26 とある巨人と魔王の力
俺たちはどういう神経で造ったのか分からない複雑怪奇な鉄骨の間を進んでいた。
鉄骨の長さとか角度とか、全部違うんじゃないのか? この建物を造ったのが人類なのかどうか疑いたくなる。
延々と続く階段はしんどいぞ。
先が見えない。
ある程度までは見えるが、見える所から先が続いているかどうか分からない。そうかと思えば行き止まりに見えた所が鉄骨の上を水平移動して先へ行けたりする。
上を見ていてもキリがない。
展望台まででも東京タワーの避雷針の先より高いなんてとんでもない化け物だ。
かと言って足を止める事はできない。
鬼が追いかけて来る。
大鬼クラスが五人。そして外でも見かけたさらに大きな鬼が一人。俺たちが出てきたのと同じ扉から追いかけてきた。この鬼たちは以前に見た連中よりも格段に装備が良い。
前に見た大鬼はただの丸太や棍棒を振り回していたが、こいつらはメイスとかバトルハンマーと呼べるレベルの物を持っている。あまつさえ、身体に合った大きさのプロテクターまで。蛮族とは呼べないほどの装備品だ。
「ずいぶんと強そうだな」
「奴らは魔王とその親衛隊じゃな。ゴブリンライダーどももそうじゃ。魔王が戦場に立つ時だけ現れる鬼軍の最強戦力じゃよ」
俺の感想にオババ様が答える。
ついでに「自分は足手まといだから置いていけ」とも言うが、それは聞けない。
「オババ様の知識は有用だ」
オババ様を運んでいるパーワーに『問題ないな?』と目で問いかける。
戦の神の加護を得た男は力強くうなづいた。
鬼たちは俺たちが出てきたのと同じ扉から現れた。
すぐに追いつかれるほどには近くない。高さにして50メートル以上は先行している。
しかし、こちらは先が行き止まりかどうか判別しながら進まなければならないのに対して、あちらは俺たちをまっすぐに追いかけてくれば良い。距離は縮まる一方だ。
展望台まで逃げきれるかどうか、勝率は五割以下だろう。
「いっそのこと、この場で迎え撃つか?」
「それは得策ではないのう」
「なぜ? 魔王と言うのは相手の指揮官じゃないのか? ここで討ち取れれば外の軍も撤退するのではないか?」
思い付きだったが、いい考えに思えてきた。
「魔王とは長年生きた鬼がつく役職のような物じゃ。だが、ただの役職ではない。過去の戦いで魔王には特殊な能力があることが確認されておる」
「神通力でもあるって言うのか?」
魔王からは逃げられない、ってか?
オババ様はうなづいた。
「個体によって別々の力のようじゃがのう。記録によれば全身に炎をまとってあたりを焼き尽くした者、城壁を拳で破壊した者など様々じゃ。ジャイアント殿といえど勝てる保証はない」
「確かに火だるまの相手を掴みたくはないな」
兵の一人が弓矢を持っていた。
上から射かけてみる。
魔王は足を止めもしなかった。俺がゴブリンライダー相手にしたよりも無造作に払いのけられる。
無駄だな。矢を射るために使った時間の方がもったいない。
俺たちは足を速めた。
俺はいい。
パーワーも何とかなる。
カクリュウとリスティーヌさんが遅れ始める。
兵士たちの中でも比較的傷が重い者は辛そうだ。
このままでは逃げきれない。
同じ結論に達したのか、最後尾の兵士が足を止めた。
「私の順番が来たようです。先へ行ってください」
俺は彼を止めようとした。
だが、俺に何が言える?
