27 とある巨人と現代兵器
もう少しだった。
もう少しで展望台に入れる。
すぐそこまで来ていて、なのに鬼たちも目と鼻の先にいる。
「こ・ん・ど・は・わ・た・し・が」
カクリュウが足止めに向かおうとするがやめさせる。
階段を上り続けただけで息も絶え絶えな男に何ができる? 稼げる時間はせいぜい一秒だろう。
それに対して兵士たちは健闘したようだ。残る敵は三人。大鬼二人は血まみれで、外傷は見当たらないが体力をかなり消耗しているようだ。
もはや、俺が自分で戦うしかないようだな。
俺は担いでいたオババ様をおろす。
「お前たちは先へ行け。ここは俺が引き受ける」
「大丈夫なのかのう?」
「あんまり大丈夫じゃないからここで迎え撃つんだ。ここならば一人ずつ相手に出来る。広い部屋にでも行って三対一になったら目も当てられない」
現に大鬼も俺を警戒してうかつに近づいては来ない。
何とかして先に大鬼を排除できれば、魔王と一騎打ちに持ち込んで何とか出来る、かな?
「ここは俺に任せて三人で先へ行け。特異点とやらを探すんだ。もし、現状の問題を解決できるような願い事が可能なら、どうにかしてくれると嬉しい。それが出来なくとも、特異点の力を使ってしまうんだ。けっして、鬼たちには利用させるな」
「鬼の目的もトクイテンなのかのう?」
「そうでなければ魔王なんて言うトップがわざわざここまで来ないだろう。ほぼ間違いないな」
話している間に後方の魔王がガァッと吠えた。
小鬼も大鬼も顔立ちが整っているとは到底言えないが、この魔王の顔立ちは一段と人間離れしている。何と言うか、骨格からして人間とはかけ離れている気がする。鬼の美意識からすれば美男子なのかも知れないが。
魔王の吠え声に反応して大鬼が前進してきた。
武器はメイス。
階段の幅の関係で二人が縦に並んでいる。
階段の左右には手すりがある。その関係で下にいる鬼たちにはメイスを上から振り下ろす攻撃しかできない。
鬼の一撃目を軽くかわす。
鬼のメイスが階段をぶっ叩く。すごい音を立てて階段が変形した。
俺は上にいるから鉄鞭を左右に振ることもできる。上からの振り下ろしを外しても階段にぶつけることなどない。
俺が横なぎに打ち付けた鉄鞭を大鬼はかろうじてメイスで受け止めた。
力比べになる。
素の腕力も俺の方がやや上かな。それに加えて上にいるという有利さもあり、相手の体勢を崩すことに成功する。
大鬼がバランスを崩したところで追い打ちの蹴りを叩き込む。
大鬼は二人まとめて階段を転落していった。
「何をしている。さっさと行け!」
背後にまだ人の気配があるのに気づいて叫ぶ。
よし、足音が遠ざかっていく。
まとめて転がり落ちた鬼たちを魔王は片手で受け止めていた。
苛立たし気に大鬼を横に払いのけ、今度は魔王本人が前に出てくる。
こいつの立ち姿、歩く姿を見るだけでわかる。魔王の体幹はブレない。こいつはかなりの達人だ。
取り巻き二人を完全に戦闘不能にしてから戦いたかったんだが、何とかなるか?
