49話 優しき力持ちの助っ人
秘密基地の隣に住んでいる奥さんに手を出してしまった。
弱みを握っているとはいえ、本気で嫌がるなら、テキトーなところで止めようかと思っていたのだが――。
奥さんもすっかりその気なので、びっくり。
やっぱり、万引きしたりとなんやらも、欲求不満が根本に問題があるんだろうなぁ。
こんな美人な奥さんを放置とか、ちょっと罪作りな旦那だぜ。
仲良くなったついでに金も借りる約束をした。
ちょっと言動がヒモっぽいけどな。
まぁ、金はすぐに返すし。
――ゴールデンウィークも終わったある日。
5月も中旬に差しかかった。
八重樫先生は追い込みに入っており、新しいアシと上手くやっているようだ。
彼は宇宙戦艦ムサシの大ファンであり、「ムサシみたいな漫画を描いてみたい」と言っている。
プロなら似たような作品は避けるべきであるという意見と、○○は売れているのだから、○○のような作品を描くべきという、両方の意見があるだろう。
どちらが正解とも言えないが――個人的には、自分の描きたいものを描いたほうが精神衛生上いいと思う。
先生の原稿が上がると、高坂さんが原稿を取りにきた。
ちょっと早めの時間にやってきて、俺の所でヒカルコと話し込んでいる。
彼女はヒカルコの大ファンみたいだからな。
当のヒカルコはかなり困惑気味であるが。
コノミもケーキと本がもらえるので、気にしていないらしい。
――隣の奥さんとの関係が続いていたが、5月の末になると、それがピタリと止まった。
理由はすぐに解った。
家に男の姿が見えたのだ。
30歳ぐらいで、黒い頭を真ん中で分け、四角い眼鏡をかけている。
鼻の下にはヒゲを蓄えていた。
俺の第一印象は、忍者戦隊もののアニメに出てきたナントカ博士に似ている――だった。
貿易会社を営んで、こんな大きな家を持っているのだから優秀なのだろう。
隣の奥さんの関係も中々よかったが、ここらへんでお開きのようだ。
まぁ、俺のスマホにはコレクションが増えたのだから、大収穫だったがな。
あとは、ダービーで金を増やして彼女に金を返せばいい。
そう、今回のダービーはデカい勝負になる。
俺が狙っているキーストトンは、皐月賞でボロ負けした。
おそらく、それが嫌われてオッズを大きく落としてくるだろう。
それが当然だが、キーストトンはダービーを勝つのだ。
ここで賭けねば意味がない。
つまり俺に大きなチャンスが回ってきたわけだが、少々心配ごとがある。
大金を賭けて超大金を得るので、競馬場でトラブルに巻き込まれる可能性があるんじゃないだろうか。
その心配を解消するために、俺はいい考えを閃いた。
------◇◇◇------
――ダービーを1週間あとに控えた5月23日、今日は日曜日である。
皆で朝食を食べたあと、俺は出かけることにした。
コノミは、友だちの家に遊びにいく約束をしていると言う。
「ちゃんと挨拶をしているか?」
「うん、お邪魔いたしますって言って、靴を揃えてる」
「よしよし、それでいい」
コノミの頭をなでてやる。
俺は、コノミと一緒に部屋を出ると、外で彼女と別れた。
ヒカルコはお留守番だ。
俺も用事が済んだら、すぐに帰ってくるつもり。
路地を私鉄の駅に向かって歩くのだが、今日は電車には乗らない。
そのまま踏切を渡り、私鉄の向こうへ行く。
以前メモった住所を頼りに、地図を見ながら目的地を探す。
「こっちか……」
路地を入っていくのだが、来たことがない場所なので、あとで戻れるだろうか?
