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昭和38年 ~令和最新型のアラフォーが混迷の昭和にタイムスリップしたら~【なろう版】  作者: 朝倉一二三


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65話 盆踊り


 俺が作った組み立て式のレコードプレーヤーの特許を取ることにした。

 原理的には蓄音機なので、それについては特許を取ることができないが、紙でできた組み立て式のものを雑誌の付録につける――というのを特許として申請した。

 こいつはビジネスモデル特許ってことになるのだろうか?

 この時代にそういうものが認められるのか不明だが、そこら辺は専門家じゃないので、よく解らない。

 駄目なら紙で作る蓄音機ということで、実用新案ぐらいは取れるかもしれない。


 俺の秘密基地にコノミと友だちがやって来たので、写真を撮ってあげた。


 ――コノミたちの写真を撮った次の日。

 相原さんから返事の手紙が来た。

 女性と文通なんてなぁ、字面だけ見るとロマンがあるよなぁ。


 彼女から来た手紙を持って、俺は秘密基地にやって来た。

 さすがに、ヒカルコとコノミの前で読めないからな。

 いや、別にやましいことを書いているわけじゃないだろうから、読んでもいいんだが……。


 畳に座って、手紙を開いた。


『前略――あの……そういうことではないのです。シートレコードの話は順調に進んでおります。なんの心配もございません』

 文面を見ると――嫌われたとか計画が頓挫したとか、そういうことではないらしい。


『あの……でも、忘れてください。申し訳ございません』

 だからなぁ――なにを忘れるんだ。

 まぁ、俺のこととかシートレコードのことじゃないとすると――ノリノリでゴニョゴニョなことをしたけど、正気に戻ったら、あまりはっちゃけ過ぎて恥ずかしかった――あたりだろうか。


 なにはともあれ、あまり重要案件じゃなくてよかった。

 いきなり「忘れてくれ」とか電報もらったら、焦るわい!


