14 とある巨人の異種格闘
俺に戦ってほしい相手がいるって?
「別に構わないぞ」
「即答か?」
「軍隊を編成してほしい、なんて頼みよりはずっと真っ当だ」
それに、一度死んで柵がなくなっているからな。
今だったら、某三角顎一号の挑戦でも受けるぞ。……俺の方からそれを持ちかけることは無いが、ね。なんせ、若いころの話ならアイツとは何度か対戦して全部俺が勝っている。
カクリュウが目をそらしている。
そして、少し離れた所では侍女にタオルを持たせたリスティーヌさんがソワソワとこちらを見ている。
やっぱりカクリュウに気があるのかな?
こいつだってこのまま身体を鍛え続ければ魅力的な男になるだろう。
「それで、戦ってほしいと言うのは、今ここでか?」
アンロスト伯爵の後ろに戦意を漲らせた男が立っている。
弟子にとっても良いぐらいに身体が大きい、長い髪を振り乱した男だ。
どこかで見たな。
ああ、そうだ。
俺が子爵領に来た最初の日に、隊長の逐電を報告した男だ。その後、姿を見なかったのでどうしたのかと思っていたが、特に重要な問題でもないのでそのまま忘れていた。
「パーワーじゃないか、どこへ行っていたのです?」
カクリュウが言った。
この男の名はパーワーであるらしい。カクリュウが知っているという事は、やはり彼は子爵領側の人間だ。
それがなぜ、伯爵の後ろにいる?
筋肉でズングリとしたその男はカクリュウに軽く頭を下げた。
その間も俺から目を離さない。
そこまで恨まれる覚えはない。だが、これから戦う相手ならばこのくらい戦意があっても問題ない。
伯爵が彼を身ぶりで制止する。
「コイツはジャイアント殿と会った直後に俺の所へ来たんだ。ブラームス子爵領最強の男は俺だ。最強であり続けたい。そのための稽古をつけてくれ、とな」
「それはそれは」
俺は微笑んだ。
若者の気概は気持ちがいい。
微笑みを挑発と受けとったのか、パーワーの怒気が膨れ上がる。
伯爵を押し除けて突進。身体をぶつけて来る。
俺は半身になってそれに応じた。ショルダータックルの体勢。
俺の場合、実際に当たるのは肩ではなく腕の部分だが。
パーワーの勢いと俺の体重。その二つは拮抗したが、身体をぶつける技術では俺に一日の長があった。
俺は不動。
パーワーはたたらを踏んだ。
「気持ちが足りない。お前の闘志はそんな物か? もっと気持ちをぶつけて来い!」
檄を飛ばす。
プロレスで言う気持ちとは、すなわち体重の事だけどな。
相手を攻撃したいと言う気持ちが強ければ自然と前傾姿勢になる。前傾姿勢になれば攻撃に体重が乗って、より威力のある攻撃ができる。
攻撃に体重がのりすぎると返し技を受けやすくなるが、プロレス的にはそれで良いんだ。
細かい技を何発も仕掛けるより、大技をかけに行って返し技でキレイに投げられた方が客が沸く。
パーワーは一度さがって再度突進して来た。
ん? 突進の方向が俺から微妙にズレている?
