそうなのではあるまいか。


「あらぁ――お母さんが、女の幸せを求めちゃ駄目だって言うのぉ?」

「そうじゃないから!」

「あなたがお母さんのことを関係ないっていうなら、私だって好きにするわよ?」

「だからぁ! ごめんなさい!」

 やっぱり、お母さんである大家さんのほうが一枚上手のようだ。


「!」

 娘さんが、俺を睨みつけてくる。

 なんで、こっちに流れ弾が来るんだ。

 全然関係ねぇ~っちゅ~の。


 それはさておき、母娘水入らずが2組。

 これ以上、邪魔をしちゃいけないだろう。

 俺たちは部屋に戻って飯を食うことにした。

 八重樫君は、さっさと自分の部屋に引っ込んでしまっている。


 部屋に戻ると、コノミが鰹節の入ったおかゆを食べていた。


「ふ~、まさかあのお母さん、俺に会いに来たわけじゃないよな?」

「どうでしょう? さっきの話からすると、もしかしてそうかもしれませんねぇ」

 相原さんも俺の話に同意した。


「矢沢さん、いったいどんな話をしていたのやら……」

「なぁに?」

 2人の会話にヒカルコが不思議そうな顔している。


「さっきの人、矢沢さんのお母さんだってさ」

「そうなんだ。やっぱり似てるね」

 なんか全然興味なさそうだな。

 まぁ、俺だって正直興味はない。

 お母さんですか、ああ、そうですか――てな感じだ。

 八重樫君のお母さんなら、興味津々だがな。


「コノミ、具合はどうだ?」

「……うん」

「コノミちゃん、大丈夫?」

 相原さんも心配そうだ。


「大丈夫」

 まぁ熱があるんだろうから、具合は悪いだろうが、それでも食事は取れている。

 顔に出ている赤い発疹が可哀想だが、もうしばらくの辛抱だ。


 話を聞くと――矢沢さんのお母さんは、しばらくここに滞在するようだ。

 隣の泊まり部屋があるから大丈夫だろう。

 トイレの音は丸聞こえだが。



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