8話「第一王子ユリウスとの遭遇」
第一王子ユリウスは、エドモンドの一つ年上。
エドモンドと違い、正室の子です。
「聖女コレットの恋〜本命はイケメン王子様!」略して「聖恋」の世界では、ちょっとしか出てこないモブです。
ユリウスは病弱で、そのために婚約者もいませんでした。
アンジェリカが召喚した闇の精霊が王宮を襲ったとき、ユリウスはその他大勢と一緒にふっ飛ばされて死んだのです。
その時、彼の母親である王妃も死去します。
小説にはユリウスの挿絵すらなく、出番も数行のみでした。
愛人の子と蔑まれてエドモンドが可哀想。
国王はエドモンドの母親を愛していたのに、隣国の王女と政略結婚させられて可哀想。
だけど最後は、聖女と結婚できて、国王になれて良かったね。
……というようにユリウスと王妃は、読者に「エドモンドが可哀想」という感情を植え付ける為だけに存在した舞台装置なのです。
アンジェリカが「踏み台令嬢」なら、ユリウスは「踏み台王子」といったところでしょうか。
二人共、シナリオを盛り上げる為に犠牲になった存在。
そのせいか、ユリウスには親近感が湧いてしまいます。
小説に挿絵すらない第一王子の顔を私が知っている理由は、前世の記憶が戻る前に何度か会ったことがあるからです。
一応はエドモンドの婚約者でしたからね。
第一王子の顔くらいは知っています。
以前に見たときよりユリウスは随分やつれたみたいです。
顔色もとても悪いです。
小説のユリウスは病弱な設定でした。
もしかして、しばらく会わない間に病気が悪化したのかしら?
『証拠隠滅のために、こいつを草むらに捨てるんだろう?
手伝うぜ』
ルシアン、死体の処分するみたいな言い方はやめて。
「ユリウスは王子様だものそんなことできないわ」
第一王子が草むらで寝ていたら、大騒ぎになるわ。
『だったらどうするんだ?』
「彼の部屋に運びましょう。
ベッドで目を覚ましたら、夢だと思ってくれるかもしれないわ。
ルシアン、手伝ってくれる?」
『それは構わないけど、その前にこいつ死ぬかもな』
「えっ……!?
どういうこと!?」
ルシアンは険しい表情でユリウス殿下を見ていた。
「ルシアンに倒されたとき頭を強く打ったのかしら?
それとも眠り薬が効きすぎたかしら?
どちらにしても、彼にこのまま永眠されたら困るわ!!
お、王族の殺害なんて重罪よ……!」
どうしよう!? 大変なことになってしまったわ!!
『俺達はなんもしてねぇよ。
こいつ、ここに来る前から衰弱してたぜ』
「えっと……それは病気のせい?」
『いや、これは病気じゃない。
毒だ。
こいつは毒に侵されている』
「ど、毒……!」
ユリウスが体が弱かったのは、病気じゃなくて、何者かに毒を飲まされてたってこと?
話がドロドロしてきたわ!
これが乙女小説では描かれない、王族の闇の部分なのね!
小説でアンジェリカが闇の精霊と共に王宮を襲わなくても、ユリウスは何者かに毒殺されていたのね。
『放置しておくと、朝まで持たないかもな』
「そ、そんなに酷いの……!?」
小説では、一週間前にアンジェリカが闇の精霊と共に王宮を襲撃し、ユリウスの命を奪っている。
彼は本来なら、ここにはいない存在。
でも、それを言ったら私も同じだわ。
小説のアンジェリカは、聖女に敗れ処刑されている。
本来なら二人共、今日という日を迎えていない存在なのよね。
『解毒ポーションを使えば助かるかもな』
「そうなのね、良かったわ……!」
万が一に備え解毒ポーションを持ってきて正解でした。
『助けるのか?』
「もちろんよ!」
このまま、彼に死なれたら私達が殺したみたいで目覚めが悪いわ。
「解毒ポーションは液剤の経口薬だから飲ませるしかないわ。
でも、ユリウス殿下は……」
『ぐっすり眠ってるからな。
口移しで飲ませるしかないな』
「………!」
ま、まさかの口移し……!