まぁ、とりあえず線路に出れば、駅が解るからそこから戻れるか。
ぐるぐる回ったりしたが、目的地を見つけた。
2階建てのアパート――というか、普通の一軒家を上下に分けてアパートにしたような造り。
上下に玄関があって、外に階段がついている。
どうやら俺のお目当ては2階らしい。
階段を上ってドアをノックした。
「は~い」
俺の予想とまったく違った、若い女の声が聞こえてきたので、一瞬焦る。
「あの、ここは岩山さんのお宅じゃありませんか?」
「そうですけど……」
「大五郎さん、いらっしゃいますかね」
「あ、はい……」
しばらくして、ドアが開いて見知った顔が出てきた。
「おはようさん。俺のこと、覚えてる?」
「うす!」
ドア枠の上の所に頭をぶつけそうな大男が、微笑んだ。
短い頭にランニングを着て、トランクスみたいなパンツを穿いている。
俺が訪ねたのは、以前競馬場で助けてもらった、警備員をしていたお兄さんだ。
渇水のとき、給水車の所で出会って住所を聞いていた。
可能であれば、彼にガードマンを頼みたいのだ。
実力は競馬場での一発パンチアウトで、証明済みだからな。
「お兄さん、ちょっとバイトしないかい? ダービーのときに競馬場に行くんだけど、そのときにガードマンをしてほしいんだ。1日5000円出す」
5000円っていえば、元の時代で5万円だからな。
かなり高額なバイトになる。
「うす!」
「本当? 大丈夫?」
「うす!」
彼がニコニコしているので、問題ないのだろう。
「それじゃ頼むよ。5月30日な。朝の9時頃に迎えにくるからさ!」
「うす!」
ドアいっぱいの身体の脇から、女性がこちらを覗いている。
多分、彼の大きなランニングを着ているのだろうが――ポンチョを着ているような格好になっている。
肩ぐらいの髪で、丸顔の可愛い子だ。
「彼女? 同棲かぁ、やるじゃん!」
「う、うす……」
彼が、テレテレになって頭をかいている。
この様子から見ても、ガチでつき合っているのだろう。
「それじゃ頼むな! 5月30日、朝の9時に来るから!」
「うす!」
俺は2人に挨拶をして、家に帰ることにした。
彼が隣にいてくれれば、100人力だ。
一緒にいれば、襲われることはないだろう。
俺は心配ごとが1つ解決して、明るい気分でアパートに帰った。
コノミは友だちの家に遊びに行っているので、久々に家で仕事をする。
胡座をかき文机で書き物をしていると、ヒカルコがデカいネコのようにゴロゴロと絡んでくる。
コノミがいると、こういうことができないので、ここぞとばかりに甘えてくるのだ。
俺も色々とやることができてしまっているのだが、3ヶ月に1本ほど小説を仕上げて出版社に送っている。
お礼の手紙が来たりするのだが、それなりに売れているようだ。
女性が読者であるナントカロマンスシリーズのように、固定客がいれば一定数の売上が見込めるのだろう。
ヒカルコに抱きつかれながら仕事をしていると、外に車が止まった。
「おい、車だ!」
ヒカルコが離さないので、そのまま立ち上がると窓を少し開ける。
下に見えたのは黒いタクシーと、そこから降りてくる2人の女性――相原さんと矢沢さんだ。
相原さんは八重樫先生の担当から降りたので、どう見ても2人は俺の客。
「ほら! 客だ!」
彼女を強引に引き離すと、廊下に蹴り出した。
「あん!」
ヒカルコが不満げな顔をしているのだが、2人が階段を上がってきた。
微笑む相原さんと目が合う。
以前は、かなりストレスが溜まっていたようだが、今日は明るく見える。
「はい、いらっしゃい~」
「篠原さん、おはようございます」「おはようございます~」
いつも来るのが夜なので、朝一で2人が来るのは珍しい。
とりあえず上がってもらう。
座布団を出してちゃぶ台につくと、仕事の話だ。
2人がやって来たのは、新作のネームの件だ。
新雑誌が来月創刊される。
そこに、矢沢さんの連載デビュー作が載るってわけだ。
「別に私にネームを見せてくれなくても……」
「いいえ、やはり篠原さんの意見を伺いたくて」
新しい編集長も、最初は美少女変身ものに難色を示したようだが、相原さんの説得に折れた格好のようだ。
新雑誌はかなり後発になるゆえ、他の雑誌にない新しいことをやってみよう――ということになったらしい。
これは渡りに船だったかもな。
普通の雑誌なら、見たこともないネタってことで、ボツになったかもしれん。
