18話 は? 何言ってんだ
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神話のように幻想的だった。
青い光が溢れ出し、徐に純白の翼が展開される。
サンドラの瞳から青い光が零れて爆ぜる。
滴り落ちる血のように広がる紺碧の刻印。
透き通る深海を描いたような紋様が流れている。
「展開、サングィエナファルクス」
あらわれたのは、血紅色の一対の大鎌。
敵対者を排除するための武装である。
「照準、攻撃を開始する」
「うふふっ、機能停止くらい覚悟しやがれ下さいませ」
彼女が鎌を一閃。
空気を断裂しながら迫りくる刃を、ウォーロックは手の甲で受け止めた。金属でも仕込んでいるのだろうか、甲高い音が虚空に響き、サンドラの攻撃は受け止められる。
しかしサンドラは攻撃の主導権を渡さない。
両の手に構えた大鎌を虚実織り交ぜ繰り出した。
「うふふっ、懐かしいなぁサンドラ様。相変わらずの苛烈な攻撃にメロメロでございます」
「忠告、おしゃべりしている暇はない」
「うふぅ、あるんですよ。俺がどれだけサンドラ様の太刀筋を見てきたと思っているのですか。サンドラ様がお眠りになられている間、どれだけ俺が研鑽を積んだと思っているのですか。サンドラ様の攻撃は、一太刀たりとも私には届きません!」
ウォーロックが言う通り、サンドラの攻撃パターンは完全に見切られていた。放った斬撃は数えきれないほどだが、ただの一撃だって決まってはいない。
サンドラが奥歯をぎゅっと噛み締める。
「否定、当機の一撃はやはり通りうる」
「何を……っ!?」
刹那、男の腿にナイフが突き刺さった。
「並展、クロセウスクルテル」
否、ナイフは男の腿に刺さった物だけではない。
無数の刃が、サンドラの周りを旋回している。
その刃はほのかにサフランイエロー。
月明りに照らされて鮮やかな色を煌めかせている。
「武装の、同時展開……ッ!?」
「忠告、貴殿が当機の何を知っているかは知らないが、当機はバージョンアップしている。旧式そのままだと思っているとそうなる」
従来、サンドラの武装は一つずつしか展開できなかった。彼女を作り出した魔王ですら並列展開の方法を編み出せなかったからである。
どうして今、それができているかというと、とある鑑定士の気まぐれである。「ここの回路を改良したら並列処理できるじゃん」とかいう軽い気持ちで改良を提案され、サンドラはそれに同意。こうして魔改造は達成された。
「ああ、ああ……っ、お美しいサンドラ様が……、汚されてしまったッ!」
「否定、これが当機のあるべき姿。そしてこれが、貴殿に訪れるべき終焉」
次の瞬間、彼女を取り囲んでいたナイフが停止。
それから再び旋回し、今度はウォーロックを取り囲む。ウォーロックは逃げようとするが、腿に刺さったナイフが邪魔をして、上手く足が動かない。
どこまでも冷たい青を灯したサンドラの瞳が闇夜にぼんやりと浮かんでいる。
「斉射」
大層な詠唱はいらない
大仰な身振りもいらない。
ただそこには、訪れるべき結末だけが残った。
「ぐああぁぁぁぁぁぁっ」
幾千ものナイフが、ウォーロックをめった刺しにする。その場を言葉にするのなら、血の雨が降る森。
千剣風雨が鳴りを潜めたのは、ウォーロックの原型が分からなくなったころだった。いくら言霊で稼働する機械人形と言えども、魔力を必要としないわけではない。大技を繰り出せばそれだけ消耗も早まるし、そうなると空気中の魔力で回復するのを待たねばならない。
だらりと腕を下ろし、サンドラは武装を解除した。
戦場は惨憺たるものだった。
月明りに、錆色の赤が煌めいている。
「成果、敵の殲滅に成功。これより帰還する」
サンドラはその場を後にしようとした。
しようとして、影を縫われたような錯覚を抱いた。
理由は、聞こえるはずの無い声が届いたから。