 相原さんのことは問題ないだろうと、ホッとしてコノミたちの写真の続きだ。

 現像したフィルムの乾燥が終わったので、今度はプリントだ。

 引き伸ばしてプリント――現像して乾燥させる。

 部屋の中に張られた紐に、ズラリと写真が並ぶ。


「これでいいだろう」

 写真はいいできだし、女の子たちも喜んでくれるだろう。


 ――相原さんからの手紙を受け取った次の日。

 秘密基地にコノミたちがやって来た。

 できあがった写真を見にやってきたのだが、今日は4人いる。

 写真はできているので、女の子たちに見せた。

 デジタル写真のようにすぐに見せられればいいのだが、アナログ写真はそうもいかない。

 現像したあと乾燥させないとだめなので、どうしても時間がかかってしまう。


 焼き上がったのは8枚の写真。

 焼き増しするものを彼女たちに選ばせようとしたのだが――そこでトラブル発生だ。

 いつも遊びにきていた野村さんというボーイッシュな子が、泣き出してしまったのだ。

 写真を撮ったその場にいなかったので、写っていないのは仕方ない。

 仲間外れにされたと思ったのだろう。


「ほら、野村さん。あなたのことを仲間外れにしようとしたわけじゃないから。みんなでもう1回撮ろう?」

「……」

 ぐずっている彼女に、コノミたちが謝り始めた。

 彼女たちとて、別に悪意があったわけではない。

 たまたま3人しかいなかったわけだし。

 俺の言葉で、4人で写真を撮ろうということになり、仲直りをしたようだ。


「野村さんは、泣きべそ顔のままでいいの?」

「!」

 彼女にカメラを向けると、顔を隠した。

 男の子みたいな恰好をしているが、彼女は女の子なのだ。


「俺はこの写真がいいと思うな~、これと同じように4人で撮ったら?」

 焼き上がった写真の中から選んだ構図は、3人の女の子が顔をくっつけてアップで笑っている写真。

 仲がよいのをアピールできる。

 泣いてしまった女の子も、それを感じたから仲間外れにされたと思ったのだろう。


「うん……」

 野村さんがうなずいた。

 目も赤いし、写真を撮るためには少々時間を空けたほうがいいはず。

 コノミにお金を渡してアイスを買ってきてもらうことに。


「コノミ、俺のも入れて5つな」

「うん!」

 アイスを買って戻ってくるころには、野村さんの顔も笑顔になっているだろう。


 女の子たちが帰ってきたので、秘密基地の中でアイスを食べる。


「「「「いただきま~す!」」」」

 友だちがいるってのに、コノミがアイスを食べながら俺の膝の上に乗ってくるので困ったものだ。

 注意しても聞かないしな。

 まぁ、もう少し大きくなれば、自然と離れるとは思うが……。

 前にもこんなことがあったが、女の子たちも羨ましそうに見ているから、コノミもその気になるんだ。

 別に悪いことじゃないので、強く叱るわけにもいかんしなぁ……。


 アイスを食べ終わったので、皆で撮影開始。

 さっきまで泣いていたカラスがもう笑っている。

 4人で顔を合わせているポーズを中心に撮るが、他の恰好も撮ってみた。

 戦隊モノみたいに、皆で決めている写真などもいい感じだ。

 皆で仲良く撮影終了――仲直りもできたようだ。


 せっかくできたコノミの友だちだし、つまらんことで仲違いはさせたくはない。

 まぁ、大人にはつまらんことでも、子どもにしてみれば、とても大事なことなのかもしれないが。

 忘却の彼方に埋もれてしまっている俺の子どもの頃の記憶には、それがなんだったのかはっきりとは思い出せない。

 彼女たちも、今日のことなんて大人になったら忘れてしまっているかもな。


 ――ちょいとトラブルがあったが、それから2日あと、写真ができた。

 Vサインを出して4人で顔をくっつけあって写っている写真をもらい、女の子たちが喜んでいる。


 そんな感じで、夏休みに子どもたちの相手をしている間に、8月に突入した。


 ------◇◇◇------


「え? 盆踊りですか?」

 大家さんが、暑い俺の部屋にやって来た。


「そうなの、学校のグラウンドでやるそうよぉ」

「はぁ……俺だけならどうでもいいけど、コノミがいるなら行ったほうがいいのか……彼女の友だちも行っているだろうし」

