22 決勝戦
球技大会の熱は冷めることなく、むしろ決勝が近づく度にボルテージは高まっていった。
特に今年は例年稀に起こる下剋上年。
一年生から三年生が参加する球技大会で、一年生が決勝まで残ったのだ。
それは凛月たちのクラスだった。
決勝まで残れば体育館中の生徒の注目が全て集まる。学年、クラス関係なく、誰もが決勝に注目していた。
体育館は観戦で揺れるほどだ。
そんな中、試合は始まった。
相手が三年生であろうと一年生は攻撃も守備も全力で行う。体格差はたしかにあるが、それを言い訳にせずチームワークでカバーしている。
「なんか夜星くんの動き重そうだね」
「そう?」
弥恵は試合を観戦しながらそう言うが、一緒に観戦している綺更はそう感じなかったらしい。
「ワンテンポ周りより遅いというか……なんか反応が遅れてる気がする」
「仕方ないんじゃない? ただでさえ周りは運動部で、しかも決勝戦。そもそものレベルが高いわけだし」
「うーん……それもそうか」
周りは運動部。決勝ということもあって三年生の気迫は凄まじく、多くの注目も集めるから緊張だってするだろう。
弥恵は試合を観戦しながら無理やりそう自分の中で言い聞かせた。
「実際夜星くんだけじゃないと思う。チームを引っ張ってた槇村くんや杉下くんもなかなかボールに触れてないし」
スコアは離されているが、絶望的状況ではない。必死になって食らいついてはいるのだ。
しかし、流れは完全に三年生が支配している。
そんな状況で逆転の兆しは見えてこない。
「ふぅ……ちょっとやばいな」
ハーフタイム。ベンチに座った慎二は汗を拭きながらそう弱音を吐いた。
決勝戦は第1クォーターから第4クォーターまで行い、1クォーター5分。ハーフタイムは10分間の休憩だ。
宮下の怪我によりベンチ層が薄い一年生は、体力勝負になる後半は間違いなく不利だ。
そして前半で圧倒された経験を踏まえると、このままではまずい。
「トイレ行ってくる」
「おう」
凛月はそう言ってベンチを離れた。
休憩して後半に体力を温存したいが、今はそれどころじゃない。
ベンチにずっと視線を送ってくる幼馴染のもとへと足を運んだ。
「美織と何かあったか?」
単刀直入に朔楽はそう尋ねた。
「別に」
凛月は知らんと言わんばかりにそっぽを向いた。
「お前、あからさまにやる気が失せてんぞ」
「最初からこんなもんだし」
「一試合目無双してたろ」
「相手が強いんだよ。決勝だぞ?」
「どう見てもお前の動きが鈍くなってる。外野で見てりゃ一目瞭然だ」
どうやら幼馴染に誤魔化しは通用しないらしい。
「何があった?」
もう否定は出来ない。
朔楽の瞳を見れば、確信を持っているという事が伝わってくる。
「ちょっと口論になった」
「珍しいな」
「あいつが一方的に感情をぶつけてきたんだ。そんで言い返してる内に……」
凛月はむしゃくしゃしているのか、舌打ちが絶えなくなった。
朔楽もそんな凛月を見るのは珍しいために面を食らったが、同時に凛月の調子が悪い理由にも納得がいった。
「随分とキレてんな」
「元々虫の居所が悪くて、そんな時に美織と口論になった」
「つまり、美織は二重の怒りをぶつけられたってわけか。そりゃあ、美織が珍しく不機嫌になってたのも納得だ」
「自業自得だろ。自分から俺に話すよう促して、意見の相違で対立して喧嘩して」
「お前が気難しい様子だったんだろ」
「……」
「図星か?」
朔楽の指摘に何も言い返せなくなった。
確かに美織は凛月の不機嫌さを察していた。そしてその訳を尋ねてきたに過ぎない。
そういう意味では、周囲を不快にさせていたのは凛月の方だ。美織が心配するほど不機嫌な態度だったのかもしれない。
