15 とある巨人の神前決闘
パーワーとの試合の日まで俺は体調の維持管理に専念した。
と、言えれば良かったが、それは真実ではない。ロームの町からの避難民を徴兵して戦力化するのにえらく苦労した。
俺を見て悲鳴を上げるのは、心が弱っている避難民には仕方のない事なのか?
結局、俺が表に出るのはあきらめて鍛えてやっている連中に動いてもらったが、俺の心の方が折れそうだ。
職業軍人な連中は基本的に貴族や準貴族の次男坊以下なので、避難民たちより身分は上だ。よって、小隊長程度は問題なく任せられたのが嬉しい誤算だ。
試しに小隊の一つをロームの町まで往復させ、そこへ駐留するために何が必要か調べさせた。
答えは大きめの袋とスコップ。
何に使うのかって?
そりゃぁ、戦場になった町だからな。言われるまで気づかなかった自分が嫌になるぜ。
衛生面を考えると、あの町に入るのは諦めた方が良いかも知れない。
顔を覆う手拭いも注文しておこう。手袋も必要か? あとは消毒用のアルコール、人間に飲まれないように注意しないとな。
安全を考えると何か月か放置して白骨かミイラになったころに処理したいところだが、仏様を野ざらし雨ざらしにするのは忍びない。大きな穴を掘ってまとめて埋めるしか無いだろうな。個別に棺桶を用意するといった最低限の事すら贅沢だろう。
そういった、気の重い準備と並行して試合の話も進める。
何度か前哨戦をやってから本番に向かいたかったが、どうやらそれは無理らしい。お客さんを沸かせるには相手の技を知っておいた方がやり易いんだけどね。
仕方なく人づてにパーワーの情報を集める。
俺に師事している連中は貴族の子弟だが、パーワーは職業軍人には珍しく木こりの息子らしい。そう聞けばあの逞しい体つきにも納得がいく。要は家柄ではなく自分の腕っぷし一つでのし上がってきた男だという事だ。
自分の強さに自負を持つのも当然だな。
俺に仕掛けて来たラリアット、あれはもちろんプロレス技として習得したものではない。あの男のオリジナル技として幾多の敵をなぎ倒して来た木こりの一撃だという。
ラリアットかと思ったらアックスボンバーかよ!
いや、ラリアットとアックスボンバーは使い手以外、ほぼ同じ技だけどな。『ラリアットの方が腰の回転が』とか『アックスボンバーは肘の曲げ方が』とか微妙な差はあるが、野球選手の投球フォームの違いと同じような物だろう。
と言うか、下手糞なレスラーの腕を横に突き出すだけの動作がラリアットと呼称されてしまうのでアックスボンバーもラリアットの中に入れられてしまったのかも知れない。
ラリアット談義はさておき、戦うためのリングの設営も俺の仕事になった。
リングというよりは相撲の土俵に近いかな?
軍事訓練の一環として、土を積み上げて一段高い台を造らせた。それだけだと本当に土俵にしか見えなかったので、せめてもの抵抗として四隅に杭を打ちロープを張り巡らせた。ロープはただのロープなのでプロレスに使う物のような弾力はない。残念ながらロープに振ったり振られたりの攻防は難しいな。
リングを造らせている間に、子爵領のあちこちに散っていた伯爵軍が集結してきた。
俺は子爵領の財務にも噛んでいるので、伯爵軍の存在が子爵領にとって負担になっていることも理解している。主に食費の面で問題だ。3000人分の食糧消費は少ないとは言えない。軍隊という物が金食い虫なのが良くわかる。装備品とかの金は負担していないのにこれだ。
子爵領ではこの規模の常備軍は維持できない。
財政の面では伯爵軍に早く帰ってほしいがまた鬼軍がやってきたらと思うと帰って欲しくない。
この二律背反を解消するには敵の接近を素早く発見できる早期警戒網の構築が必要かな?
敵を早めに見つけて素早く援軍を要請できるようにする。こういう物を内戦防御とか呼んでいただろうか?