魔王の武器は鋼鉄の棍だ。
上にいる分は俺が有利だが、武器のリーチでは完全に不利。
とは言っても、俺に槍などの長物を扱う技能は無いからな。
魔王は無造作に近づいてくる。
こいつはリーチの差が良くわかっていやがる。いつもは俺がリーチで圧倒的に有利な立場だから良くわかる。自分からは攻撃できるが相手からの反撃は届かない。そんな距離があると心理的にも本当に楽なんだよな。
ここで俺が後ろに下がるのは悪手だ。
心理としてはお互いの攻撃が届かない距離を保ちたくなるが、そんなことをしても状況は好転しない。
足で軽くリズムをとりながら待ち構える。
棍で突きかかってきた。
狙いは俺の生命線、足だ。棍は槍ではないので鋭い切っ先は無い。しかし鋼鉄の拳でぶん殴られるよりまだ痛いのは間違いない。
軽いステップで突きをかわす。
二度三度と繰り返される攻撃を避ける。
すると今度は上体に突きを入れてきた。
これを待っていた。
鉄鞭で棍を横へ流す。手すりとの間に固定する。
一歩踏み込んで16インチブーツを振り上げにいく。
魔王は素早く後ろに逃げた。
棍を固定していると言っても前後の移動だけならば可能だ。俺の間合いの外へ逃れる。
手強い、な。
ここまでではパーワーの一撃を跳ね返した不可解な力は出していない。それをどう考えるか。
常時発動できる力では無いのだと安心すれば良いのか。
特殊な力に頼らず、自力だけでも戦える油断のない相手だと思うか。
ま、後者だろうな。
なぜだろう?
魔王の顔がまるで笑っているように感じられる。
そして、もう一つなぜだろう?
俺の顔も確かに笑っていた。
命のやりとりなんて好きでは無いはずなんだけれど、コイツは俺と対等に戦っているじゃないか。
この世界に転生してからはじめて、だよな。
さて、続きをやろうか。
今度はこちらから攻めてやろうかと考えていると、魔王の表情が変わった。
なんだか俺の後ろを見ているようだ。
ブラフの可能性もある。
俺は魔王から注意を逸らさずに、一瞬だけ後ろを見た。
「また、それかよ」
弟分のマイクパフォーマンスにツッコミを入れたくなったような、そんな気分。
離れて行った足音は二人分だけだった。残っていたのはリスティーヌさんだ。神聖武器を呼び出して臨戦態勢。
今回出てきたのもロケットランチャーっぽい何か。
形式番号とか正式名称とかは俺には分からない。そもそも俺が生きていた時代よりも未来の武器なのかもしれない。完全に別世界の武器と言う可能性もある。
今回のランチャーは四角い形で四発装填ずみ。あんな物で後ろから撃たれてはたまらない。俺は慌ててリスティーヌさんの後ろへ退避した。
ロケット弾が発射される。
『リスティーヌさんの後方に退避』であって『真後ろに逃げ込んだ』わけでは無かったのが幸いだった。
猛烈に熱い噴射炎が俺のすぐ横を通り過ぎていく。
『後方の安全を確認』してから撃たなければならないんだっけ? 危うく、味方に殺されるところだった。
発射されたロケット弾は魔王からは逸れていたが、ヤツは自分から当たりに行った。たぶん、後方の大鬼に命中するのを嫌ったのだろう。
前回の経験から爆発の瞬間は目を逸らし、身を低くしてやり過ごす。
魔王を仕留めた、訳はないな。
アイツは自分から盾になったのだ。少なくとも本人の判断ではロケット弾で死なない自信があったのだろう。それでもダメージぐらいはあると期待したい。現代の兵器の威力を魔王が認識しているとは思えないから。
はたして、爆発の中から現れた魔王は無傷だった。
それでも多少は焦ったようだ。
生き残りの大鬼たちに逃げろと身振りしている。本人も大鬼をかばう位置で後退する。
リスティーヌさんが何か言った。
俺の耳は爆発で馬鹿になっていて聞こえない。
ロケット弾の残り三発が連続発射される。
狙いは甘い。
一発目は外れてどこか遠くへ消えて行った。
二発目、三発目は手前の階段に落ちた。
全部、無駄撃ちだ。
いや、無駄ではなかった。
爆発がおさまると、見るも無残に破壊された階段が現れた。
長さにして3メートルぐらいに渡って、破断して脱落している。水平ならば飛び移って移動することも可能だろうが、これは階段だ。下から長さ4メートルの丸太を持ってきて立てかけるとか、何か対策を練らない限りこちらへは来れない。
俺はリスティーヌさんの肩をたたいて笑みを浮かべた。
ほんのひと先ずだが、こちらの勝ちだ。




