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とある巨人の異世界召喚  作者: 井上欣久


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30/31

30 とある巨人と魔王様

 俺は魔王に足四の字固めを極めた。

 この技は拷問技だ。

 相手に過大なダメージを与えることは無い。関節が破壊されるわけでもなく、骨をへし折るのも難しい。

 しかし、脱出は困難であり、継続して痛みを与え続ける。プロレスの勝利条件の一つであるギブアップ狙いに特化した技と言ってもよい。


 魔王はもがき、暴れる。


 その程度でこの技は解けない。

 同じ暴れるにしても身体を裏表逆にすることが出来れば今度は俺の方がダメージを受けるのだが、初めてこの技を受けた者にはそんな事は分からない。暴れた拍子の偶然でひっくり返されてやるほど、俺は甘くはないしな。


 魔王の部下は階段の破損部の下で立ち往生している。こちらはカクリュウたちが特異点の捜索に向かっている。

 このまま時間を稼げればこちらの勝ちだ。

 不安要素があるとすれば大鬼たちが何とかしてこちら側に渡ってくることかな? そうなったら技を解いて逃げ出さなければならない。


 魔王がぐったりと動きを止めた。

 まさか痛みに失神でもしたのか?

 そんな事はなかった。むしろ決意をもって動き出した。

 4の字に固められた両脚を持ち上げる。そして床に叩きつける。


 俺の脚も少しは痛いが、本人の脚の方がはるかにダメージが大きいはずだ。こんなことをしていたらそのうちに折れるぞ。


 折れた。


 魔王の脚が脛のあたりでくの字に曲がった。

 脚がおかしなところで曲がったせいで、四の字固めが緩むる。プロレスでは考えられない事態に俺の対応が遅れた。

 魔王は俺の技からするりと抜け出した。後ろに一回転して片足一本で立つ。


 いやぁ、ビックリした。


 俺は立ち上がりながら感嘆した。

 とんでもない根性だ。魔王の顔に脂汗が浮かんでいるところを見ると、別に痛みを感じていない訳ではないらしい。


「やるなぁ、その抜け方は考えなかった」


 魔王は答えなかった。

 曲がった足を自分でつかんで、まっすぐに戻そうとする。それがどれだけの痛みになるか、想像したくもない。


 顔をしかめていると、想像もしていないことが起きた。

 頭の上からミシミシ、メリメリと音がする。

 見上げると、天井が破壊されていくところだった。天井部分が左右に押しのけられるように破壊されていく。発生する瓦礫の大半は上にとどまっているようだが、パラパラと小さな破片と粉が落ちてくる。


 破壊された天井から、塔のここより上の部分が見えた。

 そして破壊されたところの中央に異様な物体が浮かんでいた。虹色に輝く何か、絶えず形を変える物。変形のしかたには法則性があるようでその法則がつかめないもどかしい何か。

 照明器具だと受け止めるには無理があるけったいなその物体はゆっくりと降下してくる。


 虹色の輝きが瞬く。その瞬きが言葉だと、理屈抜きで理解する。


【個体名ジャイアントよ】

「ん、俺か?」

【個体名カクリュウに、望みを叶えるのは汝の方がふさわしいという意思があった】


 天井の破損部の向こうからカクリュウの顔がひょっこりとのぞいた。

 何をやっているんだ。次期領主ならばそのぐらいの責任は自分で背負え。


「その前に聞きたいんだが、あんたが特異点か?」

【肯定する。そう呼ばれている】

「会話ができるような知性があったんだな」

【肯定する。汝の世界で我は確率を超越したものと呼ばれる。キーボードを無作為にたたいて偶然にシェイクスピアの作品が完成するような存在だと】

「そんなことはあり得ないな」

【しかし、キーボードをたたいて、あるいは文字を書いて作品を完成させる者はいるであろう】

「シェイクスピア本人か」

【肯定する。確率を超越し、偶然ではあり得ないような何かを出現させる。それはすなわち知性体である】


 なんだか誤魔化されているような気がする。

 でも、まぁ、非常識は今さらか。

 神様にあったり異世界転生するのに比べればなんて事はない。


 この時、俺は油断していたようだった。特異点を制御する権限がカクリュウから俺に移譲されたと思い込んでいた。

 実際にはカクリュウが『特異点が俺のところへ移動するように願った』扱いだった。


 魔王が吠えた。

 その吠え声が意味を持っていた。


「俺に力をよこせ!」

【了承した】


 え?


