17 とある巨人のプロレス道
俺は戦の神の加護を得たパーワーと組み合った。
さすがに力は強い。
だが、な。
ヒョイ、と。
俺の無拍子での動きは別に木刀を使うとき専用ではない。むしろ、こうやって組み合った時が本領発揮だ。
俺はあっさりとパーワーの背中に回った。
観客があっけにとられている。
無拍子での動きは観客を置き去りにしかねないのが難点だ。
一拍、二拍と間をおいてから今度は足を取りに行く。
パーワーをうつぶせに倒す。
足首をひねりにかかる。
ヒールホールド。
地味な技だが、破壊力は十分だ。
マズイ、このままでは試合が終わってしまう。
サードロープを掴んだら関節技を解く、なんてルールは設定していないからな。
プロレス八百長論に、関節技の扱いがあげられる事がある。
関節を極められたらふつうはそれで終わりだ。ロープへ逃げるなんて出来るはずがない、という言説だ。
あれは半分だけ正しい。
鍛え上げられたレスラーはその肉の厚みと関節の柔軟さが関節技への防御力になる。また、痛みへの抵抗力も一般人とは比較にならない。
だから普通よりも関節技に強いのは確かだが、技をかける側もレスラーだ。プロレスラーの剛力で絞り上げる以上『レスラーは鍛えているから』だけで抵抗可能になるはずはない。
残りの部分は、まぁ、八百長と言えば八百長なんだろうな。
プロレスにはルールがある。しかし、ルールの上に来る物もある。
プロレスはスポーツである前に『興行』なんだ。
試合開始後一分で終わるなんて事は普通はやらない。そして、関節技で勝負を決めるには問題点が一つある。
相手レスラーが我慢できないほどに関節技を仕掛けたら相手を壊してしまう。
骨が折れるか靭帯が伸びるか、何にせよ二日や三日では治らない怪我をさせてしまう。プロレスにおける勝ち負けって物は、スリーカウントとるか取られるかよりも大事な事がある。
プロレスの一番の負けは自分が大怪我することだ。二番目の負けは相手に大怪我させることだ。対戦相手に全治3ヶ月とかの怪我をさせてしまったら、翌日から誰と戦えばいいんだ?
だから本当に本気での関節技はそう簡単には仕掛けられない。
相手も大怪我をさせられる事はないと思っているからロープに逃げる余裕もある。ま、シリーズの最終日に『少しぐらい怪我をさせても良いや』となる事もあるし、関節を極められてばかりだと相手にナメられる。関節技を軽視して良い訳ではないけどな。
ともあれ、俺はパーワーの足首の関節を決めちまったんだ。
どうしよう?
考えるまでもない。俺はこの男を壊したい訳ではない。試合の流れはお客さんを満足させるにもほど遠い。
俺は関節を少し痛めつけてから技を解いた。
下から驚いた顔が見上げてくる。
「まだ始めたばかりだ。さっさと立って来い」
「畜生!」
プライドを傷つけてしまったらしい。
パーワーは勢いよく立ち上がって、ちょっとよろけた。ダメージ有り、だ。
経験不足だな。
お客さんに対して自分がダメージを受けたとアピールするのは良い。それはむしろ推奨される。しかし、対戦相手にはそれがフリなのか本当なのか分からなくするのが良いレスラーって物だ。
若者は一旦距離をとり、そして今度は低空のタックルを仕掛けてきた。足をとりにくる。
狙いは悪くない。自分より大きな相手を寝かして攻略するのは定石だ。
俺は一度はそのタックルを切る。
しつこく足をとりに来るのに対処しきれなかったふりをする。
俺とパーワーはもつれあって倒れた。
倒れながら技を仕掛けた。
ヤツの左腕を抱えこみ、背中越しに右腕に脚をからめる。変形のチキンウイング。両肩の関節を極める技だ。
ヒールホールドと違って完成形が大きいこの技は見栄えがする。フィニッシュホールドとして使えなくもない。
パーワーは自由になる両脚をバタつかせてもがくが、その程度ではこの技からは逃れられない。
さっさとギブアップしろ。と、思うが考えて見るとギブアップの合図なんか決めていない。それどころか、ギブアップというルールもない。
観客が納得した時が勝負の決着。
この戦いは試合と言うよりは果し合いに近いんじゃないか?
今さらながらそう思う。
両肩を壊してしまえば勝てるが、回復が難しい怪我をさせる事は本意ではない。
両脚のフックをゆるめる。
パーワーがもがく動きで技が外れる。
観客からは彼が自力で脱出したように見えるだろう。
俺たちは立ち上がって再度にらみあう。
俺はリングの中央に立って悠然と。
パーワーは落ち着かずに左右に動きまわりながら。
彼の目には俺はどう映っているのだろう?
