40話「悪事に加担。少女の心はすり減り、もはや罪悪感も痛みも感じない」聖女コレット視点
ーー聖女コレット視点ーー
数日後、王都から豪華な馬車が来た。
大司教と名乗った男が私を王都に連れて行った。
大司教の馬車は、昔家の宿に泊まった貴族のものよりも、領主のものよりも数段立派だった。
王都の教会で数日マナーと、一般常識の授業を受けた。
聖女の加護なのか、子供のころ家庭教師に読み書きを教わったときより物覚えがよくなっている気がした。
教会が用意した本では物足りず、空き時間に図書室の本を読みふけった。
後から知ったことだけど、私が暇つぶしに読んでいた本は学者でも読むのが難しい、難解な古文書だったらしい。
聖女の加護は他にもあった。
レシピと材料さえ揃えばどんな薬でも調合できること。
通常薬を作るには、試験管を温める時間や温度など、細かい調整が必要らしい。
私は薬術や調合は初心者だ。だけど9割以上の確率で薬品の生成に成功した。
周囲は、「天才だ」「神の加護だ」と言って褒め称えた。
それから、モンスターが近寄らないように結界を張ることができた。
私は無意識にその力を使っていたようだ。
どうりで、故郷の街から王都までモンスターに遭遇しないと思った。
◇◇◇◇◇
一通りのマナーを身につけると、国王に謁見する為に城に呼ばれた。
お城は、王都の教会よりもずっと大きかった。
荘厳華麗な建物や、豪華な家具や、繊細なタッチで描かれた絵画に圧倒されっぱなしだった。
華美な衣裳を纏った貴族や、城の使用人や、美しい顔立ちの騎士と廊下ですれ違う。
彼らはその場で姿勢を正し、深々と礼をした。
尊い存在として扱われるのは快感だった。
元孤児の私に、雲の上の存在だと思っていた貴族が頭を下げている。
完全に立場が逆転した。
荘厳な建物に目を奪われながら謁見の間に続く廊下を歩いていると、銀色の髪に神秘的な紫の瞳の美男子とすれ違った。
絵に描いたような美青年とは、こういう人を言うのだと思った。
彼は他の人のようにその場で立ち止まることも、深々と礼をすることもなかった。
こちらに向かって会釈をすると、どこかへ行ってしまった。
今の私には貴族ですら頭を下げるのに……。
それをしなかったということは、彼は貴族以上の存在なのかしら?
美男子を呼び止めてお話をしたかったが、大司教に急かされ名前を聞くこともできなかった。
◇◇◇◇◇◇
お城の中央にある一際大きな扉の先に謁見の間はあった。
国王は、金色の髪に青い目をした美丈夫だった。
何より私の目を引いたのは、国王が纏っている豪華絢爛な衣装。
国王の衣裳に比べたら、領主の服など普段着にすらならない。
これが格の違いというものなのね。
「そなたが聖女コレットか?」
「はい、陛下。
麗しきご尊顔を拝し奉り……」
私は教会で教わった通りの口上を述べた。
「よいよい、畏まる必要はない」
「はい陛下、恐れ入ります」
「顔をよく見せなさい」
「はい」
国王に視線を合わせる。
国王はアイスブルーの目を細め、私を見据えていた。
孤児院の院長や、教会の司祭が私に向けるようないやらしい視線ではない。
絵画や壺などの美術品を査定するかのような、そんな視線だった。
おそらく国王は、私が使い物になるのか確かめようとしているのだろう。
「ふむ、目的の為なら手段を選ばない欲深い目をしているな」
「それは……」
国王に胸の内を見抜かれていた。
「そう警戒するな、褒め言葉だ。
聖女コレット、余はそなたが気に入ったぞ」
「ありがたき幸せに存じます」
「大司教の話では、そなたは難しい古文書をスラスラと読み、薬学や調合技術にも長けているとか。
身分だけが取り柄のアンジェリカよりは役に立ちそうだ」
国王は顎に手を当て、満足そうに口角を上げた。
アンジェリカが誰なのかはわからない。
だが、その人に勝ったということだけはわかった。
国王は、第二王子のエドモンドとその側近のダミアンとライナスを、私の教育係として付けるので仲良くするようにと言った。
なるほど、王子と私を仲良しにして、私を王家に取り込む算段ね。
王子様とお友達に、いえ結婚できれば人生勝ったも同然よね。
エドモンド王子がハンサムであることを願うわ。
先ほど廊下ですれ違った銀髪の美男子がエドモンドだったら最高よね。
◇◇◇◇◇◇
しかし、私の淡い期待はあっけなく裏切られた。
エドモンドは、国王と同じ金髪碧眼の少年だった。
エドモンドもダミアンもライナスも、それぞれ違ったタイプの美少年だった。
だけど、廊下ですれ違った銀髪の貴公子と比べるとどうしても見劣りしてしまう。
そう思っていても、態度には出したりしない。
ニッコリと微笑みを浮かべ、下町育ちの純粋な少女を演じる。
幸い、私の可憐な容姿を3人は気に入っているようだった。
孤児院仕込みの処世術で、エドモンド達を虜にしてやるわ。
エドモンドは、私がのし上がる為には最適の駒だから。
エドモンドもダミアンもライナスもそれぞれに心の傷を抱えていた。
私は彼らと親密になるために、彼らの悩みに耳を傾けた。
エドモンドは幼少期に最愛の母を亡くしたトラウマと、愛人の子供である劣等感と、親の決めた婚約者への反発を抱えていた。
「とても苦労したのね。
私も両親を早くに亡くしたの。
だから、エドモンド様の気持ちがわかるわ。
それに、誰だって好きな人と結婚したいと思うものよ」
