5話「アンジェリカ、叡智(えいち)の祝福を得る」
私とルシアンは食事を終え、自室に戻りました。
『はぁ〜〜霜降り肉美味かった〜〜!
明日は子羊が食べたいぞ!』
ルシアンはソファーに寝そべり、前足をペロペロと舐めている。
こうしていると彼が闇の精霊であることを忘れそうになります。
微笑ましい光景ですしずっと眺めていたいです。
ですが、私にはやることがあります。
『ん、アンジェ、難しい顔してどうしたんだ?』
「勉強します」
本棚から教科書を取り出し、机に向かいました。
1年間使用したらもうちょっと汚れそうなものですが、アンジェリカの教科書はどれも新品同様でした。
教科書をめくるとのりがついているページがあり、アンジェリカが全く教科書を読んでいなかったことがわかりました。
「今までのアンジェリカは、エドモンドと、ファッションと、食べ物のことにしか興味なかったものね」
小説のアンジェリカは、淑女教育と王子妃教育をサボってエドモンドを追いかけ回していました。
エドモンドの側近に馬鹿にされ、エドモンドに愛想をつかされるのも納得です。
『勉強なんかしてどうするんだ?
もしかして、凄い兵器を開発して世界征服でもするのか?
だったら俺様も手をかすぞ』
「兵器の開発も、世界征服もしません!」
ルシアンが尻尾を振り、きらきらした目で見上げてきます。
こういう発言を聞くと、彼が闇の精霊なのだと再認識します。
『じゃあ勉強なんかして、どうするんだよ?』
「私、第二王子に婚約破棄されたでしょう?
聖女様も虐めてしまったし、二度目の婚約は難しいと思うの」
『それで?』
「公爵家はいずれ弟が継ぐわ。
クロードはああ言ってくれたけど、行き遅れの姉がいるなんて体裁が悪いと思うの。
弟が結婚したら私は小姑。
お嫁さんも住みにくいと思うのよ」
私だったら、行き遅れの小姑(嫁ぐ予定無し)がいる家にお嫁に行きたくない。
弟が婚期を逃したり、訳あり令嬢としか結婚できなくなったら可哀想だわ。
「弟に迷惑をかけない為にも、手に職を付けようと思うの」
『ふ〜〜ん』
ルシアンが毛づくろいを始めた。
私の話をちゃんと聞いてるのかしら?
「と言っても、第二王子と聖女の心象が悪いからこの国での就職は難しいわ。
だから魔法薬を作ってお金を貯めて、いずれは隣国に移住しようかと思うの」
隣国ヴァルトハイムは王妃様の母国。
今は王妃様のお兄様が国を治めている。
ちなみに私達が住んでる国の名前はブライドスター王国です。
「幸いなことに、離れにはお祖父様の残してくださった魔法薬の本や実験器具が揃っているしね」
『わかった。
毒薬を作って空から散布して大量殺人をするんだな!
俺様も協力するぞ!』
今の話を聞いていて、どうしてそういう結論に到達するのかしら?
「毒薬なんて作らないし散布もしません。
ポーションや解毒ポーション、万能薬など人の役に立つ物を作ります」
毒薬なんて作ったら破滅へまっしぐらだわ。
『お前、変わってるな?
今まで俺を召喚した奴らは、人を苦しめるのが好きだったぞ』
「そうなの?」
今までルシアンを召喚した人達は、心に邪な思いを抱えていたのね。
そういうアンジェリカも、闇の精霊を呼び出して、聖女を王都と共に葬る予定だったから人のことは言えない。
『だから俺様が手伝ってやったんだ。
そうすると、いっぱい褒めてもらえたから!』
ルシアンが嬉しそうに呟く。
ルシアンは精神年齢が幼く、寂しがりやです。
今までルシアンを召喚した人は、そんな彼の孤独と幼稚さに漬け込んだのでしょう。
私はルシアンのいるソファーの前に移動し、床に膝をつき、ルシアンの目を真っ直ぐに見つめました。
「ルシアン、人を殺すのも苦しめるのも悪いことなのよ。
私はルシアンがそんなことをしても喜ばないわ」
『そうなのか?』
ルシアンは目をパチパチさせています。
「そうよ、だからもう悪いことはやめてね」
私がルシアンの再教育をしないとね。
『わかった。
俺様はもう、人殺しも、破壊も、人を苦しめることもしない。
アンジェに嫌われたくないからな』
思った通り、ルシアンは根はとっても素直な子のようです。
「うん、ルシアンがいい子にしてたら嫌いにならないよ。
沢山、撫で撫でしてあげる」
『俺様、アンジェに撫でて貰えるようにいっぱい良いことするぞ!』
ルシアンの頭を撫でると、彼は嬉しそうに目を細め喉を鳴らした。
ルシアンとも上手くやっていけそうね。
◇◇◇◇◇
「沢山薬を作って、みんなの役に立ってついでにお金も稼ぐわよ!」
『そういうことなら、俺様も協力するぜ!』
研究所も実験道具も魔導書もお祖父様が残してくれたし、材料になる薬草もお祖父様が離れの周りに植えてたし(今は荒れ放題だけど)。
後は私が勉強して、知識を身に付けるだけね。
「そうと決まったら早速勉強よ!
