27話 さらわれる
夜会が始まった。ぬるりと。
会場は前日中にくまなく鑑定した。だが不審な点は見当たらなかった。当日も不審な工作は見つからず、リスチェの言う嫌な『香り』が何なのかはなおも不明のままだ。
俺は夜会の様子を城壁から見下ろしていた。
夜も深まる頃なれば、会場から俺を見つけることは困難だろう。俺のように人並外れた眼を持っているなら別だけどね。
「うーんうーん」
「推察、ゼクスはトイレに行きたい?」
「痛いのはお腹じゃなくて頭なんだよな」
「把握、ゼクスは風邪。当機が看病する」
「リスチェに毒されたか?」
うちのドラちゃんがポンコツ化し始めた件。
俺がうんうん唸っていたのは別に、夜風に吹かれてお腹が冷えたからとかそういう理由ではない。頭を悩ませていたからだ。
「何か見落としてる気がするんだよな……。リスチェを狙ってるのが誰か、判断材料はそろってる気がするんだけどな」
言いつつ、会場に集まった貴族の顔を一つ一つ調べていく。参加しているのは貴族とその従者らしいし、この中にリスチェに害意を持ってるやつがいるはずだが果たして。
当然と言えば当然だけど、知った顔はいなかった。
いや、一人だけ一方的に知ってる人物はいた。あれシフォンの親族だな。顔立ちすごい似てるもん。
「ドラちゃんの方はどう? 怪しい人物はいる?」
「回答、全員怪しく見える」
「そりゃそうか」
あのリスチェですらこういった場では王女らしく振舞ってる。貴族なんてみんな仮面をつけて生きてるようなもんだ。そりゃ怪しさがぷんぷん漂うだろうさ。
ちなみにハチドリを会場に忍ばせているのはもちろん、16の定点カメラの内12個を持ち込み会場内に設置してある。ドラちゃんの視界からは逃げられない。
「喉元まで出かかってる気がするんだけどなぁ」
「提案、背中をさする」
「吐き気じゃねえよ」
ドラちゃんの機能を拡張したせいでバグが発生した可能性があるな。帰ったら確認しよ。
そんな事を考えていると、城壁と王城を繋ぐ階段から人が現れた。リスチェの侍女、プレセアだ。
「ゼクス様、怪しい人物は見つかりましたか?」
「プレセアか。全員怪しいがファイナルアンサー」
「そうですか……」
俺の左隣にはドラちゃんがいるわけだが、プレセアが俺の右隣りに並んだ。それから会場を見下ろす。
「ここからでも見えるのですか」
「目だけが取り柄なもんで」
「ふふっ、最初に出会った時もそんな事を言っておられましたね」
「王城についてからだろ」
プレセアと出会ったのも、随分と昔のことに思えるな。あれから毎日が濃いもんなぁ、主にリスチェのおかげで。
俺がプレセアと出会ったのはリスチェが作った国営馬繋場だった。そうそう、馬車の車体が付喪神で、それに襲われてたプレセアを助けたのがきっかけだったっけか。
……ん?
「あ、分かった」
ピースがカチリとはまる音を聞いた。
いやどう考えても幻聴だけど。
「分かったとは、何がですか?」
「この状況でリスチェを狙ってる犯人以外を考えていたらサイコパスだろ」
「ゼクス様ならあり得るかと」
「お前は俺をなんだと思ってる」
おかしいよな、俺はこいつからしたら主人の命の恩人なはず。もっと敬われてしかるべきなのでは?
「それで、首謀者は誰なのですか?」
「犯人は――」
得意げに語ろうとした時だった。
会場の明かりが一斉に切れる。
「きゃあああぁぁぁっ!?」
「――リスチェ!?」
もっとも、それは本当に寸秒の出来事であり、すぐに明かりは元に戻る。だがそこに、いるべき人物はいなかった。
リスチェが誘拐されていた。
「くそっ。ドラちゃん、ニキミタマの領主は分かるよな。事前に参加者リストを見ていたんだから」
「肯定、フジワラ殿の顔は覚えている」
「そいつを探してくれ!」
「了承、捜索を開始する」
ドラちゃんは小さく首肯して、階段を下りて行った。ハチドリだけに頼らず自分の目も使って捜索に出たということだろう。
俺も。
「お、お待ちください!」
「なんだ」
「そ、その、フジワラ様が首謀者なのですか?」
「そうだよ!」
よくよく考えればおかしかったのだ。
王都アストレアは妖怪より魔物の方が一般的だ。
だからこそプレセアは俺が「車体がひとりでに動き出すとか?」と聞いた時に「そんなオカルトありえません!」と返したのだ。これはプレセアが付喪神という存在と縁が無かったからこそ出た言葉だ。
あっれれー? おっかしいぞー?
