49話「ライナスの裏切り」エドモンド
――エドモンド視点――
「ヴァルトハイム兵に取り囲まれているのか……!」
ヴァルトハイムの甲冑を纏った兵士に城が包囲されていた。
彼の国の国旗が描かれた旗が風に棚引いている。
震える体を引きずり、俺は一歩後退した。
「その通り、ヴァルトハイムの兵士です」
ライナスが窓の外に目を向け、忌々しそうに呟く。
「その数は、100や200ではありません。
2,000人はいるでしょう。
今やこの城は、ヴァルトハイムの兵士にすっかり取り囲まれています」
ライナスは、眉を釣り上げ拳を握りしめた。
「名目はヴァルトハイム国王とカイム王太子による、王妃殿下とユリウス殿下のお見舞いだそうですが……。
どこの世界に親族のお見舞いに、これだけの兵を引き連れて来る王族がいるんだか!」
ライナスは乱暴に窓枠を叩いた。
「窓を開けますね。
彼らの声を聞けば、エドモンド殿下に勝ち目がないのがよくわかりますよ」
そう言って、ライナスが窓を少し開けた。
「「「新国王ユリウス陛下、千歳、千歳、千千歳!!」」」
ヴァルトハイムの兵士の詠唱が、風に乗ってこの部屋まで届いた。
心臓がざわりと嫌な音を立てた。
これではまるで、兄上が次の国王に決まったようなものではないか……。
「これでわかったでしょう?
エドモンド殿下に勝ち目がないのが」
ライナスは冷たく言い切り、窓を荒々しく閉めた。
窓が閉まる音にすら、心臓がビクリと反応してしまう。
「ヴァルトハイム王国は、ユリウス殿下の即位を支持しています。
ユリウス殿下はヴァルトハイム国王の甥、隣国が彼の即位を後押しするのは当然ですね」
ライナスは眉を釣り上げ、目を細め口元を歪めた。
「コレットが国王の命令で故意に張った結界のせいで、隣国はモンスターが増え、魔物の被害に苦しんでいたそうです。
国王もコレットも、ヴァルトハイム王国の恨みを買っています」
ライナスが苛立たしげに呟く。
コレットには魔物を退ける結界を張る力があったのか。
「この1年、ヴァルトハイム王国ではモンスターとの戦闘が絶えなかった。
皮肉にも、それがヴァルトハイムの兵の強化に繋がった。
対して、我が国は平和の恩恵を受け弱体化した。
戦争をしたら、どちらが勝つかは明白」
ライナスは吐き捨てるように言い、肩を竦めた。
「ヴァルトハイム側はユリウス殿下が即位するなら、コレットが結界を張った影響で被った損害の賠償金は求めないそうです。
万が一、エドモンド殿下が即位した場合は、多額の賠償金を求め、戦争も辞さない構えのようです」
ライナスの言葉はまるで鋭いナイフのようで、俺の心臓をズタズタに切り裂いていく。
これが俺に突きつけられた現実なのか……?
俺はもう国王に即位できないのか?
「それがわかっていて、あなたを支持する貴族も国民もいません。
賠償金を払ったら国民の生活は貧しくなります。
戦争になったら家族は兵役に取られる。
下手したら王都は焼け野原だ。
誰だって自分と自分の家族が可愛いでしょう?」
ライナスが口元を歪め、吐き捨てるように言い放つ。
彼からは、王族の俺を敬う心は微塵も感じない。
「わかったでしょう?
勝敗はエドモンド殿下が眠っている間に決しました。
どう逆立ちしても、殿下には勝ち目はないんですよ」
ライナスは片眉を上げ、冷笑を浮かべた。
これが、昨日まで「エドモンド様」と言って俺の後をついて回っていた男なのだろうか?
まるで別人のようだ。
「あーーあ、エドモンド殿下の側近に選ばれた時は、勝馬に乗れたと思ったんだけどなぁ〜〜。
出世の椅子取りゲームの勝利間近で、こんな番狂わせが起こるなんて……本当ついてないぜ!」
ライナスが両手を広げ天を仰ぐような仕草をした。
俺は彼の言葉に自分の耳を疑った。
「エドモンド殿下?
なに驚いた顔をしているんですか?
俺があなたに仕えていたのは仕事だからです。
仕事なんだから、このくらいの思惑があるのは当然でしょう?」
「ライナス……!