「そうよ~」

 大家さんがニコニコしている。

 やっぱり家族持ちには、こういうイベントは強制参加なのだろうか。

 男ヤモメじゃ、盆踊りなんてどうでもいいからなぁ。

 あ、そういえば――8月だと、お中元の季節でもある。

 あ~面倒くせー。


「――となると、コノミの浴衣を用意しないと」

「ショウイチ、ぼんおどりってなぁに?」

「あ~、夜に広い場所に集まって、皆が踊るんだ。夏の夜に音楽が聞こえてきたことがないか?」

「……ある? かも?」

 彼女が首を傾げている。

 彼女の母親と暮らしていて、ほとんど外に出なかったようだが、盆踊りの音楽などは聞いていたようだ。


「浴衣なら、娘が子どもの頃に着ていたものがあるから。貸してあげるわよ」

 戦後のものがないときのものなのか、それとも戦前から残っているものなのか。


「ありがとうございます」

「ヒカルコさんには、私が若い頃に着ていたものを貸してあげるから」

「……?!」

 ヒカルコは、自分に流れ弾が来るとは思っていなかったらしい。

 少々驚いている。

 彼女も、あまり外に出る行動派じゃないからなぁ。

 そのくせ活動家をやってたり、無理がありすぎる。

 まぁほぼ、あの男のせいだろうが。


 せっかく大家さんが浴衣を貸してくれるというのに、無下にするわけにもいかず、夜には盆踊りに行くことになった。

 コノミは友だちの所を回って、盆踊りに行くか聞いてくるようだ。

 多分、行くんじゃないかなぁ。

 昭和のガキはこういうのに参加ってのが基本だったような気がするし。

 俺は盆踊りを知らないから、コノミの友だちが来てくれないと困るなぁ……。


 コノミの絵日記のネタにもなっていいだろう。


 ――30℃超えの暑い日中が過ぎて、夕方になると涼しくなってきた。

 夕飯を食べたコノミは、大家さんの所で着付けをしてもらっている。


「ショウイチ!」

 浴衣に着替えたコノミが戻ってきた。

 白い生地に朝顔の染め物がしてあるものだ。

 昭和後期の化繊などではなく、結構よいものに見える。

 やっぱり、大家さんの所は資産家だからなぁ……基本ものがいい。


 せっかくコノミがおしゃれしたんだ、これを写真に残さない手はない。

 俺は秘密基地から、カメラと三脚を持ってきていたので、セットした。

 明かりは暗い蛍光灯だけなので、映るか少々心配だ。

 フラッシュがあればいいのだが、この時代のフラッシュはパラボラアンテナみたいなのに、電球がついている。

 そいつが閃光を出すのだが、電球は使い捨てだ。

 プロならともかく、素人でそんなものはつかえない。

 高感度フィルムってのも売っていると思うのだが、買ったことがないし。

 まぁ、上手く撮れるかは不明だが、とりあえずはやってみよう。


「コノミ、なるべく動かないでな?」

「うん」

 彼女がVサインを出す。

 シャッタースピードは1/15と、1/8で何枚か撮った。


「暗いから写真は失敗しているかもしれない。そのときは、ごめんな」

「大丈夫!」

 コノミの写真を撮っている間に、大家さんがヒカルコの着付けをやってくれている。

 そこに茶色のタンクトップにオーバーオールのジーンズを穿いた矢沢さんがやってきた。


「私も行ってもいいですか?!」

「原稿は大丈夫かい?」

「はい」

 彼女は踊りたいわけではなくて、漫画のネタとして観たいらしい。

 手にはスケッチブックを持っている。

 さすがに夜の写真は無理だな。

 令和のデジタルカメラならISOを上げれば、暗闇でも写真が撮れるのだが、この時代ではそうはいかない。


 主役のコノミをはじめ、俺とヒカルコ、そして矢沢さんが階段を降り始めた。

 外で紺色の浴衣を着た大家さんと合流する。


「コノミちゃん、可愛いわねぇ」

「うん、ありがとうございます」

 彼女はヒカルコとコノミの浴衣姿に満足そう。


「ちょっと、篠原さん!」

 盆踊りの会場になっている学校へ向けて出発しようとしていると、アパートから声がした。

 声のするほうを見上げると――窓を開けて八重樫君が顔を出している。


「おう、先生! 俺たちは、ちょっと盆踊りを見てくるからよ」

