13 とある巨人の本業
さらに四日ほど時間がたった。
これで俺が死んでから一週間ほどか。
なお、こちらには一週間という数え方はない模様だ。というか、カレンダーそのものがない。
さすがに季節の違いはあるから一年二年という単位はあるが、それを細分化した物はない。
星読みのオババに尋ねてみたところ、かつて一年は〇〇日と定めようとした事はあるが季節がズレてきて使い物にならなかったそうだ。で、オババ様やその同僚が星を見ながら新年とか立冬とか宣言しているのだとか。
こっちの世界にはグレゴリオさんは存在しなかったようだ。
万年単位で使える暦をつくってくれた偉人に感謝だ。グレゴリオさんって俺とは真逆の小男だったと聞くが本当だろうか?
今さら検証不可能な命題だ。
暦の話は横に置いて、だ。
アンロスト伯爵はそろそろ自領に帰らなければならないらしい。
そうなると戦場になったあの町の行く末をどうするかが問題になる。アンロスト伯爵軍が睨みを効かせていれば復興支援も可能だが、ただでさえ負けたブラームス子爵領軍だ。それがさらに弱体化したとあってはその戦闘能力を当てにする者はいない。
結論、一度鬼に蹂躙された町になど誰も帰りたがらない。
「どうしたら良いのでしょう?」
「俺にそれを訊くのか?」
朝のランニングの後、カクリュウって名前になった元・小ブラームス君が相談を持ちかけてきた。
いや、俺だって身体を使うことが専門で、軍事も政治も守備範囲の外なんだ。
「帰りたくない、って人を無理に引っ張って行く訳にもいかないだろう」
「でも、難民をいつまでも養っていく余裕はありません」
「自分の土地に愛着のある農民とかは居ないのか?」
「そういう人はあの町に残って既に殺されたみたいです」
それはそうか。
俺は無い知恵をしぼる。
「どうせ鬼の軍に対する備えは必要で、こちらの軍も再編成しなければならないのだろう? ならば戦える男だけでも徴用して、兵士としてあの町に連れ戻したらどうだ?」
「それだけの常備軍を維持できるほどのお金はありません。伯爵領ではないのですから」
「屯田兵、だな」
「トンデン?」
あ、『屯田兵』は日本語で言ってしまった。
こちら側で『屯田兵』をどう訳せばよいのか分からなかったし、そんな概念があるかどうかすら不明だ。
他に言いようがない。
「簡単に言えば、日ごろは農業に従事していて自分の食い扶持は自分で用意する兵隊だ」
「それって、普通の農民とどこが違うんですか?」
こちらの兵隊は農民の徴用兵だったな。
確かにあんまり変わらない。
「日ごろは畑を耕していても屯田兵は兵士だ。軍事教練は義務にしておく。移動の自由も制限。家族との面会も許可制。農作業の場所も軍で指定したほうが良いかな?」
あとは何があるだろう?
俺も屯田兵っていう単語は知っていても実際にどう運用されたかの知識なんか持ってない。
ま、地球での運用がどうだったかはあまり重要ではない。
「とにかく、首根っこをひっ捕まえてでもあの町に連れて行って、戦いで荒れた土地を回復させる。自分たちが食うものは自分たちに用意させる。それでいいんじゃないか?」
「それだけで良いのでしょうか?」
「鬼軍がまた来るのが怖い、ってのが問題なんだろう? ならば自分たちで戦える力を持たせる。女子供を連れていくのは危険だろうから、戦えない人間を収容する施設だけはこちらで用意しないといけないだろうけどな」
その後どうなるかは俺にも分からない。
一番いい展開は鬼軍が再侵攻を諦めてくれる事だ。その場合は徐々に妻子を呼び寄せ、少しずつ普通の町に戻していけば良い。
再侵攻があったら?