その戸惑いが、キックで迎撃しようとした俺の出足を止める。いや、見慣れた動きなんだが、まさかと思ってしまって。
パーワーは俺のすぐ隣をすり抜けようとした。その腕が真横に振られる。
ラリアット。
プロレス技の代名詞とも言える技だ。
悪くない。
十分な威力を持ってパーワーの腕が俺の胸板に叩きつけられる。身体の芯までズシリと来る打撃だった。少しばかり痛かった。
だけどな、ラリアットという技は俺に仕掛けるには本質的に不適当なんだ。
ラリアットが一番に威力を発揮するのは相手の喉に叩きつけた時だ。喉という鍛えようがない急所への攻撃と共に、相手を吹き飛ばして後頭部をマットに激突させるという効果が期待できる。ちゃんとした使い手のふるうラリアットならば『魂をその場に残して身体だけを跳ね飛ばす』などと言われる。脳が自分が倒されたと認識するよりも早くマットに叩きつけられる訳だ。
しかしながら、ラリアットは『腕を肩から真横に突き出す』という構造上『自分と同じくらいの体格』の相手にしか喉にヒットさせる事が難しい。俺に最大威力のラリアットを入れようとするなら、俺に膝でもつかせる必要があるだろうな。
パーワーが俺に打ち込んだラリアットにはビックリさせられた。フィニッシュホールドにはほど遠いが、一歩俺を後退させられる威力もあった。
転生してからはじめてじゃないか? 猫がじゃれつく程度ではない本物の打撃を食らったのは。
俺は真顔になった。少しだけ本気で戦うとしよう。
俺の変化にパーワーがニタリと嗤った。してやったり、という顔。
悪戯っ子にはお仕置きが必要だな。
「控えろ、パーワー!」
「ジャイアント殿、抑えて下さい」
アンロスト伯爵が俺とパーワーの間に割って入り、カクリュウが後ろから俺の腰にしがみつく。
どちらも俺が蹴散らそうと思えば簡単だが、身体ができていない相手に俺が手を出すわけにはいかない。
「何だ、今すぐ戦ってくれという話ではなかったのか?」
伯爵は渋い顔をした。
「戦ってほしいのは明後日だ。その日に俺は自分の領地に引き上げる。それに合わせて、今は各地に散っている部隊を集結させている所だ」
「出発式の余興に試合をする、という事か?」
「まぁ、そんな所だ。ジャイアント殿の強さを見せつけておいた方が良いと思ってな。対戦相手はパーワーだけでいいか? もう2、3人見繕うか?」
「そんなことを言うのは対戦者に失礼だろう。彼が地元のチャンピオンならば彼に勝っていない俺のほうが挑戦者の立場だ」
「そんな事を言って、自分が負けるとは思っていないのだろう?」
「それは、な」
パーワー君がいくら大きく逞しいと言っても、体重は100キログラム未満だろう。一方、俺の現在の体重は推定130キログラム。ルール次第ではあるが、この体格差で負けるほうが難しい。
この後、パーワーはカクリュウが連れて行った。
たぶん、パーワーの所属がどこになるかの話し合いだろう。パーワーとしては俺に勝ってスッキリと子爵領残留が望ましいのだろうが、その希望には添えない。
一方、俺は伯爵さんと試合のルールについて話し合った。
俺はスリーカウントによる決着を望み、伯爵さんはそんなルールは前例がないと反対した。神前決闘なので人の介在する勝敗は不要なのだそうだ。
では、神様が降りてきてレフリーをやってくれるのかと尋ねると、その場の人間全員が勝敗を納得した時が決着なのだと言う。
お客さんを納得させることが勝利だというのなら、俺に不利なルールではない。俺はその条件をのみ、お客さんに理解できない複雑な関節技は試合の組み立てから外したほうが良さそうだと思案する。
あとは反則技の設定かな。
噛みつきと金的・眼球への攻撃は禁止にしてもらった。もっとも、相手がそれを守ってくれるかどうかは分からない。何と言っても『それが反則行為だ』と決めただけで、反則に対する罰則はまったく決めていない。
レフリーが不在で観客の反応だけが勝敗を決めるというのなら、故意に反則行為を行うのもお客さんを沸かせる一つの手だ。
こちらからアトミックドロップを決めてやっても良いかもしれない。
やっぱり、俺にはこっちのほうが合っている。
軍隊の編成を考えているよりも試合の流れを思案しているほうが、ずっと面白い。
しかし、アンロスト伯爵が目の前にいて子爵領からの撤退を口にしている以上、ロームの町の防衛の引継ぎも打ち合わせしない訳にはいかない。
俺は彼に掛け合って、少数の偵察兵にはロームの町に残留することを承知してもらった。
俺が彼の帰還の式典で試合をする以上、それより前にロームの町の防衛体制を整えることは出来ない。それを指摘すれば、そんなに難しい交渉ではなかった。
ああ、この後はどうしよう?
ロームからの避難民の名簿を作らせるか?
ここの文官の質を考えると、自分で避難民たちの間に入って志願者を募った方がマシかも知れない。
ここの識字率が低すぎるんだよな。
あと、同名の人間も異常に多い。貴族ならば家名で区別がつくが、平民だと同じ町に住む4人に一人が太郎さん、みたいな感じで書類上の区別が付けづらい。日常生活では『粉屋の太郎さん』とか『四角の太郎さん』とかで呼び分けているのだろう。
なお、昼食後に避難民のテント街に行ってみたが、彼らに逃げ惑われて声をかけられなかった。
俺は人喰い巨人じゃ無いって!




