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16 平民


「それじゃあ、今回の試験の素点表を返していくわね」


 担任の隅田川(すみだがわ)先生がそう言うと、生徒たちは十人十色の反応を示した。

 早いもので、試験の全行程は終わり、それどころか試験返却も終わった。

 今から渡されるのは今回の試験の全てが記載されている素点表。

 先生の話だとクラス内順位も記載されているらしい。学年順位が出ないのは、中等部からの内部進学生たちとは試験範囲が違うから。試験が違うのに同じ点数として扱うことは出来ないのだ。

 俺たちより先を学習する内部進学生の方が難しいかといえばそうでもなく、学習範囲を追い付かせるために高校入学組は凄まじい進度で学習している。

 どっちが凄いとかは特にないらしい。


「それじゃあ、出席番号一番――」


 一番から順に素点表を渡されていく。点数は知っているが、それを踏まえて自分がクラス内でどの順位にいるのかをみんな気にしている。

 これが最初の試験だ。

 あいつは頭がいいとか、その逆にあいつは勉強が苦手そうだとか……授業中の発言や小テストである程度イメージはついているが、明確な順位が出るのは今回の試験が初。

 それ故の緊張感に教室は包まれている。


「華紫波さん」


 先生が華紫波の名前を呼んだ。

 俺はその様子を一番後ろの席から眺めている。

 華紫波はというと、喜怒哀楽のどれにも当てはまらない表情を浮かべて素点表を受け取っていた。

 そして素点表を眺める表情も無そのもの。

 そのまま自分の席へと戻ってからも、ずっと素点表と睨めっこしている。

 多分成績が奮わなかったんだろうな。

 どんまい華紫波。

 そう思っていた時。


「でゅふっ!」


「っ……!?」


 周りが『何位だった?』とか『クラス偏差値なんだった?』とか話し合って騒がしい中、確かに俺の耳には届いていた――華紫波から放たれた『でゅふっ!』という声を。

 よーく見てみれば華紫波はニヤけ面で素点表を見つめている。 

 さっきまでの無はどこ行った?

 つうか華紫波を遠くから見つめて解説してる俺キモすぎて死ねる……。


「最後、夜星くん」


 最後が俺の番。

 

「頑張ったね」


 先生のもとまでやってくると、俺より顔一つ分背丈の低い華奢で童顔の女性教師、隅田川先生にそう言われた。

 受け取った素点表を見て理解した。

 このクラスの一位は俺だったのだ。

 二位、三位が誰とか、ビリが誰とかは興味がないし、知りたくても知ることができない顔の狭さ。

 まあ、試験が終わってよかった。


 

 ◇



「夜星くん、クラス一位だったでしょ?」


 放課後。帰宅部のくせに帰るのが出遅れた俺は、教室に残っていた最上にそう言われた。


「違うぞ」


「でも君以外で一位の人がいないんだよね」


「じゃあ俺じゃん」


「そういう事」


 最初からバレてたんなら仕方ない。


「隠してるの?」


「まあな」


「騒がれるのが嫌とか?」


「うん。別に誰が一位だっていいじゃない。このクラスで一位ってだけで、他のクラスには負けてるかもだし、他の学校にはもっと頭いい奴がいるだろうし」


「え……」


「ん? どうかした?」


 今のどこに驚く要素があっただろうか? 

 

「お山の大将って聞いてたから」


「誰が?」


「夜星くんが」


 俺がお山の大将……。


「でもそうだね……。夜星くんは自己評価が特別高いわけじゃなかったもんね」


「俺なんてまだまだ……。っていうか俺のことをお山の大将って言ったの誰よ?」


「風の噂だよ」


「え、怖っ……」


 誰?

 誰なの!?

 誰が俺をそんな風な男って噂を流したのよ!