俺はお前を友達だと思っていたんだぞ……!」
俺は目を細めキッとライナスを見据えた。
「はっ、本気で言ってます?」
ライナスは俺に睨まれても痛くも痒くもないようだった。
「国王のお気に入りだったのがエドモンド殿下だった。
俺も家族もあなたが次の王になると思っていた。
だから俺は側近としてあなたに仕えた。
国王の幼馴染兼側近になればグラン伯爵家は安泰ですからね。
そうなれば勝ったも同然。
その為ならあなたにおべっかを使いますし、友達の振りでもなんでもしますよ。
プライドなんてあっても出世には邪魔なだけですからね」
ライナスはそこで一度言葉を区切った。
「本当は死んだ兄貴のことなんて大嫌いだったんです。
あなたの同情を買うために、悲しんでいる振りをしていただけ。
3つのときに亡くした母親を思って、ビービー、ビービー泣くあなたのお守りをするのは大変でしたよ」
ライナスが冷たい目で俺を睨むと、口の端を上げ蔑むように笑った。
「ライナス、貴様ぁぁ!!」
俺は奴の胸ぐらを掴み、思い切り殴った。
ライナスは避けることなく、俺の拳を受け入れた。
殴られたライナスは、二、三歩後退したが倒れることはなかった。
普段、騎士団で鍛えているのは伊達ではないようだ。
奴を殴った手はじんじんと熱を持っている。
「気が済みましたか? エドモンド殿下?」
ライナスは口の端から血が流れていた。
奴はそれを服の袖で雑に拭った。
ライナスにさしてダメージを与えられなかったことに、腹の中で怒りがボコボコと音を立てている。
「なんなら、もう二、三発殴られても構いませんよ」
ライナスが薄ら笑いを浮かべる。
奴の挑発に乗るのもしゃくだ。
「お前はこれ以上殴る価値もない」
俺は奴の目を見据え、冷徹に言い放った。
「そうですか。
殿下の気が済んだようなので俺は退散しますね」
ライナスは俺と縁が切れて精々したとでも言いたげな顔をしていた。
「グラン伯爵家の力も、父の力も当てにしないでくださいね。
負け馬に乗るのも、ハズレくじを引くのも真っ平なんでね」
ライナスが眉をしかめ、鼻で笑う。
「ライナス、お前!
エドモンド様に散々世話になっておきながら、その言い草はなんだ!」
ライナスの言葉にキレたのはダミアンだった。
ダミアンの目は赤く頬には涙を流した跡があった。恐らく俺や父の為に泣いてくれたのだろう。
ダミアンの心根に触れ、胸が少しだけ温かくなった。
ダミアンがライナスの胸ぐらを掴んだ。
「無理すんなよ、ひ弱なお坊ちゃま」
ライナスはダミアンの顔を見下ろしせせら笑うと、ダミアンの腕を軽く捻り上げた。
「ぐあっ!」
ダミアンが苦しげに声を上げた。
「エドモンド殿下だから殴られてやったんだ。
殿下は腐っても王族。
次の国王の弟だからな。
お前にまで殴られる筋合いはねぇよ」
ライナスが手に力を込めると、ダミアンが顔を歪めた。
「くっ……!
こんなことしてただで済むと思う、なよ……!
僕は公爵家の嫡男だぞ!」
「腕力で敵わないとみるや、親の権力に頼るのかよ?
だせぇ」
ライナスがダミアンを小馬鹿にしたように笑う。
「いいぜ、やってみろよ。
だが、前と状況が違うのを忘れるな。
俺の親と違い、お前の親は国王の側近中の側近の宰相だった。
連座でのお咎めは免れないだろうからな」
「……!」
「親が宰相で実家は公爵家、ダミアンのことを昔から羨ましく思ってた。
だが、今となっては親が小物で良かったと思っているよ」
ライナスがダミアンの腕を強く締め上げた。
「ぐぁ!」
ダミアンが苦しげに顔を歪める。
このままでは、ダミアンの腕が折れてしまう!!
「止めろ! ライナス!
ダミアンを離せ!!」
俺と敵対する気はないのか、ライナスはダミアンからぱっと手を離した。
手を離されたダミアンは、床に膝をつき、苦しげに息を吐きながら肩を抑えている。
「ダミアン、大丈夫か?」
ダミアンの側に駆け寄り、彼の様子を伺う。
「エドモンド様、大事は、ありません。
折れては……いないようです」
ダミアンの頬は強張り、額に汗を浮かべていた。
かなり痛そうだが、骨に異常がないとわかり安堵する。
昨日までの俺なら、友人がこんな目に合わされても床に膝までついてまで容態を心配しなかっただろう。
口では「友達」だと言いながら、王族と側近は違うと心のどこかで思っていたのかもしれない。
そういう些細な心の動きを、ライナスは敏感に感じとっていたのかもしれない。
「俺は部屋を出ます。
殿下とダミアンは、友情ごっこでも楽しんでください」
ライナスはつまらないものでも見るように俺達を見据え、せせら笑うように言った。
ダミアンが奴を睨みつけていたが、俺はそんな気力すら湧かなかった。
あのような愚かな男、構う価値もない。
「俺はユリウス殿下と、彼の派閥の貴族に媚を売りに行きますよ。
笑われようが、馬鹿にされようが、家を存続させた奴が勝ちなんでね」
ライナスは言い放ち、大股で扉に向かった。
「エドモンド殿下も、今からでもユリウス殿下にごまを擦った方がいいですよ。
あの方も弟の命までは取らないでしょう。
うまく行けば一代限りの男爵位くらいは貰えるかもしれませんよ」
にたりと笑い、ライナスがドアノブに手をかける。
「そうそう伝え忘れましたが、ユリウス殿下は妃にカレンベルク公爵令嬢を指名したそうですよ。
彼女を邪険に扱ってきたあなたの未来は……暗いでしょうね」
ライナスは小馬鹿にしたような笑みを浮かべ部屋を出て行った。
俺はライナスの裏切りよりも、兄がアンジェリカに求婚したことの方が俺の心をざわつかせた。
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