だとするならば、どうしてあの場に付喪神がいたのか。答えは簡単。誰かがリスチェの評判を落とすために連れてきたからだ。
それならば、連れてきたのはどこの誰か。
言うまでもない。
妖怪が跋扈する魔都、ニキミタマの人間だ。
「と、いうわけだ。分かったか三流メイド!」
「っ」
「おら、分かったらお前も探せ。通信魔道具は持ってるだろ? 見つけたら連絡を入れろ」
「……承知いたしました」
くそ、時間くっちまった。
無事でいろよ、リスチェ!
*
三流メイドとゼクス様に罵られた時、私は冷水を浴びせられたような気がしました。自分が情けなくて仕方が無かったのです。
付喪神というのは、王城の蔵書室で目を通したことがありました。それでもあの時、馬繋場でその可能性に思い至らなかったのは、ゼクス様の言う通りなじみが無かったからでございます。
そこまでなら、まだ許されるでしょう。
むしろ、ゼクス様のようにすぐに気付ける方が異常なのです。お嬢様のように人並外れた嗅覚も、ゼクス様のような超人染みた視力も持たない私は、そこに辿り着くだけの閃きさえありませんでした。だから私は半人前なのです。
(ですが、そこから先は……)
走る、走る、走り続ける。
靴は邪魔だから脱ぎ去った。
石畳の固さと冷たさが伝わってくる。
呼吸が苦しい。それでも立ち止まらない。
(とんだ失態です)
付喪神が妖怪と知った時、ニキミタマの領主を疑うこともできたはず。それなのに、私はその可能性に辿り着かなかった。お嬢様に合わせる顔がない。
愚かだ。私は愚か者だ。
お嬢様に命を捧げると誓ったのに。
(……っ)
肺が破れそう。膝が笑っている。
心臓が悲鳴を上げている。
胃の底がぎゅっと締まる思い。
こわい、お嬢様を失いたくない。
もう二度と生きる意味を失いたくない。
(考えなさい、思考を止めたらそれこそ三流。ニキミタマ領主が実行犯なら、どんなルートでお嬢様を誘拐する?)
熱い、脳が焼き切れそう。
知らない、構うものか。
今妥協すれば一生後悔する。
その場合の一生というのは、とても短いけれど。
(離れれば離れる程追手が辿り着くのに時間がかかる。会場付近にはいないはず)
呼気が焼き焦げる。
会場の騒動がモノクロに聞こえる。
吐き気が込み上げてくる。苦しい。
(かと言って、それほど遠くにもいけないはず)
あと少しすれば、会場でも点呼が行われるはず。
ニキミタマ領主が主犯ではない場合や共犯者がいる場合はまだまだ後になるかもしれませんが、遠からず出席者の確認が行われるでしょう。その時にいなければ、王女暗殺の疑いで実刑は免れません。
(……)
思い至ったのは、一つの可能性。
もし共犯者が内部ではなく外部に待機していたら?
王城の外で引き渡し、悠々と王城内に帰ってくるとしたら?
(……隠し通路で引き渡し?)
もっとも、この考えが正しいという確証はない。
凡人の私が辿り着いた浅はかな考えだ。
相手は入念に作戦を練ってきたはずだ。
これすら見越して、まったく違う逃走経路を用意しているかもしれない。
そして、問題点が一つ。
私の場所は隠し通路から離れすぎています。
今から向かってもまず間に合いません。
(どうします……ゼクス様に伝えますか?)
ゼクス様であればきっとお嬢様をお助け下さるはずです。なんだかんだ言って、こんな場に赴いてくれるほどに彼はお嬢様に甘い。
だけどそれは、私の推測が正しい場合の話。
間違っていた場合、ゼクス様の足を引っ張りかねません。本当に連絡を入れるべきか?
「……そうですね。だから私は三流なんですね」
迷う必要なんて無い。
お嬢様を助けたいという思いに嘘偽りはないのだ。
だからあとは、手を差し伸べてくれる彼に、精一杯縋るのだ。
懐から通信魔道具を取り出し、彼に連絡を。
「……ゼクス様、私です。隠し通路に向かってください。場所は……」
申し訳ございませんお嬢様。
私は、向かえそうにございません。
ですので、ゼクス様。
どうか、どうかお願いします。





