33話「禁書室の密談。毒殺未遂の犯人」
私達は一番奥の本棚の後ろに移動し、身を隠しました。
ふと本の背表紙が目に入りました。
こんなときですが、この部屋の本棚のラインナップの豪華さには心が踊ります。
全てが片付いたら、ユリウスに頼んでいくつか貸していただきたいです。
それが無理なら、この部屋で読むだけでも……今はそんなことを考えている場合ではありませんでした。
「アンジェリカ嬢、もっとこっちに体を寄せて」
最奥の本棚は他のものよりやや小さいので、密着させないと、二人で隠れるのは難しいです。
「そ、そんなこと言われましても……」
先ほどのキス未遂のこともあり、彼に近づくのをためらってしまいます。
それでなくても、私は男性に免疫がないのです。
ですが犯人に姿を見られたら一大事。照れてる場合ではないのですが、勇気が出ません。
もじもじしていたら、ユリウスに腕を掴まれ抱き寄せられました。
ユリウスの胸に顔を埋める形になり、心臓がバクンバクンと音を立てる。
彼の腕はしっかりと私の背中に回っていました。
「これなら大丈夫、きっと見つからない」
ユリウス的には大丈夫なんでしょうけど、私は大丈夫ではありません!
距離が近すぎます!!
彼が息をする度に吐息が髪にかかり、その度に心臓がドクンドクンと音を立てる。
顔に熱が集まってきました。頭から湯気が出そうです。
その時、外側から扉が開きました。
二つの異なる足音が聞こえます。室内に入ってきたのは二人のようです。
顔に集まっていた熱が、一気に引いていく感覚がしました。
心臓が嫌な意味でドッドッと音を鳴らしています。
いる……!
今、この部屋に王妃とユリウスに毒を盛った犯人が……!
願わくば、毒の辞典を開いてるところと犯人の顔と声がしっかりと録画できますように。
本棚の陰になって、ここからでは犯人の姿は見えません。
本棚から身を乗り出せば犯人の姿を見ることもできますが、こちらが見つかるリスクも高まります。
水晶で録画しているのです。
身を乗り出し、見つかるリスクを犯す必要はありません。
「どうした?
外を気にしているようだが?」
「かすかに闇の気配が……いえ、何でもありません。
きっと、気のせいです」
禁書室に入ってきたのは、男と女の二人連れのようです。
男の方の声は落ち着きがありやや掠れていました。女の声は神秘的な響きの美しいものでした。
声からの推測ですが、禁書室に入って来たのは中年の男と若い女のようです。
二人の声には聞き覚えがあります!
ユリウスの体が震えているのが伝わってきました。
彼も声の主の正体に気づいたようです。
「ならばすぐに要件に取り掛かるのだ、聖女よ」
「承知いたしました、陛下」
この国で「陛下」と呼ばれる人間も、「聖女」と呼ばれる人間も一人しかいません。
今、部屋にいるのは国王ノルマン・ブライトスターと、聖女コレット。
……まさか、王妃と第一王子を毒殺しようとしていたのが、この二人だったなんて……!
いえ、まだそうと決まったわけではありません。
犯人は別にいて、国王はたまたま禁書室に用事があっただけかもしれません。
まさか、息子の婚約者と夜更けに禁書室で逢引しているということはないですよね……?
「聖女、早く必要な本を選べ」
「はい、陛下」
聖女は何の本を借りにきたのでしょう?
「聖女、そなたには期待していた。
なのに余の期待を裏切った」
声の調子から推測して、国王は落胆しているようです。
「ご期待に添えず、申し訳ございません」
「『毒の調合なら任せてください。誰にも毒殺だと気取られないように、王妃と第一王子の体を弱らせ、病気に見せかけ殺してみせます』
一年前、余が初めてそなたをこの部屋に連れてきた日、確かにそなたはそう言い切った」
背筋に冷たい汗が伝う。
全身に鳥肌が立つ。
王妃と第一王子を毒殺しようとしていたのは、国王と聖女で確定です!
「だが、結果はどうだ?
二人は体が弱るどころか、ピンピンしているぞ!」
国王なら禁書室の存在を知っていて当然。
小説の中の聖女は、病に苦しむ民の為に薬を作っていました。
チート能力持ちの聖女なら、毒薬の調合などお手の物でしょう。
彼女は人々を救う薬を作る力を、悪用したのです。
こうなると、聖女ではなく悪女です。
でも国王がユリウスを殺す動機は?
ユリウスは国王の息子。なぜ親が子供を殺そうとするの?
エドモンドがいれば、ユリウスは必要ないというの?
「王妃派の人間に疑われないように、王妃とユリウスは、限りなく病死に見えるように殺すつもりだった。
だが、もういい。
そんなまどろっこしい真似をするのは止めだ」
「陛下、それはどういう意味でしょうか?」
「接種したら即死する猛毒を作れ。
疫病に感染したことにし、二人の遺体は葬儀の前に火葬する。
遺体は山に埋め、体格のよく似た別人の骨を埋葬する。
そうすれば、検死は不可能!
骨を調べても何も出ない!
真実は闇の中だ!
回りくどい方法などとらず、最初からこうしておけば良かったのだ!」
「……」
「返事はどうした?」
「承知いたしました、陛下のお望みのままに」
「薬を作るのにどれくらいかかる?」
「一カ月ほどいただければ」
「それでは遅い。
2週間で完成させろ」
「2週間ですか?
それはいくら何でも……」
「その間、学園は休んでも構わん。
聖女としての活動もしなくて良い!
薬の開発に専念しろ!」
「承知いたしました」
「ヴァルトハイム王国が力を取り戻しつつある。
どうやったか知らんが、疫病の蔓延を防ぎ、スタンピードを収めた。
全く聖女の結界も肝心な時に役に立たんな」
どういうこと?
聖女の張った結界と隣国のスタンピードに何の関係があるというの?
「そなたに我が国全土を覆う結界を張らせ、モンスターを隣国に追いやることに成功した。
狭い地域に押し込められたモンスターは爆発的に増え、隣国の国力を削いだ。
こちらの予想を超える勢いでモンスターは増え、スタンピードまで起きた。
我々の計画を後押しするかのように、絶妙なタイミングで王都で疫病が流行った」
上空から見たとき、ブライドスターとヴァルトハイムの国境には、線を引いたかのように境界がくっきりと浮かび上がっていました。
ブライドスター側は草木が生い茂り、モンスターがいなくてのどかな光景が広がっていました。
ヴァルトハイム側は草木が枯れ、モンスターがうようよしていました。
聖女がブライドスター王国を覆う結界を、張っていた影響だったのね。
結界の内側は安全ですが、それは自然のバランスを崩す行為だった。
増えすぎたモンスターが動物を食い尽くし、大地を踏み荒らした。
草木から栄養を吸い取るモンスターによって、草が枯れ果てた。
こうして、ヴァルトハイムの国土は荒廃していったのね。
ヴァルトハイム王国は我が国の同盟国。なぜ、隣国の国力を衰退させる必要があるの?
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