先週の自分の馬鹿!
なんで解毒ポーションを作る時、体にかけるタイプか、スプレーするタイプにしなかったの!?
「でも、王子様の唇を無断で奪うわけには……。
彼が起きるまで待って……」
『奴の心臓の鼓動が弱まってきた。
このままだと長くは持たないかもな』
「それは駄目!
ユリウス殿下は絶対に死なせないわ!」
ユリウスと最後に接触したのは私達だ。
その上、眠り薬まで嗅がせている。
このままだと、毒殺の濡れ衣を着せられてしまう。
そんなことになったら破滅へまっしぐらだわ!
「仕方ないわね!
口移しで飲ませましょう!」
他に方法がないならやるしかないわ!
これはキスじゃない! 人工呼吸と同じよ! 人命救助よ!!
キスじゃない、キスじゃない、キスじゃない!!
否定すればするほど、キスを意識してしまう!
『早くしないとこいつ死ぬぞ』
「わかってるわ!
心の準備をしていたの!」
私は瓶の蓋を開け解毒ポーションを口に含み、口移しでユリウスに飲ませた。
前世を含めて、初めてのキスが口移しだなんて……!
神様、あんまりです!
ユリウスが薬を飲み込んだ音を確認した。
『よかったな。
心臓の鼓動が正常に戻った。
顔色もいい。
そのうち回復するぜ。
……どうしたアンジェ?』
「……なんでもないわ。
ちょっと一人にして……」
ファーストキスの喪失で、ちょっとセンチメンタルな気分になってるだけだから。
「少しの間、部屋の隅で三角座りさせて……」
『そうしてやりたいが、誰かが来ると面倒だぜ。
さっさとこいつを移動させようぜ。
こいつの部屋の場所はわかるか?』
ファーストキス消失の干渉に浸っている時間もないのね。
「ええ、知ってるわ。
案内するわね」
確かにこの場所に長居するのはよくない。
これ以上面倒なことが起きる前に、早く立ち去った方がいい。
ユリウスをルシアンの背に乗せ、禁書室へ続く本棚を元通りにし、図書館を後にした。
◇◇◇◇◇
ユリウスの部屋は王宮の一角にある。
エドモンドの部屋が国王の隣にあるのに対し、ユリウスの部屋はかなり離れた場所にある。
セキュリティを考えるなら、ユリウスの部屋も国王の部屋の近くに配置するべきだ。
エドモンドの婚約者だったときは、エドモンドに夢中で気にもしなかったけど、もしかしてユリウスは国王に蔑ろにされているのかしら?
「あのバルコニーがある部屋がユリウスの部屋よ」
ルシアンに乗って、ユリウスの部屋に近づく。
ユリウスの部屋の周囲には、見張りが一人もいなかった。
こちらとしてはあっさりと部屋に入れるからいいのだけど、不用心すぎるわ。
窓からこっそり部屋に入り、ユリウスをベッドに寝かせた。
ベッドには窓から月明かりが差していた。
月明かりの下で見るユリウスの顔は本当に整っていた。
エドモンドも美形だけど、ユリウスの麗しさはそれを上回っている。
こんなに美形なのにユリウスには婚約者がいない。
病弱だからという理由で、婚約者を作らないみたいだけど……。
国王に嫌われていて、それで婚約者を作らせて貰えないのかもしれない。
ユリウスの唇に視線が向いてしまう。
この形の良い唇に、私の唇が触れていたのよね?
思い出したら心臓がドキドキしてきた。
あれは人工呼吸と同じ、人助け、人助け、人助け……!
私は心の中で「人助け」と繰り返した。
『用が済んだし、こいつの命も助けたし、部屋まで運んだし、さっさとずらかろうぜ』
「そ、そうだね!」
ユリウスの麗しさに見とれている場合ではない!
