39話「宿屋の娘から孤児、孤児から聖女へ」聖女コレット視点
ーー聖女コレット視点ーー
私の実家は王都から遠く晴れた都市にある、その街で一番大きな宿屋だった。
家は裕福で、私は両親にはとても可愛がられて育った。
両親は新しい服を月に何着も買ってくれた。
新しい服を着て街に出かければ、女の子から羨望の眼差しを向けられ、男の子からは好意を寄せられた。
とても心地の良い時間だった。
働いている両親の後ろ姿を物心ついたときからずっと見ていた。
人の動きを見ていたお陰で、相手が何を望んでいるのかわかるようになった。
宿泊客が望んだ言葉をかけ、言われるよりも先にお茶などをサービスするだけで、客は機嫌を良くしチップを弾んでくれた。
珍しいお菓子や、王都で流行っている人形や、リボンを貰うこともあった。
街の子供達が誰も持っていない高価なものや、珍しい物や、異国の品、そういう物を持っていることで私の心はさらに満たされた。
街の子供達は私をお姫様のように扱った。
だけどそれは所詮、庶民の中でちょっとお金持ちなだけに過ぎなかった。
本物のお金持ちや貴族の生活とはかけ離れていたと知るのは、もう少し後のこと。
◇◇◇◇◇
それは私が10歳の時だった。
宿に貴族が泊まりにきた。
貴族は通常領主様のお屋敷でおもてなしするのだが、あいにく領主様のお屋敷は改装中だった。
その時まで私は、貴族も私達と変わらないと思っていた。
貴族も私を可愛いと、服がおしゃれだと、とても品の良い服を着てると褒めてくれると思っていた。
だけど……貴族の夫婦が宿に一歩踏み入れたとき、格の違いを思い知らされた。
婦人は、私が持っている一番上等なドレスより数倍も豪華なドレスを纏っていた。
質の良いシルクをふんだんに使い、袖や襟には刺繍が施されている。
フリルやリボンを惜しげもなく使い、ところどころに宝石が埋め込まれていた。
仕草も優雅で美しくて、ああいう人をお姫様って言うんだと思った。
「小さくて粗末な宿ね」
婦人は宿を一瞥してそう呟いた。
宿は私にとって自慢のお城だった。
お友達を招いたとき誰もが口を揃えて「凄い! 綺麗、お城みたい! こんなところに泊まってみたい!」そう言ってくれた。
今まで泊まったお客様だって「王都の宿に引けを取らない」と、褒めてくれた。
それを、鼻で笑われてしまった。
それだけならまだ良かった。
私のプライドはまだ保たれていた。
「いらっしゃいませ、遠路はるばるようこそおいでくださいました」
私はなんとか作り笑いを浮かべ、夫人に話しかけた。
「まぁ、あなた随分流行遅れの服を着ているのね?
その服はお祖母様のお古かしら?
王都ではそんな時代遅れの服、誰も着ていなくてよ」
夫人は宿だけだなく私のことも笑いものにした。
ショックだった。
一番上等で一番お気に入りの服を着てお出迎えしたのに、そんな風に笑われるなんて。
「相手は子供だ、そう虐めるな。
田舎者にしては、マシな服を着ている方だ。
お嬢ちゃん、髪や服にノミやシラミはついていないだろうね?」
夫人だけでなく、夫君にも失笑された。
「意地悪なのはどっちよ。
可哀想ね、泣きそうじゃない」
「可哀想」と言いながら、夫人は嘲るような顔で私を見下ろしていた。
私はそのとき、立っているのがやっとだった。
泣きながら逃げ出さなかった自分を褒めた上げたい。
貴族の夫婦はそれからしばらく宿に滞在した。
夫婦は無理難題を両親に押し付けた。
私は初日のショックから立ち直れなくて、引きこもっていた。
いつもなら私が落ち込んだ時は、母がホットミルクを持って様子を見に来てくれた。
父はぬいぐるみやリボンを買ってご機嫌をとってくれた。
そのときは、私の部屋に2人とも訪ねて来ることはなかった。
両親はわがままな貴族への対応に追われ、それどころではなかったのだ。
それから何日か過ぎて、貴族がチェックアウトした。
彼らがいなくなって、私は心底ホッとした。
批判されるのが怖くて、彼らの前に出ることができなかったからだ。
貴族がチェックアウトしたときには、両親は疲れ果てていた。
それからすぐに両親は流行り病にかかり、あっけなくこの世を去った。
これは後から知った話だけど、両親に病を移したのは貴族の夫妻だった。
彼らは王都で流行っていた病を、宿に持ち込んだのだ。
貴族のわがままに振り回され、両親の体は心身共に弱っていた。そのせいで病に耐えられなかったのだ。
両親の死後、親戚がこぞってやってきた。
そして両親がためていたお金を奪い、私が継ぐはずだった宿の権利を不正な手段で奪い取った。
子供だった私は何もできなかった。
気がついた時には身一つで貧民街に捨てられた。
お姫様の暮らしから、一気に孤児まで転落した。
貧民街での孤児の暮らしは想像を絶するもので、初日に着ていた服を奪われ、代わりにボロを渡された。
食べ物などないから残飯を漁るか、お店から盗むしかない。
そうして手に入れた食料を、年上の子や、野良犬に奪われてしまうこともあった。
1日中食料を探して歩き回って疲れているはずなのに、夜は寒くて心細くて眠れなかった。
貧民街で半年過ごした後、孤児院に拾われた。
孤児院の建物は今にも崩れそうだったけど、それでも屋根があるだけましだった。