 これは先日のパーワーの時の焼き直しか。

 魔王の身体が膨れ上がる。俺よりも少しだけ背が低いぐらいだったのが、俺が見上げなければならなくなる。身長230センチぐらい? 世界の巨人ではなく大巨人並みだ。


 アイツもこちらへ転生してきてくれれば楽が出来るんだが。


 益体もないことを考えている暇はなかった。

 魔王はその巨体からは信じられないような速さで動く。一瞬で間合いを詰めて、ストレートのパンチが襲ってきた。

 大巨人レベルの速さではない。俺はとっさに腕でガードするのが精いっぱいだった。

 人体というよりも交通事故に近いエネルギー。

 俺の腕が折れた。ガードしていなければ文字通りの意味で魔王の腕が俺の胸板に突き刺さっていただろう。


 俺の身体は後方へ飛ばされた。

 透明なガラスの壁に背中から激突する。息が詰まった。

 スーパーマン相手にプロレスをやるのはきついぜ。


 魔王の追撃が来る。


 再度の神速の踏み込みからのストレートパンチ。

 俺は今度は避けた。

 魔王の拳がガラスをたたく。巨大なガラスは真っ白にひび割れた。


 俺の片腕が折れたか。

 ある意味では五分五分(イーブン)だ。

 魔王の二回目の攻撃を避けられたのは魔王の脚が折れたままだったからだ。一歩だけなら神速の踏み込みが出来るがその先の調整は効かない。


「私に武器を!」

【了承した】


 叫び声がした。

 誰の声か、って?

 俺もいるのを忘れていたよ。リスティーヌさんだ。

 俺と魔王の戦いをずっと見ていて、ようやく介入の方法を見つけたようだ。


 彼女の手にいかにもファンタジーな感じの剣が握られていた。

 彼女が前に出て、幻想的な剣を横なぎに振う。魔王は間合いのはるか外だったが、剣から衝撃波らしきものが打ち出された。

 衝撃波は広範囲に広がった。凄まじい威力だ。ガラスの壁がまとめて吹き飛んだ。

 風が入ってくる。


 しかし効かなかった。

 魔王に武器の攻撃が効果が無いのは力を追加された今でも継続中らしい。魔王はわずかに足を止めただけだ。


 俺は特異点を見る。

 魔王には強靭すぎる肉体を、リスティーヌさんには新しい武器を授けたわけだが、そのことで輝きがわずかにも減っているようには見えない。

 というか、二人とも願いが小さすぎだろう。

 天体現象級の出来事に対して中世レベルの人間の想像力ではつり合いが取れない。


 俺は特異点とやらを廃棄することに決めた。

 やり方は有名な映画から流用する。


「特異点、月へ行け。月で直方体(モノリス)になって誰かが来るのを待て。月まで自力で到着した者の願いをかなえるように」

【了承した】


 輝く不定形が上昇を始める。空の向こうへと飛んでいく。

 これでいい。あんなものをよこしたのがどこの神だか悪魔だか知らないが、今のこの世界の住人にはあんな力を正しく使う事は出来ない。ちまちまとみみっちい願い事を続けるか、破滅的なことを願って自滅するのがオチだろう。