不必要に痛めつけて来るサディストか、どう挑んでも跳ね返される壁か?
いずれにしても俺の方がレスリングの技術はずっと上だという事は分かっただろう。
「この化け物め!」
その罵声はちょっと痛いぞ。
罵声とともに殴りかかって来た。
その腕をブロックし、そのまま脇固めにとろうとする。
パーワーも今回は反応した。
強引に腕を振りほどいて後退する。
その動きは観客から『逃げた』と評価されるからやめた方が良いぞ。
しかし、もちろん逃げっぱなしではなかった。
肩のダメージを確かめるためか、腕をグルグルと回す。そして、全速力で走りこんでくる。
この進路はラリアット、あるいはアックスボンバー。
迎撃は可能だが……
俺は全身にグッと力を入れて仁王立ちした。
相手の必殺技は正面から受けてやるのがレスラーとしての礼儀だ。
パーワーの腕が俺の胸板に叩き込まれる。身長が伸びたといっても俺の喉をえぐるのは難しかったようだ。今の身長ならば絶対に届かないという事は無いはずだが、急所を狙うよりも威力をとったか。
俺は受け身をとってドウと倒れた。
筋肉を引き締めて受け止め、自分から後ろに倒れて受け流したので見た目ほどのダメージは無い。
痛くない訳ではないけどな。
はじめて俺からダウンを奪った形だ。
パーワーはその場で雄たけびを上げた。こちらが倒れたからと言って簡単に近づいてこないのは、寝技に引きずり込まれるのを警戒しているのだろうか?
俺は実際よりもダメージを負った風を装いながら体を起こす。
来るかな?
俺が立ち上がった所でパーワーが再度、突進してくる。
ならばこちらはビッグブーツ。ラリアットよりも格段に射程の長い蹴りを使う。16インチのブーツを若者の顔面にたたきつける。
驚いた。
俺の蹴りがいなされた。
パーワーも馬鹿ではない。ここで俺が蹴りに出るのを予想していたようだ。ヤツにビッグブーツをお見舞いするのはこれが初めてだが、町の門の前での模擬戦では蹴り技を散々使っている。どこかで見ていたならば、これが俺の得意技であることぐらいは分かるだろう。
パーワーは全力で走るふりをして蹴りを誘い、実際には力を抜いて俺のブーツへの正面衝突を避けた。
16インチブーツは命中したものの大したダメージにはなっていない。
俺の態勢はやや崩れている。次のビッグブーツはすぐには使えない。
パーワーは今度こそ本命のラリアットを狙ってくる。
ま、いいか。
自分のキャラクター性を維持するために、日頃から使用する技は限定している。しかし、それは自分の技以外は使えないという事ではない。
ここは日本ではない。
弟子の技を使っても特に問題はない。
自分では使わなくともさんざん見ているし、対戦した事もある。ラリアットを最小限の動きで迎撃する技を使用させてもらう。
エルボースマッシュ。
真横に突き出した腕が当たるよりも早く、一歩踏み出した俺の肘がパーワーの横っ面をえぐる。
慣れない技なので多少威力が低かったのか、若者は倒れなかった。棒立ちのままたたらを踏んで後退する。
プロレスとしては時間的に短いが、ここで決めてしまおう。
俺は自分から走った。
ラリアットを仕掛け返すようなコースで相手の横をすれ違うように動く。
俺の技にラリアットは無い。
身長が高すぎるから俺がラリアットで有効打を与えられる相手は極めて限定される。
だから、この技がある。
打撃を与えるのではなく、すれ違いざまに俺の腕を相手の首に引っ掛ける。
そして跳ぶ。
相手の首を引っ掛けたままだ。棒立ちだったパーワーは当然ながら後ろに倒れる。
引っ掛けた腕に体重を乗せて押しつぶす。パーワーの後頭部が土を踏み固めたリングにめり込んだ
ランニングネックブリーカー。
俺の必殺技の一つだ。
殺さない程度の手加減はしたが、キャンパスのリングよりもずっと固い地面の上だ。パーワーは白目をむいて失神した。
これに耐えるようならばスリーパーホールドで意識を奪おうと思っていたが、その必要は無かったか。
観客だって神様だって失神した男にさらに戦えとは言うまい。
フォール、は無駄だからぐったりした身体を踏みつけ右腕を突き上げる。
頭の上の神様に目線でゴングを要請する。
戦の神は手を叩いて喜び、叩いた手が金属音を響かせた。
試合終了だ。




