53話「二つの魔道具が揃うとき」
「今から離宮に行って、ヴァルトハイム国王と王妃シャルロット殿下の不貞の証拠を抑えます」
コレットは目を細め、黒い笑みを浮かべた。
はっ……?
何を言っているの?
追い詰められてどうかしてしまったのかしら?
「ヴァルトハイム国王と、シャルロット殿下、二人は仲がよすぎるとは思いませんか?」
確かに、会議室での二人の距離は近かった。
ブライドスター国王をそっちのけで、二人で話していた。
「ヴァルトハイム国王と王妃シャルロット殿下は兄妹です。
仲良く話していても、多少距離が近くても、密室で二人きりでも、不貞には当たりませんよ」
それが不貞に当たるなら、殆どの兄妹が不貞を疑われてしまうわ。
「大人になっても仲の良い兄妹もいます。
常識の範囲内だと思います」
ヴァルトハイム国王が、隠し部屋に妹の肖像画を飾っていたのは黙っておこう。
「ヴァルトハイム国王は来訪するたびに、シャルロット王妃と離宮に二人きりで籠もっていたそうですわ。
その際、使用人も寄せ付けなかったと、前国王は漏らしておりましたわ」
「そのくらいは許容範囲ではありませんか?
離れて暮らしているのですから積もる話もあるでしょうし」
私も弟と密室で二人きりになることはあるわ。弟はまだ11歳だけど。
「前国王陛下から、毒薬の制作とは別に、ある魔道具の制作を依頼されておりましたの」
「魔道具の制作?」
口角を上げるコレットの表情には余裕の色が滲んでいた。
コレットは自分が制作したその魔道具に、よほど自信があるのだろう。
何かしら? 凄く嫌な予感がするわ。
「前国王から依頼されたもの。
それは……親子かどうか鑑定する為の魔道具ですわ」
コレットはポケットから筒のような道具を取り出した。
「親子鑑定……?」
この世界には、前世で言うDNA鑑定のようなものは存在しない。
髪の色や瞳の色、顔の形などで、親子かどうか判断するのだ。
「おそらく前国王は、ユリウス殿下の毒殺に失敗した時の為に、私にこの魔道具を作らせたのでしょう。
前国王に全く似ていないユリウス殿下。
一年に一度来訪しては、密室でシャルロット王妃と二人きりになるヴァルトハイム国王。
ユリウス殿下の面差しは、ヴァルトハイム国王によく似ているそうですね?」
状況証拠が揃いすぎている。
私が前国王の立場だったら、王妃の托卵を疑うレベルだ。
「ヴァルトハイム国王とユリウス殿下は伯父と甥の関係です。
親戚なのですから顔立ちが似ても不思議はありません」
苦しいですが、そう言う以外にありません。
「もちろん、これだけでは状況をひっくり返すには決定打に欠けます。
だから前国王は私にこの魔道具を作らせたのです」
魔道具によって、状況証拠が確たる証拠になってしまう。
「国民の信頼が厚い聖女が作った魔道具で、ユリウス殿下が不義の子だと証明されればどうなるでしょう?
不貞を働いたシャルロット王妃と、ヴァルトハイム国王を失脚。
不義の子であるユリウス殿下は幽閉。
そうなればエドモンド様の立太子は確実でした」
コレットが聖女として皆の信頼を集めている時に、その魔道具を使われたら終わっていた。
「確実に3人を失脚させる方法があったのに、前国王はそれをしなかった。
毒殺が失敗したときの最終手段として残してしまった」
正攻法でユリウスたちを追い詰めたられたのに、前国王はなぜその手段を使わなかったの?
「男のプライドというのは厄介ですね。
王妃が他の男と通じていたことを、浮気された自分の恥と捉えてしまったのですから。
男性の中には、妻が他の男と通じたことを、己の恥と感じプライドが深く傷つくタイプがいますが、前国王はそのタイプだったようですね」
そこまで言って、コレットはため息をついた。
「正攻法で相手を破滅させられたのに……。
自ら手を汚す道を選択するなんて……前国王は本当に……」
コレットが眉間に深い皺を作り、囁くように言った。
横にエドモンドがいたから、前国王の悪口を大声で言うことはためらわれたのだろう。
前国王がコレットに親子鑑定の魔道具を作らせていたのは、王妃とユリウスを殺す前に事実を知りたかったからかしら?
それとも、今後のことを見越してかしら?
血筋を尊ぶ王族や貴族にとって、親子かどうか鑑定できる魔道具はあって困るものではない。
上手く使えば、敵対勢力の弱みを握ることもできる。
「コレット様、その計画は失敗に終わりましたね。
あなたは聖女の地位を剥奪され、人々の信頼を失った。
信頼を失ったのは、あなただけではなく、あなたの作った魔道具も同じです。
親子鑑定の魔道具で、ユリウス様と前国王が親子ではないと判明しても、今となっては誰も結果を信じないでしょう」
苦し紛れのでっち上げで親子鑑定の結果を偽造したと思われるのがオチです。
コレットを処罰する理由が増えるだけ。
ユリウスは前国王の子ではなかったと、多少は噂になるかもしれませんが、新政権はそんなことでは揺るぎません。
例えユリウスがブライドスター王家の血を引いてなくても、王家の傍系である私と結婚すれば問題は解決します。
私とユリウスの子が王位を継げば、ヴァルトハイム王家とブライドスター王家の両方の血を引くことになります。
ユリウスとの結婚に政治的な駆け引きは持ち込みたくありませんが、この際そんなことは言っていられません。
ユリウスを守り、彼を王位に就けることが最優先事項です。
「あなたの言う通り、私の地位は地に落ち、私の作った魔道具も信頼を失いました」
そう言いながらも、コレットは余裕の表情を崩さなかった。
まだ、なにか策があるというの?
「だから新たな証拠を集めるのです。
あなたの作ったこの水晶玉を使ってね」
コレットが頬を緩め、口角を上げる。
その笑顔はなんとも不気味だった。
「まさか……!」
「そうよ、今から離宮に行き、ヴァルトハイム国王とシャルロット王妃が不貞を働いている証拠を抑えるのです!
水晶玉の記録と親子鑑定の結果を合わせれば、貴族会も動かせるわ!!」
「……!」
「信頼のあるアンジェリカ様が作った水晶玉で記録した証拠なら、皆も納得してくれるでしょう」
「ユリウスも王妃も揃って失脚だ!
第二王子である俺が、正当な後継ぎとなる!
父がユリウスと王妃の命を狙った件も、不義を働いた王妃と、ブライドスター王家の血を引かないユリウスを内々に処理しようとしたとして正当化できる!
ヴァルトハイム国王と王妃がしたことは、国の乗っ取りだからな!!」
コレットとエドモンドの言葉に、反論が思いつきませんでした。
「父上は、ヴァルトハイム王族による国の乗っ取りを阻止しようとしただけだ!
なので父上も、父上の命令を受けて毒薬を作ったコレットもお咎め無しだ!
形勢逆転だな!!」
エドモンドが鼻の穴を広げ、高笑いをする。
そんなことになったら大変だわ!
私がここで食い止めなくては……!
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