俺は彼の静かな覚悟に逆に気おされてしまった。
「ああ、自分も傷が痛くてこれ以上歩けそうにありません」
「お前らだけ休憩しようなんて、ズルいぞ」
「おなかがすいたので飯を食ってから合流します」
「御祈りの時間だ」
「撤退戦のしんがりだけはやっちゃいけないって、爺さんの遺言なんだけどな」
他の兵士たちも次々に同調する。
「みんな済まない。……いや、ありがとう」
俺の頭が下がる。
カクリュウも何か言おうとする。しかし、息が上がっていて、言葉にならない。
兵の一人がその頭を撫でた。
「坊やもこの先、頑張れよ」
「ハ、イ」
兵士たちはその場に残り、俺たちは先へ進む。
「魔王か、倒しちまっても別に構わないよな」
いや、それはフラグだから。
俺たちと魔王グループは塔を登り続けた。
宣言通りに保存食をかじりながら休憩していた兵士たちが魔王グループと接敵する。
先頭に立っていたのは魔王ではなかった。
バトルハンマーを構えた大鬼が進み出る。
階段の上側に陣取っている分だけ兵士たちが有利。しかし、階段は狭く、二人以上が横に並んで戦うのは難しい。すべて一対一の戦いになる。
そうなると個人の力量が高い大鬼の方が有利だ。
上を登り続けている俺はその戦いの詳細を知ることは出来ない。
ガツン、ガツンとすごい音がする。
雄たけびと悲痛な叫びが空へと吸い込まれていく。
落ちた。
兵士の一人が落下していく。
首がおかしな方向に曲がっている。たぶん既に絶命しているだろう。
そしてもう一人。いや、二人。
次の兵士は大鬼の一人を道連れにすることに成功した。大鬼の生命力がいかに強くともあの高さから落ちたら助からないだろう。
矢を射かけ、後退し、兵士たちは時間を稼ぐべく粘り強く戦う。
俺たちが登る一歩一歩が彼らの血で舗装されている。
パーワーが切れた。
「ジャイアント殿、コレをお願いします」
抱えていたオババ様を俺に投げてくる。
小さく悲鳴を上げた老婆を俺は抱きとめた。
パーワーは来た道を走って引き返していく。
いや、下りの方が速いと言っても、今からでは間に合わないだろう。
しかし、彼は途中で階段から外れた。
見ているだけでひやひやするような鉄骨の上を走り、滑り降りる。木こりの子として山を駆け巡っていたから出来る事なのか? あの動きは俺でも真似できない。
通路のない所を移動して彼は戦闘が行われている真上についた。
高低差はまだ10メートルぐらいはありそうだ。
魔王も兵士たちも彼に気付いてはいない。
そこから飛び降りた。
‼
それ、普通に死ぬだろう!
パーワーは空中で斧を振りかぶった。
自分の命と引き換えに敵の一人を確実に道連れにするつもりだ。
狙うのはもちろん魔王。
ひときわ大きな鬼は落下してくるパーワーに寸前で気が付いた。だが、もう遅い。命と引き換えの一撃が魔王の肩口に振り下ろされる。
はじき返された。
何が起こったのか理解が追い付かない。
パーワーの一撃は魔王を完全にとらえたはずだ。あの男が落下の勢いまで借りて振り下ろした一撃だ、仮に鋼鉄の鎧をまとっていたとしても無傷と言うのはあり得ない。
まさか、不死身。
それがあの魔王の特性なのか?
斧をはじかれたパーワーはバランスを崩して鉄骨にぶち当たり、二股の部分に引っかかって止まった。
彼の生死は分からない。だが、生きていたとしても救助に向かう方法がない。
待っているのは緩慢な死だ。
パーワーのあんまりな行動に、俺たちの足も止まっていた。
止まっていてはダメだ。前進しなければ。
「あの魔王は不死身。そんなことがあり得るのか?」
「魔王と戦って生還した者が少ないのでな、あり得る・あり得ないなど分からぬ」
俺は階段をのぼりながら考える。
古来、不死・不死身と謳われる神・怪物・英雄は数多い。しかし、本当に最後まで死なずにいられた者はいない。
アキレス腱か、ヤドリギの枝か、女性の嫉妬という物もあったな。どこかしらには弱点があり、攻略可能であるはずだ。
少なくともアイツは階段を歩いて登っている。
ならば『触れることもできない』わけではあるまい。
魔王の攻略法がおぼろげに浮かぶ。
武器が効かなければプロレスで勝負するだけだ。




