9話「王宮の侵入者との遭遇」ユリウス視点
――ユリウス視点――
母は隣国ヴァルトハイム王国の王女で、国王の正室。
父はブライドスター王国の国王。
伯父はヴァルトハイム王国の国王。
そんな恵まれた環境で第一王子として生を受けた僕の人生は、幸せとはほど遠いものだった。
父と母は政略結婚。
父と母の結婚は、ブライドスター王国の先代の国王と、ヴァルトハイム王国の先代の国王によって決められたもの。
両国の先代の国王の逝去が重なり、父と母の婚姻は予定より三年遅れた。
父には学生時代から思いを寄せていた男爵令嬢がいた。
父は彼女を愛人として娶り、彼女との仲を深めていた。
正室より先に愛人を娶った理由を、父は「婚期が3年も遅れたのだから仕方ないだろう」と述べている。
それでも、ヴァルトハイム王国の顔を立て、正室を娶るまでは、愛人との間に子供は作らなかったようだ。
そんなわけで、嫁いで来た母に居場所はなかった。
父は国王として、義務感で母との間に子を成した。
父は僕が生まれてから、母に会いにすら来なくなった。
父は愛人の元に入り浸り、1年後、弟が生まれた。
父は愛人と弟を溺愛した。
しかし、そんな日々は長く続かず、弟が3歳の時に愛人は他界した。
愛人が死去したあと、父は以前にも増して弟を甘やかし、僕や母への関心はますます薄れた。
父は、僕には何かと理由をつけて婚約者を作らなかった。
弟には、11歳の時に婚約者をあてがっている。
弟の婚約者は、カレンベルク公爵家の長女アンジェリカ。
赤い髪と瞳が目を引く、はっきりとした顔立ちの愛らしい少女だ。
弟はアンジェリカに興味がないらしく、婚約してからずっと放置していた。
弟を一途に想い、まっすぐに愛情を伝える彼女の姿は、僕の目には眩しく映った。
アンジェリカと一緒なら、孤独な王宮の生活にも耐えられるかもしれない。
アンジェリカと僕は一歳違い、状況が少し違えば彼女は僕の婚約者だったかもしれない。
弟の婚約者にこんな感情を抱くなんて間違っている。
なのに、彼女への想いは日に日に想いは募っていく。
母の血筋と伯父の身分に守られ、僕や母が王宮内で軽んじられることはなかった。
◇◇◇◇◇
事態が急変したのは、一年前。
聖女が覚醒し、王宮に保護された頃だ。
神から聖女に選ばれたのは、コレットという名前の平民の少女だった。
父はエドモンドを聖女の世話係に命じた。
エドモンドと彼の側近のダミアンとライナスは、聖女に夢中になった。
聖女は桃色の髪に同色の瞳の小柄な少女だった。
その儚げな見た目からか、聖女に恋心を抱く者が後を絶たなかった。
淀んた魂を整った容姿で隠しているようで、僕は聖女に薄気味の悪さを感じていた。
その頃、ブライドスター王国ではモンスターの襲撃が減り、目撃されることすらなくなった。
人々は「これぞ聖女様のご加護!」と聖女を持ち上げ、褒め称えた。
我が国でモンスターが出現しなくなったのと同時期に、ヴァルトハイム王国ではモンスターが大量に出現し、村や町を襲うようになった。
ヴァルトハイム王国は、モンスター退治に追われ、急速に力を失った。
ヴァルトハイム王国が力を失うと、僕と母の周りから一人、また一人と貴族が去っていった。
彼らは僕らの味方ではなく、隣国の力を上手く利用し、美味い汁を吸おうとしているだけの人間だったのだ。
母と僕は原因不明の体調不良に悩まされ、パーティや学校も欠席することが増えた。
何かがおかしい。
どこかが変だ。
そう思っても、解決策は見つからない。
体調不良の原因を、医者に問い詰めても「原因はわかりません」と言われるだけ。
そうしている間に時だけが過ぎていった。
一週間前。
エドモンドが学園の進級パーティでアンジェリカを断罪。
彼女との婚約を破棄し、聖女を新たな婚約者に選んだ。
カレンベルク公爵家は、エドモンドの後ろ盾になっていた。
学園のパーティで恥をかかせるようなやり方で、婚約を破棄しなくても良かったはずだ。
こんなやり方は間違っている!
父とエドモンドを責めたが「お前には関係ない」と言われ一蹴されてしまった。
その後、僕の体調は急激に悪化した。
父に代わり、アンジェリカに謝罪に行きたかったが、何もできなかった。
好きな人が一番苦しんでいる時に、何もできないなんて情けない。
このままではいけないと思い、体調不良の原因を自分で突き止めるために図書館に向かった。
僕と母の住まいは王宮の端にある。
警備も手薄で、「侵入してください」「襲ってください」「殺してください」と言っているようなものだった。
だが、部屋を抜け出し図書館に向かうには都合がよかった。
図書館にたどり着いたとき、体が悲鳴を上げていた。
王宮内を歩いただけなのに、こんなに息が上がるなんて……。
僕の体は、自分で思っている以上にまずい状態なのかもしれない。
図書館には鍵がかかっていなかった。
不審に思い中に入ると、図書館の奥、許可がないと入れない古書コーナーの本棚が動いていた。
こんなところに隠し部屋があったのか?
第一王子の僕でも知らない場所を、知っている人間は限られている。
物陰に隠れ耳を澄ませる。
部屋の中から聞こえて来たのは、若い女性の声と少年の声だった。
見つからないように中の様子を伺うと、部屋の中には黒い服を着た女と黒い大型犬がいた。
少年の話し声が聞こえた気がしたのだが、気の所為だったのだろうか?
正体を確かめようと声をかけたら、大型犬に押し倒され、女に妙な薬を嗅がされた。
気がついたら朝で、ベッドで眠っていた。
あれは夢だったんだろうか……?
唇に柔らかい感触があったような……? それに良い匂いもして……人肌の温もりも感じた気が……?
図書館に行く前まで感じていた、体の不調が嘘のように消えている。
手に何かが触れ、視線を向けると黒いものが落ちていた。
「これは、ボタン……?」
僕のものでも使用人のものでもない。
なぜボタンがこんなところに……?
図書館にいた女は黒い服を着ていた。
夢の中で、女が纏っていた服のボタンが弾け飛んだ気がする……。
シャツの下には……そこまで思い出して顔に熱がこもる。
「とにかく、ボタンがここに落ちていたということは、女がこの部屋にいた証拠だ!
彼女が何者なのか突き止めて見せる!」
そうすれば、僕の体調が回復した理由もわかるはずだ。
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