35話「彼の弱さに引かれ、支えたいと思う」
心臓がまだドキドキしています。
計画の一部始終を聞いてしまいました。
天井の水晶玉を回収して、ここから出なくてはいけないのに……体が動きません。
そのとき、ユリウスの体が微かに震えていることに気づきました。
彼が震えるのも無理はありません。
母親と自分の命を狙っていたのか、実の父親だったのですから……。
「ユリウス様、大丈夫ですか?」
小声で話しかけましたが反応がありません。
「ユリウス様」
顔の前で手を振りましたが、やはり反応はありません。
彼の腕をツンツンとつつくと、ようやく彼が瞬きをしました。
「……すまない、君の言葉は聞こえていたのだが、反応できなかった……」
ユリウスの顔は青白く、瞳の奥に悲しみと絶望を溜め込んでいるようでした。
「仕方ありません。
あなたと王妃殿下の命を狙ったのが、国王陛下だったのですから……」
実の親に命を狙われるなどどれほどの衝撃でしょう。
「いや、なんとなく犯人の予想はついていた」
「えっ?」
「禁書室の存在は僕や母すら知らなかった。 禁書室の存在を知っていて、なおかつ何度も入れるのは国王くらいだ」
確かにその通りです。
「薬学に精通している協力者がいるとは思っていた。
まさか、それが聖女だったとは……」
聖なる女と書いて聖女……まさか、その聖女様が保身の為に国王と組んで毒薬を作っているとは、夢にも思いませんでした。
乙女小説の裏側、ドロドロし過ぎです。
「その上、聖女が結界の力を悪用して、ヴァルトハイム王国を、母の祖国を弱体化させていたなんて……」
「それについては、少し違和感を持ってました」
「君は気づいていたの?」
「いえ、確信はありませんでした。
先日ルシアンと空を飛んだとき、隣国との境目があまりにもはっきりしすぎていて、違和感を覚えたのです。
ブライドスター側は緑豊かで動物がのどかに暮らしていましたが、ヴァルトハイム側は草木が枯れ、モンスターが蔓延り荒廃していました。
その境目が線を引いたようにくっきりしていたのです」
ユリウスに上空から見た国境沿いの様子を説明しました。
「聖女の結界の内側と外側だったのだと知って、納得しました」
おそらく上空からでなければ、この違いには気付かなかったでしょう。
「君が精霊殿に跨って空を飛んでいるのは知っていたけど、そんなに遠くまで行っていたとはね」
ユリウスが肩をすくめました。
お転婆だと思われたかしら?
「そんなに遠くまで行って何をしていたの?
ヴァルトハイムでは、スタンピードが収束し、疫病の蔓延が防げたらしいけど。
君は、そのことに関与してないよね?」
「それは……」
私はユリウスから視線を逸らしました。
めちゃくちゃ関与してるとは言いにくいです。
先日、教室で追求されたときにはこの辺りのことは詳しく説明していませんでした。
「解毒ポーションや万能薬を、ヴァルトハイムの民や兵士に配ったりしてないよね?」
「えーと……その……」
ユリウスのアメジストの瞳が真っ直ぐに私を見据える。
誤魔化すのは無理みたいです。
「実は……」
私はヴァルトハイム王国に行ってしていたことをユリウスに話しました。
「君って人は……」
ユリウスは困ったように眉を下げました。
「すみません。
ブライドスター王国の民でありながら、勝手に他国の民を助けるような真似をしてしまいました」
国王に知られたら、首をはねられる案件です。
「いや、君のしたことは正しい。
君を責めてるわけじゃないんだ。
母の祖国を、伯父の国を、そこで暮らす民を助けてくれてありがとう」
ユリウスに真摯に見つめられ、お礼を言われました。
なんだか、照れてしまいます。
「いえ、ルシアンがいたからできたことです。
私はレシピを元に薬を作っただけですから」
それもルシアンの加護のおかげです。
万能薬を作れたのも世界樹の葉などの貴重な素材があったからです。
私はルシアンなしでは何もできません。
「それでも君が、助けようと思い行動しなかったら、ヴァルトハイム国は今も危機的な状況にあり、大勢の人が犠牲になっただろう。
それを防いでくれたのは君だ。
本当に感謝してる」
人に感謝されるのはふわふわして居心地が悪く、それでいて心地よく不思議な気持ちになります。
「ただ、君が心配だ。
君は精霊殿に乗ってどこまでも行ってしまいそうだから……。
これからは無茶をしないでほしい」
「それは……」
自分の性格は自分でよくわかっています。
同じ状況に置かれたら、また後先を考えずに飛び出してしまうでしょう。
「確約はできません」
ユリウスは肩を落とし、眉尻をわずかに下げました。
「なら、せめて危険なことをする時は僕にも教えてくれないか」
「はい、それならお約束できます」
「本当に君は正義感が強くて優しくて無鉄砲なんだから」
ユリウスは目を伏せ、私の背にしっかりと腕を回し、強く抱きしめました。
忘れてました……!
国王達が入ってきた時からずっと、ユリウスに抱きしめられたままなのでした……!
「ユ、ユリウス様……。
もう、抱き合ってる必要も隠れている必要もないのですよ……」
心臓がトクントクンと音を立てています。
「もう少しだけこうしていさせて」
いろんなことが一度に起きて、ユリウスも疲れているのかもしれません。
誰かに頼りたいときもあるでしょう。
ユリウスが弱みを見せてくれたのが嬉しいです。
「仕方ありませんね……」
私はユリウスの背に腕を回した。
抱きしめられた腕からユリウスの体温を感じます。
彼に包まれているのは心地よくて……この時間がずっと続いてほしいと、そう願ってしまいました。
その時、ガチャっと音を立て扉が外側から開きました。
国王たちが戻って来たのかと、心臓がビクンと跳ねる。
息を潜め、身を潜めていると……。
ひたひたという足音がして、本棚の陰から黒い尻尾が覗きました。
『あんまり遅いから迎えに来たぞ。
国王達はとっくに帰ったぞ』
「ルシアン!」
ルシアンの顔を見て、プツリと緊張の糸がほどける。
『なるほど……出てこないと思ったら、お楽しみだったわけだ』
ルシアンが私とユリウスを見て、冷ややかに笑う。
「違うの! これはね!」
ユリウスと抱き合ったままだったことに気づき、私は慌てて彼から距離を取る。
「隠れてた延長で抱き合ってただけで、ふ、深い意味は……!」
その後、ちょっとだけ隠れる目的とは関係なく抱き合っていたけど。
「そうですよね、ユリウス様?」
「僕はアンジェリカ嬢が僕の背中に腕を回してくれて嬉しかったけどね」
ユリウスに熱の籠もった視線を向けられ、顔が火照る。
私だって、ユリウスに抱きしめられてとても嬉しかったです。
『やっぱりいちゃついてたんじゃねぇか』
ルシアンにジト目で睨まれ、言い訳に困りました。
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