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41 兄のサッカー人生


 駅から離れた静かな住宅街。

 高級住宅街とされるその地域にポツンと存在する寂れた公園。

 ベンチに座って私は話し出す。


「さっきの人ね、私が中学時代に付き合ってた相手なの」


 そう語ると、隣で話を聞いていた夜星くんはノーリアクション。反応がないのは困るんだけど、今は私の話に集中してくれているんだと、そう考えて私は続きを語る。


「地元の中学校じゃ有名な不良で、誰からも恐れられてたの。そんな彼から告白されて私は付き合うことにした」


 私の人生の汚点とも言える。

 それだけ後悔した過去なのだ。


「もう別れたんだけど、向こうは受け入れてくれなくて、それで今も時々絡まれてる……」


「誰かに相談はしないのか?」


 ようやく夜星くんは口を開いた。


「してない……。だけど警察にした方がいいのかなって」


「警察か……本当に困ってるならした方がいいだろうけど、多分動いてくれないだろうな」


「なんかそんな気がして、今まで相談してこなかったんだよね……」


 私もそれなりに調べた。 

 事件性がなきゃ警察は動かない。私のような悩みを抱えている人は山ほどいて、その全てに対応できるはずもない。

 そもそも恋人同士のいざこざなんて、DVや金銭問題じゃなければ当人で勝手にしろって話だし。

 相手にされないんじゃないかって……そんな気がしたからずっと一人で抱え込んでた。


「まあでも、困ってるなら警察じゃなくても、誰かに相談するべきだろうな」


「うん……だから相談してるんだよ」


「あ、俺にするんだ……」


 目を丸くした。

 

「凄いなと思って……。彰人と正面を向き合って怯えずに話せた同級生はいなかったから」


「あの態度じゃ仕方ないだろうな」


「夜星くんは凄いよ」


「バイトで培われた対人能力だと思う。ああいう、自分が良ければ全て良しって自己中な客は死ぬほど多いからさ。最上も気をつけた方がいいぞ?」


「先輩からのアドバイスだね」


「前に一度接客中に怒鳴られた事があってさ。ああ、こういう人間もいるんだよなあって、世の中に失望した事があって」


 まただ。

 また目からハイライト消えたみたいに冷めた目をしている。

 心ここに在らず。瞳を見つめているとそんな言葉が過った。


「さっきの不良もそうだけど、相手に敬意が感じられないよな。初対面の相手に『誰だお前?』って、普通言わねえだろ。品がねえよあいつ」


「それが彰人だから……」


「ああいう輩にはこっちもそれ相応の言動で良いんだよ。だけど、接客中はそれが出来ないから、さっきみたいに溜まっていたストレスがあの不良に対して態度に出てたのかもな……」


「怖くないの?」


「全然。俺、中学時代はしょっちゅう先生に呼び出されて怒られてたんだよ。そんな俺を同類と思ったのか、寄ってくるのはチンピラばっかでさ。それこそさっきの奴みたいな連中ばかり」


「意外だね……」


 塾だけじゃなくて学校でも怒られてたんだ。

 不良の夜星くん……イメージがちょっとつかないかな。


「言っておくけど、さっきの奴みたいなヤンキーではなかったぞ? 不真面目なことに変わりはないけど、喧嘩とか警察のお世話にはなってないし……まぁ、黒歴史なんだけど」


 恥ずかしいのか、そう言って笑った。


「俺の話をしすぎたな……。最上の相談がまだだった」


「さっき話した通りだよ。流石に一人で抱え込むのに限界を感じちゃって」


 そう言うと彼は「そっか……」と頷いた。


「そもそもどうしてあんなのと付き合ったんだ?」


「話せば長いよ?」


「話したくないなら話さなくてもいいけど」


「……」


 話したい。

 それが私の本音だった。


 