ここに来たら、生活が安定する……少なくとも食事には困らないと思ったけどそんなことはなかった。
食事は満足に提供されないので、体が大きな子達に奪われてしまう。
泣いたら、「煩い!」と言われ叩かれた。
怖くて、最初のうちは震えることしかできなかった。
だけどこのまま震えていても飢えて死ぬだけ。
私は死にたくなかったから頭を使うことにした。
私は容姿の良さを生かし、ボス的な存在に媚を売った。
前よりもご飯を食べられるようになったし、暴力もなくなった。
このとき、美しさは武器になることを知った。
孤児院はベッドの数も足りていなくて、一つのベッドを2〜3人で使うことが日常だった。
冬は隙間風が入り冷え込む。
体が小さい子から毛布を奪って暖を取った。
毛布を奪われた子は……。
私のせいではない、施設の管理が悪いせいよ。
◇◇◇◇◇◇
ある程度の年齢になると、男の子は炭鉱に、女の子は酒場や娼館に売られて行く。
男の子でも見た目の良い子は、貴族や商人に引き取られて行った。
お金持ちに引き取られた子たちが、彼らの養子になる訳ではないことを、なんとなくは察していた。
そこで何をさせられるのかも……。
私は他の子共より、小柄で体の成長が遅かったので売られることはなかった。
そうして孤児院で過ごすうちに私は15歳になっていた。
冬のある日、とうとう私が売られる番がやってきた。
売られる先は娼館ではなく、裕福な商人だという。
私は商人の10人目の愛人になるのだと告げられた。
その商人は、愛人に酷い仕打ちをすることで有名だった。
あまりの酷さに逃げ出す者もいたが、翌日、その人は変わり果てた姿で川に浮いていたという。
孤児院の院長は「娼館じゃなくて良かったな。お前が器量がいいおかげで高く売れた」と言って笑っていた。
女性をもののように扱う暴力男に売られるのに、「良かった」なんてよく言えるわね。
私は院長を睨みつけたが、彼は気にも留めていないようだった。
私の人生、搾取されるだけで終わるの?
両親も、宿も、お金も、食べ物も奪われ、最後は身体すら売られるというの?
こんな人生は嫌!!
酷いよ神様!!
私は神にありったけの怒りをぶつけた。
その時、偶然にも聖女の力に覚醒した。
聖女は覚醒時に、体から光の柱を放つ。
その光は建物を通過し空にも届き、天に聖女の紋様を描く。
だから聖女が現れた事を、誤魔化したり、隠したりすることはできない。
聖女は国のもの。
王族によって保護される対象なのだ。
それを破ったものは厳罰に処される。
光の柱に気づき、すぐに教会から司祭がやってきた。
司祭は私を教会に連れて行き保護した。
数年ぶりに、お風呂で綺麗に体を洗い、汚れても破れてもいないまっさらな服を纏うことができた。
腐った材料の入っていない温かいスープと、柔らかいパン、採れたての野菜を使ったサラダを食べ、ふかふかのベッドで眠った。
これからは衣食住に困ることはない。
皆が私を敬い、大切に扱うだろう。
もう、暴力や冬の寒さに怯える心配もない。
望んでいた生活が約束されたのに、私の心はどこか満たされなかった。
聖女は発見しだい、国王に報告することが義務付けられている。
王都の教会から大司教様が迎えにくると、街の司祭が教えてくれた。
大司教が、王都からこの街に来るまでに数日かかる。
その間は、教会の教えやらマナーなどを学びながら過ごしていた。
領主と司祭が代わる代わる私の部屋を訪ねてきた。
「国王陛下に何か聞かれたら、この街がいかに美しく安全な街か伝え、街の平和は、領主である私の力で維持されていたと伝えるのですよ」
「この街が聖女を輩出したのはひとえに教会と、司祭である私の祈りが神に通じたからに他なりません。
王都に着いたら、国王陛下に寄付金の増額をお願いするのですよ」
毎日やってきては、長々とそんな話をしていく。
つまり、私を餌に王家からお金を引き出したいのだ。
「わかりました。そのようにお伝えいたします」と言ってにっこり微笑めば、上機嫌で帰って行った。
そのうちお金だけでなく、自身の出世のことも言い出してきたので、適当に話を聞いてあしらっておいた。
領主と司祭が帰った後、ドアに向かってあっかんべーをしていたことを彼らは知らない
私のいた孤児院は、娼館や鉱山にだけ子供を売っていたわけではない。
孤児院に子供を買いにくる人の中に、教会の関係者もいた。
その中には司祭も混じっていた。
領主はスラム街を放置していた。
それだけではない。孤児院の違法取引を知りながら、孤児院の院長から賄賂を貰って見て見ぬふりをしていた。
だいたい領主の屋敷が改装中でなければ、貴族の夫妻が私の家の宿に泊まることも、両親が貴族から流行り病を移されて死ぬこともなかった。
あなた達に有利になることを国王に伝えるものですか!
散々悪事を働いていたことを伝え、破滅させてやるんだから!
でも、そんなことを言葉や態度に出すほど私は子供ではない。
大司教が迎えに来るまで、いえ王都に着いて国王に保護されるまで、彼らの前では笑顔の仮面を付けておきましょう。
これが私が孤児院で身につけた処世術だ。
読んで下さりありがとうございます。
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