将来の防衛戦略を練るが、それを実行に移す暇はないままアンロスト伯爵が出立する日がやってきた。
門の前、子爵領の住人が見守る前でカクリュウが伯爵に礼の言葉を述べる。
ただ帰ってもらうという訳にもいかないので、秋の収穫物を満載した荷車を引き渡す。本当に『ただ』では済まないんだ。
そして余興が始まる。
子爵領側の花道には俺。伯爵側のそれにはパーワーが待機している。
星読みのオババとリスティーヌさんがリングの上に上がって、これから始まるのが戦いの神のナンタラに捧げる神前決闘であると宣言する。神の名前は音節が多くて一発では覚えられなかった。
まあ、いいや。
俺の方は先に逝った師匠や友たちが見ていると思っておこう。
「ジャイアント殿、伯爵はパーワーが負けた場合、追加の兵士を投入するつもりです」
「先日、そんな事を言っていたな」
「五人目まで用意しているようです」
「妥当なハンデだろう」
カクリュウと言葉をかわす。
体格差があるんだ。その程度で卑怯だとは思わない。
軍楽隊が演奏を始める。
こっちが挑戦者なので先に入場するのは俺だ。楽隊には俺のテーマ曲を演奏してほしかったが、さすがにそれは無理だった。前進開始、を意味するフレーズを繰り返すことで妥協した。
久しぶりにガウンをなびかせて花道を歩く。
いや、久しぶりでもないか。前のシリーズから大して時間は経っていない。俺が死んだ以外はどうと言う事もない。
花道の終点でリスティーヌさんとすれ違う。
睨まれるかと思ったら、ささやき声で言って来た。
「頑張ってください」
「おう、いい試合をして来る」
こちらも笑顔でかえす。やっぱり美人に激励されると気分が良いな。
ロープの間をくぐってリングインしようとして、今は若い身体であると思い出す。脚を大きく振り上げてロープの最上段を跨ぎこす。
観客に分かりやすい大きさのアピールだ。領民の間からも兵士たちからもどよめきが上がった。
右腕を上げて観客にアピールする。
音楽が変わった。
単なる『前進』ではなく『突撃』を意味するメロディ。
向こうの花道から走ってくる。
もちろん、パーワーだ。
どこかの路上の戦士コンビのような勢いで花道を駆け抜ける。リングインに少しもたついたのは仕方ないか。こんな形式のリングに入場するのは初めてだろうからな。
あの勢いで走ってくるならばサードロープの下を潜り抜ける入場のやり方でも教えてやりたかった。コーナーポストの上に立ってのアピールも似合いそうだ。
血気盛んな若者は向こうのコーナーから俺を睨みつけてくる。
俺はゆっくりとガウンを脱いだ。
その下はもちろん赤いショートタイツだけの裸だ。その他は16インチブーツのみ。
それを見て、パーワーも身につけていたプロテクターを脱ぎ捨てた。プロテクターと言うか、鎧下だな。ルール上はあの程度の軽鎧は構わない事になっているのだが、対等の条件で戦いたいらしい。
「バルグウェイブ神よ、ご照覧あれ!」
若き戦士が叫ぶ。意外と信仰心に厚いタイプだったのか?
今回は俺も神の名を聞きとれた。
その時に俺が空を見上げたのは何故だろう? 何かを感じたのか、それともただの偶然か。
あとで思い出してみても俺にも分からなかった。
ともかく、俺は空を見上げた。
そして凍りついた。
空に髭面の大男が浮いていたから。
その大男は獣の皮をまとい、背中に棍棒を背負っている。そして、向こう側の空が透けて見えた。
幽霊?
そんな感じではない。
もっと神々しい感じがする。
パーワーも観客たちも俺につられて空を見上げ、一様に言葉を無くしていった。
「何者だ?」
「何者とは言ってくれるな、巨人よ」
髭面はニヤリと笑った。
「俺が俺に捧げられた試合を見に来て何が悪い」
その言葉の意味が頭に浸透するまでしばしかかった。
けっして俺の頭が悪いからでは無い、と思う。
「おい、パーワー」
「なんだ?」
「この辺りでの神前決闘って、本当に神様が降りてきて見物して行くのが普通なのか?」
……。
「そんなはず、あるか!」
だよな。