その時には全力で防衛する。子爵領の全力を集めて時間を稼ぎ、ほかの領地からの援軍を待つ。
少なくない数の屯田兵が死傷するだろう。残された家族には恩給やら年金やらが、出せれば良いな。この領地の財政状況だと、少し心許ない。せめて仕事ぐらいは世話をするように進言しておこう。
ま、そんな事態になったらこの領地のどこに居ても危険なのは変わらない。自分と家族の命を守るために彼らには命を張ってもらおう。
「彼ら自身の力で食べ物をつくって、彼らが戦う。ならば、我々は何をすれば良いのでしょうか?」
「あの町に戻るって言う旗振り役だろう。危険なので最初は男だけで行くのなら、さっきも言ったが女子供が安心して暮らせる場所も必要だ。あとは組織づくり」
「組織、ですか?」
「指揮系統もない人間の集まりが漫然と故郷に戻ったところで何も出来ないだろう。こちらではどうやっているか知らないが、普通は班とか分隊とか呼ぶ5、6人程度の集まりをつくる。そこに班長とか分隊長をおくわけだ」
「そう、ですか」
「基本的にメンバーは単独では行動させない。農作業でも偵察でも常に分隊単位で動かす。小鬼どもだって集団をつくっているからな。単独だと小鬼相手にも不覚を取りかねない」
身体能力だけならば成人男性なら小鬼に負ける要素はない。しかし、刃物の存在は身体能力の差を楽々飛び越える。
背後から不意打ちでも受けたらなおさらだ。
「さらに分隊を束ねて小隊にする。小隊長は基本的に分隊長だけに指示をだす。仮に1分隊を6人、1小隊を6分隊とすると36人の隊が出来上がるわけだ。小隊長が直率する分隊をつくるかどうかで多少の変動はあるが、な」
「ジキソツ?」
「小隊長が自分の分隊を率いるかどうかだ。小隊長にとっては分隊長たちが自分の分隊みたいな物だから必要ないと言えばない」
「その口ぶりだと実は必要?」
「小隊長と分隊長が対立した時に小隊長が自分の配下をもっていないと力負けする可能性がある」
「なるほど。実権を持たないトップですか」
カクリュウの呟きには実感がこもっていた。
「小隊をまたいくつか束ねて中隊をつくるわけだが、そのあたりが務まる人材が居るかな?」
「そのやり方ならば5、6人の小隊長を統率するだけでしょう? そんなに難しくないのでは?」
「いや、200人を超える人間を動かすとなると、事務方が重要になる。食料の手配、武器の準備、農具や寝る場所も考えなければならない。やる事はいくらでもある」
「あなたが鍛えている人たちでは?」
「身体を鍛えさせているだけだからな。アイツらでは分隊長がせいぜいだ。……無理をさせて小隊長だな」
常に最善の人材を使えるわけではない。
分隊程度の人数で好きなようにやらせても、一番強いヤツにぶら下がる怠け者集団になる事も有る。リーダーをやっていた男が後に「あれは人生の汚点だ」と発言したとか。
ちゃんと決起しろよ。
「では、トンデン兵を率いるリーダーには彼らを従えられる腕力と事務能力が必要という事ですね」
「ん? まぁ、そうなるか」
と言うか、ある程度大きな集団を率いるならば事務能力は必須だろう。こちらでは税金の計算をしなくて済むのが助かるが。
「心当たりは一人しか居ません」
「一人は居るのか、助かる」
「助かっていません」
なんだか風向きがおかしいぞ。
俺はデカイ分、風当たりは強いんだ。
「ジャイアント殿、あなたにロームの町の守備隊隊長の任を依頼します」
あの町ってロームという名前だったんだ。
はじめて知った。
などと現実逃避している場合ではない。
俺は軍人では無いし、軍人になりたいと思った事もない。
俺の本業はプロレスラーだ。裸になって戦うのが仕事。
え? 社長業は本業じゃないのかって?
そっちは副業のつもりだよ。生涯で稼いだお金ならプロレスラーとして稼いだ金が一番多いと思うし。
第一線を退いてからならばプロレスラーよりも社長業よりも、タレント業でのCM収入が一番多くなるのは秘密だ。
とは言ってもこちらの世界ではプロレスラーは続けられないよな。
プロレスラーっていう職業自体がない。いつかは団体を立ち上げて興行して回りたいと思うが、戦争中ではそれも難しい。
そう考えるととりあえず職が得られるだけでも有難いかもしれない。
俺としては食客とか戦技教官とか、もう少し責任の軽い立場で済ませたかったが。
「わかった、引き受けよう。まずは雛形として小隊を編成する。6分隊36人を用意してほしい。小隊で訓練して問題点を抽出、その後に中隊に育て上げる。これでどうだ?」
「ジャイアント殿の納得のいくようにしてほしい。私ではよくわからない」
「俺だって軍隊の編成なんかしたことは無いよ。伯爵さんから教官を借りたほうが良いかもしれない」
「あの方にはこれ以上の借りは作りたくない」
「ならば多少効率は悪くとも自前でどうにかするしかないな」
「貸しはすでに膨大だ。いまさら少しばかり圧縮しても大した違いにはならないぞ」
え?
話題の主、アンロスト伯爵が急に現れた。
身分からすると先ぶれを出して多数の護衛とともに行動すべき人だと思うんだが、この人は意外と腰が軽い。
俺の知っている三角顎一号ほど身体を鍛えているわけでは無いのだから、もうちょっと自重すべきだと思うぞ。
「これはこれは伯爵様、ご機嫌麗しく」
カクリュウが恭しく挨拶する。
俺は伯爵と子爵の会話の邪魔にならないように一歩下がる。
だが、伯爵はまっすぐ俺に話しかけてきた。
「ジャイアント殿、あなたに頼みがある」
「何でしょう?」
「ある男と戦ってほしい」
俺の本業、来た?




