41話「恋心の確信」
ヴァルトハイムから帰国後、私は一度実家に戻り、少し休んだ。
夜になるのを待って、黒い服に着替えて王宮に向かった。
日課のお弁当とお薬のお届けと、両親の協力を得たことや、ヴァルトハイム国王の協力を取り付けたことをユリウスに報告するためだ。
ユリウスに求婚された時、友人以上婚約者未満という曖昧な状況を自ら望んだのは私だ。
だけど、はっきりさせなかったことを後悔している。
ユリウスは今まで国王に疎まれていたから、婚約者がいなかっただけ。
状況が変われば求婚者が押し寄せてくるだろう。
そうなったとき、ユリウスが私以外の人を選ぶのが怖い。
ヴァルトハイム国王のようにぐいぐい話を進めるタイプの権力者に、私の婚約者を勝手に決められるのも嫌だ。
ユリウスへの気持ちがはっきり恋だとわかった今、彼との関係を明確にしておきたいと思った。
でも……今は、革命の準備中。
ただでさえ大変な時に、色恋の話なんかしたら迷惑になるよね……?
『アンジェ、元気ないな?
夕飯が足りなかったのか?』
「ううん、違うよ。
ちょっと疲れただけ」
『そっか、無理するなよ』
「うん」
ルシアンにまで心配をかけてしまった。
◇◇◇◇◇
王宮、ユリウスの部屋。
ユリウスに薬とお弁当を届けました。
その時、父とヴァルトハイム国王が協力してくれることも伝えました。
「そうか、カレンベルク公爵も伯父上も協力してくれるのだね!!」
私の報告を受け、ユリウスは嬉しそうに微笑んだ。
「ユリウス様、目の下にくまができておりますよ」
肌艶も悪いし、顔色もよくない。
「もしかして、また、毒を……!」
「いや、そうじゃないんだ。
国王と聖女は即死するほどの猛毒を作って、暗殺させるつもりだ。
逆に言えば、猛毒が完成するまでは安全だ」
猛毒が完成するまでは安全と言うのも、おかしな話ね。
「実を言うと、昨日あまり眠れなくてね……」
ユリウスは王族とは言え彼はまだ、17〜18歳の学生。
国を背負って重圧に耐えかね、眠れない夜もありますよね。
王妃派の貴族に水面下で接触を図り味方につける……そのような工作に身も心も疲弊しているはずです。
「ユリウス様、王妃殿下とのお食事の後、少しお時間をいただけますか?」
「君との時間ならいくらでも取るよ」
彼がほのかに頬を染めたので、こちらも釣られて照れてしまいました。
◇◇◇◇◇
王妃の部屋に食事を届けに行ったユリウスを見送り、私はソファーに座り彼の帰りを待ちました。
ルシアンには、席を外してほしかったので夜の散歩に行って貰いました。
以前は王妃の部屋で食事が終わるのを待っていました。
王妃に食事を勧められ、お言葉に甘えて食べているうちに、体重が増えてしまったのです。
なので最近はユリウスの部屋で待たせて貰っています。
ここで食べる分、家での食事を減らすという手もあります。
家で食べる量を減らすと、家族やシェフに心配されてしまうんですよね。
ユリウスは当分戻ってきませんよね?
普段ユリウスが使っていると思われるクッションを抱きしめ、鼻を押し付ける。
ユリウスの匂いがします。
彼のいない間にベッドに横になったら……流石に駄目ですよね?
ベッドメイクも崩れてしまいますし……。
いえ、でもちょっとだけなら……。
「ごめん、アンジェリカ嬢。
待たせたかな?」
「ひゃぁっ!!」
突然背後から声をかけられ、心臓が飛び出るかと思いました!
