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断剣

 焼け爛れた死体へ、飛び散った様々なものが集まっていく。死体は徐々に元の姿を取り戻し、逆再生された動画のように復元されてゆく。やがて死体は淡い桃色の光を纏って一人の少女へと復元され、秋織真斗が目を開く。


「――――かはっ!! あー、何度やってもきついわね、コレは」

 真斗は水中から引き揚げられたように荒く息をつき、何度も小さくせき込む。耐火繊維製の衣服も損傷が大きく、銃弾でぼろ雑巾にされた両足は未だ再生しきっていなかった。

「何度見ても気持ちわりぃなぁ。B級スプラッタも良いところだぁ」

 不意に投げかけられた声に、真斗の表情が凍り付く。

 どうして。防げる距離でもタイミングでもなかったはずだ。

「あんた、至近距離からあの爆発を受けて、なんで無傷なのよ!?」

 自分はこんなに吹き飛ばされているのに、と真斗はすぐ近くに転がっていたネイルの入ったショルダーケースを引き寄せる。見れば、真斗を引きずっていた二人の男も焦げた肌を晒して床に転がっている。だというのに、磯島だけが全くの無傷だった。


「はっ! この俺が何年もくそ気持ちわりぃお前らを研究して、何の成果も生み出して居なかったと思っているのかぁ!?」そう言いながら、磯島は白い石をはめ込んだ悪趣味な腕輪を掲げて見せる。「これはなぁ、天白のホワイト・スケイルを研究、再現した斥力場発生装置〝イージス〟だぁ」

「斥、力?」聞きなれない言葉に真斗が眉根を寄せる。

「あぁ? 解らないのかぁ? まぁ簡単に言えば、バリアみたいなもんだよぉ」

「バリアって……」

真斗は歯噛みする。もしも本当に雪鱗のホワイト・スケイルを再現できているとしたら、あらゆる攻撃は磯島へは届かないという事になる。


「いい加減理解しろぉ。もうお前たちは負けたんだよ。もう諦めて大人しく――」

《プロフェッサー! ハヴォックのコントロールが奪われました! 操縦不能、操縦不能!!》

 突然無線機から響いた声に、磯島は「あぁっ!?」と怒気をはらんだ声を上げる。

《奪われたヘリは自爆させろ! 無理なら他のヘリで撃ち落とせ!》

《だ、駄目です。全機のコントールが同時に奪われました!! ハヴォックがポリューションを攻撃しています!》

《全機って、あり得るかそんな事! ラジコン飛ばしてんじゃねぇんだぞぉ!?》

 何が起きているのか理解できず、半ば呆然としていた真斗の脳内に萩村の声が響く。

『はろはろー。真斗さんお疲れさまですぅー。それと、プロフェッサーもおつおつですよー』

『萩村雲雀っ……!!』

 思念通信はどうやら磯島へも接続されていたようだ。事態を察し、磯島は表情を歪める。

『お前の仕業か。電子の海のリヴァイアサン。余罪の把握もできない史上最凶最悪のサイバーテロリスト、〝(ウィスプ・)(ラバー)〟……!!』

 ウィスプ・ラバー。それは萩村雲雀の持つ電脳支配のアーツの名であり、彼女自身を指す忌み名でもある。彼女はその力を持って判明している罪だけで懲役二百余年、実際にはその数十倍に及ぶ脅威を振りまいてきたとされている。

『これで五十年くらいは減刑して貰えますかねぇ』

『逆に増えるんじゃないかしら。軍用AIをハッキングして乗っ取るって、超が付くほどの危険人物じゃない』真斗が意地悪な声を返す。

『や、役に立っているんだから勘弁してくださいよぉー。ほら、ポリューションの数も着実に減って――、おや?』

 バベル上の地図に表示されたポリューションを示す赤い光点が、とある区画で次々に消滅して行く。そこにはまだ、萩村の操るヘリも到達してないはずなのだが――。

『状況は解らんが、事態は把握した。俺にも手伝わせろ』真斗たちの思念通信へ、いぶし銀な声が割り込んだ。『荒事からは手を引いたつもりだったがな、店が危ないんじゃ話は別だ』