「矢沢さんはどうだい? 描いてて面白いかい?」
「はい! 変身ヒーローがいるなら、変身ヒロインがいて活躍してもいいと、私も思いました」
「そうだよ。ヒーローものへの、女性進出だよね。しかもこの話は、女性のほうが立場が上だし」
「そうなんですよね」
話を聞いていた相原さんの目が輝く。
「編集長などは、難しい顔をしていたんじゃないですか?」
編集長はオッサンらしい。
「……実はそうなんですよね。でも、この雑誌を読むのは女の子たちですし」
「そうだよな。オッサン編集長の意見なんてお呼びじゃないよなぁ、はは」
「そ、そこまでは言わないですけど……」
多分、彼女の顔を見ると、それに近いことを言ったのだろう。
それに、この話がヒットすれば、相原さんの発言力も増すと思う。
話していると、ヒカルコがお茶を持ってやってきた。
やっているところを邪魔されたので、ちょっと不機嫌な顔をしている。
お茶を置くと俺の隣に座った。
「あの――、コノミちゃんは?」
相原さんが、コノミがいないのに気がついたようだ。
「ああ、友だちの家に遊びにいってますよ」
「学校でも、お友だちができてよかったですねぇ」
「子どもってのは損得勘定なしで仲良くなれるのに、大人になると色々と柵ができて本当にダメですよねぇ」
「そうですよね……」
彼女にも思い当たる節があるのだろうか。
それはそうとネームを見せてもらう。
絵が上手くても、ネームを切れない人ってのは一定数いる。
これもまぁ、才能みたいなものだしなぁ。
その点、矢沢さんは問題ないみたいだ。
元ネタのセーラー戦士は契約をするネコがいるが、それが今作では刀の精霊となり――彼らと契約を結び、刀を抜くことで変身できる。
ペラペラとネームをめくる。
八重樫君がやったような、最初に舞台説明をしてしまう失敗はしていないらしい。
ヒロインが実家の蔵の中で古い刀を見つけ、それを抜くと、突然現れた裸の美青年の下敷きになるところから始まる。
ネームだが、男の裸がしっかりと描かれている。
「いいですねぇ! 出だしで美青年の裸を出して少女たちのハートを鷲掴み」
「ちょっと刺激的すぎないでしょうか?」
相原さんが心配している。
「まぁ、もちろんモロチン描かなきゃ大丈夫でしょう? はは」
「……」
俺のオヤジギャグに相原さんが赤くなっているが、作画をしている矢沢さんは平気そうだ。
「矢沢さん、男の裸が上手いけど、どうやって資料集めをしているの?」
別にセクハラではない。男の筋肉などがしっかりと描かれているので、本当にそう思っただけだ。
これは想像などで描けるものではない。
「はい! それはですねぇ――工事現場に行って、おじさんたちをスケッチさせてもらっているんです」
「ええ?! 本当に?!」
彼女の行動力に俺は驚いた。
この時代、工事などにあまり重機が普及しておらず、穴掘りなども人力のことが多い。
「はい! 漫画家なんでスケッチさせてくださいっていうと、皆シャツを脱いてポーズ決めてくれますよ」
オッサンは驚愕した! なんという根性。
さすが、早くプロになってお母さん孝行したいという目標がある子は違う。
そういえば、ツルハシなどを持つポーズは剣にも応用できるかも。
彼女の話では、剣を持つ格好よさげなポーズなどを頼んだそうだ。
工事現場でのスケッチが終わったあとも、作業員たちに飲み物などを振る舞うことも忘れずにやっている。
素晴らしい。
彼女の話を聞けば、母子家庭で凄く苦労をしたようなので、漫画家での苦労もどうってこともないのだろうか。
ネームを拝見しても、なんの問題もない。
このまま作画に進めるだろう。
最初のヒロインは1人だが、このまま人気が出てストーリーが進めば、メンバーと精霊たちも増える。
メンツが増えれば、キャラ劇もできるようになるだろう。
矢沢さんは、そこら辺のネタもすでに考えているようである。
ノリノリだ。
「相原さん、これは売れると思いますよ」
「私もそう思いたいんですが、なに分新しいジャンルの漫画なので……」
「まぁ、そうですよねぇ、はは」
「私もキャラを描いていたり、話を考えてるとすごく楽しいですから、売れると思います!」
矢沢さんが気合を入れている。
若々しく、エネルギーがみっちゃんみちみち状態で、まったくもって羨ましい。
打ち合わせが終わったので、2人は帰ることになった。
「あの、これを……」
