33話 マッチポンプじゃん
ドワーフの弟子を巣立たせたらドワーフを引き連れて帰ってきた件について。
「いいかリンガネット、よく考えろ。この家にそんなに大勢受け入れる部屋はない。国に帰るんだな」
「その点は問題ありません。アストレア第三王女様がファクトリアに居住区の手配をしてくださったので」
「あいつ……!」
何してくれてんの!?
いや、落ち着け。まだ慌てるような時間じゃない。
「ちっ、分かったよ。だけど居住区の手配って言っても、こんな団体が寝泊まりできる場所の用意は容易じゃないだろ? とりあえずいったん帰れ、な?」
何が何でも一度帰省させる。
そして隙を見て引っ越そう。
「いえ、なんでもひと月半前程から話を進めてくださっていたそうで、すでに入居済みです!」
「リスチェェェェェ!!」
ここしばらく顔を見せないと思ったら案の定暗躍していやがった。どうしてそんなひどいことができるんですか。
いや待て。
リスチェの判断ならなにか理由があるかもしれないぞ。少なくともリスチェにとってデメリットよりメリットの方が大きいと判断する出来事だったわけだ。なんだかんだあいつの嗅覚って本物っぽいし。
「ゼクスさんお呼びになりましたか?」
「来てるのかよ」
ひょこっと現れたわこの王女。
「いやー、ようやく仕事が一段落付きましたので。あ、今日は紅茶でお願いします」
「くつろぐな、庶民の家で紅茶が出ると思うな」
「大丈夫です! 昨夜茶棚に補充しておきましたので!」
「おい、忍び込んでんじゃねえよ」
うわ、本当にあるし。
「あれ、ドラちゃんはリスチェの訪問知ってた?」
「肯定。深更、ゼクスが寝入ったころに来てた」
「気づいたなら侵入許さないで」
「反論、差し入れに来ただけと言っていたから」
差し入れしといて強請りに来たのかこの王女。
これが格の違いってやつなのか。
図々しいにもほどがあるぞ。
とりあえずドラちゃんにはリスチェから物は貰わないように言っておく。その内発信機とか付けられそうだ。自分の発明品に苛まれるとか間抜けすぎる。
それからお茶を入れてもらうことにした。
ニキミタマでリスチェはドラちゃんの入れたお茶をおいしいって言ってたからな。ドラちゃんに任せとけば問題ないだろ。
「で、今回は何をたくらんでるんだ腹黒王女」
「あ、あれ? ゼクスさんの好感度が急降下してる気がします」
「よく分かったな」
海より深い不快感。
鼻白む俺と腹黒王女で対義語だな。
分かり合えないよ。
「おかしいですね?」
「確かにおかしいな。帰りに病院行って脳を検査してもらうのをお勧めするぞ」
「いえ、ゼクスさんにとってプラスになる『香り』がしたはずなんですけど……はて?」
そんな馬鹿な。
一体何がどう転んだらよかったってなるんだ、よ?
……なんだか嫌な悪寒、略して嫌悪感が。
「疑問、ゼクスの冷や汗はどこから?」
「あなたの風邪はどこからみたいに聞くなし」
この気配……、まさか!
