31 とある巨人の神界転生
俺はもう一回死に直した。
おかしな表現だが間違ってはいない。いや、死ぬのが二回目ってあたりが非常識なんだけどな。
俺は空中に浮かんで自分の死体を見下ろし、見ていられなくて目を逸らした。俺の身体は一緒に落下した魔王と『混ざって』酷いことになっている。あんまり見ていたい物ではない。
前回死んだときは気がついたらあの世にいたんだが、今回は地縛霊のようにぷかぷか浮いている。
しばらく待っていたら誰かがお迎えに来てくれるのかな?
そんなことを思っていると、後ろからパチパチと拍手が聞こえてきた。
「神籍移籍おめでとうございます、ジャイアント」
俺の転生を担当した女神様だった。
他にお師匠様と戦の神もいる。戦の神の後ろにはパーワーが付き従っていた。こいつも助からなかったか。
「お久しぶりです。ですが、神籍って?」
「あなたは新たな神となったという事ですよ」
「それって、辞退できません? どう見てもガラじゃないでしょう」
「手遅れだな」
「うむ、自らの行いによるものだから、今からではどうしようも無い」
バルグウェイブ神と師匠が口々に言う。俺は納得しないが。
「問答無用で神になるって、俺はそんなに偉くなるようなことはしていないだろう」
「本気で言っているのか? パーワー、説明してやれ」
「は、ジャイアント殿は異世界からのマレビトであられます。そして、たぐいまれな武力を示し、悪疫を退散させ、あまつさえ魔王をも打ち滅ぼしました。間違いなく英雄の働きです」
「百歩譲って英雄までは認めるとしても、神じゃないだろう。それに、魔王とは相打ちで勝ったわけじゃない」
「はい。だからこそ、神なのです。生きて帰っていれば褒美を与えるだけで済みますが」
「死んじまったから拝んで祭り上げる、のか?」
「その通りです」
やれやれだ。
俺は天を仰いだ。俺自身がその『天』だというのだから、もう一つやれやれだ。
「間違いなく、異世界から来た巨神を祭る祭壇が造られるのう。怨敵調伏、悪疫退散の権能が語られることになる」
「だから俺の商売敵になると言ったんだ」
「でも、俺の活躍って、一般にはあんまり知られてなくないか? 特に魔王との戦いは見物人も少ないだろう」
「残念ながら、ジャイアント殿。塔を登っているところは、町から見えていたようです。目のいい者ならばジャイアント殿の判別は可能だったようで」
「何てことだ」
若いころに門限破りをしたとき、電車に乗っている姿が寮からでも一発で見つけられちまった事を思い出すな。この身長はイロイロと困るんだ。
俺はさらなる抵抗を試みるが。
「いや、俺はこんなところで神様をやっているわけにはいかない。俺には待っている人が」
「奥様の事ならば大丈夫ですよ。奥様の死を待ってあなたの墓も作られ、お骨は既に同じ墓に入っています。不義理することにはなりません。……ご自分が死ぬまで夫の墓を造らないなんて、あの方は少々ヤンデレ気味では?」
「それだけ愛されているのさ」
「惚気るな!」
怒鳴られた。
理不尽だ。
いじけたくなる。
「神様になるのはあきらめるとしても、この一件の舞台裏について、質問していいかね?」
「神にならないのをあきらめる、ですね。……質問はどうぞ」
「まず、俺の転生だ。俺が転生したのと特異点の出現はどのぐらい関連しているのかね?」
「騒動が起こりそうな時と場所への転生だったのは事実です。特異点とあなたには直接の関連は有りません。特異点から出現する物があなたに影響されたようではありますが」
なるほど、半分偶然でそこから先は必然、ってところか。『強く当たって後は流れで』ていう感じだな。
「未来の世界で人類が滅亡しているという話は、どうなんだ?」
「数ある可能性の一つですからあまり気にしない方がよろしいか、と。世界の人口の半分以上が死んで経済が崩壊した世界もあれば、大した影響もなく切り抜けた世界もあります」
「SF的なパラレルワールドの話は何とも理解しがたいな」
「自分にかかわりのある世界だけを気にしていれば良いと思います。自分に認識できない世界は無いのと同じですから」
ご忠告通り、この話については考えるのを放棄しよう。
頭が痛くなってきそうだ。
「最後の質問だ。あなたたちにとって、特異点とは何なのだ?」
「私たちにとって、ですよ。質問にお答えするなら、私たちよりも上位の存在が人間に対して行使しようとする何らかの力、ですね」
「神様よりも上の存在がいるのか?」
「それは、当然です。私たちは魂の流転を担当したり、一つの世界の一地方を守護しているにすぎません。三千世界のすべての行く末を見守るにはまだまだ格が足りません」
「造物主とか最高位神とか、そういう存在がいるわけだ」
「居る、のでしょうね。そこまで行くと私たちにとってさえ、人間にとっての神と同じようなものです」
「俺がそんなに偉くなったのではなさそうで安心したよ」
俺は神にならなければならない。その理由が出来つつある。
死んでしまった後は時間の感覚が違う。
地上を見ていると、魔王を失った鬼軍が分裂していく。一部の鬼は引き上げ、一部の鬼はブラームスの
町へ攻撃を開始する。伯爵主導で反撃を行い、これを撃退。援軍との挟み撃ちで殲滅する。
カクリュウたちは階段の破損部に橋を架けて下へ降りる道を造った。
鬼がいなくなった地上に降りる。
問題はここだ。
神になりつつある俺には見えた。彼らの身体に病魔が取り憑いていることが。
人類を滅ぼすとか、世界人口の半分を殺すとか、物騒なことを言われた病原体の保菌者になっている。ペストや天然痘、あるいはそれ以上に厄介な病気だろう。
まだ、潜伏期間中だ。彼らは自身が時限爆弾になっていることに気付いていない。
もっとも、彼らが自重していたとしても無駄だったかもしれない。何しろ地上に落下した俺の身体自体が病原体のキャリアになっているのだから。
俺に対する祈りが届く。
その祈りが俺を神へと変化させていく。
急げ。
もっと急げ。
病魔退散の権能。神となってそれを手に入れなければこの世界が滅びかねない。
かろうじて間に合った。
アンロスト伯爵や差の部下が俺を病魔を叩き潰した英雄だと宣伝してくれたおかげだ。実際には病原体のキャリアになるであろうゾンビを成仏させただけだが、そういう風に見えてくれたか。
彼らの喧伝を事実に変えてやらないとな。
感染が広まる前に俺の権能で病原体を打ち滅ぼす。
ああ、なんだか眠くなってきたな。
魂の力とか信仰心とか、そういう物を使いすぎたかな?
「まったく、神化したばかりの雑魚神だというのに、景気よく権能を使いすぎじゃ。……もうよい。しばらく眠るがよい。100年、200年の眠りになるかもしれないが、ジャイアント信仰が続けばそのうちに目覚めるじゃろう」
そうかい。
では、眠らせてもらうよ。
もともと死を覚悟していたんだ。二度と目覚めなくても特に問題はないな。
「フン。お主のような馬鹿者に対する信仰がそう簡単になくなってたまるかよ」
そうか。
人気が続くならばうれしい事だな。
では、おやすみなさい。
異世界の巨人の物語はこれで完結です。
ここまでお付き合いありがとうございました。