私達は侵入者なのだ。
一刻も早く立ち去らなくては。
ユリウスから離れようとしたとき、不意に左手を掴まれた。
「待て……!
お前は何者だ……!」
眠り薬の効果がもう切れたの!?
それとも解毒ポーションを飲ませたことで、眠り薬の効果が中和された?
ともかくもう一回眠らせないと!
「殿下、これは夢です!
夢の世界にお戻りください!」
私はユリウスの鼻と口をめがけ、眠り薬をスプレーした。
ユリウスは目を閉じ、スースーと寝息を立てた。
私は仮面をつけている。
なので顔は見られなかったはず。
声はきかれたけど、似ている声の人は沢山いるから誤魔化せるはず。
ユリウスが夢だと思ってくれるのが一番いいんだけどね。
「ユリウスを眠らせたし、帰ろうか……きゃっ!」
安堵したのも束の間、ユリウスに手を強く引っ張られた。
たぬき寝入りだった? それとも寝ぼけてるの?
体制を崩したことで、ギチギチだったシャツのボタンが外れ、飛んでいってしまった。
露わになった素肌を覆うひまもなく、ユリウスの胸にダイブする。
ユリウスの胸は病弱と言われている割に筋肉質だった。
香水の甘い香りがする。
男の人に抱き寄せられるってこんな感じなの……?
家族以外の男性とこんなに接近したのは人生で初めてだわ!
しかも、服がはだけている状態で……!
結婚もしていないのに、こんな破廉恥なことをするなんて……!
幸いなのは、ユリウスに意識がないこと。
意識ないよね?
寝てるはずだよね?
寝ぼけて私の腕を引き寄せただけよね?
頭上からスースーという規則正しい寝息が聞こえる。
やっぱりユリウスは夢の中だわ。
寝ぼけて腕を引っ張ったと思っていいわね。
『イチャイチャしてるとこ悪いが、帰らないのか?』
「い、イチャイチャなんかしてないわ!」
ユリウスの手をほどき、彼から距離を取る。
眠っているとはいえ、男性の前で肌を晒している事実に羞恥心がこみ上げてくる。
「でも、このままでは帰れないわ」
私は胸の前で腕を組み、大事な部分を覆い隠す。
「じゃあ、こいつのマント借りてこうぜ」
ルシアンが、コート掛けにあった白いマトンを持ってきてくれました。
せっかく禁書を返したのに、今度はマント泥棒?
しかし、このままでは外に出れません……背に腹は代えられないわね。
ちょっとの間、拝借しましょう。
盗むのではなく、少しの間借りるだけです。
マントを羽織ると、ユリウスと同じ香りがした。
心臓がトクンと音を立てる。
ユリウスに包まれているみたいで、照れくさい。
『顔が赤いぞ。熱があるのか?』
「なんでもないわ!
それより、色々あって疲れたわ。
家に帰りましょう」
『おう、公爵家までひとっ飛びだ』
私達は入ってきたときと同じように、窓から外に出た。
本当に疲れたわ。
もう、王宮はこりごりだわ。
「ルシアンが一週間前に見た禁書室を利用してた人って、ユリウス殿下だったの?」
『いや、別の奴だったぞ。
特徴を知りたいか?』
「やめておくわ、これ以上面倒なことに関わり会いたくないもの」
これは本音です。
だけど、ユリウスの身体が心配です。
彼はどこで毒を盛られたのでしょう?
禁書室にはどうして来ていたのでしょう?
謎は残されたままです。
風が吹く度にマントからユリウスと同じ香水が漂い、彼の唇の感触や、彼に抱き寄せられた時のことを思い出してしまいます。
キスしたから彼の身を案じている訳では……!
せっかく助けたから、健康に長生きしてほしいだけです!
私は心の中で言い訳を繰り返しました。