 自力で月まで行けるようになったなら、倫理はともかく知識面だけは特異点を正しく理解できるだろうと期待する。


 魔王もリスティーヌさんも『信じられない』という目で俺を見ている。

 カクリュウだけは上で腰を抜かしているようだ。


「要らないよ、あんな物。どんな人間にも鬼にも過ぎた玩具だ」


 魔王は吠えた。

『このバカヤロー』っていう意味なのは翻訳の必要もない。

 リスティーヌさんも俺の行動に否定的なようだった。


「ジャイアントさん。あなたもトクイテンから力を貰っておいた方が良かったのでは?」

「体を鍛える以外の方法で強くなるのは、どうも抵抗があってな」


 プロレスラーとしてドーピングを全面否定はしないが、クスリで筋肉を造るのはどうも信用できない。オカルトじみた得体のしれない力に頼るのはなおさらだ。


「ま、何とかするさ」


 特異点は片付いた。

 あとはこの魔王を倒せばいい。


 俺が負けたらカクリュウたちは殺されるな。初めて会った時の状況を思うと、リスティーヌさんは慰み者にされるかもしれない。

 つまり俺は負けるわけにはいかないという事だ。


 リスティーヌさんのおかげで勝ち筋は見えた。後は俺が決断するだけだ。

 現在、この空中回廊はガラスの壁が砕けている。そして魔王は片足が不自由だ。ノーロープのリングからリングアウトを狙うのはそう難しい事ではない。


 問題は、ここから落ちた程度で魔王が死ぬとは限らない事だ。ロケット弾の直撃にも耐えた男が300メートル超えからの落下ダメージにも耐えたとしてもさほど不思議ではない。投げ技が無効化されるのは先ほど体験したし、な。

 それに対する策は一応は考えてある。

 ただ、俺でも簡単には実行できない。


 ま、いいか。

 やろう。

 小隊の連中が待っている。


 俺は横にステップを踏む。

 魔王の周りをまわるという、相手を格上と認める動作。

 だが、しかたがない。あの踏み込みからのパンチはそう何回も避けられるものではない。踏み込みを使わせないように、横へ横へと狙いを外すべきだ。


 俺は破壊された窓へと近づく。


 魔王の表情が読める。ヤツも俺がリングアウト狙いだと気づいている。

 もう、あの踏み込みを使おうとはしない。俺をじっくりと追いつめるつもりだ。

 威嚇するように両腕を広げて近づいてくる。


 逆に俺はじわじわと後退した。

 300メートル超えの窓際に立つ。


 魔王は俺をひっつかんで外へと放り出すつもりだ。

 今のこいつのパワーならばそれは可能だろう。あの大巨人を上回りそうな腕力だからな。俺だって対抗できないよ。


 魔王が前に出る。

 腕が俺をとらえに動く。


 俺は動作の前兆を気づかせない無拍子の動きで前に出た。

 魔王が気付くよりも早く、胸と胸が合うほどに密着する。

 魔王の身体を両腕でフックする。片腕が折れている、って? プロレスラーの痛みへの耐性をなめるなよ。一回投げるだけならば問題ない。後の事は考える必要がないし。


 身体を思いっきり後ろへそらす。

 ベリートゥーベリー、またの名をフロントスープレックス。


 俺は生前、この系統の技はあまり使わなかった。しかし、俺だってレスリングを学んだんだ。使えないわけでは無い。バックドロップの時にも言ったが、俺が使うと威力が高すぎるから自制していただけだ。


 スープレックス系の技は一般に小柄な者がガタイの大きな相手を投げるのに有効だと言われる。それはそれで事実だが、背の高い者がそり投げを使うとどうなるか。

 スープレックスが描く弧の半径が大きくなる。より高く、より高速で投げることが出来る。相手を殺してしまいかねない威力になる。だから使わなかった。

 殺し合いをするのはプロレスじゃない。


 これはプロレスじゃない。


 弧を描いた俺の頭が虚空へ舞った。

 俺も魔王も共に空への旅立ちだ。

 300メートル下への落下って、何秒かかるかな?


 単純に落下しただけならば魔王はそれに耐えるかもしれない。

 魔王の耐性が働かないのは俺の身体が密着した状態で与えるエネルギーだ。


 つまり、どこかの跳躍する漫画雑誌のような技をかけて落下すれば、魔王を殺すことが出来る。

 問題は俺が超人ではない事だ。

 そんな事をすれば、俺も助からない。


 既になくした命だからここで使う。

 この塔の本物が造られているのならば、俺が死んでから20年、30年は経っているんだろう?

 あんまり待たせたくない相手がいる。

 一緒の墓に入ろうと約束した妻が、な。

 ひょっとしたらまだ生きているかもしれないが、その時は先に行って待っているだけさ。


 魔王の身体を担ぎ上げる。

 地面が近づいてくる。


 あまりの衝撃に痛みを感じる暇はなかったよ。


 暗転した。

私の本格的な仕事再開は11日からになりました。

あと一話だけ更新予定です。最終話「とある巨人の神界転生」

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