55話「変わらない愛」ユリウス視点
――ユリウス視点――
前国王の断罪の後、会議室でカレンベルク公爵や貴族達と今後の行く末を話し合っていた。
母と伯父は、疲れたからと離宮で休憩している。
伯父は前国王の退位までは協力したから、後は自分の力でなんとかしろということなのだろう。
3時間ほど話し合い、一時間ほど休憩することになった。
休憩中にアンジェリカに会いに行こう。
会議が終わるまでゲストルームで待っているはずだ。
まだ、プロポーズの返事を聞いてない。
あのとき、アンジェリカは俺の目を見つめ手を握り返してくれた。
おそらく大丈夫だと思うが、こういうことは早めにはっきりさせておきたい。
それに、できるならアンジェリカの口から「好き」と言わせたい。
「やっと出てきた。いとこ殿、ちょっといいか?」
だが、予想外のことが起きた。
会議室の外でカイムに話しかけられたのだ。
相手は隣国の王太子、人の目もあるので邪険にはできない。
「カイム殿、少しならかまいませんよ」
にこやかに対応したが、腹の中は苛立ちでいっぱいだった。
アンジェリカに会いに行くのを邪魔されたこともそうだが、彼のアンジェリカへの言動の数々が気に入らないからだ。
カイムはアンジェリカに強引に迫り、周りに誤解を与えるような発言を繰り返した。
外堀りを埋めてアンジェリカを自分のものにしようとする魂胆が目に見えている。
アンジェリカに拒否されたにも関わらず、尚も関わろうというのか?
本当に腹の立つ存在だ。
隣国の王太子でなければ、今すぐ城から追い出しているところだ。
◇◇◇◇
僕はカイムを自室に案内した。
ローテーブルをはさみ、対面に座る。
カイムが「二人で話がしたい」というので、人払いをした。
「それで、カイム殿。
僕に話というのは?」
「単刀直入に言う。
アンジェリカをヴァルトハイムに留学させてほしい」
親しい関係でもないのにアンジェリカを呼び捨てにするのも、無茶な要求をしてくるのも腹が立つ。
だが、それを表情に出したりはしない。
眉間がぴくつきそうになるのを抑え、冷静に対応する。
「お断りしま……」
「俺は、アンジェリカがいとこ殿を選んだことに納得していない!」
カイムは、僕が言い終わる前に言葉を被せてきた。
「いとこ殿と俺の違いを考えた。
俺の方が背が高いし、筋肉だってある!
戦場で実績も詰んだし、戦ったら絶対俺の方が強い!
顔だって俺の方が良い!」
他はともかく、顔は個人の好みの問題だろう。
アンジェリカは僕の顔を見ては、うっとりしていることがあるので、僕の顔を好きだと思う。
彼女が、カイムの顔を見て頬を染めていた様子はない。
カイムはおそらく母親に似ているのだろう。
空のように青い髪と金色の切れ長の目、彫りも深い顔をしている。
伯父にはあまり似ていない。
「いとこ殿と俺の違い、それはアンジェリカと接した回数だ!
俺は今日を含め彼女に3回しか会っていない!」
アンジェリカに3回しか会っていないのに、皆の前でプロポーズして彼女を困らせたのか?
そういうところも気に入らない。
「だから、アンジェリカをヴァルトハイムに留学させてほしい。
ヴァルトハイムに来て俺の隣で過ごせば、アンジェリカは俺の良さを理解し、必ず俺に惚れる!」
その自惚れはどこから来るのか?
どれだけ一緒に過ごしても、アンジェリカがカイムに惚れるとは思えない。
だが外堀を埋められる可能性はある。
最悪、強引に既成事実を作られ……だめだ。想像したらカイムを殴りたくなってきた。
「それが駄目なら、俺がブライトスターに来る。
遊学の為にしばらくこの国に滞在したい。
アンジェリカに故郷の良さを伝えながら愛を囁くのがベストだ!
