25 とある巨人のダンジョン攻略
犠牲になった男たちの命を背負って俺たちは先へ進む。
ホールを横切り、奥の階段を上る。
すぐにも扉が開いて小鬼たちがなだれ込んでくるのではないかと危惧したが、そんな様子はない。最悪、階段の高低差を利用して小鬼を迎え撃とうと思ったのだが。
ガツガツと固いもので扉を叩く音が聞こえる。
これはひょっとして、小鬼たちには扉の開き方が分からない?
ドアノブを回さなければならないという事を知らなければ簡単には開けられないだろう。さすがに、そのうちには気づくと思うが。
階段を登りきった先には廊下が続いていた。
なんとなく商業施設としては不自然な構造。
このカオスツリーが実際に造られたという新電波塔の完全なコピーではないというのはこういう部分か。一つ一つのパーツは近未来の日本の物だが、組み合わせがおかしい。バルグウェイブ神の言葉によればエレベーターすら存在しないらしいし。
ま、仮にエレベーターが存在していたとしても『電気が通っていないので動きません』とかの落ちは有りそうだが。
不自然な分岐と曲がり角がつづく廊下を先へ進む。ファミコンにこんなゲームがあったような気がする。マッピングしながら進みたいが、そんな時間は無い。
途中にいくつか防火扉があったので締めておく。小鬼たちがドアノブにも苦戦するのならば、防火扉もただの壁だと思ってくれるかもしれない。
館内の案内図が表示されている看板を見つけた。
現在位置を確認。
うん、ダメだ。
今の居場所とまったく対応していない。
おそらく、これは本来の電波塔にあった案内図のコピーなのだろう。現在のカオスツリーの構造とはかかわりがない。
あ、本物のコピーではないという可能性も高いな。
これが実在するってことはあり得ないだろう。なんだよ、ポケモンセンターって。
耳を澄ませてみる。
俺たちの息づかい以外、何も聞こえない。鬼たちは近くには居ないようだ。
「いったん、休憩にする。怪我をしている者は傷の手当てを」
兵たちの中には矢を受けている者も多い。
矢を引き抜いて包帯を当てる。出血さえ止まれば最低限は動き続けられる。
兵士の数は最初は30人を超えていたはずだが、今残っているのは10人ほど。ここにいない全員が戦死したわけでは無いと思うが、別方向に逃げた者がいたとしても、逃げ延びるのはかなり難しかったはずだ。
結局、ほぼ全滅か。
「手当をしながら聞いてくれ。これからの行動方針を発表する。ひとまず、この塔の展望台を目指す。外から見て、円形に膨れ上がっていた部分の事だ」
「なぜじゃ? そこに何がある?」
オババ様が疲れ切った表情で問い返す。
この人は自分ではほとんど動いていないはずだが、パーワーにしがみついて運ばれているだけでもご老体には辛いか。
「もちろん、理由はある」
そして俺はバルグウェイブ神に依頼された件について話した。
戦の神によれば、展望台のあたりにこの塔を出現させた超常の力の残り火が存在していること。その力には神々でさえ手が出せず、むしろ人間の方が制御可能なこと。
「バルグウェイブ神からは俺に依頼が来たが、その時の話では『人間である』ことが重要らしい。つまり、無理に俺である必要は無い。もし俺が途中で倒れることがあっても諸君には上を目指してほしい」
「しかし、ジャイアント殿。我々はただの凡人です。その何とか言う力を手に入れることなど出来るのでしょうか?」
問い返してきたのはカクリュウだ。
いい質問だ、と俺はうなづく。
「特異点とかを制御する方法なんて、俺にだって分からない。しかし、あの神が頼んできた以上、やってみれば何とか出来るんだろう。もし出来なかったら、その時に期待しているのはリスティーヌさんだ。彼女の神聖武装は特異点の一種らしいからな。俺たちよりは可能性が高い」
全員の視線がリスティーヌさんに集まり、彼女は目を丸くする。
そんなの無理、と手を横に振るが、希望を見出した俺たちは容赦しない。パーワーが要約する。
「つまり俺たちの仕事はお嬢様を無事に塔のてっぺんまで連れて行くこと、だな」
「天辺ではなくその下の展望台までだが、だいたい合っている」
「……」
リスティーヌさんがふくれっ面をするのは放っておく。
オババ様がトントンと壁をたたく。
「ところで、そのトクイテンとかいう物は使えば何ができるのかねぇ? この状況を打開したりは?」
「出来る出来ないで言えば、ほぼ何でもできると思うぞ。昼を夜に変えるとか、どれだけとんでもないパワーを持っているのかと」
天体現象級だ、という説明は俺にしか分からないけどな。
彼らの知識では光を捻じ曲げるほどの力という物がどれだけとんでもない物か、理解は不可能だろう。
俺だって、本当の意味で理解している自信は無いし。
「ただ『特異点が何でもできる』のと『俺たちが特異点に何でもさせられる』のは別だと思う。サルの手みたいな物かな。『鬼たちを全滅させてくれ』って頼んだら、俺たちごと皆殺しに会う、とかもありそうだ。あまり当てにせず、うまくいったらラッキーぐらいのつもりでいるべきだ」
「神々ですら手を出しかねている物ならばそんな所かのう」
そして俺たちは移動を再開した。
迷路のような通路を右へ左へ。幸い、この塔の一つの階はそんなに広くない。まもなく、さらに上に行く階段が見つかった。
俺たちは目と目を合わせ、登ろうと合図する。
その出鼻をくじかれた。
下からガシャッともの凄い音が響いてきた。
カクリュウが「ひゃっ」と小さく悲鳴を上げるほどの音だった。
「ジャイアント殿、なんでしょう?」
「分からん。が、今のは小鬼程度がたてられる音ではなかった」
ゴブリンライダーたちでは無理だ。
本隊にいた大鬼か、あるいは彼らを率いていた巨大な鬼か。
結局、扉の開け方がわからず、力任せにぶち破ったのではないだろうか?
「急ごう」
「そうですね」
階段の突き当りにはまた扉があった。
扉を開くとその先にもまた階段。
「うっ」
しかし、少しばかり意外な階段だった。
戦の神からエレベーターの代わりに階段があると言われたとき、俺は延々と続く螺旋階段のようなものがあるのだと思い込んだ。
真実はそうではなかった。
「吹きっさらしかよ」
塔の芯の部分から外へ出て、鉄骨が複雑に組まれた場所へ向かう階段だ。鉄骨部分へ行きつくとそこからは分岐路ありの巨大立体あみだくじのようになっている。
登って行って袋小路にたどり着いたら最悪だ。それに、今はまだ高さがないから良いが、200メートルも300メートルも上がったら風の強さも相当ひどいことになるのではないだろうか?
「ジャイアント殿、あちらを」
俺は上を見ていたがパーワーは下を指さした。
鬼軍の本隊がカオスツリーの前に布陣している。
あの巨大な鬼の姿は見えない。
俺の予想通り、すでに塔の中に入ってきているか。
今度の鬼軍は以前の奴らよりも装備が良い。
あのゴブリンライダーたちもそうだが、大鬼の中にはその体格にふさわしい長弓を持っている者がいる。
あちら側も俺たちを見つけ、その長弓の準備を始めた。
投石ぐらいならここまでは届かないだろうが、弓ならばどうだろう?
この身体で確かめたくはない。
「行こう」
せめて弓矢が届かないところまでは上がらなくては。
飛行できる鬼とか、居ないよな?
それだけが気がかりだ。
このところ連続更新を続けてきましたが、今日は仕事が入りました。
明日の更新は期待しないでください。




