58話「真実の愛」最終話
いつの間にか日は西の山に落ち、一番星が輝いていた。
ヴァルトハイム国王は王妃と共に離宮に籠もっている。
カイムは、ゲストルームに閉じ込め、扉の前にヴァルトハイムの将軍を配置した。
将軍はカイムの師匠で、カイムは将軍には頭が上がらないらしい。
カイムがヴァルトハイムに帰るまで、将軍が彼を見張るそうだ。
カイムには気の毒だけど、これで少し静かになるわ。
コレットにつけられたルシアンの傷も大分癒え、今はソファーですやすやと眠っている。
「アンジェリカ、ルシアン殿も眠っているようだしバルコニーに出ないか?」
「はい」
私はユリウスに誘われ席を立った。
バルコニーに出ると風が心地よかった。
何度も訪れたことのある場所だが、こんな早い時間にこの場所に立つのは初めてだ。
完全に夜になる前、空がオレンジから濃い紺色に変わっていくグラデーションに目を奪われる。
こんなに感動的な景色が見れる場所だったのね。
「美しい景色ですね」
「今まで、僕は景色の壮麗に心を奪われる時間もなかった」
ユリウスの表情はどこか切なげで、その目には少し陰りが見えました。
「仕方ありませんわ。
お命を狙われていたのですから」
「一日で全てが変わってしまった。
もう昨日までの自分ではいられない」
ユリウスの銀色の髪が風に揺れる。ユリウスの目にこの景色はどのように映っているのでしょう。
「私でよろしければ、いつでもユリウス様の隣にいますわ」
私はユリウスの服の裾をつまむ。
彼は一度目を伏せたあと、瞼を柔らかく細め、緩やかに口角を上げた。
彼の裾を掴んでいた手をほどかれ、指を絡ませ手を握られる。
「アンジェリカ、それはプロポーズの返事と受け取ってもいいかな?」
ユリウスの紫水晶の瞳が真っ直ぐに私を見つめる。彼の瞳の奥には優しい光が宿っていた。
心臓がトクンと音を立て、頬に熱が集まる。
彼を見ていると好きって気持ちが溢れて来る。
緊張のせいか瞬きが増えてしまう。
「私はユリウス様のことをお慕いしています。
叶うなら、あなたのお側にいつまでもいたいです」
ユリウスは目尻を下げ、頬を真っ赤に染めた。
「ありがとう!!
凄く嬉しい!!」
そして、私を強く抱きしめた。
こんなに感情が高ぶっているユリウスは、初めて見たかもしれない。
「愛してる、アンジェリカ。
いつまでも僕の側にいてほしい」
「はい。ユリウス様が望むならいつまでも」
私は彼の背中に腕を回し、彼の気持ちに応えた。
しばらくそうして抱きしめ合っていた。
ユリウスの体温と鼓動を感じる。ずっとこうしていたいわ。
ユリウスが私の拘束を緩め、私の顔を覗き込む。彼は私の顎に手を添え、私の顔を上に向かせた。
ユリウスが顔を近づけて来たので私は反射的に瞳を閉じる。
その数秒後、二人の唇が重なった。
口移しではない、本当のキス。
心臓がドクンドクンと鼓動する。
少しして彼の唇が離れていく。それをとても寂しく感じた。
目を開けると、慈しむように私を見つめるユリウスと視線が交差する。
「アンジェリカ、愛しているよ」
「私も、ユリウス様のことを愛しています」
どちらからともなく顔が近づき、唇が再び重なった。
ユリウスは重ねるだけのキスを何度も繰り返し、私はそれを受け入れた。
「ユリウス様、いつの間にか私のこと呼び捨てにしてますよね?」
「すまない、嫌だったかな?」
「いえ、とても嬉しいです」
ユリウスとの距離が縮まったように感じる。
「僕のこともユリウスと呼び捨てにしてほしいな。
あと敬語もいらない」
「よろしいのですか?」
「もちろん、そうして貰えると嬉しい」
「では、お言葉に甘えて……ユリウス」
心の中では何度も呼び捨てにしていたのに、本人を目の前にして言うのは恥ずかしい。顔に熱が集まりすぎて頭から湯気がでてしまいそう。
ユリウスの顔をそっと見ると、彼も顔を真っ赤に染めていた。
「想像以上に照れくさいね」
「本当ですね……いえ、本当ね」
気を緩めると敬語になってしまう。気を付けないと。
「私、ユリウスに伝えたいことがあったの」
「なに?」
「ルシアンが闇の精霊だとわかっても、私を拒絶しないでくれてありがとう。
あなたが助けに来てくれたとき、とても嬉しかったわ」
「そんなの当然だよ。
四面楚歌の城の中で僕を助けてくれたのは君だ。
そんな君を僕が裏切るわけがないだろう?
