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とある巨人の異世界召喚  作者: 井上欣久


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16 とある巨人と戦の神

 神様が直接に降臨して来るなんて異常事態、だよな。

 バルグウェイブとか言ったか、この神様。まとった毛皮が獅子ならばそのままギリシャ神話のヘラクレスといった風貌だ。武神・戦神の名にふさわしい。ヘラクレス的に最後は女性の嫉妬で殺されそうなちょっと軽薄そうな雰囲気もある。


「ま、お客さんが増える分には、俺にはまったく文句はない」


 お客様は神様です。


「バルグウェイブ神よ、ご笑覧あれ!」

「ん? 少し違わないか、巨人よ」


 別に間違えて無いさ。

 俺は明るく楽しく激しいプロレスをやるだけさ。


「神よ、開始の合図をいただけるとありがたい」

「まぁ、そう急くな。俺は将来、自分の商売敵になりそうな相手を見物に来たのだが、対戦相手がコレでは勝負にもならんだろう」


 勝負にならない、は言い過ぎだろう。どんな相手とでもプロレスを成立させるのが良いレスラーってものだ。

 弟子のデカいの(ジャンボ)あたりはその点が上手かったな。大きな試合をやったらその年の最優秀の試合に必ずノミネートされるぐらいに。それでいて、その試合で評価されるのは対戦相手の方ばかりだったのは何なのか。


「体重的に俺のほうが有利なのは間違いないが、それでは対戦相手を今から差し替えると? それはご遠慮いただきたい。さすがにパーワー君が不憫に過ぎる」

「そのような事はしない。そちらの小さいの、お前は力が欲しいか?」


 木こりの息子はすぐには返答できないようだった。

 彼は喘いで過呼吸におちいり、苦労しながら答えを絞り出した。


「欲しい!」

「ならばくれてやろう。俺の加護をな!」


 武神は背中の棍棒を取り出すと天にかかげた。

 彼の棍棒からパーワーに光が降りそそぐ。


「ぐぅぅう」


 パーワーはうめいた。

 背中を丸めて苦しむ。


 何が起こるのだろう?


 あの体格であれ以上に筋肉を増やしても必ずしも強くなるとは限らない。心肺機能とのバランスを崩して弱体化することすらあり得る。

 などと考えていた俺は、前世の常識に囚われすぎていたらしい。ここはファンタジーな世界なのだ。


 パーワーの身体が大きくなる。

 筋肉の量が増えたとかのレベルではない。骨格から内臓からすべてが拡大する。

 あり得ない、と言いたいが実際に目の前で起こっている。神様が起こした奇跡としてならばあり得てしまうのだろうな。


 持って生まれた身体から改造できるとは。まったく、プロレスラーならば誰でも羨ましくってたまらなくなる奇跡だよ。

 え、俺?

 俺の場合は逆の意味で羨ましいかな。

 俺はもっと普通の背が欲しかった。


 苦しんでいた男が肩で息をしながら向き直る。

 目線の位置が違っている。

 俺と互角の身長とは言わない。身長2メートルに満たないぐらいだろう。具体的には198センチ、俺の一番弟子と同じぐらい。

 身体の厚みは俺よりもやや上。しかし上背の差で体重そのものは俺のほうが重いだろう。

 体格的には俺のほうがまだ有利だが、侮れなくなったのは確かだ。

 身体にあわなくなった衣服が割けていた。彼がプロテクターを脱ぎ捨てていたのは幸いだった。

 幸いと言えない唯一の物、靴をリングの外にけり捨てる。彼が裸足で戦わなければならなくなったのは災難だが、俺の方はブーツを脱ぐつもりはないぞ。これは俺を象徴するものだからな。


 アンロスト伯爵をはじめとして観客たちは目を丸くしていた。

 神の奇跡を目の当たりにして相次いで膝まづく。


 俺も同じ行動をとるべきだろうか?


 試合の前にそれは無いな。


 パーワーが息を整えるのを待ってやる。

 その間に頭上の神に非難のまなざしを向ける。


「どうした、巨人よ」

「いや、加護を与えるのは構わないが、このように試合直前にしなくてもよかっただろうに」

「負けるのが怖くなったのか?」

「俺が負けるのは別に構わないが、彼はいきなり大きくなった身体に対応できるのか? 慣らし運転が必要なのではないか?」

「それは本人に問うしかないな。やれるか、小さいの。もう、あまり小さくはないが」


 神の加護を受け取った戦士はまっすぐに前を向いた。


「やれます。必ずや勝利を」

「その意気だ。……とはいえ、そこの巨人の懸念ももっともだ」

「はい」

「なので、俺の後についてポーズをとってみろ」

「はい!」


 戦の神は空中で珍妙なポーズをとり始めた。

 筋肉を誇示するようなパフォーマンス。そういうことをやって良いのはレスラーだけだ。

 パーワーがぎこちなく同じ動作を繰り返しているからかろうじて認められなくもないが、お客さんにはあまり目立つことなく行儀よく見ていてほしい。


 このままでは一般の観客の耳目が相手側に独占されてしまうな。

 それは面白くない。

 こちらからゴング前の奇襲でもしてしまおうか。


 パーワーが多少の準備運動をするぐらいは認められる。むしろ、やってもらわなければ困る。十全な体調で試合に挑んでもらわなければ。

 だが、お客さんがダレるほど延々とパフォーマンスをつづけるのを認めるわけにはいかない。


 俺はしばらくの間はコーナーでおとなしくしていたが、頃合いを見てスッと前に進んだ。


 パーワーは最初は俺の動きに気付かなかった。

 が、交戦可能な距離に近づきかけて、筋肉踊りを中断した。


 パッと臨戦態勢に入る。


 俺は構わず前進する。

 ゴング前の奇襲まではしない。しかし、すでに試合が始まっている前提で行動する。


 試合が始まった時に強い奴はまず何をするか?


 リングの中央に進み出るんだ。

 すると相手は後ろに下がるか、横へ動くかしか選択肢がなくなる。


 パーワーは下がらなかった。

 横へ動いた。

 横へ動くという事は俺を中心にしてパーワーがぐるぐる回り始めるという事だ。


 リングの中央に立ってあたりを睥睨する者と、その周囲を回る者。どちらが各上かは一目瞭然。

 すでに試合が始まっているという事はこういう事だ。


「細かいことをやりおる。大きさだけのでくの坊では無いか」


 神の声が真上から降ってくる。

 そちらに目を向ける余裕はない。

 何かやってくるかもしれないが、目を向けてさえいない相手に手を出してくるのなら(アイツ)も格下だ。

 客ではなくパーワーのセコンドだと思っておく。


「巨人よ、お前の世界の流儀で戦いをはじめさせてやろう」


 なにをするつもりか知らないが、やりたいのならサッサとやれ。


「では、そうさせてもらおう」


 俺の心を読んでいるのか?

 ま、神ならばそのぐらいの事は出来るだろう。何の不思議もない。


 が、その直後に鳴り響いた音には一瞬だけだがビックリさせられた。

 何度も何度も。

 生前に数知れず聞いてきた音。


 試合の始まりを告げるゴングが打ち鳴らされた。


 パーワーにとってそれは未知の音だっただろう。

 だが、そんなことは関係ない。

 あらかじめ知っていようがいまいが、ただ一度打ち鳴らされるゴングには始まりという意味がある。予備知識の有無にかかわらず、それは絶対だ。


 ゴングに押されて俺の足が前に出る。

 パーワーの足もまた同じ。


 俺たち二人の腕が、お互いの両肩をがっちりと掴む。


 ロックアップ。

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