48話「寝てる間に全てが終わっていた」エドモンド
――エドモンド視点――
その日、学園は休みだった。
今日は王宮で貴族会議が開かれる。
卒業後の聖女就任式典や、俺とコレットの結婚についての話し合いが行われる予定だった。
会議に出る準備を終え、部屋を出ようとしたときメイドが紅茶を運んできた。
飲まずに部屋を出ようとしたが、「聖女様からの差し入れでございます。気持ちを落ち着かせる効果があるそうです」そう言われては断れなかった。
紅茶を飲んだあと、急にめまいがして椅子から崩れ落ちた。
黒い犬と兵士が部屋に入ってきて、中から鍵がかかる音がした。
そこで俺の記憶は途絶えた――。
◇◇◇◇◇◇
「エドモンド様! エドモンド様……!
どうか目をお覚ましください!!」
聞き覚えのある声で目を覚ます。
「良かった……!
お目覚めになられたのですね!」
ぼんやりとした視界にダミアンの姿が映る。
彼は安堵の表情を浮かべていた。
どうやら俺はソファーで眠っていたらしい。
室内には、ライナスの姿もあった。
心配そうに俺を見つめているダミアンとは違い、ライナスはどこか居心地の悪そうだった。
彼の口はわずかに引きつり、腕を組み、落ち着かない様子だ。
ライナスは俺と視線が合うと、目を泳がせ、わずかに背を背向けた。
「俺はいったいどうしたんだ?
なぜソファーで寝ている?」
ソファーからゆっくり上半身を起こす。
まだ頭の芯がボーっとしている。
「ユリウス殿下派閥の兵士の仕業です」
ダミアンは眉を釣り上げ、拳を握りしめた。
「兄上の?」
「エドモンド様は睡眠薬を飲まされ、この部屋に監禁されていたのです」
ダミアンは目を伏せ、悔しそうに奥歯を噛み締めた。
周囲を見回すと、床に見慣れない兵士が倒れていた。
そう言えば倒れる瞬間、この兵士と黒い犬が部屋に入ってきた。
犬の姿は見えないようだが、どこに行ったのだろうか?
ダミアンは賢いが腕力はない、おそらくライナスが兵士を倒したのだろう。
「どうして兄上がそんなことを?
俺だけが父上に優遇されていても、兄上は文句も言わず耐えていたのに」
その兄がどうしてこのような暴挙に……。
「俺がコレットと結婚し、基盤を盤石にすることを恐れたのか?
それで焦ってこのような行動に出たのか?
だとしたらなんとも愚かなことだ」
俺とコレットの結婚はもう決まったことだと言うのに。
「申し上げにくいのですが……」
ダミアンはわずかに眉を下げ、唇を噛んだ。
「どうした?
遠慮せずに言ってみろ」
「……それでは、お話します。
革命が起き……国王陛下が拘束されました。
陛下は、王妃殿下とユリウス殿下の毒殺を図ったようです。
コレットも加担していたようで、共犯として捕えられました」
ダミアンは苦しげに言葉を紡ぐ。
「…………っ!」
一瞬、ダミアンが何を言っているのかわからなかった。
いや、脳が理解を拒んでいた。
だがダミアンが放った言葉がじわじわと脳に浸透していく。
徐々に心拍数が上がり、息をするのも苦しくなってきた。
手の中は汗でぐっしょりで、額から汗が滝のように流れる。
革命……? 父上とコレットが捕えられた……?
「でたらめをいうな!
父上とコレットがそんなことをするものか!!」
ダミアンの胸ぐらを掴む。
よくみればダミアンの手は微かに震えていた。
「……全て事実です」
彼は真っ青な顔で唇をわずかに動かした。
「………!」
俺はダミアンの服から手を離した。
彼を責めたところでどうしようもない。
ダミアンは力なくその場に膝をつき、肩を落とし、体を震わせていた。
俺は、体に力が入らずソファーに落ちるように沈み込む。
喉がカラカラなのに、指を動かすこともでかない。
何もする気力が湧かない。
ダミアンが今日起きた出来事を、順序立てて説明してくれた。
集中して聞かなくてはいけないのに、頭がぼんやりとして働かない。
ダミアンから何度か同じ説明を受け、俺はようやく話の内容を理解した。
◇◇◇◇◇◇
「……信じられん。
父上は廃位され北の塔に生涯幽閉!
コレットは聖職を剥奪され地下牢に入れられたなど……!」
知らずに拳を握る手に力が籠もっていた。
「ユリウス殿下の派閥の貴族は、ユリウス殿下を国王に即位させ影響力を強めたいようです」
「馬鹿を言うな!
確かに兄上は第一王子だ!
しかし、第二王子である俺にも王位継承権がある!
兄上はいまだ婚約者もおらず立太子すらしていない!
俺にだって即位する権利はある!!」
そうだ、今からでも遅くはない。
俺の派閥の貴族を集め、後ろ盾にする!
政権を掌握したい貴族はいくらでもいるからな!
奴らを利用し、俺が次の王になる!
俺が即位すれば、父やコレットの冤罪を晴らせる!
彼らを自由にできるはずだ!
そうだ、まだ遅くはない!
今からでも、巻き返せる!
「俺の派閥の貴族を集める!
ダミアン、ライナス、協力してくれ!」
ダミアンは床に膝をついたまま、背を丸めた。
彼の目元は沈み、口元はわずかに震えている。
ライナスは微かに眉を釣り上げ、口元を引きつらせていた。
2人とも、どうしてそんな表情をするんだ?
「エドモンド様……全て、手遅れなのです……」
消え入るような声で、ダミアンが呟く。
「ダミアン、諦めるなんて頭脳明晰なお前らしくないぞ!
ダミアンとライナス、二人の親であるカスパール公爵とグラン伯爵が協力してくれれば、いくらでも挽回できる!」
ダミアンを励まし、彼の肩に手を置く。
しかし、彼が顔を上げることはなかった。
ダミアンの肩は小刻みに震えていた。かすかにすすり泣く声が聞こえる。
「ダミアン……?」
なぜ、こんなに彼は憔悴しているのだろう?
誰か俺にもわかるように教えてくれ……!
微かに「ちっ」と舌打ちする音が聞こえ、顔を上げると、ライナスが不機嫌そうにこちらを見ていた。
「ライナス?」
ライナスが俺にこんな態度を取ることなど今まで一度もなかった。
確かにライナスは学園では下位貴族の生徒に対して、高圧的な態度を取ることが多かったが、俺には礼節を持って接していた。
何がライナスを変えてしまったんだ?
「ダミアン、お前は甘すぎる。
口で説明するより、現実を見せた方が早いだろう?
殿下、こっちに来て窓の外を見てください」
ライナスが窓際に移動し、俺を呼んだ。
彼は昨日まで、俺のことを「エドモンド様」
と読んでいた。
なぜ公式の場でもないのに「殿下」と呼ぶのだろう?
ライナスが俺に向ける目は鋭く、視線は射るように冷たい。
この急変はいったい?
「わかった」
考えていても仕方ないので、窓まで移動した。
空は晴れ、雲一つない青空が広がっていた。
この部屋からは王都が一望できる。
いつもと変わらない町並みが広がっていると、そう思っていた。
「……なんだ、これは……!?」
外の光景に思わず目を見開く。
窓枠を掴むが手に力が入らない。
血が一気に引いていくのを感じた。
誤字報告ありがとうございます!
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