36話「証拠の回収とユリウスの決意」
『それで、国王は悪巧みは記録できたのか?』
「うん、そっちは大丈夫だと思うよ。
水晶玉を確認してみないと、まだわからないけど」
話が逸れてくれて助かりました。
『じゃあ、水晶を回収して帰ろうぜ」
「そうね」
「僕がアンジェリカ嬢を肩車するよ」
ユリウスの申し出は嬉しいです。
嬉しいのですが、ユリウスの肩車→密着→降りる時に失敗→押し倒す。
こういう状況が想定できてしまいます。
今日はもう、これ以上密着したら心臓が壊れてしまいます。
「だ、大丈夫です。
ユリウス様のお手を煩わせる程のことではありません。
ルシアン、協力してくれる?」
『いいぜ』
ユリウスは「それは残念」と言って肩をすくめる。
私はルシアンの背に乗り水晶を回収した。
魔法を使い、録画を止める。
『ちゃんと録画されてるか確認しようぜ』
「そうね」
録画できていなかったら、もう一度この部屋に水晶をしかけ、残りの水晶を国王と聖女の部屋に仕掛けなくてはいけません。
なかなか手間がかかる上に、バレるリスクが跳ね上がります。
もしかしたら、国王と聖女は今後密談を交わすことがないかもしれません。
なので、録画できていないとかなり面倒なことになります。
私は一度、床に降り水晶を作動させました。
水晶玉を通して空中に立体映像が映し出される。
私の間抜け面のアップが映し出される。
仕掛けた人間の顔のアップから入るのは辛いです。
そのあと肩車しているユリウスから降りようとして、彼を押し倒したところがバッチリ記憶されていました。
顔から火が出るほど恥ずかしいとは、こういう時に使うのですね。
顔だけでなく全身が熱いです。
『なんだ、やっぱりいちゃついてるじゃん』
「いちゃついてなんかいないわ……!」
『チューしてんじゃん』
「チューなんてしてないわよ!
これは、その……未遂だから!!」
水晶にはユリウスが私の頭に手を乗せているのが映っています。
見方によっては、抱き合ってキスしているように見えるかもしれません。
「このシーンはカットするわ!」
『水晶玉にそんな機能ついてたか?』
「うっ……!」
再生、一時停止、早送り、巻き戻し、水晶にはこの4つの機能しかついていません。
再編集する機能を搭載するべきでした。
叡智の祝福で賢さが上がっても、こういうところは抜けたままなのね。
「取り敢えず早送りします!」
国王と聖女が入ってくるところまで早送りしました。
彼らの姿も話し声もしっかり記録されていた。
ホッ、よかった。上手くいったようです。
「これで、証拠は抑えたわ!」
聖女が毒薬を完成させるまでに、証拠映像を元に反国王派をまとめ上げ、貴族会議を開かなくてはいけません。
だけど、ユリウスが国王を断罪することをどう思うかしら?
国王が犯人だと予想はしていたようですが、いざ父親を罰するとなったら、踏ん切りがつかないかもしれません。
「ユリウス様、証拠は抑えました。
今後、いかがいたしましょう?」
ユリウスに直接聞いたほうがいいわよね。
「証拠を掴んだからには、やることは一つだ。
反国王派の貴族を集め、貴族会議を開き、国王を失脚させる」
ユリウスの目は鋭く、強い意思が宿っていました。
「ユリウス様、国王を断罪して本当によろしいのですか?」
「もとより覚悟はできている。
それに時間がない。
聖女が新たな毒薬を完成させるまでに、貴族会議を開きたい。
解毒ポーションを常備しているとはいえ、それを接種する前に命を落とす可能性も考えられる」
彼の態度は堂々としていて、声には威厳があり、瞳には迷いはありませんでした。
目の前にいるユリウスは、いつもの穏やかな青年ではなく、為政者の顔をしていました。
覚悟は決まっているようです。
「アンジェリカ嬢、君はカレンベルク公爵にこのことを話し、味方になるよう説得してほしい。
そしてできるなら、公爵家の派閥の貴族を味方につけてほしい」
「お任せください」
父は私に甘い。
故に長年私を蔑ろにしたエドモンドと、エドモンドを甘やかし続けた国王に良い感情を持っていない。
私が進級パーティで婚約破棄されたのが決定打となり、父はエドモンドの派閥を抜け、中立を保っている。
父に国王の悪事の証拠を見せれば、王妃とユリウスの派閥に入ってくれるはずです。
「僕は国王と聖女の動きを監視しつつ、王妃派の貴族をまとめる」
そちらはユリウスにお任せします。
「すまない、君を革命に巻き込んでしまった」
国王を断罪することは、革命を意味します。
その言葉の重みが、ずっしりとお腹の奥に響きました。
革命を起こさなければ、ユリウスはいずれ国王に殺されるでしょう。
そんな未来は嫌です!
「ご心配には及びません。
毒殺未遂犯を捕まえると決めたときから、覚悟を決めていましたから」
犯人が誰であれ、ユリウスの味方でいたいのです。
「このことは王妃殿下には……」
ユリウスが首を横に振りました。
「母はこういう計画には向いていない。
全てが終わるまで黙っていようと思う」
「その方が、本人の為かもしれませんね」
あの方は策略とか陰謀には向いていないでしょう。
作戦を成功させるためにも、何も知らせない方が良いでしょう。
「伯父の協力も仰ぎたい。
精霊殿、僕を乗せてヴァルトハイム王国に飛んでくれないか?
王宮にいる伯父上に内密に書状を届けたい」
ルシアンが一緒とはいえ、王子様がほいほい城を抜け出して大丈夫かしら?
『え〜〜、アンジェリカ以外を乗せて飛ぶのはな〜〜』
ルシアンが尻尾をだらんと下げました。かなり嫌なようです。
「それなら書状は私が届けます」
「君が行くのかい?」
「はい、ユリウス様はヴァルトハイム城の地図を描いてください。
国王の部屋にこっそりと忍び込み、書状を届けてきます」
諸国漫遊する某ご隠居の時代劇で、藩主などに書状を届けるのは連れのくノ一の役割でした。
「何奴?」
「〇〇様、使いの者です」
「なんと、〇〇様の使いと申すか!」
というやり取りを一度でいいからやって見たかったんですよね。
「そうか、ならば書状を届ける役割はアンジェリカ嬢にお願いするよ。
くれぐれも無茶はしないように」
「はい」
ほんの少し前、私はヴァルトハイム王国で白衣の天女として活躍していました。
ヴァルトハイム王国は私に恩があります。
あの時の服装で行けば、見つかっても不審者と思われ捕まることはないはずです。
『アンジェ、安請け合いして大丈夫なのか?』
「平気よ。
まずい状態になったら、睡眠薬をスプレーさけて逃げればいいんだから」
『アンジェはドジっ子だからな、心配だぜ』
ルシアンったら変なフラグを立てないでよね。