ルシアン殿がどんな存在であっても、僕の君への思いは揺らいだりしない」
ユリウスはそうきっぱりと言った。
ユリウスの瞳に一切の迷いはなく、真っ直ぐに私を見つめている。
好き。大好き。惚れ直してしまうわ。
「ユリウスは、痛い格好していた私を好きになってくれた。
私が禁書室に忍び込んだ賊だとわかっても、私を必要としてくれた。
私が闇の精霊を従えていても、変わらずに愛してくれた」
ユリウスの私への想いはずっと変わらなかった。私もその思いに応えたい。
「だから私はあなたの側にいたい。
あなたを支えたい」
「君にそんなふうに言って貰えて光栄だな」
ユリウスが眉をふわりと持ち上げ、目を細める。
「僕だって同じだよ。
革命が起きる前、僕の立場はとても不安定だった。
それでも君は僕を助けてくれた。
感謝してもしきれない」
「毒で死にかけてる人がいたら、助けたいと思うものよ」
「王宮ではそうではないから」
ユリウスの目には仄暗い闇のようなものが宿っているように見えた。王宮は恐ろしいところだわ。
きっとユリウスは王宮の闇を沢山見てきたのね。一人にしてはだめ。私が側にいて生涯支えないと!
「アンジェリカ、今度は僕から質問してもいい?」
「なぁに?」
「アンジェリカは、僕が前国王の子供ではないとコレットから言われた時、どう思った?」
ユリウスは一度目を伏せ、再び開けて私を見た。頬は強張り、唇はわずかに震えていた。
「例え血筋がどうでも、私はユリウスの味方でいようと思ったわ」
ユリウスが目を大きく見開く。彼の瞳の奥に輝きが見えた。
「エドモンドよりユリウスの方が国王にふさわしいもの。
それに、私は王家の傍系よ。
私と結婚すれば子孫はブライドスター王国の血を引くことになるわ。
血筋の問題はこれで解決。
だからユリウスが、誰の子供でも問題ないわ」
まぁ元々悪役令嬢だし、こういう答えにたどり着いてもしょうがないよね。
「でもこれは、正義側がする思考ではないわ。
幻滅したかしら?」
「いや、その逆だよ。
君が僕の方が王に相応しいと思ってくれたことを光栄に思う。
僕が王家の血を引いていなかったとしても、結婚を決意してくれたことをとても嬉しく思う」
ユリウスが安堵したように息を吐き、穏やかに微笑む。
「好きな人の為なら多少のことには目を瞑る。僕たち似たもの同士だね」
「本当にそうね」
似たもの同士だから上手くいくのかもしれない。
ユリウスはルシアンが闇の精霊であることを隠蔽しようとし、私は彼の血筋のことを隠蔽しようとした。
ユリウスが前国王の子供だったので、血筋の隠蔽は必要なくなった。
ルシアンのことは墓まで持っていく秘密だ。
「僕の好きになった人が君で良かった」
ユリウスが目尻を下げふわりと笑う。
「私もユリウスを好きになって良かったわ」
私も彼に笑顔を返す。
お父様が私を迎えに来るまで、私達はバルコニーで口づけを繰り返した。
◇◇◇◇◇
「そう言えば、聖女から回収した水晶玉をポケットに入れたままだった」
「きゃーー!!
