夜会へ
リンゼイは飴の作り方を知っているという、スメラルドと一緒に台所に立つ。
「飴の材料はですね、砂糖、蜂蜜、水、ですね」
「水の代わりに、霊薬を入れたらいいのね」
「はい!」
まず、緑の霊薬で飴を作る。
鍋に材料を入れて、煮詰めた。
煮込んでいくうちに、液体が輝いていく。
とろみが出てきたら火を消し、艶が出るまで手早く練る。
飴がまとまってきたら、丸薬製造機に入れて丸めた。
「これ、なんかすごい色ね」
濃い緑色の飴が仕上がった。毒々しい色合いで、あまり食べたいという気は起きないとリンゼイは言う。
「でしたら、粉砂糖を振って色を誤魔化しましょう」
「それがいいかもしれないわ」
仕上がった飴に口当たりと見た目をよくするため粉砂糖を振り、しばらく乾燥させたのちに、紙にまく。以上で、霊薬飴の完成だ。
赤の霊薬、青の霊薬と続けて作る。どれも色合いが微妙だったので、粉砂糖を振って色合いを誤魔化しつつ、試食用の飴は完成となった。
「あとは、奥様の夜会の準備ですね~」
「それが一番面倒なのよ」
昼から、仕立屋が来ることになっていた。リンゼイのドレスを購入するのだ。
「既製品でいいって言ったのに」
「いえいえ~、奥様くらいスタイルの良い女性は、オーダーメイドのほうがぜったいいいですよお」
「そうなの?」
「ええ!」
スメラルドにおだてられ、気を良くする形で、午後からはリンゼイのドレス作りを行う。
やりとりを聞いていたルクスは、スメラルドの発言を聞いて『こいつ、できる!』と思ったとか、思わなかったとか。
◇◇◇
そしてついに、夜会当日となった。
ウィオレケとメルヴはお留守番。クレメンテとは、会場で落ち合うようにしていた。
リンゼイは真っ赤なドレス姿で挑む。
ルクスは姿消しの魔法を自身にかけて、こっそりと参加していた。
『ねえ、リンゼイ。人に喧嘩売ったらだめだからね』
「わかっているわよ。っていうか、話しかけないでくれる? 私、独り言を言っている変な人になるから」
『おお! なんと、リンゼイが周囲の目を気にするなんて!』
「……」
リンゼイはうんざりとしていたのだ。周囲の目が突き刺さることに。
今日の彼女はひときわ美しかった。
髪は三つ編みを編み込んで後頭部で纏め、白の大きなリボンで留める。
化粧はドレスの赤に負けないように、濃く施されている。
瞼には夜闇色のシャドウが塗られ、頬は淡いオレンジのチーク。唇はドレスよりも明るい赤。
オーダーメイドで作ったドレスは、袖はなく、胸元が大きく開いている。
腰回りはきゅっと絞られており、裾にかけてふんわりと広がった形は最近の流行だ。
装飾はなく、シンプルな意匠はリンゼイの美しさを際立たせる。
しかし、当の本人は注目を集めてしまい、不機嫌顔だった。
『クレメンテ~~、早く来てえ~~』
ルクスは小声で、まだ姿も見せぬクレメンテに助けを求める。
会場は人でごった返してしていた。
どこを見ても、人、人、人である。
『これは、クレメンテと合流できるのか』
「なんであの人、現地集合間にしたのかしら?」
『それは、まあ、知り合いとの積もる話もあるんでしょうよ』
「はあ?」
リンゼイはいまだ、クレメンテが王族であること、それから、セレディンティア国の大英雄であることを知らない。
今日、クレメンテが鎧を脱ぎ、素顔で来たのならば、素性が判明するのではと、ルクスは思っている。
夜会会場に辿り着いてから、リンゼイの機嫌はどんどん悪くなっていった。
ひっきりなしに声をかけられ、前に進めないのだ。混雑も上手く行動できない理由でもある。
「あの、お嬢さん」
「うっさい」
だんだんと、対応が雑になる。
『リンゼイ、ここでも愛想よくしておかないと、誰がお客さんになるかわからないからね』
「でも、こんなの我慢できないわ」
『うん、そうだよね』
だって、リンゼイだもの。
ルクスは声に出さずに、しみじみと心の中で思った。
『それにしても、クレメンテ遅いな~』
「ええ」
ここで、またしても見知らぬ男性から声をかけられる。
ルクスの忠告が効いたのか、無下にはしなかった。
「お嬢さん、よろしければ、私のサロンに来ませんか? 今は、誰もいなくて」
『あ、これ、悪質な奴だ』
男性が見も知らぬ女性を密室に誘う。
やることといえば一つしかなく、社交界の礼儀としてはありえないことだった。
ルクスはちらりとリンゼイの顔を見る。
眉間に皺が寄り、目は細められ、口元は歪められている。
人前に出てはいけない表情となっていた。
『リンゼイ、顔、顔』
「こいつ、滅ぼす」
『顔以前に、すごいこと言っちゃった!』
しかし、幸いと言っていいものか、男の耳には届いていなかった。