考え事をしていて、ユリウスが戻ってきたことに気が付きませんでした。
「いえ、早すぎるくらいです。
お食事はゆっくり召し上がらないとお体に触りますわ」
私は立ち上がって礼をする。
ユリウスがソファーに腰掛けたので、私も座った。
何事もなかったように努めて冷静に振る舞った。
王妃は病気療養中ということになっているので、外にもでれず、夕食ぐらいしか楽しみがありません。
お食事くらいゆっくりと召し上がっていただきたい。
「母には一人で食べて貰ってる。
君の話が気になって、早めに切り上げてきた」
一人で食事をさせるなんて、親不孝ですよ。
ですが、私との約束を優先してもらえたので悪い気はしません。
「声をかけたときかなり驚いてたようだけど、何かあったの?
どうして、クッションを握りしめているの?」
華麗に話題を逸らせたと思ったのですが、そう上手くはいきませんでした。
クッションに鼻をつけて、あなたの残り香を嗅いでましたとは言えません!
「特に意味は……。
ルシアンが散歩に行ってしまい、寂しかったので代用です」
「ふーーん、精霊殿が少し席を外したのがそんなに寂しいんだ」
ルシアンの声はやや拗ねたようなトーンで呟きました。
嫉妬……でしょうか?
ユリウスも可愛いところがありますね。
「それで、君の話というのは?」
そうでした。ユリウスを癒そうと思っていたのです。
でも本人を目の前にすると少し照れますね。
「ユリウス様……どうぞ」
私は自身の膝をぽんぽんと叩いた。
「どうぞというと……?」
「ひ、膝枕です!
ユリウス様はお疲れのようなので、それで……!
べ、別に深い意味は……!」
全部を説明させないでほしい。
「ああ、そういうこと。
それで、精霊殿に席をはずさせ一人で待ってくれてたわけだ」
「……!」
その通りなんですがストレートにそういうこと言わないでいただきたい。
「では、お言葉に甘えて」
ユリウスは、ふわりと微笑むと私の体を抱き寄せた。
ユリウスからは香水の甘い香りがした。
逞しい腕に抱きしめられ、身動きがとれない。
「ユ、ユリウス様、許可したのは膝枕だけですよ……!」
「それはあとで堪能させてもらうね。
ほんのすこしだけでいい、君を抱きしめさせて」
「堪能」という言葉をユリウスが使うといかがわしくに聞こえる。
ユリウスは、連日色んなことがあって疲れているんだ。
これくらいは許容しよう。
「少しの間、だけですよ」
「ありがとう」
ユリウスに吐息が髪にかかる、彼の心臓の音が聞こえる、触れた部分から彼の体温を感じる。
好き、ユリウスのことが大好き。
今日はそれを伝えにきた。
でも、様々の物を抱え疲れている彼を見ていたら、言えなくなってしまった。
お父様もユリウスも派閥の貴族をまとめ上げ、国王を失脚させようとしている。
そんな大事な時に、告白している場合ではないのかもしれない。
ユリウスに取っては、次の貴族会議に自分だけでなく、母親の命がかかっている重大なもの。
いくら自分の命を狙ったからとはいえ、父親を失脚させるのは辛いはず。
私の気持ちをユリウスに伝えるのは、もう少し後にしましょう。
貴族会議が終わってからでも遅くないわよね。
◇◇◇◇
『夜の散歩終わったぜ。
そっちの用は終わったか?』
しばらくして、ルシアンが窓から入ってきた。
「し〜〜」
私は口の前で人差し指を立てる。
「ユリウス様が疲れているみたいだから、ちょっとだけ休んで貰ったの」
膝の上でユリウスが寝息を立てている。
「もう少しだけ、このままにしてあげたいんだ」
夜は、あまり眠れていないようなので少し
でも体を休めてほしい。
『ふーーん、王子はつかれてるのか?
じゃあ俺も添い寝してやるよ』
ルシアンがユリウスとソファーの間に無理やり入りこんだ。
添い寝か、その手があったのね……。
婚約もしてないのに、添い寝をするのはハードルが高すぎます。
それにしても、ルシアンのもふもふの毛に包まれて寝るのは気持ち良さそう。
家に帰ったらルシアンを抱きしめて眠りましょう。
ユリウス殿下が、「重い、暑い、獣臭い」
と言って目を覚ますのはもう少し後のこと。
ルシアンのもふもふ毛並みの良さを理解できないとは、もったいない。