水晶玉が起動したままだわ!!」
「エドモンドと聖女の犯罪の証拠とか、伯父上との密約とか、重要な情報が入ったままだから消せないね」
「ユリウスは、なんで嬉しそうなの?」
「君が僕に愛を伝えてくれた場面が記録されていると思ったら、頬が緩んでしまった」
ユリウスはむっつりスケベなようね。
一度ならず二度までも、ユリウスとイチャイチャしているシーンを記録してしまうなんて……不覚ですわ!
◇◇◇◇◇
それからのことを少し話すね。
前国王に、魔道具での判定の結果ユリウスが実の息子であったことを告げると、彼は信じられないといった顔で、その場に崩れ落ちました。
エドモンドがコレットを脱獄させたことや、ユリウスに代わり自分が王になろうとして失敗したことも伝えました。
前国王は「全ては自分の罪である」と遺書を書き残し、エドモンドと側近の減刑を願い自害した。
国王の死により、エドモンドとコレットを始め、彼の側近だった者への罰は少しだけ軽くなった。
エドモンドは王位継承権と王族の地位を剥奪され、北の塔に生涯幽閉された。
コレットは、力を封じられたのち北の塔に幽閉された。
エドモンドと聖女を同じ塔に幽閉したのは、ユリウスの温情だ。
前国王の側近中の側近だった宰相ことカスパール公爵。彼もまた「死をもって罪を償う故、一族への罪は減刑してほしい」と遺書を残し自害した。
とはいえ、嫡男のダミアンがコレットの脱獄に手を貸したのは調査済み。ダミアンに跡を継がせるわけにはいかない。
ダミアンは廃嫡、鉱山での強制労働となった。
カスパール公爵家は、男爵家に降格。
私財の殆どを国に没収された。
カスパール男爵家は、ダミアンのいとこが継ぐことになった。
ライナス・グラン伯爵令息は早々にエドモンドを裏切り、「彼らの情報を渡すから取り立ててほしい!」と言ってきた。
長年仕えたエドモンドを簡単に見限り、ユリウスに鞍替えする浅ましさに幻滅した。
そんなこちらの思いなど知らず、ライナスは「自分の忠誠心は誰にも負けません!!」と豪語していた。
ユリウスは「そなたの忠義の心、しかと受け止めた。忠節を一番生かさせる場所に配置しよう」と言って、ライナスを家族ごと北方の僻地に飛ばした。
北方の僻地は1年の3/4が雪に覆われている非常に厳しい環境だ。
「我が国で一番忠誠心が試されるのは、北方の砦の見張りだ。
そなたの忠節があれば乗り越えられるはずだ。
昼夜を問わず献身せよ」
眉一つ動かさず、穏やかな表情で残酷な現実を突きつける黒いユリウスも好きだ。
要約すると、人をあっさりと裏切るような人間は危なくて側におけない。雪で顔と心と魂を洗って出直してこい……という意味だ。
ユリウスはエドモンドに対して複雑な感情を抱えている。だが、ユリウスはエドモンドを憎んではいない。それなりに情はあるのだ。
そんな弟を、あっさり裏切ったライナスを許せるわけがない。
逆にエドモンドに最後まで尽くしたダミアンのことは、それなりに評価している。
鉱山に送られたダミアンには、書類の整理など比較的負担の少ない仕事をさせている。
ちなみにカイムのその後だが。
彼は帰国後、国王の命令で厳しい訓練を受けている。精神を徹底的に鍛え直すのが目的だ。
カイムは隣国の王太子。数年に一度は会わなくてはならない。次に会う時は、少し落ち着いているといいけど。
シャルロット王妃は、ヴァルトハイム国王に、「配偶者だったノルマンも死去した。祖国に戻って来てはどうだ?」と誘われていた。
王妃は「私が祖国に帰っては息子が寂しがります」と言って断ったらしい。
天然で世間知らずなところもあるけど、彼女も人の親。自分のことより息子の幸せが大切らしい。
王妃が国に残ると知ったユリウスは、表情には出さないけど嬉しそうだった。
王妃に担ってもらいたい公務もあるので、こちらとしても国に残って貰えた方がありがたい。