まさかあそこまで口論が発展するとは思っていなかったが、少し考えれば自分にも落ち度はあったかもしれないと凛月は思った。
しかし、最初から素直に謝れるならそもそも口論には発展しない。譲れない考えや価値観があるから対立するんだ。
そして対立してしまえば、その亀裂はなかなか元には戻らないだろう。
「俺がどうだろうと関係ないだろ。あいつが気にしすぎなんだよ」
投げやりな様子で凛月は吐き捨てるように言った。
「美織がお節介なのは今に始まったことじゃねえだろ」
兄としての主張。
少なからず美織を庇っているようにも受け取れる。
しかし兄の朔楽だからこその意見だろう。鬱陶しいほどに美織は朔楽の心配をする。
朔楽もこんな性格だから周りと上手くやれているか心配になる気持ちも分かる。
実際、朔楽が孤立しないように美織は立ち回っていたんだと凛月は知っている。
「まさか朔楽に心配されるとは思ってなかった」
「お前のプレイを見てると腹が立つんだよ」
「お粗末なプレイで悪かったな」
「真面目にやれ。出来る奴がちっぽけな悩み一つでうだうだしてんのを見ると腹が立つ」
「分かってる……」
凛月は表情を変えた。
不貞腐れた様子の無愛想な表情を、力強く覇気を宿してキリッとした表情に変えたのだ。
「試合中に別のことを考えて試合についていけないのはつまんねえし、一つのことに囚われて負けんのも癪だ」
その瞳には闘志が芽生えていた。
「相手が誰だろうと、どれだけ格上だろうと本気を出さずに負けるのは面白くない。しかも対峙してる三年生じゃなくて、幼馴染のことで頭を使って集中出来ないなんて論外もいいところだ」
やる気は戻ったようだ。
どれだけ自分が不甲斐なくダサいことをしていたのか実感出来たらしい。
「賭けてやる。お前が勝ったら飯奢ってやるよ」
「なんだよ急に」
「負けたら奢れ」
「アホか。ビハインドな後半戦で勝つってどれだけ難しいと思ってんだよ」
「今日の夜飯は豪華になりそうだ」
「奢ってもらう前提かよっ!」
普通ならこんな賭けを受けはしないだろう。
しかし――。
「本当に俺らが勝ったら奢れよ?」
少しだけ雰囲気が和らいだのか、凛月はニヤッと笑ってそう言った。
そしてハーフタイムも残り僅かにして凛月はベンチに戻って行った。
朔楽はその様子を遠くから眺めて頭を掻く。
らしくないことをした。幼馴染と妹が喧嘩したのはいつぶりだっただろう?
無愛想な自分と違って凛月も美織も愛想が良い。というより、嫌われないよう最低限の愛想を持っている。
そんな二人に何かあったとなれば、流石の朔楽でも気になってしまう。
「流石に美織は誘えねえな」
いつもなら……。
今日はそんな雰囲気じゃないことくらい朔楽でも察している。
そう考えていると試合は後半戦に突入した。
点差は開いているが、絶望するほどではない。
だからだろう、希望の光は後半に入って早々見えてきた。
前半と大きく変わったのは誰が見ても一目瞭然。一年生側の動きだ。
その筆頭はまさに凛月だった。
ボールを運ぶ回数が増えた。ボールを積極的に触っていこうとする意思がプレイに乗っていた。
流れを掴まれていた前半とは打って変わり、後半は確実に一年生優位に進んでいた。
バスケ部という実力者がいないこの試合において、ゴールを決め切ることの難しさは誰の目にも分かることだった。
しかし、それが唯一の逆転の兆し。
決めるところは確実に決め、相手のミスはカウンターで仕留める。
前半それができなかったのは、やはりボールを運ぶ役割が不在だったから。
凛月という一人の男子がやる気を取り戻すだけで、一年生の士気は3倍にも4倍にも膨れ上がった。
そして一年三組は劇的な逆転劇を繰り広げた末、見事なまでの優勝を飾ったのだった。