相原さんから、ケーキとコノミへの本のお土産をもらう。
「いつもありがとうございます」
「いいえ、篠原さんにお世話になっていることにくらべたら……」
「そんなことはないですよ、ははは」
まぁ、オッサンが未来の知識というチートを使って、趣味でやっているようなものだしな。
帰り際、2人は隣の八重樫先生の所に挨拶をしている。
ここらへんも編集としてソツがない。
編集が変わったから、もう関係ないってことではないのだし。
入れ替わるように八重樫君がケーキを持って来た。
一緒に食べながら、ネームの打ち合わせをする。
「矢沢さん、ここまでネームの打ち合わせに来るの大変ですよね」
「俺が行くって言っても、聞いてくれないしなぁ」
まぁ、会社の経費でタクシー代が出てるようだから、時間的にも金銭的にもそんなに問題にはなってないが……。
それよりも、ムサシの打ち合わせをする。
「太陽系を出ているので、多少無茶をしてもごまかせるようになったのがいいな」
「そうですねぇ」
今度の話は、シノラー総統の肝いりで作られた宇宙機雷の話だ。
「これはそんなにネタ的には難しくないぞ」
「最初、無理やり突破しようとして失敗するんですよね」
「まぁ、自動追尾機雷だからな」
「それで、機雷原をコントロールしている親機雷を見つけて、分解する――と」
「最後には、人力で機雷を除去するという面白ネタだ。科学を盲信している敵の帝国が手作業に負けるというわけだ」
「シノラー総統が、地球人を原始人の猿だと馬鹿にしてますけど、原始的な方法でやり返されるわけですね?!」
「そういうことだな。フフフ、会いたかったよ、ムサシの諸君」
「そうやって余裕かまして、ボコボコにされるわけですね」
「最初は猿相手に余裕だった総統も、徐々に本気を出さざるをえなくなるわけだ」
「いいですね!」
彼が早速宇宙機雷のデザインを描き始めた。
今回は新しい設定などはないからそんなに難しくはないだろう。
まぁ、機雷を沢山描く必要はあるだろうが、宇宙戦艦同士で艦隊戦をするよりは楽なはず。
矢沢さんの漫画が始まるが、ムサシのように調子よく伸びればいいんだがなぁ。
未来に売れるネタを詰め込んでも、絶対に売れるとは保証できんし……。
------◇◇◇------
――相原さんと矢沢さんがやって来て1週間たった日曜日。
今日は5月30日――ダービーデーだ。
府中の2400mで、若駒の頂点を争う祭典が行われる。
俺は、そこで大勝負をしなければならない。
大金を賭けて、超大金をゲットすることになるので、ガードマンを雇う。
飯を食うと着替える。
戸を開けると、外はしとしとと降るあいにくの雨だが、行かねばならない。
競馬だと伝えると、ヒカルコも一緒に行くとは言わなくなった。
まぁ前ので懲りたのだろう。
ヒカルコが行くと言わなければ、コノミもおとなしい。
とりあえず俺は傘を差すと、大家さんの玄関に向かった。
「あらぁ篠原さん、こんな雨の日にどうしたの?」
「大家さん、前に競馬で勝ちそうな馬がいたら教えてくれっておっしゃってたでしょ?」
土地を買った際に、彼女から金を借りたことにしたのだ。
「いい馬が、いそうなの?」
「はい」
「それじゃ、ちょっとまっててもらえるかしら?」
「ええ」
10分ほど待つ。
なにをしているんだろうと思っていると、髪を整えて着替えた大家さんが出てきた。
化粧もして、暗い色のワンピースに、藤色の薄いショールを羽織っている。
「行きましょうか?」
「ええ?! もしかして、競馬場に行くんですか?」
どう見ても競馬場に行く恰好じゃない。
令和の競馬場ならオシャレな感じになっていたが、ここは昭和だ。
「あらぁ、ダメかしらぁ?」
「いや、ダメじゃないですが、鉄火場ですよ? 御婦人の行く所ではないと思いますが……」
「一度行って見たかったのよねぇ。それに今日はダービーとかいう大きなレースがあるんでしょ?」
「はい、よくご存知ですね」
「新聞に載っていたからぁ」
なんと大家さんも一緒に競馬場に行くという。
これは予想外の展開だ。
さすがに面を食らった。
俺は、大家さんと一緒に秘密基地に向かう。
「ここが、篠原さんが買ったという所ねぇ」
彼女がボロ屋を見上げている。
「そうなんですよ。今は倉庫兼、私の作業部屋になってます」
そこから金を持ち出し、予想外の相方と一緒に頼りになる大男がいるアパートに向かった。