耳障りのいい言葉を並べれば、エドモンドはすぐに心を開いた。
ダミアンは、幼少期母親から虐待に近い厳しい教育を受けていた。
彼が9歳の時、母親が病死した。
その時ダミアンは、心の底からホッとしたという。
そのことに罪悪感を覚え苦しんでいた。
「誰だって、自分に酷いことをした人がいなくなったら安堵するものよ。
ダミアン様、あなたは何も悪くないわ」
ダミアンの苦しみに共感し、そっと寄り添った。
ライナスには3年上の優秀な兄がいて、劣等感を抱いていた。
ライナスは8歳の時、兄が使用する鞍に細工をした。
翌日、ライナスが細工をした鞍を使い、兄は乗馬中に事故死した。
どう考えても兄が死んだのはライナスのせいだ。
だが、そこには触れず「あなたのせいじゃないわ。単なる事故よ。誰がなんといっても私はあなたの味方よ」と励ました。
単純な3人は、あっという間に私の虜になった。
美少年を侍らせ、逆ハーレムを作るのも悪くない。
全員、私の駒になって働いて貰うわ。
本当は、銀髪の貴公子こと第一王子のユリウスを加えた四人を私の取り巻きにしたかった。
だけど、エドモンドとユリウスは犬猿の仲。
エドモンド派に就いたからには、ユリウスのことは諦めなくてはいけない。
◇◇◇◇◇
季節はめぐり、学園に入学する時期がきた。
そこで、初めてエドモンドの婚約者に会った。
アンジェリカ・カレンベルク公爵令嬢。
赤い髪に真紅の瞳の美少女……なのだがメイクと服装が彼女の美しさを損ねていた。
男たちは、服装やメイクの奇抜さに目を奪われ、彼女の素材の良さに気づいていなかった。
だけど私は、孤児院にいたとき、薄汚かった少女たちが綺麗に磨かれ別人のように美しくなって売られるのを見てきた。
素材の良さを見抜く目が養われた。
アンジェリカはかなりの美人だわ。磨けば国内一の美女と呼ばれるかもしれない。
しかし、そのことを指摘するつもりはない。
敵は弱いほうがいいもの。
アンジェリカは、身分しか取り柄がない凡庸な女だった。
アンジェリカはただただ、与えられた物を享受するだけだった。
最高の環境を与えられながら何の努力もしない様は、与えられた物をドブに捨てているように見え気分が悪かった。
エドモンドがアンジェリカを嫌う理由がよくわかる。
裕福の公爵家に生まれ、仲の良い両親の下で愛情をたっぷり受けて育ったわがままなお嬢様。
何一つ失ったことも、傷ついたこともない少女。
アンジェリカの側にいるだけで、劣等感が刺激され、言いようのない不快感を覚えるのだ。
エドモンドも彼女を嫌っているようだし、国王も彼女を用済みと判断している。
彼女には私の引き立て役になってもらいましょう。
エドモンドに張り付き、アンジェリカの前で彼に甘えれば、アンジェリカが嫉妬して暴走した。
そして、進級パーティーで彼女はあっさりと破滅した。
アホな女は扱いやすかったわ。
でもこれで終わりではない。
私が本当に倒すべき敵は他にいる。
それに比べたらアンジェリカなど小物に過ぎない。
そして、私が本当に媚を売る相手もエドモンドじゃない。
私が本当に利用するべき相手は、国王ノルマンただ一人。
◇◇◇◇◇
学園に入学以来、昼間は学園でエドモンド達との仲を深め、学園に通う貴族達と仲良くなり味方を増やしていた。
そして、夜は国王の命で動いている。
学園生活などお遊び。
国王の依頼こそが本命だ。
国王は、ユリウスと王妃を病死に見せかけて殺すつもりでいた。
さらに、王妃の故郷であるヴァルトハイム王国を滅ぼし、吸収しようとしていた。
そのために、聖女の持つ調合の力と、結界の力を利用しようとしていた。
死後、体から検出されない毒で王妃とユリウスを弱らせ、病死に見せかけて殺す。
結界を徐々に広げ、モンスターをヴァルトハイム側に追いやり、スタンピードを起こす。
弱ったヴァルトハイム王国を吸収するという段取りだ。
国王は私に毒薬作りを命じた。
私は国王の望みを叶える代わりに、見返りを求めた。
タダ働きも、使い捨ての駒にされるのもご免だ。
国王は、私とエドモンドとの婚約、エドモンドを立太子させ次の国王にし、私を王妃にすることを確約した。
エドモンドが立太子した暁には、故郷の貧民街を更地に変え、孤児院と教会を取り壊すことを約束してくれた。
領主と私を苔にした貴族の家を取り潰し、処刑することと、孤児院の院長と教会の司祭と私を買おうとした商人を処刑することを約束させた。
正義感でしたことではない。
孤児時代の私を知っている者を。み〜〜んな纏めて消してしまいたかっただけ。
そのためなら、イケメンの第一王子も、ポンコツな王妃も、会ったこともない隣国の国民も犠牲になって貰うわ。
孤児院にいた時、飢えを凌ぐために、幼い子からパンを奪って食べた。
寒さを凌ぐため、弱い子から毛布を取り上げた。
パンや毛布を奪われた子供は死んだ。
裕福な宿屋の娘から、そのまま聖女になっていれば違った道もあったのかもしれない。
孤児を経験しなかった私は、毒薬作りなどに協力はしなかったはず。
だけど、そんな自分はどこにもいない。
この世界にいるのは汚れてしまった私だけ。
貧民街では、盗みもした。
孤児院では、間接的に人を殺した。
目的の為に、誰かを犠牲にすることに、もう何の抵抗も痛みも感じない。
邪魔するものは、全員消えて貰うだけだ。




