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とある巨人の異世界召喚  作者: 井上欣久


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19 とある巨人と踊る死霊

 アンロスト伯爵軍はいち早く戦闘態勢を整えている。

 こちらも負けてはいられない。ここは子爵領であって、本来は彼らは援軍の立場だ。主導権をすべて譲り渡すわけにはいかない。


 新たに編成した小隊ごとに集結させる。

 伯爵軍とは違って騎馬兵とか盾兵とか兵種ごとに分かれてはいない。同じ数で比較しても実際の戦闘能力は伯爵軍の5割ぐらいだろうか? 練度のことまで考えれば3割以下でもおかしくない。

 以前の子爵領軍は動員した農民たちを適当に並べさせているだけだったそうなので、これでもその当時よりは強くなっているのだが。


 整然と並んだ伯爵軍と雑然と固まっているだけの子爵軍。

 見比べていると頭が痛くなってくる。職業軍人を何人か回してもらって指導を受けた方が良いかもしれない。


「ジャイアント殿、この後はどうすればよいのですか?」


 カクリュウが声をかけてきた。

 そう聞かれてもなぁ。


「それは俺が聞きたい。この領地のトップとしてどんな対応が必要だと思う?」

「見当もつきません。ジャイアント殿ならばどんな対応が有効だと思われますか?」


 そう来たか。

 何とかして助言をひねり出さなければならないな。


「出来ればだが、あのカオスツリーから出てきたやつらとは戦いたくないな。確実に敵だと分かっている鬼軍が接近中なんだろう? 二正面作戦は避けたい」

「避けられるのでしょうか?」

「それこそ見当もつかないな。神様が何が出現するかわからないと言った塔から出てきたやつらだ。座敷童から禍津日神まで何であっても不思議はない」


 座敷童云々は日本語でしゃべっている。カクリュウには理解できないはずだが、そこは雰囲気だけで納得したようだ。


 話している間に、アンロスト伯爵軍の楽隊がドンドンとゆっくりとしたリズムを刻み始めた。

 その意味は、うん。見ていれば分かる。ゆっくりと前進、だ。


 俺ならば慎重に慎重に動く場面だが、あの伯爵さんは違ったようだ。あの三角顎にふさわしくハイリスク・ハイリターンの積極策を採用したのだろう。


「どういうつもりでしょう?」

「二正面で戦いたくないのはあの伯爵さんも同じだろう。さっさと戦って鬼軍の到着前に撃破する。あの男らしいやり方だ」

「そんな……」

「正解は一つではない、という事だ。どうする? 伯爵さんを止めてみるか?」

「私が止めても止まるとは思えません」


 それは同意する。

 ならば仕方がない。俺は自分の配下に伯爵軍に追従して前進するように指示した。戦うのならば兵力は多いほうが良い。


 同行者を確認する。

 町の中に逃げ込んでも問題ないと思うのだが、カクリュウは一緒に来ている。これは反対する気はない。開戦への意思決定が必要になることもあるだろう。

 なぜだか分からないが、バルグウェイブ神も憑いてきている。こちらは反対する理由も認める権限もない。ただの霊体(?)のようなので危険もないだろう。

 そして最大の問題。

 良い所のお嬢さんがしれっとした顔で後ろを歩いている。彼女の横にはこれもまた当然という顔で、星読みのオババ様の姿もあった。


「リスティーヌさん、危険ですのであなたには下がっていて欲しいのですが」

「あら、危険だから下がる、などという事はあり得ません。危険だからこそ同行するのですわ。相手の正体は不明です。私の持つ神聖武具が役に立つ場面があるかもしれません」

「何に変化するか分からない博打武器になど頼るつもりはありません」


 前回の戦いでだって、撃った本人が自爆して死んでいてもおかしくなかった。もっと近づいてから撃っていたら間違いなくそうなっただろう。

 俺はちょっと神聖武具に対して引っ掛かりを覚えた。

 だが、まぁ、今は追及している余裕は無いだろう。


 ないはずだったが、バルグウェイブ神が空気を読まずに俺の心を読んだ。


「正解だ、巨人よ。この者たちが神聖武具と呼んでいる物は、神の力を与えられたものではなくあの塔と同じ特異点のひとかけらだ」


 納得した。

 神聖とか呼ばれながら神々しい感じは全くしないものな、あの物騒な品。RPGだかカールグスタフだか知らんが、ロケットランチャーになんか変わるんじゃない!