「ぼ、僕も行きますよ! 声ぐらいかけてくださいよ!」

「え?! 忙しいかと思って、気を利かせたんだが……」

「そんな1時間ぐらい、どうってことありませんから! 酷いですよ!」

「ああ、解った解った。ゆっくりと先に行ってるからさ」

「すぐに行きます!」

 まさか、八重樫君も行くなんて思ってないからな。

 男1人だし、そういうのに興味があるなんて思ってもみないし。

 まぁ実際、前のアパートのときにも、そんな話はまったく出なかった。


 ゆっくりと学校のほうへ歩いていると、ズボンにTシャツ姿の八重樫君が走ってきた。


「酷いですよ! 篠原さん!」

「はは、悪い。まさか、先生が行くとは思ってなかったし」

「そりゃ、ひとり暮らしのときには盆踊りなんて縁がなかったですけど……」

 興味がなかったわけではないらしい。

 誰か知り合いが行くなら、行ってみようと思っていたようだ。

 まぁ、俺もそんな感じだ。

 コノミとヒカルコがいなけりゃ、盆踊りなんて行く気もねぇし。


 皆で話しながら学校に近づくと、景気のいい音楽が聞こえてくる。

 定番の東京音頭と、最近の流行りだろう――東京オリンピック音頭だ。

 東京オリンピック音頭っていうぐらいだから、あれにも踊りがあったんだな。

 そういえば、アニメのエンディングでも、昔は○○音頭みたいのが定番だった気がする。


「そういえば、篠原さん」

 八重樫君がこちらを見ている。


「なんだい?」

「8月の終わりから、富士山先生原作のオバ9のTV漫画が始まるみたいですよ」

「へぇ~そうなんだ」

 もしかして、CMとかやっているのかもしれないが、ウチにはTVがないからな。


「いいですよねぇ……」

 彼が羨ましそうにしている。

 やっぱりクリエイターなら、そういう気持ちがあるのか。

 自己評価の低い先生だから、メディアミックスとかに興味がないものだと思っていた。

 いや、自己評価が低いのと、それに関連性はないのか……。

 多くは望まないが、できるものならやってみたい――というのが本音なのかもな。


「ムサシだって、もっと人気が出ればTV漫画になるかもしれないぞ」

「そうだといいんですけどねぇ……」

「もっとも、あの絵をアニメーションで動かすのはちょっと難しいかもしれないが……」

 それでも、ムサシの元ネタになったアニメは昭和49年に実現している。

 紙芝居みたいだったアニメが、たった9年であそこまでできるようになったわけだ。

 技術の進歩はすごい。


 ムサシの形を超単純化したものをアニメ化して、49年にリバイバルアニメ化って道のりもあるかもしれない。

 いま話に出たオバ9や青い猫型ロボの話も、なん回かアニメ化しているしな。


 話している間に、学校のグラウンドに到着した。

 中心にやぐらが組まれて、その上には大きな太鼓。

 真ん中から張られたロープには、まばらに電灯が灯っている。

 令和なら全部LEDだが、この時代は白熱電球だ。

 第一印象は――暗い。

 それでも、電気代が結構かかっているだろう。


 逆にいうと、大電力が使える場所じゃないとこういう行事ができないってことだよな。

 もう少し時代が先に進めば、ポータブル発電機などが登場してくるから、ちょっとした場所でも色々と行事ができるようになる。

 この時代、なにもない所で催し物をするには、まず電柱を立てる所からやらないとだめかもしれん。


 櫓を中心に、人の輪が二重になっており、音楽と太鼓に合わせて踊って回る。

 ガキの頃に見た盆踊りの景色だ。


「コノミちゃん!」「コノミ~!」

 いつも遊びにきている女の子たちが、浴衣姿でコノミの周りに集まってくる。

 ボーイッシュな野村さんは、普段の半ズボンのままだが、盆踊りにやって来たようだ。


「みんな~、コノミは踊り方をまったく知らないんだ。教えてあげてくれないか?」

「「「うん! いいよ」」」

 コノミは友だちに手を引っ張られて、踊りの輪の中に入っていった。


「う~ん、楽しそうだな。ヒカルコお前は?」

「フルフル」

 彼女が首を振っている。

 まぁ、見ているだけって感じだ。


「あれ? そういえば、大家さんは?」

