22 とある巨人のつかの間の
疲れた。
俺は荒い息を吐きながら大の字になって倒れている。
骨になっているとは言え、死体の山の上で休憩なんて気持ちの良いものではない。しかし、今は動けそうにない。
とは言っても、完全に動かない訳にもいかない。
喉が渇いた。
激しい運動に脱水症状を起こしかけているな。これはただ休んでいるだけでは治らない。どこかで水を手に入れられると良いのだが。
俺は上体を起こした。
ああ、また失敗したな。配下に指示を出してから行動するべきだったと反省したばかりなのに。
ブラームス子爵領軍はその大半が伯爵軍と行動を共にしたようだ。なのに何人か残っている。
カクリュウとリスティーヌさんとオババ様と、あのデカいのはひょっとしてパーワーか? 他にも一小隊ぐらいは同行しているようだ。
バルグウェイブ神も相変わらず宙に浮いている。
彼らは無防備にこちらへ近づいてくる。
「待て、そこで止まれ」
俺は叫んだ。リスティーヌさんが何か訊き返してくるが、声が小さすぎて聞こえない。何度か間抜けなやり取りをした後、結局パーワーが代理で声を張り上げた。
「なぜです⁈ 疫神どもはジャイアント殿が倒してしまわれたのでは?」
ゾンビたちを疫神と解釈したか。
あながち間違いでもないが、この場合は理解が浅すぎるな。
「俺が倒したのは疫神本体じゃない。本体はまだそこらに漂っているはずだ。当分の間はこの場所に来るのも、俺に近づくのも絶対に禁止だ」
「何ですと?」
「俺と疫神の勝負はまだ終わっていない。このまま俺が病に倒れずに済めば俺の勝ち。俺が死んだとしてもお前たちがここへ来なければ疫神も俺と一緒に倒れることになる。お前たちが自制すれば最悪でも相打ちには持ち込める。だから、頼むから俺を負けさせてくれるな」
「……」
彼らは困惑しているようだ。
あるいは動揺、または戦慄、だろうか。
そのままにしておいても拉致が開かないので、俺は当面の問題を訴える事にした。
「すまんが、水があったらその場に置いてから離れてくれ。食い物があったらなお良い」
「ジャイアント殿は当分町にはいらっしゃらないのですよね。テントも張っておきましょうか?」
「気が利くな。しかし、水が先だ」
パーワーは水の入った皮袋をハンマー投げの要領でこちらへぶん投げた。
狙いは多少はずれたが俺は難なくキャッチ。栓をはずしてグビグビ飲む。
これ、酒だ。
いや、腐らないように酒を少しだけ混ぜた水、なのか?
アルコールが何パーセント入っているか知らないが。
この後に死ぬことが確定しているかも知れないが、俺はまだ生きていることを実感したね。そして、人は生きている限り生き続ける努力をしなければならない。
あちらから感染症など関係ない奴がスーと近づいてくる。
「良い戦いぶりだったな、巨人よ」
「戦いたかったわけじゃない。念仏だけで成仏してくれれば一番良かったんだが」
「ガツンとぶん殴ってやらなければ目が覚めない奴もいる。お前のせいじゃない」
「別に自分を責めているつもりもない。俺程度の念仏でどうにかできるようでは、本職のお坊さんの立つ瀬がないだろうし」
身体が若くなった効果か、体力が少しずつ回復してくる。
もっとも、今日はこれ以上の連戦は勘弁してもらいたい。
酒のような水をもう一口グイと飲む。
体力の回復にはこれも悪くない、と思ったがアルコールには利尿作用があることを思い出す。飲んだ直後の今は良いが、後でひどいことになるはずだ。
もっと水らしい水をよこせと、パーワーを怒鳴りつける。
危うく皮袋を投げ返すところだった。危なかった。
「酒は嫌いか?」
「大量に発汗した後の酒は身体に悪い」
「ならば、こっちによこせ」
皮袋をヒョイと奪われる。
「その透き通った身体で持てるのか?」
「酒だけは、な」
どういう理屈か分からないが、お神酒だけは飲むことが出来るらしい。
ま、ゾンビの情報では世話になったし、このぐらいの捧げものは構わないが。
どちらかと言うと御師様の方に捧げものをしたいが、あのお坊様はもう視界内には存在しなかった。俺が修羅道を歩むという事で、破門されてしまったのかも知れない。
