行き先
カランはベッドの上に地図を広げた。この世界の地図、というよりはこの大陸の地図なのだろうか、世界史の教科書で見たことがあるような感じである。しかし気になるのは、一際太い線が引かれており、そこを境に全く何も描かれていないスペースがあることだ。
「今いるのがここ、リノンガ地方のタダノ町だ」
そう言って右上の方を指差す。恐らくこれは地方毎に線で区切られているのだろう、あまり細かいことは描かれていなさそうだ。
「ここは穢界から比較的遠い。だから、魔族や魔獣に遭遇することはあまり多くないし、魔獣に強力なものはいない」
「えかい? 」
「ああ、それも説明がいるんだな。穢界は、ほら、ここだ」
カランは太い線を引かれ、何も描かれていない場所を指差した。
「穢界は魔族と魔獣の住処だ。どうなっているかは全く分からない、未知の場所。ここからこちらに魔族や魔獣が流れ込んで来るんだ。迷惑なことにな。この周辺の魔獣は凶暴だし、魔族に遭遇することも少なくない。
だが、強力な魔獣は良い素材になるし、高く売れる。一攫千金を狙って腕に自信のあるものが集まるから、意外と周辺の街は賑わっている。それと、この近辺には魔族の侵入をなるべく防ぐために砦が築かれ、国が各地から集めた腕利きが務めている。
あの勇者アールギールもここで日々剣を振るい、国を守っているそうだ。叶うことなら一度お会いして手合わせをしていただきたいものだな」
勇者アールギールなんて全く知らないが、この世界では有名らしい。語るカランは興奮からか仄かに頬を赤く染め、まるで恋するおとめのよう。
しかし、この近辺はその穢界から離れているお陰で魔獣が強くない、というのはあれだ、ゲームで最初の街周辺は強いモンスターが出ないのと一緒だ。ここで経験値を稼ぎ、強くならなくてはいけないんだな。
「つまりここで私は弱い魔獣と戦って経験値を積めば良いんだね! 」
「……? イノリは何か得意な武器があるのか? そうは見えないが」
「ない! けどもしかしたらすごい才能を秘めているかも! 」
「多分怪我をするだけだ、やめておけ」
この世界はゲームのように甘くはないようだ。
「ただ、魔族に関する噂で最近《色狂い》のユティーリアと、《騒がし屋》のヴェノンがこの周辺に現れたと聞いた。奴らとは会わないことを願うしかないな」
「どちらも強いの? 」
「強いしこちらの倫理が通用しない。遊び半分で人の命を弄ぶ。私は多少腕に覚えがあるが、歯が立たないだろうな」
魔族って歩く災厄か何かなのかな。
「……魔族とはそういうものだ、決して人間とは相容れない。
だが、君は……それを私たちと同じだと言ったな。馬鹿げた夢物語だと思ったし、今でもそう思っている。
でも、なぜか協力したいと思った。君たちがどこへ行くのか見届けたくなったんだ」
なぜだろうな……、そう言ってカランは思索にふけるように目を伏せる。どうして一緒に来てくれたのか不思議で仕方なかったが、もしかしたら。
「魔族と人間が分かり合えるなら、そっちの方が素敵だよ。きっとこの世界はもっと良くなる。……カランもそう思ったから、その可能性を信じたいから、一緒に来てくれたんじゃないかな? 」
ねぇ、とヨルに同意を求めると、こくりと頷く。
「さぁ、どうだろう。その答えはこれから見つけるさ。
……さて、これからどこへ向かおうか? 」
再び地図を眺める。全く知らない世界の地図。これからの行く末を不安に思うべきなのだろうが、なぜかとてもわくわくしてくる。
「人の集まる場所には情報もたくさんあるっていうし、大きな街に行ってみるのはどうかな? 」
「この辺りで大きな街というと……学術都市・エスクアイアだな。探し物にはなかなかお誂え向きの場所かもしれん」
名前を考えるのが楽しい。