「あそこで踊ってますよ?」

 八重樫君が指した方向に大家さんがいる。

 盆踊りはしたいのだが、年寄1人では入りづらいのかもなぁ……。

 ――そう考えると、今夜を一番楽しみにしていたのは、彼女だったのかもしれない。


「おっちゃん!」

 声をかけられたほうを向くと、いつものガキどもがこちらを見ていた。

 10人ほどの集団は、たまにメンバーが違っていたりするが、コアになっているガキどもはいつも同じ。

 浴衣を着ている男の子は少なく、ほとんどがいつものとおりの恰好だ。


「なんだ、お前らも来たのか~はは」

「来たよ!」「もちろん!」

「でも、お前らの目当ては、盆踊りじゃなくて――アレだろ?」

 俺の指すほうには屋台が並んでいる。

 町内会の盆踊りでも、屋台が出るらしい。


「へへっ!」

 ガキ大将っぽい男の子が、指で鼻をかいている。


「よし、暇だから。奢ってやるぞ?」

「「「本当?!」」」

「ああ」

 子どもたちを引き連れて一緒に屋台の所に行く。


「なににする?」「あれにする?」

 ガキどもが集まってあーだこーだと相談している。


「俺、金魚すくいがしたい……」

 1人の子どもがボソリとつぶやいた。

 屋台を見れば、眩しい光に照らされた金魚すくいらしきものがある。


「金魚すくいか、いいんじゃね? それじゃ皆でやるか?」

「「「いいの!?」」」

「ああ」

 青白い光に照らされた水が入ったプールには、オレンジ色の金魚がたくさん泳いでいる。

 黒いのがいるが、少々デカい。

 あれは無理だろう。

 プールの横には看板が立っており、1回10円と書いてある。

 その後ろには、シャツに腹巻きをした少々頭の薄くなったオヤジ。


「10人いるから、100円か。それじゃ1人3回やってもいい」

「「「本当に?!」」」

「嘘は言わん。ガキ10人いるから、3回ずつやらせてやってくれ」

 男に財布から出した小銭で300円を手渡した。


「毎度ぉ!」

「「「わぁぁ!」」」

 ガキどもがプールに群がる。

 まったく、こいつらは盆踊りはどうでもいいんだな。

 子どもらしくていいが……。


「金魚なんて掬って帰って、怒られないか?」

「「「大丈夫!」」」

 なぜか、ガキどもは自信満々だが……。


「篠原さん」

「なんだい先生?」

「あの明るいランプはなんですかね?」

 八重樫君が、テントの骨組みからぶら下がり青白い光を出すランプを指した。


「カーバイトランプだろ?」

「へぇ~」

「カーバイトって粉に水を入れると、アセチレンガスが発生するから、それを燃やしているんだ」

「旦那、くわしいねぇ」

 テキヤのオヤジも感心している。

 ここには電源がないから、こういうものを使っているのだろう。

 この時代にはポータブル発電機もないだろうし。


「親父さんの建築現場になかったのかい?」

「夜の現場なんて行ったことがなかったですからねぇ」

 それもそうだ。


「篠原さん、いろんなことに詳しいんですねぇ」

 一緒にいた矢沢さんも感心している。


「矢沢さんも大げさな。夜釣りで使ったことがあるだけだし」

「篠原さん、本当になんでも知ってますよねぇ」

「まぁ、年の功ってやつよ、ははは」

 八重樫君と話していると、服を引っ張られた。

 ヒカルコだ。


「なんだ」

「……」

 どうやら、金魚すくいをやりたいらしい。


「ヘ~イ! リッチウーメン、金持っているんだから自分でやれよ」

「……」

 彼女が俺の服を離さないので、テキヤに金を払う。

 30円を渡し、子どもたちと一緒の3回だ。


 ポイをもらったヒカルコが、お椀を持って座り真剣な顔をしている。

 そんな真剣な顔を初めて見たぞ。

 ガキどものほうは――金魚を掬えたやつと、ボウズのやつが半々。

 最高で3匹掬った男の子がいた。

 なにも掬えないガキはちょっと恨めしそうな顔をしているが、そこまで責任は持てん。


「やった!」

 ガキどものほうを見ていると、ヒカルコが声を上げた。


「ヒカルコさん、上手いです~」

「やりましたね!」

 先生2人が、ヒカルコを応援をしているのだが、自分たちがやるつもりはないらしい。