「意外な事実が明かされたものじゃな。……それはそうと、わしの心配はしてくれぬのか、ジャイアント殿。若いおなごが相手でなければ気にかけぬという事か?」


 星読みのオババ様が絡んでくる。

 いや、そういう面が皆無とは言わないが。


「オババ様ほどの方ならば自分の命のかけどころは承知しているかと。ならばその覚悟に水を差すのは非礼という物かと」

「物は言いようじゃなぁ。老い先短いババならばどうなっても構わんと言う事じゃろう」

「いえいえ、オババ様の知恵や知識を借りたくなる場面はいくらもあります。早速ですが、この特異点とやらについて何かご存じのことはありませんか?」

「そうじゃなぁ……」


 オババ様はしばし考えこんだ。昼間から一転した星空を見上げる。


「トクイテンとやらで起こることは毎回違うのだろう? 歴史上、あれがそうではないかと思える事柄はいくつかあるが、断言はできん。だが、確かに神聖武具は星からもたらされたという伝説はある。それから、最初の鬼は夜の闇の中から現れたとも聞く」

「あの鬼たちも特異点由来か」


 ならばあの塔の足元にたむろする者たちが新たな鬼となる可能性もあるか。


 俺たちはカオスツリーに向かって進軍していく。

 彼らが何者なのか、望遠鏡が欲しい。整然とした隊列を組んでいないことは分かる。無目的に動き回っているようにしか見えない。


 肉眼でも彼らの姿が見えるようになってきた。

 それにつれて伯爵軍の行足が鈍った。楽隊のリズムに乗って一歩一歩踏み出してはいるが、その一歩の歩幅が狭まる。


「何だ、あれは」


 異口同音につぶやきが漏れる。


 日本人の俺にはあの存在を一言で定義できるぞ。ロメロさん家の子供だ。

 ゾンビ。

 動き回る屍だ。


 ゾンビたちの服装は20世紀末の日本の物とほぼ変わらない。

 あの塔と同じ時代から来たのならば21世紀に足を突っ込んでいるはずだが、ピッタリ・ピカピカのSFモードの服装ではない。さほどの遠未来ではないようだ。

 ゾンビたちには目立った外傷はない。

 しかし、顔色は最悪で腐敗している様子もある。眼球が零れ落ちている者もいる。

 総じて生きているとは思えないのになぜか動き回っている。


 ゾンビたちの動きは歩いたり、四つん這いになったり、唐突に苦しんでいるような動きをしたりと法則性が見られない。

 また、近くまで来た我々に反応する様子もない。ただ動く、それだけだ。


「ジャイアント殿。これをどうすればよいのでしょう?」

「いや、何とかして処分はしたいんだ。無作為に動き回っているという事は、時間が経てば広い範囲に広がっていくという事だからな。しかし、こいつらは死ぬのか? 殺せるのか?」


 映画のゾンビならば頭を破壊すれば活動を停止するが、ここにいる異世界ゾンビが同じ性質を持っている保証はない。

 逆に映画と同じだと仮定するならば、万が一にもこいつらに噛みつかれたりしないように戦わなければならない。そんな相手と白兵戦をするなんてゾッとする。


 どうするべきかと考えを巡らせていると、バルグウェイブ神が「なるほどな」と一人で納得していた。


「神よ、何かわかったのですか?」

「うむ、こいつらは死霊だ。巨人よ、お前が死んだ後に分岐する並行世界の一つに疫病で人間たちの大半が死滅した世界がある。こいつらはそこからやって来たようだ。死霊が自分たちの死んだ体に取り憑いて動かしているのだ」


 ふむ、本体は死霊で肉体はただの操り人形だとするならば、頭を破壊しても効果はなさそうだな。

 それこそ丸ごと火葬にするぐらいでないと止められないかもしれない。


 ん?

 待てよ。

 バルグウェイブ神の言ったことの中で一番重要なのはそこか?

 もっとやばい情報が含まれていないか?


 彼らの肉体は人類の大半を殺すほどのとんでもない疫病で死んだものなんだよな。


 並大抵のヤバさじゃないぞ!

 疫病の元となった細菌だかウイルスだかはまだあそこにあるんじゃないか?

 映画のゾンビどころじゃない。噛みつかれるどころか近づくことすら危険だ。


「全軍停止!」


 俺は大声を張り上げた。

 気分としては「全軍壊走」と号令したいぐらいだ。


 子爵領軍は停止した。


 これで安心、ではない。

 異様な敵に慄きながらも伯爵軍は前進を止めていない。とりあえず一当たりしてどんな敵なのか確かめようという積極策だろう。

 その一当たりが命取りになりかねないが。


「待て、進むな、死ぬぞ!」


 俺は絶叫して、伯爵の居場所めがけて走り出した。

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