しかし、ユリウスの婚約者候補の立場(まだ正式に婚約してない)としては、嫁姑バトルが始まるのかと思うと……ちょっぴり複雑だ。
王妃殿下は優しい人だし、上手くやっていけると信じたい。
◇◇◇◇◇
私とユリウスのその後について語ろう。
革命の1カ月後、ユリウスは正式に即位した。
ユリウスは国王としての公務が忙しく、学園へはあまり通っていない。
私としては、ユリウスともう少し学園で一緒に過ごしたかった。文化祭とか体育祭とか課外授業とか、彼と共に体験したかったことは沢山ある。
しかし、こればっかりはどうにもならない。
私はエドモンドと婚約破棄したばかりなので、次の婚約まで最低でも半年は期間を空けなくてはならない。
その間は、ユリウスの婚約者候補という非常に微妙な立場だ。
国王になったユリウスの元には、国内外から釣書が山程届いているらしく、やきもきしながら過ごしている。
ユリウスに会えるのは月に一度のお茶会のみ。
しかもお茶会の時間は30分。
使用人やら付き人やらが周囲にいる状態では、満足に会話もできない。
想いが通じ合ったのに、二人きりにもなれないなんて……!
そんなわけで私は、ユリウスに会うために非合法の手段を取ることにした。
「お弁当よし、ポーションよし、万能薬よし、服装よし!
ルシアン、王宮に乗り込むわよ!」
『は~~3日と開けずに夜這いとは……懲りないなぁアンジェも』
「よ、夜這いじゃないわ!
たんなる夜食の差し入れよ!
国王になったばかりで政治が安定してないの!
また毒を盛られるかもしれないから、解毒ポーションは定期的に差し入れしないとね!
ユリウスは働きすぎだから回復薬も必要よね。
風邪を引いたら大変だから、万能薬も飲ませないと……!」
『はいはい、わかったよ』
ルシアンにお願いして、夜中に王宮に忍び込んでいる。(その代わり、ルシアンのマッサージとブラッシングを2時間している)
月明かりの夜に、ルシアンに跨り空を飛ぶのは爽快だ。
ランプの明かりの下、書類とにらめっこしているユリウスにお弁当を届けよう。
私に気付いたユリウスが、満面の笑みを浮かべ窓を開けてくれるはず。
そうしたら、彼の胸にダイブしよう。
「会いたかったよ、ユリウス!」
「僕もだよ、アンジェ!」
ルシアンが気をきかせて席を外してくれた間に、少しだけ彼とイチャイチャしよう。
この幸せがいつまでも続くように願って。
――終わり――
最後まで読んで下さりありがとうございます。
少しでも、面白い、続きが気になる、思っていただけたら、広告の下にある【☆☆☆☆☆】を【★★★★★】にして応援していただけると嬉しいです。執筆の励みになります。
誤字報告ありがとうございました!
大変助かりました!
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
※後書き
プロットを何度も作り直し、キャラクターの設定資料をしっかりと作ってから挑んだ本作。
書き上げるのに非常に時間がかかり、推敲にも同じくらい時間がかかりました。
要素詰め込み過ぎましたね……。
設定したものを全部見せれば良いと言うものではないと勉強になりました。
次作は引き算に気を付けます。
入れる要素を一つか二つに絞ります。
当初の設定では、ユリウスはヴァルトハイム国王と王妃の不義の子(近親相姦)でした。
アンジェリカがブライドスター王家の傍系だから、二人が結婚すれば、ブライドスター王家の血が途切れることはないからいいかなと。
しかし書いているうちに「これ正義側(主人公サイド)がやっていいことじゃないな」と思い直し、設定を変更しました。
そうして、無事?ユリウスはブライドスター国王の血を引いた正当な王位継承者となったのでした。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
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