一瞬の隙に、男はリンゼイの腰に手を伸ばそうとしたが――。
「痛っ!!」
その手は、第三者によって掴まれた。
「ん?」
『あ!』
リンゼイとルクスは、その顔を見て驚いた。
なぜならば――。
「久しぶりだな、リンゼイ・アイスコレッタ」
「あんた!」
『リンゼイの元婚約者!!』
目の前に現れたのは、レクサク・ジーディン。眼鏡をかけ、生意気そうな雰囲気は以前のまま。栗色の髪を撫で上げ、きっちりとした正装姿だった。
「何しに来たのよ」
「何って、お前を連れ戻しに来たに決まっているだろう」
結局、レクサクはリンゼイ捜索部隊の一員とされてしまったのだ。
世界各国から情報を集め、つい最近、居場所を突き止めた。
今日、夜会に参加しているというのも、主催者側と取引して得たものである。
「さあ、遊んでいないで、帰るぞ」
レクサクはリンゼイに手を伸ばしたが、するりと避ける。
「お、お前!!」
「言っておくけれど、私はこの国の籍を得たの」
「な、なんだと!?」
それから、結婚したとも告げる。
「う、うそだ! ほ、本当だとしても、あれだろう? あれ……そう、偽装結婚!」
「なんとでも思えばいいわ」
やはり、駆け落ちだったのかと、糾弾される。
違うと否定したが、言うことを聞かない。
『リンゼイ、外で話したほうがいいかも』
「……」
チラチラと、周囲からの注目が集まっていた。
リンゼイは一度舌打ちをして、レクサクを中庭へと連れ出す。
「おい、リンゼイ・アイスコレッタ。俺は寛大だから、今だったら特別に許してやろう」
「なんのことよ」
「この前のことに決まっているだろう?」
リンゼイは一瞬ポカンとした。
眉間に皺を寄せ、記憶を辿る。
その反応に、レクサクはわなわなと震え出す。
「お前、忘れたとは言わせねえからな!」
レクサクは激昂している。
それでも、リンゼイはピンときていなかった。
ルクスが助言する。
『リ、リンゼイ、ほら、結婚式すっぽかしたり、港でこてんぱんにしたり、いろいろあったでしょう?』
「ああ――」
しかし、どれも原因はレクサクにあった。リンゼイはなぜ許してもらわなければならないのかと、理解できずにいる。
「っていうか、それ、ここまで追って来てまで追及すること?」
その一言で、レクサクは切れた。
「お、お前、もう、許さん!!」
レクサクは魔道具の指輪に込められていた魔法を展開させる。
リンゼイの足元に魔法陣が浮かび上がった。
「え?」
『ひえっ!!』
それは、指輪の呪文をさすっただけで、詠唱なしで術式が展開される。
魔道具ではなく、それの上位互換である、魔技巧品を使って発動される高位魔法であった。
「――なっ、これ!?」
魔法陣より二本の鎖が天を突くように生えてくる。
リンゼイの両腕に絡まり、その体は宙に浮かんだ。
「んっ!」
『リンゼイ!!』
「おっと、お前は邪魔するなよ」
レクサクは姿消しの魔法をかけていたルクスの体を持ち上げた。
『は、離せ~~』
「少し黙ってろ」
シャボン玉のような物を作り、ルクスを閉じ込めた。
「ふはははは、リンゼイ・アイスコレッタ、良い恰好だな!」
リンゼイは鎖に両手を縛られ、空中に吊られた状態にある。
その表情は、苦痛に歪んでいた。
レクサクは仕上げの呪文を唱える。
すると、魔法陣が二つに割れて、中から異空間が生まれた。
『やっぱりそれ、空間魔法だったんだ!』
ルクスがシャボン玉に封じられた中で、うごうごと動きながら叫ぶ。
「な、なによ、これ。高位魔物を捕まえる、やつじゃな、い!」
「そうだ。お前は、高位の魔物より、扱いが難しい珍獣だ」
「こ、こんなことに使って、馬鹿なの……んっ!?」
リンゼイが叫び度に、拘束の力は強くなる。細い腕に、鎖が食い込んでいた。
「ふん。お前は、本当に自分の状態がわかっていないのだな」
レクサスは詠唱を再開させる。すると、リンゼイの体はゆっくりと、魔法陣の中の異空間へと引っ張られていた。
『わ~~ん、リンゼイ~~!』
「国に連れて帰って、説教してやる」
レクサクは勝利に酔いしれながら叫んだが、背後より、気配もなく近づいた誰かに、声をかけられた。
「……誰が誰を説教すると?」
「!?」
驚いて振り返ると、そこには黒い甲冑に身を包んだ、見目麗しい青年が立っていた。
金色の髪に青目。顔は整っているものの、目付きは鋭く、雰囲気は陰気。
すらりと背が高く、甲冑の胸には、王家の紋章が刻まれていた。
誰だか見当も付かず、レクサクは叫ぶ。
「お前、何者だ!?」
返事の代わりに、男は黒い剣をすらりと抜いた。
それは、国内では有名なオスクロと呼ばれる魔剣。知らない者はいないというほど、その人物を象徴するものであった。
物騒な自己紹介である。