だが、彼女の留学が叶わないなら、この際愛を囁く場所はこの国でも構わない」
本当に失礼な奴だな。
ブライトスター王国を下に見るのはやめて貰いたい。
俺は眉間に皺が寄り、顔を強張りそうになるのをなんとか堪えた。
「どちらもお断りします。
アンジェリカ嬢は僕の妃になる人です。
諦めて祖国にお帰りください」
外交的な笑みを浮かべ、穏やかに伝える。口元がわずかに引きつってしまった。感情が顔に出るなど僕もまだまだだな。
「釣れないな。
俺は次のヴァルトハイム国王だ。
仲良くしといた方がいいんじゃないのか?」
「どうでしょう?
先のことはわかりませんから」
民のためにも戦争はしない。ヴァルトハイムとの同盟は続ける。
だが彼が国王になっても我が国を下に見て、失礼な態度を取り続けるなら、こちらも対応を考えなくてはならない。
同盟とは馴れ合いではない。
「じゃあはっきり言うよ。
アンジェリカは、第二王子に婚約破棄された身だ。
この国に居づらいんじゃないのか?
それから間を開けずに第一王子と婚約というのも、体裁が悪いだろう?
ユリウスとの結婚に反対する貴族もいるだろう?」
それは否定できない。
「だがヴァルトハイムは違う!
アンジェリカは国を救った英雄、白衣の天女として崇められる存在だ!!
彼女のことを国を上げて歓迎する!!
白衣の天女であるアンジェリカと、王太子である俺が婚姻することを、国民も貴族も祝福してくれるぜ!!」
カイムは口を大きく開け、鼻がひくつくほど豪快に笑う。
彼の言動は不快だ。
しかし、アンジェリカが隣国で慕われているのは事実だ。
「それだけ隣国で慕われている人物なら、ブライトスター王国の国民も、アンジェリカ嬢の人柄を知れば、彼女を受け入れるでしょう。
時間はかかるかも知れませんが、僕が必ず議会を説得します。
僕の隣に立つ人は、彼女以外考えられませんから」
隣国で白衣の天女と呼ばれ、彼女の優しさもあるが、ポーション作りの能力が大きい。
そのような優れた才のある人物を、誰が手放すというのか? そんな人物を国外に出す理由がない。
僕はアンジェリカの人柄を知って受け入れて欲しいと思っている。だが、時間をかけている間に横から攫われるのは嫌だ。
アンジェリカの能力を前面に押し出してでも、彼女との結婚を早急に認めさせる。
仮にアンジェリカが何の能力も持っていなかったとしても、僕は絶対に彼女を手放したりはしない。
カイムは片方の眉を釣り上げ、口元を引きつらせていた。
「そういうことですのでカイム殿、貴殿がなんと申されても、アンジェリカ嬢はお渡しできません。
どうかお引き取りください。
隣国までお帰りになるというのなら、馬車を用意いたしますよ」
僕は眉を緩やかに上げ、口角を緩やかに持ち上げそう伝えた。
「いらねぇよ!」
カイムは苛立たしげにそう言い放ち、席を立つ。
やっと退室してくれるか……そのまま国に帰ってくれるといいのだが。
その時、バリーーン!! と音を立て窓が外から破られ黒い物体が部屋の中に入ってきた!
ソファーから立ち上がり警戒の態勢を取る。
「敵襲か!?」
カイムが顔を強張らせ、腰の剣に手をかけた。
「待て! カイム殿、その者を傷つけるな!」
部屋に飛び込んで来たものをよく見れば、アンジェリカの側にいる精霊だった。
「その子はアンジェリカの友人だ!」
「なんだ、アンジェリカの犬かよ。
驚かせやがって……!」
短く舌打ちをし、カイムが剣から手を離す。
「ルシアン殿、平気か?
何があった!?
この傷は誰にやられたんだ?」
ルシアンの体には焼け焦げたようなあとがあり、かなり疲弊しているようだった。
ドラゴンすら倒す精霊を、これほど追い詰める存在とはいったい……?
ルシアンは、口に何かをくわえていた。
これは筒だろうか?
ルシアンのくわえていた筒のような物を手に取る。
よく見れば、筒の表面に古代文字のような文様が刻まれている。
何かの魔道具だろうか?
『すまねぇ、第一王子……ヘマしちまっ……た。
元聖女に……俺様が闇の精霊だとばれてこの有り様……だ。
早く、アンジェを助け、に……行かねぇ……と。
部屋には……まだ、元聖女と第二王子が……残って……』
ルシアンは、苦しそうに息をしながらそう呟いた。
情報量が多い!