「ところで、あのゾンビたちはもう打ち止めだろうな? 塔からお替りが出てくるのはごめんだぞ」
「さてな、たぶんあれで終わりではないか。浄化されるためにワラワラと出てきたようだし。しかし、お前の破邪の力も権能として定着したようだし、もう一回出てきても大して苦労はしないんじゃないか?」
「権能って、俺は神じゃないぞ」
「とっくの昔に半神さ。気づいていなかったのか?」
いや、異世界へ連れてこられた時点で普通の人間から逸脱しているのは分かるが、神になったなどと言う自覚は無いよ。
神なんて周りから祭り上げられるものだから、本人には自覚がなくて当然なのかも知れないが。
「俺はまだ人間のつもりだよ」
「まだ、な」
戦の神は皮袋の中身を飲み干した。
「ここからが本題だ。あのカオスツリー、外見はお前の世界で作られた空の樹木だが中身はずいぶんと違うようだ」
「そう言われても、俺はもともとの中身なんか知らないからな」
「まず、エレベーターがない。階段で登っていかなければならない」
「そいつは大変だ。上まで何メートルあるんだ?」
「600メートルを超えるな。700はない」
「倍かよ」
東京タワーの高さが333メートルだ。
ま、俺に登る予定はないが。……無いよな?
「天辺までは行かなくていい。400メートル超えぐらいまでだな」
「ちょっと待て、話が飛躍しているぞ」
「そうか。どこから話すかな。特異点とやらが作用してあの塔が出現した。ここまではいいな?」
「それは聞いた」
そういえば、ゾンビと戦っている間に空が昼間に戻っていた。
特異点はどこかへ去ったのか?
「特異点という物は我々神にとっても自由にはならない物だ。我々より上位の神が操るおもちゃだという説もある。戦いの神とか水の神とかじゃない、天地開闢の創造神クラスの存在が司る物だな」
「神々が階級制なのは理解した。半神半人だという俺は練習生レベルってことだな。……タイツでも洗おうか?」
「そんなもの履いてないよ。見ての通り、俺は毛皮と腰蓑だ。それはともかく、練習生には練習生の利点がある。半分は人間だから、俺たちが手を出してはならない領域にも行けるんだ。この場合は特異点の制御だな」
「まだデビューしていないから完全には身内じゃないって事か。特異点はどこかへ消えたんじゃないのか? ひょっとして、塔の400メートル超えのところに収まっている?」
「特異点の本体は消えた。だいたい、あんなものが地上に降りてきたら大地のすべてが消えてなくなるぞ。塔の展望台に残っているのはほんの小さな一かけらだ。小さいと言ってもあの娘の神聖武具になっている特異点よりはずっと大きいが」
携行式のロケットランチャーではなく戦車や戦闘機にでも変身するのだろうか?
「あそこにある特異点ならば空中戦艦や巨大ロボットにでも変われるとおもうぞ。とにかく、何の方向性も持たないむき出しの特異点なんて、そこらに置いてあったら危なくて仕方がない。何とか処理してくれ」
「発病していなかったら、明日にでも行ってみよう」
「頼む」
今日はもう体力的に限界だ。休ませてくれ。
パーワーたちがテントを張り終わったので、俺はそちらへ移動した。
まともな水も食料も置いてあったので、飲み食いして体力の回復に努める。死を覚悟したと言っても、無理に死にたいわけでは無い。免疫力を高めて病気にならずに済めば、それに越したことは無い。
リスティーヌさんたちも少し離れたところにテントを張った。町には戻らずもう少しここで様子を見るつもりらしい。
俺が病気になっても絶対に看病に来ないように言い聞かせておかなければならないな。
それとも、塔の中に入ってそこから出てこない方がいいかもしれない。俺が苦しんでいる様子を見せたら看病に来る『自称、勇敢な』奴は絶対に出てくると思う。そこからなし崩しに感染が広がっていくのが人間心理からくるパターンだ。
その日の夜、俺はなかなか寝付けなかった。
身体は疲れ切っているのに目は冴える。考えなければならない事が多すぎるせいだ。
翌朝は寝坊気味に起きだした。
「やばい」
俺は寝過ごしたが、夜を徹して動いていた連中がいたようだ。
鬼たちの大軍勢が丘の向こうから姿を現していた。