まずは学園の授業の復習からよ!」
『頑張れ、アンジェ!』
◇◇◇◇◇
――3時間後――
私は机の上に突っ伏しています。
『お〜〜い、生きてるか?』
「駄目、全然わかんない……頭が破裂しそうだわ……」
魂がエクトプラズムになって口から出ているかもしれません。
「教科書を開いたらわからない文字が沢山出てきて、一個一個調べて……。
わからない言葉も多くて……。
わからない言葉を辞書で調べたら、説明にまたわからない言葉が出てきて、それも調べて、そうしたらまたわからない言葉が出てきて……その繰り返しで……」
正直、アンジェリカの能力を舐めていました。
ここまで無能だとは思いませんでした。
これでよく王子の婚約者が務まったものです。
アンジェリカには、実家が太いこと以外に取り柄がありません。
「3時間かけて2ページしか進まないとは思わなかったわ……!
このペースじゃ授業の遅れを取り戻すので精一杯!
魔法薬を作るどころか、魔導書を一冊読むのも無理よ〜〜!」
小説のアンジェリカは、この能力でよく闇の精霊を召喚できたわね。
魔法陣は絵みたいなものだから、見様見真似でなんとかなったのかしら?
それとも火事場馬鹿力ならぬ、ピンチの時の知能上昇でも起きたのかしら?
『たくしょうがねぇなぁ。
魔法薬を作って人助けするんじゃなかったのかよ?』
「ごめんなさい」
まさか16歳にもなった貴族令嬢が、まともに時の読み書きもできないなんて思わない!
『アンジェ、俺様に頭を向けろ』
「頭を? どうして?」
『いいから早く』
「わかったわ」
私は椅子から降りて床に膝をつき、ルシアンにむかって頭を突き出しました。
頭を撫でて慰めてくれるのかしら?
ルシアンたら、意外に優しいところがあるのね。
『動くなよ、下手に動くと怪我するからな』
「え?」
ガブッッッ!
ルシアンが頭を噛んだ!
きゃーー! 食べられる〜〜!
ペッッッッ!
と思ったらルシアンが私の頭をぺっと吐き出しました。
「……ルシアン、酷いわ!
急に噛むなんて!」
『そう、怒るなよ。
お前に叡智の祝福を授けたんだ』
「叡智の祝福……?」
発音に気をつけないといけない言葉だわ。
『そうだ、試しにもう一度本を読んでみろよ』
「うん……」
そうはいったものの、犬に噛まれて頭が良くなるなんてそんなうまい話があるわけが……。
「えっ……!
これって……!?」
教科書の難読な文字がスラスラと読める!
読めるだけじゃない! 内容がさくさく理解できます!
教科書をパラパラとめくっただけなのに、内容がわかる。
しかも一度覚えたことは忘れない!
「ルシアン、凄いよ!
さっきまでとは別人みたい!
急に天才になった気分!」
『へっへーーん!
俺様にかかればざっとこんなもんよ!』
ルシアンが機嫌を良さそうに鼻を鳴らしました。
私は彼の頭を優しく撫でた。
「全身マッサージしちゃう!
霜降り肉も子羊のステーキも鹿肉も鴨肉も鶏のささみも出しちゃう!」
『ほんとか!?
俺様いいことしたか?
アンジェの役に立ったか?』
「ええ、とっても役に立ったわ!
ありがとう!」
ルシアンの気の済むまでマッサージした。
ルシアンは上機嫌だった。
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