ルシアンが精霊なのは知っていたが、闇の精霊だったとは……。
コレットとエドモンドが、アンジェリカと同じ部屋にいて、アンジェリカの身に危険が迫っている。
牢屋に入れたはずのコレットが外にいると言うことは、エドモンドが脱獄させたのだろう。
エドモンド……大人しくしていれば命までは取らなかったのに……。
そんなことより、今はアンジェリカの身の安全を確保することが最優先だ!
「だいたい事情はわかった!
ルシアン殿!
アンジェリカのいる場所まで案内してくれ!!」
「待てよ! いとこ殿!!
その、アンジェリカの連れていた犬!
自らを闇の精霊だと名乗ったんだぞ!
そいつが言うことを信じるのか?
闇の精霊の友人ならアンジェリカもやばい存在だ!
お前、それを知っててアンジェリカにプロポーズしたっていうのか?」
カイムが険しい表情で俺の肩を掴んだ。
彼の顔色は悪く、口元は引きつっていた。
カイムにはアンジェリカを心配している様子は伺えない。
先程まで熱烈にアンジェリカへの愛を語っていたのに……。
彼のアンジェリカへの愛はその程度だったのだな。
「ルシアン殿が闇の精霊であることは、僕も今知った」
この国でも隣国でも、闇の精霊の印象はよくない。
歴史書には闇の精霊にまつわる記述がいくつかあるが、その全ては人々を惑わし、国に破滅と混沌をもたらした悪しき存在として描かれている。
アンジェリカはきっとルシアンの正体が闇の精霊だと知っていたのだろう。
知っていても言えなかったんだ。世間の認識では「闇の精霊=悪」だったから。
だが、そんな誰が書いたかもわからない大昔の記述がなんの役に立つ?
皆に無視され、明日をも知れぬ命だった僕と母を救ってくれたのはアンジェリカとルシアンだ!
僕はルシアンの正体がなんであろうと構わない!
「はっ、そんなとこだろうと思ったよ!
俺もお前も、アンジェリカに騙されたんだよ!
なにが白衣の天女だ!
3人の王子に色目を使い、闇の精霊を使って人々を惑わす悪女じゃないか!
結婚する前にわかって良かっ……」
考えるより先に体が動いていた。
人を殴ったのは初めてだ。
「いてぇな、何すんだ!!」
カイムが殴られた頬を押さえ、目尻を釣り上げこちらを睨んでいる。
「君が彼女をどう思うかは勝手だ!
だが、僕の前で彼女への暴言を吐くことは許さない!!」
それだけ伝え、僕はルシアンに視線を戻した。
「ルシアン殿、行こう!
アンジェリカが心配だ!」
こうしている間も、アンジェリカは危険な状況に晒されている。
カイムに構っている場合じゃない。
「ルシアン殿、アンジェリカのいる場所はわかるのか?」
『俺は鼻がいいから、アンジェの匂いを辿れる』
「わかった!
ルシアン殿、走れるか?」
『お前らが話してる間にもちょっと回復した!
アンジェの元まで走るくらい楽勝だぜ!』
ルシアンの息は、先程より整っていた。精霊の回復力は人間のそれとは違うのだろう。
あとは、ルシアンの体力を信じるしかない。
「ルシアン殿、頼む!
アンジェリカの元まで案内してくれ!」
ルシアンなら、確実にアンジェリカの元まで連れて行ってくれるはずだ!
『任せろ!』
ルシアンがすっと立ち上がる。
「待てよ!
相手は闇の精霊を従えている女だぞ!
それを知っていて助けたら、お前だってどうなるかわからないんだぞ!
下手したら王族の地位を追われるかもしれないんだぞ!
それでも助けに行くのか!?」
僕が扉のドアノブに手をかけたとき、カイムのそんな叫び声が聞こえた。
カイムの言うことは最もかもしれない。
王族なら一番に己の保身を考えるべきなのかもしれない。
だけど俺は、そんなものに固執するつもりはない。
「アンジェリカが誰を従えていても関係ない!
俺は彼女を助けに行く!
それが俺の愛だ!!」
俺は振り返らずにそう告げ、扉を開けた。
読んで下さりありがとうございます。
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