 八重樫君はあまり興味がなさそうだし、矢沢さんは無駄に金がかかることはしないタイプ。

 ペットを飼ったら余計な金がかかるのを知っているのだろう。

 喜ぶ皆と対照的に、俺は憂鬱だ。

 金魚を掬えてしまったら、金魚鉢を買わんと駄目だろう。

 明日、買ってこないと……。

 それに生き物を飼うってことはいずれ死ぬ。

 俺はそれがすごく嫌だし、可哀想だと思うのだ。


 ちょっと陰鬱な感じをよそに、ビニル袋にオレンジの金魚を2匹いれたヒカルコは上機嫌だ。

 矢沢さんと一緒にキャッキャしている。


「ショウイチ~!」

 そこにコノミが戻ってきた。


「コノミ、もういいのかい?」

「うん! あ! 魚!」

「これは金魚っていうんだぞ」

「金魚!?」

「あそこで掬うゲームをやっている。やってみるか?」

「う~ん……」

 彼女は金魚すくいなどやったことがないので、どういうものか皆目見当もつかないらしい。

 他の子どもがやっているのを見て、挑戦してみるようだ。

 まぁ、なにごとも経験だしな。


 他の子どもたちと一緒に3回チャレンジをしてみたのだが、まったく要領が解らず、投げ出してしまった。

 金魚すくいは、彼女の興味を引かなかったのだろう。

 それは仕方ない。


 コノミの頭をなでていると、テキヤの前からヒカルコが呼んでいる。


「ショウイチ! ショウイチ!」

「なんだよ……」

 なんか悪い予感がして、そこに向かうと――プールの中にうごめく、黄色くて丸いフワフワ。

 ぴよぴよぴよ――。


「可愛い!」

「お~い! この前に言っただろう? ひよこは駄目だって。こんなの1週間もしたらデカくなるんだから」

「篠原さん、大きくなったら卵が採れませんかね?」

 八重樫君がアホなことを言ってる。


「先生、売ってるひよこは全部オスだから。すぐにデカくなって、コケコッコーやかましいだけだぞ」

「え?! そうなんですか?!」

 俺の話に、テキヤの爺が不満げな顔をしている。

 角刈りにした頭に、ズボンに腹巻き。

 絵に描いたようなテキヤだ。


「旦那~商売の邪魔は止めてくれませんかねぇ……」

「てやんでぇ、テキヤだってひよこはすぐにロクるとか言っているだろ?」

「ロクるってなんですか?」

「漢字で6文字、南無阿弥陀佛でロクるだ」

「へ~」

 彼が感心している。


「一般的な言葉じゃないから、漫画で使うなよ、先生」

「旦那、同業ですかい? それなら――」

「違う! 俺はカタギだ」

 ――とか言っている間に、コノミもヒカルコと一緒に「可愛い! 可愛い!」と、言っている。

 どんなにねだられても、ひよこは駄目。


 ちょうど、大家さんも戻ってきたので、ブーブー文句を言っているヒカルコとコノミの手を引っ張って帰ることにした。


「「ぶーぶー!」」

 2人はまだむくれているのだが、コノミには綿あめを買ってやった。


「あ~、ひよこねぇ――可愛いけど、止めたほうがいいわねぇ」

「ほら、大家さんもこう言ってるぞ」

「ウチもねぇ、娘がどこからかひよこを持ってきて、大変なことになったしぃ」

 あとから彼女が娘さんから聞いた話では――友だちが買って親に怒られたのを、それならともらってきたものらしい。


「可愛いのは数日で、すぐにデカくなったでしょ?」

「ええ! それに朝になったら、毎日コケコッコーでしょ?」

 こんな住宅密集地で、コケコッコーじゃ、苦情殺到である。


「ほら! こうなるんだよ」

「「……」」

 大家さんの話を聞いて、多少は理解できたのだろうか。

 ――とはいえ、一度経験してみないことには理解ができないのかもしれんが。


「大家さんは、そのあとどうしたんですか?」

「欲しいって人がいるからあげてしまったけど……」

 デカくなったらただの鶏だし、娘さんもなにも言わなかったらしい。


「それって食べたんですよね?」

「ええ、多分ねぇ……」

 彼女が苦笑いしている。

 絶対にこういうことになるんだ。


 まぁ、なにごとも経験ではあるけどな。

 しなくてもいい経験もあるし。



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