 ◇



 私が篠原彰人と付き合うことになった経緯。

 決して彼が好きだったからという恋心からではない。ルーツはもっと複雑で、私の家族に起因している。

 それを語る上で欠かせないのは、お兄ちゃんについてだ。

 中学生の頃からプロのユースで活躍していて、才能はピカイチ。兄の影響でサッカーを好きになった私も、プロの試合を観戦するくらいのサッカーファンになった。

 それだけ私にとって、家族にとって兄の存在は貴重だった。

 兄が高校一年生の頃。ユースから唯一プロのAチームの練習に参加していた。それはつまり、プロ入りが約束されているということ。

 親は大変喜んだ。舞い上がるのも無理はない。だって一族からプロが出るんだもん。親戚一同、兄には期待していた。

 けど現実は残酷で、だからこそ私たちの家族は狂った。

 それは兄がユースのカップ戦に出場していた高校三年生の時。相手のチャージで体勢を崩し、倒れ込んだ所に体勢を崩した相手がのしかかったきたのだ。

 受け身を取れず、肩から落ちた兄はそれだけでも肩に負担がかかっていたはず。そこに相手の体重が降りかかってきた。

 当然わざとじゃない。

 試合中の不運なアクシデントでしかない。

 けれど、兄のプロへの夢はそこで絶たれた。


 家族が狂った。

 親戚一同は冷めた。

 兄は苦しんだ。

 私はそんな兄を見て酷く泣いた。プロになれなかったことに対してじゃなくて、プロになれず周りの期待を裏切ってしまったと罪悪感を覚える兄が可哀想で、私は泣いてしまった。

 両親はクズだ。

 息子の夢が絶たれて慰めることはしなかった。そこで私は察した。

 あの二人は息子を商品としか見ていないんだと。

 確かにプロになれば年俸は凄いし、日本サッカーのレベルは年々右肩上がり。日本の市場は高まって海外の強豪クラブから声もかかる。そうすれば年俸は膨れ上がる。

 サラリーマンの両親にとって、お金を稼げるに越した事はなかったらしい。


 だけど、絶望するばかりでもなかった。

 兄の怪我が治るかもしれない。

 そして兄の才能に惚れ込んだ大学があって、声をかけられた。

 どちらもプロへ行くためには……兄が再びサッカーを取り戻すにはまたとないチャンスだった。

 兄は手術することを選んだ。

 そして完治するか分からない中、声をかけてもらった大学に進学する事になった。

 当然学費も手術代もかかる。

 それでも、諦めきれない夢が兄にはあった。

 酷く落ち込んでいた両親は希望を見出した。兄のために何でもすると開き直った。

 お金も生活面のサポートも過保護なくらいに……。


 それと同時に私への興味関心、愛情はなくなったみたいに……。

 兄は今でこそサッカーを取り戻せたけど、負い目を感じている。自分が両親を狂わせてしまったんだと責任感を背負って生きている。

 私が両親に冷たくされていることを知っている。

 だから兄は私の味方でいてくれる。

 けれど、学費や手術代など両親に金銭面でかけた負担が罪悪感としてのしかかっているのか、兄は両親には頭が上がらない。

 私の味方でいようとしてくれているけど、私の存在すら兄の人生の足枷になっている気がして、信頼こそしてはいるけど、相談なんて出来る相手じゃなかった。

 

 そういうのを全部ひっくるめて、私はちょっとおかしくなったんだと思う。

 所謂、反抗期。

 誰にだって訪れる思春期の道外し。

 中学二年生で地元の中学では悪い意味で有名だった篠原彰人に告白されて、考えなしに付き合う事にした。

 学校中で話題になった。それも当時の私にとってはどうでもいい事で、何か特別にやりたい事がなかった私は、テキトーに彼氏を作って日常から逃げ出そうとしていたわけだ。

 ただ、彼氏を作っても私の心が満たされる事はなかった。もともと異性と付き合ったことがなければ、付き合いたいという願望もなかった上に、相手は素行不良で言動がいちいち身勝手な男子。

 付き合ってから好きになる……なんて事もなく、私たちは恋人らしいことをすることもなく、三ヶ月で別れた。

 彰人は他校の女子とも関わりが深かったらしく、当時は私と別れても気にしていない様子だったけど、時を経て……高校生になったタイミングで再び絡まれるようになった。

 それで今に至るわけ……。




「そんな感じかな……」


 長々と私は肝心な部分を要約して夜星くんに話した。話を聞いている間、うんともすんとも言わない彼だったけど、聞き流すことはなく、ちゃんと私の表情を窺いながら話を聞いてくれていた。


「私の悩みはさ、全部家族についてなんだよ……。彰人がウザくて面倒なのは間違いないけど、多分家族に対する信頼があれば、頼ってたと思うし」


 大人に頼るのが怖い。

 その大人に家族が含まれている時点で、私は両親を他人として見ているのかもしれない。

 それがなんだか寂しくもあって、頼りにならない両親にむかついてもいる。


「ごめんね夜星くん……。反応に困るよね」


「いや、まあ……テキトーなことは言えないからな」


 無難な言葉選び。

 私になんて声をかければいいのか探っているのが分かる。本当に迷惑なことをしたって反省しなきゃと思う。


「話を聞いてくれてありがとう夜星くん。それじゃあまた明日ね!」


 それだけ伝えて私は歩き出した。


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― 新着の感想 ―
処女厨のおれ。一安心。
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