「うふふっ、さすがにサンドラ様はお強い。うふっ、俺以外の奴なら死んでいたかもしれませんね」
「猜疑ッ! 生きて……っ!?」
そんなはずは無い。
サンドラは間違いなく確認した。
肉塊になり果てた魔族の姿を見届けたのだ。
振り返る。月夜に影が蠢いている。
「うふっ、だがまぁ、不死魔族の俺ならこの通りでございます」
「……っ」
不死魔族。
それは字のまま、死なない魔族の事である。
たとえ心臓をえぐり取られようと、脳漿をぶちまけられようと、類稀なる再生力で復活してしまう。
それが不死魔族だった。
「なあ、なあ、サンドラ様。もう気は済んだでしょう? わがままを言わず、素直に帰ってきてくださいませ」
「……拒否、当機の帰る場所はここにある」
「なあサンドラ様、どうしちまったと言うのですか」
サンドラは冷静に、戦況を調べていた。
目の前の敵は、倒す事こそできても殺せはしない。
かと言って立ち退いてくれる相手でもない。
「展開、フリグラレーテ」
だとするならば、捕縛するしかない。
サンドラが繰り出したのは真っ黒な網。
展開され、ウォーロックを取り囲む。
「うふふぅ……」
それを彼は、悠然と眺めていた。
無為の流れに身を委ねていた。
サンドラは訝しがりながらもウォーロックを捕獲。
今度こそ任務完了だと考えた。
だが、次の瞬間ウォーロックの体が爆ぜた。
「……っ、推測、自爆?」
「うふふっ、そうだぜ、でもほら、この通りだからどうぞご心配なさらず」
飛び散った肉片は、網目を通り抜けた。
そして投網の外の世界で再生する。
「理解できたか? 徒労でございますよ」
サンドラの思考回路は驚異的速度。
無限にも思える一瞬の思考時間が解をはじき出す。
結論は彼女にはどうしようもできないという絶望。
「……否定、理解、不可!」
サンドラの瞳が、赤色に染まる。
機械としての判断を生物としての本能が拒絶して、エラーが引き起こされているのだ。
「当機は、ゼクスのそばにいたい……ッ!」
目の前の魔族についていくなんてあり得ない。
だが、それを拒絶する手段は見つからない。
「折角、当機を必要としてくれるお方と出会えた。当機はこのつながりを、失いたくない……っ」
だれに後ろ指をさされようと。
それがイバラの道だったとしても。
サンドラにゼクスの元を離れるという選択肢は無かった。
「あー、よく分かんねえけど、そのゼクスってやつがサンドラ様を縛り付けておられるのですね」
ぽりぽりと、頭の後ろを掻きながらウォーロックは言う。
「だったら、俺が殺してやりますよ、全てはサンドラ様のために」
「……却下! それだけは、嫌!」
「安心してください、すぐに全部忘れられますから」
ウォーロックがゆらゆらと歩き出す。
行かせてはいけないと直感したサンドラは、彼の前に飛び出した、飛び出そうとした。
だが、次の瞬間、足がもつれて崩れ落ちた。
大量に魔力を消費している事に気付く。
溜まった疲労を感じ取る。
「拒絶……、だれか、助けて」
去り行く魔族に手を伸ばす。
しかし虚空を切るばかり。
その手は決して届く事は無い。
だが。
「歎願、誰でもいい……! 当機はどうなったって構わない、だから……、ゼクスを、助けて!!」
彼女の声は、天に届いた。
「おう、任せとけ」
サンドラの耳に、声が届く。
目覚めてから、一番聞いてきた声だ。
安心する背中が、目の前に現れた。
その人物は、まさしく彼女が求めた存在。
「おいおい、うちのドラちゃんをスクラップにする気か?」
「うふっ、ドラちゃん? てめぇまさかそれはサンドラ様の事じゃなかろうな」
「は? 何言ってんだ。ドラちゃんはドラちゃんだろ! な? ドラちゃん?」
生きる意味を、与えてくれた人間。
熱いものがこみあげてくる。
どうして。
理屈じゃ分からない、けれど。
「……肯定! 当機は、ドラちゃん!!」
彼女は、力強く頷いた。