急いで魔道具のハチドリを飛ばし、偵察に向かわせる。頼む、杞憂であってくれ。
「げ」
ディスプレイに映し出されたハチドリの視界。
そこにいたのは、最も会いたくない人物。
「……なんで勇者一行がこっちに」
グレインを始めとする、俺を追放した奴らが、この家目掛けて一直線に向かっていた。
*
グレインたちはその日、ある噂の真実を確かめるべく、ファクトリアの外れに向かっていた。その噂とは魔道具を極めた職人が住むという噂だった。
「僕もいよいよ魔道具職人と会えるのか」
「言っておくけど、確証はないからね」
「火の無い所に煙は立たない。そうだろう?」
「その火も、第三王女殿下が頻繁に足を運んでいるってだけよ。とうてい根拠とは呼べないわ」
そう。
リスチェがゼクスの巣を頻繁に訪問したがゆえに、王城内で流布されている魔道具の流入先が露呈したのである。
リンガネットが内弟子をしている間、リスチェがゼクスのもとを訪ねなかったのはこの噂が徐に広まり始めていたからというのもある。大体8割くらい。
「見えた、あの家じゃないか?」
だが時すでに遅し。
噂は都市伝説に姿を変えて知れ渡り、ついにはグレインの耳にも届いてしまったのだ。
リスチェはリスチェで「なんとなくこのままだとまずい気がする」という予感があった。だから彼女はこのひと月半本気で仕事に打ち込んだ。その成果が、今結実しようとしていた。
「まさか、ドワーフ!?」
「知っているのかシフォン!?」
遠くに見えた一軒家。
その家の前にたむろする背の小さな集団を見て、魔術師のシフォンが呟いた。
「ええ。鍛冶や工芸に秀でた種族よ。彼らの拠点は岩山が多く、町中で暮らす私たちではなかなかお目にかかれないわ」
シフォンは貴族の令嬢でもあったから、他種族に対する知識もそれなりにある。ドワーフに対する知識も当然有していた。だからこそ、なるほどといった様子で深く頷く。
「ながらく不明とされていた魔道具の仕組みを究明した英傑がどんな人物かと思ったら、まさかドワーフだったなんて。いえ、それならばむしろ納得よ!」
一般に魔道具はブラックボックスだ。
中身も仕組みも分からない。ただ結果だけが残る。
それが魔道具であり、人類の英知をもってしてもその研究は遅々として進まなかった。
その事実をシフォンは知っていた。
だからこそドワーフを見た瞬間に確信する。
ああ、魔道具を作ったのはドワーフだったのか。
彼女は知らない。
ここにいるドワーフもゼクスに技術を乞いに来た無知なる者だとは、つゆ知らずなのである。
*
まずいまずいまずい。
どうするどうするどうする。
このままだとグレインたちと鉢合わせる。
馬車で移動しているみたいだし、数分としないうちにここに着くだろう。ハチドリから見えたのは運転していた重装のオクスと、車窓から見えたグレインに魔術師のシフォンだけだが、他の皆も乗っていると考えるのが妥当か? こんな場所まで暇人かよお前ら。
「師匠ー! 師匠の技術を腐らせておくなんてもったいないですって!」
「頼むからマジで黙って。今重要なターニングポイントに立ってんだ」
いやマジでなんでこっちに来たんだ。
リスチェみたいな超感覚で場所を特定したとかやめろよ? グレインは口癖のように「粘り強さも勇者の証」と言っていたが粘着質にもほどがあるぞ。
「ゼクスさん、ゼクスさん」
「何」
「アルメリアお姉さまから聞いたのですが、どうやら勇者グレインとかいう外道は魔道具職人に興味がおありだとか」
「おい」
手短に詳しく聞かせてもらおうか。
は? シフォンが魔道具職人の居場所を嗅ぎまわっていた? グレインが会いたがっている?
なんでだよ。
あ、あれか。
あいつら知らないのか。
魔族との戦争が向こう百年起きないって知らないのか。遅れてるな。一周回って時代の波に乗ってるのはさすが勇者というべきなのか。そういう星のもとに生まれたんだろうな。
「つまりリスチェが責任を取るってことだな」
「そ、それはまさかプロポーズ――」
「脳内ピンクもいい加減にしろ」
耳鼻科でも脳外科でもなんでもいいからとりあえず医者の世話になってこい。嗅覚以外にも異常なところがボロボロ出てくると思うぞ。
「大丈夫ですよ、ゼクスさん。心配しなくても」
「は?」
「えと、そちらのリンガネットさんでしたか?」
「はい! リンガネットと申します第三王女殿下!!」
ピシッと敬礼するリンガネットを見て、破門を強く心に決めた。いやリスチェの手足がこれ以上増えたらマジで手に負えないもん。リンガネットからすれば着せられた恩とはいえ敬意を払うのは当然だと思うけど、手元に潜り込まれるのはノーサンキュー。
「ゼクスさんを助けるためと思って、一芝居うっていただけませんか?」
「師匠のためならなんなりと!」
なにやら作戦会議を始める二人。
途中でふっとリスチェと目が合う。
彼女は柔らかく微笑むとこう言った。
「大丈夫です! ゼクスさんは私が守りますから!」
だから俺はこう返した。
「いやマッチポンプじゃん?」
「看破された!?」
元鑑定士舐めんな。