『ダンナ! やっぱりイケメンね! 頭部以外は!』

『うるせぇ! 一言余計だ、最弱隊長め』石花海が笑み含みの声で返す。


「どいつもこいつも、俺の邪魔ばかりしやがってぇ……!!」

噛み割らんばかりに歯を食いしばり、磯島が唸る。

《作業中止、死体と怪我人を積み込め。撤退だ!》

《しかし、それでは契約が》

《ミュータントプログラムの起動キーは俺の頭の中にしかないんだぞ。何が一番重要か考えろぉ! ヘリのイージスを起動させろ、合流地点まで急げ!》

「ちょ。待ちなさいよ、卑怯者!!」

 磯島は真斗を睨みつけるように一瞥し、足早に立ち去ってしまう。真斗は手をついて何とか立ち上がるが、再生の終わらない脚に力が入らず、追いかけることは叶わなかった。巻き上げられるワイヤーと共に磯島の姿がヘリの内部へと消えていく。

 真斗は脚を引きずりながら遠ざかるヘリへ手を伸ばす。だが当然届くはずもなく、細い指は虚しく空を切る。


 突如、一筋の黒い光が大型輸送ヘリ、ヘイローへと突き刺さる。ヘリを守る不可視の防壁が衝撃を受けてその姿を仄かに晒した。どうやらヘリを守るように球状に展開しているようだ。二発目の射撃音と共に放たれた黒い光も防壁を微かに揺らしただけで、大きく逸れていく。

『華村かぁ? 無駄だ無駄だぁ! お前の〝黒輝魔弾(フライクーゲル)〟ではイージスを抜くことは』

 磯島が言い終わるのを待たず、三度目の銃声が響く。空を揺蕩(たゆた)うダストの帯を貫いて、黒い光線がヘイローへと鋭く奔る。

 そして――、華村のフライクーゲルは防壁を貫通し、エンジンを撃ち抜いた。


 重い爆音と共に、エンジンから炎が噴き出す。ヘイローには二基のエンジンが搭載されているので直ぐに墜落するという事は無いが、機体は徐々に高度を落とし始めた。

『なぜ、何故抜ける!? イージスは天白のホワイト・スケイルを充実に再現した鉄壁の――』

『良い事を教えてやるよ、プロフェッサー』困惑して声を荒げる磯島へ、華村が言う。『俺もユキも、メロンや火蓮だって一度も真面目に定期健診を受けた事はない。くだらない目的に利用されるのは解り切っていたからな。丁度、こんな風によ!』

 再びフライクーゲルが放たれる。必中必殺の弾丸は無情に残されたエンジンを貫き、ヘイローは断末魔のような唸り声を上げながらみるみる高度を落としてゆく。機内は恐怖と絶望が渦巻いて、文字通りの地獄絵図となっている事だろう。

『き、貴様ら! どこまでも舐めくさりやがってぇぇぇぇ!! くそっ! あのアマ、何が絶対防御だ! くそっ! くそっ!! くそぉぉぉぉぉ!!』

 突然巨大なメロン型の爆弾が笑えない冗談のように空中に現れ、トドメとばかりにヘイローのテイルローターを吹き飛ばした。ヘイローは姿勢制御もままならず、錐揉み状態になりながら墜落し――爆発、炎上した。ヘイローが墜落したのは拡張作業中の外周部だった。スピネルから避難指示が出されているはずなので、巻き込まれた不幸者は居ないはずだ。


 真斗は崩れ落ちた壁際に向かい、縁に立って遠くに立ち昇る黒い狼煙を眺めていた。吹き荒ぶ強風に目を細め、あっけない物だな、と小さく息をついた。どれほどの狂人でも、死ぬときは一瞬だ。人は所詮、風に揺れる不安定な灯に過ぎない。容易に揺らぎ、そして消えていく。その儚さを、真斗は少し羨ましく思った。


「失敗しましたか、磯島さん」

 不意に背後から湧き上がった声に、真斗が首を向けようとする。

「遅いわよ、まったく。バックアップの話はどうしたの。こっちはもう終わっ――」

 ずぶり、と身体を貫く冷たい感触に真斗の動きが止まる。恐る恐る目を向ける真斗の瞳に、自身の腹部から伸びる一振りの刃が映る。

「なん、で」

 真斗の喉がごぼり、と湿った音を立てる。

「まだです。まだ終わっていません。マザーアゾットは、破壊させて頂きます」

「み、幹耶くん。まさか――」

「〝(デュラ)(ンダル)〟」幹耶は剥離白虎を抜き、血濡れた刃を振りかざす。「ナチュラルキラーのアンジュ。あなた方の言う所の、テロリストですよ」


 白刃一閃。真斗の震える瞳に、振り下ろされる剥離白虎の刃が光る――。


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