「遊びに行ってたりしたけど、勉強しなくてもテストは簡単だった?」


「まさか。遊びには行ったけど勉強はちゃんとしたよ。正しくないし辞めとけって言われるだろうけど、身を粉にして徹夜でね」


「それは逆に身体が心配だね」


「仕方ないさ。遊んだらその分勉強しないといけないし」


「……」


 俺がそう言うと最上は目を見開いて固まった。そして数秒俺を見つめてクスッと笑った。


「なるほど、裏で努力してるんだね」


「ん? そりゃあするでしょ。というかみんなだって勉強してますってアピールしないだろ?」


「たしかにそうかもね。」


 こくこくと最上は納得したように何度も頷く。


「なんか話聞いてたら夜星くんの話が正しいかも」


「別に正しいとかはないと思うけど」


「遊ぶ代わりにやることはちゃんとやる。うん、凄い立派だよ!」


「そう? まあ、確かに俺は立派だけどさ」


 照れるな。

 頑張って同級生から褒められんのなんか良いな。

 めちゃくちゃ気持ちいいんですけど!


「ちなみに、数学と理科系と世界史は満点だった」


「ほんとに! 数学と理科系の試験は平均点あまり良くなったのに凄いね!」


 ぐふふっ!

 こりゃあかんわ。

 一種の麻薬に近い。褒められる沼から抜け出せないかもしれない。



 ◇



 あの後、最上はサッカー部の練習に向かった。

 なるほど一位を取ると賞賛の嵐を受けられるのか……。まあ、その分注目を集まるってことだから、やっぱり言いふらすつもりはない。

 順位が存在する以上、追われる立場ってのはどうしても好きになれない。それでも、一位を取った以上譲る気なんて毛頭ないけど。


「ふふふ」


「……」


「ちょっ、無視しないでくれるっ!?」


「あ、華紫波」


 下駄箱で靴に履き替えていると、華紫波がいたらしい。無視したつもりはないが、変な笑い声が聞こえてきたので関わらないようにしていただけだ。


「どうだね平民くん」


「平民くん?」


 何その呼び名?


「試験はどうだったの平民くん」


 ドヤ顔で妙に胸を張って苛立つ顔でそう尋ねてきた華紫波。

 これはあれだ、多分クラス順位が高かったんだな。だって『でゅふっ!』とか、なかなかリアルで聞かない声を出してたし。


「俺を平民って呼ぶってことは、俺の順位を把握してるのか?」


「正確なのは知らないけど、15位から20位付近とみた」


「根拠は?」


「天才の勘だよ」


「天才ってのは?」


「ふん! 私こと華紫波弥恵だよ!」


 凄いよこいつ。

 一つの試験でここまで堂々と胸を張れるなんて本当に凄いよ。


「さすが天才だな。俺の順位はそんなもんだったよ」


「分かるんだよね私には。夜星くんってなんとなくそんなイメージだし。それに慎二から聞いたけど、試験勉強を早々に切り上げて遊びにも行ってたんでしょ?」


「まあね」


 なんだかんだで槇村とは今でも話してるんだな。

 まあ教室で様子を見てれば分かることだが、第三者から見れば入学当時から変わらない仲の良さって感じだ。

 本人たちには思うところがあるんだろうけど。


「で、天才様は一位だったのか?」


「惜しい、六位だね」


 どこが惜しいのか誰か説明してくれ。

 けど……。


「本当に六位だったのか?」


「うん」


 少し意外でびっくりした。

 そりゃ『でゅふっ!』って声が出ても仕方ないわ。


「勉強に困ったら私に頼るといいよ。全然教えてあげるから」


「本当に困ったら頼ることにするわ」


「任せなよ平民くん」


 平民くん呼びはムカつくな。


「それじゃあ私は沙知と遊びに行くから」


「倉形さんだっけ?」


「うん」


 やっぱり仲が良いんだな。

 

「じゃあね」


「ああ、またな」


 華紫波はぴょこぴょこと、うさぎのように帰って行った。俺はその背中を見つめながら本当の成績を言うべきだったか悩んでいた。

 でも、華紫波はああやって調子付いてる方が似合ってるし、勘違いしてる華紫波にわざわざ本当の順位を言う理由もないから、しばらくは華紫波から見て平民に成り下がろうじゃないか。


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