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とある巨人の異世界召喚  作者: 井上欣久


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12 とある巨人のいない場所

 異世界からやってきた巨人が小ブラームスに名前を授けていた頃、鬼たちの王は敗戦の報告を受けていた。

 負けたこと自体は駆け戻ってきた鬼から聞いていたが、軍を率いていた本人から直接の報告を受けるのはまた別だ。


 鬼の王は巨大な体躯を持っていた。

 巨人が推測したように、彼らの種族は性的に成熟しても成長が止まることはない。また、寿命と呼べるものもない。長く生きれば生きるほど大きく強くなる。それだけ長生きするという事はその個体がより多くの知恵を持っていることも意味する。

 鬼の王は一番長生きしている鬼であり、一番強く賢い鬼でもあるのだ。


 余談だが、彼らの生殖器の大きさは小鬼と大鬼でさほど差がない。身体の大きさとの比率では大きな鬼ほど小さな生殖器を持っていることになる。

 そして、脳の大きさもさほど変化しない物の一つだ。よって鬼たちの平均の知能は小鬼の脳の大きさに合わせるため、平均の知能は人間の平均より若干劣る。ただし、脳の大きさが知能を決定するとは到底言えないので、あくまでも『平均の知能』が劣るだけである。鬼の中には人間基準でも『天才』と呼べるものも存在する。

 愚鈍な小鬼(ゴブリン)もまた多いのだが。


 異世界から来た巨人は聡明でありその推測の多くは正確だが、明確に間違えている事柄も存在する。

 彼は鬼たちの角をただの飾りと考えたが、それは事実ではない。

 小鬼である間は彼の推測通り、角を武器として使ったならば自分の頭蓋を壊してしまう。しかし、頭蓋が大きく成長しても中身の脳の大きさには変化がない。大きくなった容積は角を支えるために用いられる。大鬼にもなれば人間を突き殺すぐらいは十分にできるのだ。

 また、大きな頭蓋が角を支えることに用いられる関係上、大きな鬼ほど人間とはかけ離れた頭や顔の形をしている。


 鬼たちの王はその醜さでもまた、王者であるのだ。


 鬼たちは人間のような町は造らない。

 簡単な天幕を住みかとして遊牧生活を行う。

 今も鬼の王は天幕の中央に座って大鬼から報告を受けていた。

 実は鬼たちの文化・文明水準はさほど低くない。そもそも、ただの原始人レベルの集まりならば人間社会の国家を脅かすほどの数を用意できないのだから当然だが。


 鬼たちの王は大鬼(オーガー)よりもさらに二回りは大きい。

 これほど大きい鬼が人間の前に姿を現すことは滅多にないが、人間は彼らに特別な呼称を用意していた。


 魔王。


 彼らはそう呼ばれる。

 ただの鬼にはない特殊な能力と某巨人を除いて人間にはもち得ない巨体を持つ怪物だ。


 魔王は平伏する大鬼を睨みつけた。

 本来ならば負けた事自体はさほど問題ではない。所詮は人口圧力を緩和するための戦争だ。今回の遠征はすでにそれなりの戦果を得ているし、今度の戦いだって直前に人間の町を一つ壊滅させている。

 滅した町に人間が戻ってくるにはかなりの時間がかかる。

 当分の間はあの町は人間と鬼がにらみ合う最前線、もしくは人のいない緩衝地帯として存在するだろう。


 彼を苛立たせていることの一つは人間たちの中に魔王に匹敵するほどの体格の者がいた、という報告だ。

 大きいことが偉い事、というのが鬼の価値観だ。それからすると巨大な人間の存在は魔王の地位に対する挑戦にすら思える。


 それはあってはならない事だ。

 その人間はいずれ、彼自身の手で仕留める必要があるだろう。


 この腹立ちを発散する必要がある。

 魔王は立ち上がった。

 平伏する大鬼の角を掴んで持ち上げる。

 大きな手で大鬼の頬を張り飛ばした。


 この鬼の処分はこれで終わりだ。

 長い時をかけて成長してきた大鬼は貴重だ。すぐに補充できる小鬼ならばともかく、大鬼を腹立ちまぎれに殺すつもりはなかった。


 魔王は吠えた。

 大鬼はまともに立ち上がることなく転がるように逃げていく。


 魔王は天を仰いだ。

 その先にある彼にしか見えない物に目を凝らす。


 人間の中にも星読みなどという者がいると聞くが、彼の瞳にうつる物は単体の鬼や人に限らない。

 神々の世界すら覗きこみ、世界の行く末を感じとる。


 やはりあちらだ。

 人間たちの世界の只中に降臨する者がいる。

 それは報告にあった巨人などではない。もっとずっと大きな力だ。どのような人にも鬼にも巨人にも収まりきらないような圧倒的な力。真なる神が降臨する。


 真なる神が降臨なさるのならば、その場に居合わせなければならない。


 彼は愛用している鋼鉄の棍を手にとった。

 鬼たちは大量生産こそできないが、製鉄技術を持っている。馬鹿な小鬼たちは刃物を渡されてもすぐに錆びさせてしまうが、刃物をつくる技術までが悪いわけではない。それに、戦いに使うのならば錆びた刃物はあながち間違ってもいないので黙認されている。


 魔王の使う棍は油を引かれシミ一つなかった。

 並の人間ならば持ち上げることすら困難なそれを彼は軽々と肩に担いだ。


 天幕から外へ出る。


 魔王の支配する土地とは言っても人間の国と地続きだ。普通に青空が広がっている。

 鬼たちは狩猟と採集だけで生活しているわけではない。人間から掠奪もするが、それに依存しているわけでもない。

 牛を追って遊牧をおこない、牛が通りすぎた後に食べられる草の種をまく。原始的な牧畜と農業で食糧生産をしている。


 人間共が鬼の実態を知ることはない。

 食料をつくる場所、武器をつくる場所、そして何より子供を産む女たちの居場所は秘匿されている。

 仮に人間たちがこの土地を取り返したとしてもそれは変わらない。

 遊牧民である鬼たちは生活の痕跡を残さない。製鉄用のかまどの跡を発見できれば御の字だ。ふつうはそれすら見逃される。


 大きく息を吸い込み、魔王は吠えた。


 戦いの遠吠え。


 その合図は簡潔にして明瞭だった。何も知らない人間でも大まかな意味は感じとる事ができるだろう。


 魔王親征。


 かつてないほどの規模の鬼軍が人間の国を蹂躙しようとしていた。

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