3話「闇の精霊との生活〜アンジェリカ自立を考える」
第一章「謹慎編」
「聖女コレットの恋〜本命はイケメン王子様!」略して「聖恋」の、悪役令嬢に転生してると気づいたのは、破滅の象徴である闇の精霊を呼び出した後でした。
なんとか、闇の精霊を手懐けて(?)お友達になることに成功。
処刑エンドは回避されたかに思えたのですが……。
誤って精霊に血と名前を与えたことで精霊との間に契約が成立してしまいました!
私の人生これからどうなるの?
◇◇◇◇◇
「おはようございます、アンジェリカお嬢様」
天蓋付きのふわふわのベッドでメイドに起こされるというのは、前世で庶民の私にはなんとも贅沢な光景です。
一晩経過して、公爵令嬢アンジェリカとして生きた記憶と、前世で杉山美月という普通のOLとして生きた記憶が、良い感じにまざって安定してきました。
美月の人格をベースに、アンジェリカとして生きた記憶もあるといった状態です。
「ルシアン様もよくお休みになられていますね」
メイドがルシアンを見てフフッと笑う。
私の隣にはもふもふの黒い物体が横たわっている。
愛くるしい寝顔は大型犬そのもので、恐ろしい闇の精霊とはとても思えません。
もふもふの誘惑に負けた私は、ルシアンをベッドに招き入れ、添い寝してしまいました。
わんこと添い寝するのが前世からの夢だったのだから仕方ありません。
撫でたり、お手をさせたりは、近所の犬にもできます。
ですが、添い寝は飼い犬にしか許されない希少な行為なのです。
ルシアンのもふもふのしっぽを撫でると、やめろと言うように足で蹴られました。
どうやら彼は寝起きが悪いタイプらしい。
「公爵様方もルシアン様をお気に召しておりましたね」
「そうね」
家族が犬好きでホッとしてる。
アンジェリカは両親と弟の四人家族。
三人ともアンジェリカに激甘なので、昨晩「犬を飼いたい」と申し出たら、あっさり了承してくれました。
エドモンドに婚約破棄されたことを伝えたら、一緒に怒って、一緒に悲しんでくれました。
一カ月の謹慎についても「気を病むなことはない。謹慎中は好きに過ごすといい」と言ってくれました。
一言でいうととってもいい家族!
絶対に巻き添えにして、処刑させちゃ駄目です!
使用人もみんな優しいし、彼らに迷惑をかけるわけにはいきません!
ルシアンの正体は絶対に隠しぬきます!
こんな良い家に生まれて、両親に愛情をたっぷりもらって育って……なんで婚約者を追いかけ回すヤンデレメンヘラストーカー女になったのかしら? 謎です。
「お嬢様、御髪を梳かしましょう」
「ええ、お願い」
ベッドから降り、鏡台の前に移動します。
鏡に映った自分をじっくりと観察する。
吊り目がちだが整った顔、腰まで届く真紅の髪、推定Dカップはある胸。
高身長にボン・キュッ・ボンのナイスバディ。
化粧を落としてツインテールをやめて、ゴスロリ服を脱いだアンジェリカはかなりの美人でした。
エドモンドなんかに惚れなければ、もっとましな人生があったでしょう。
顔合わせのとき、エドモンドは金髪碧眼の美少年でした。
当時11歳だったアンジェリカが、彼に夢中になっても仕方ありません。
エドモンドは側近のダミアンやライナスと遊ぶ方が楽しくて、アンジェリカを放置していました。
反抗期なのもあって、エドモンドは政略結婚に乗り気ではなかったのでしょう。
エドモンドは王妃殿下のお子ではなく、今は亡き側室の子。
側室は男爵家の出身でした。
対して王妃殿下は隣国の王女様。
血統の良い第一王子のユリウスと、血筋面に弱点を抱える第二王子のエドモンド。
国王は側室とエドモンドを溺愛していました。
国王は、エドモンドの弱点をカバーする為、王命でアンジェリカとのエドモンドの婚約を決めたのです。
カレンベルク公爵家をエドモンドの後ろ盾にする為に。
その国王も、1年前に聖女が現れてからアンジェリカに冷たい。
国王の中での優先順位は、聖女>>>公爵令嬢……といったところなのでしょう。
アンジェリカは国王とエドモンドの二人に捨てられたわけです。
上位互換が現れたらあっさり捨てるとは似たもの親子ですね。
くよくよしていても仕方ありません!
モラハラ浮気男と別れられたんですから、ラッキーだと思いましょう!
謹慎期間も、自分を見つめ直し破滅フラグをへし折る作戦を練る時間だと思えばいいのです!
そうと決まればまずは、見た目から変えましょう。
「お嬢様、本日もツインテールに結い、両サイドに黒いリボンを結べばよろしいでしょうか?」
髪を入念に梳かした後、メイドが尋ねてきました。
「いいえ、ツインテールは子供っぽいからやめるわ。
ハーフアップにしてほしいわ」
「宜しいのですか?」
メイドは目を見開き驚いた表情をしていました。
「婚約破棄を機に気分を一新したいの。
だから、まずは髪型から変えるわ」
「承知いたしました。
お嬢様がお気に召すように精魂込めて、ハーフアップにいたしますね」
メイドはニコリと笑って、髪を結い始めた。
過去の恋を引きずっていないことに、安堵しているのかもしれません。
アンジェリカは、使用人にまで心配をかけていたのね。
彼女達に迷惑をかけないためにも、この世界で上手く立ち回らなくては。
ハーフアップにした髪に黄色のリボンを付けてもらいました。
肌が傷んでいたのでメイクはお休み。
「髪型を変えただけで、お嬢様の美しさがより引き立ちますね」
「そう? ありがとう」
褒められるのは嬉しい。
実際、鏡に映った自分はかなりいい線いっていた。
元々が良いから、髪型を変えただけでも美しさが増す。
「ドレスはいかがいたしましょうか?」
「そうね」
クローゼットの前に移動し、顔を引きつってしまいました。
クローゼットの中は、黒いゴテゴテしたドレスの山だったのです。
黒のゴスロリドレスにこんなに種類があるとは知りませんでした。
着る気がしません。
寝巻きではいられないし、なにか着れそうなものは……。
「これなんか、いいんじゃないかしら」
それは、誕生日に両親から送られた黄色のドレスでした。
シックだが上品なデザインで、ふんわりとしたスカートが可愛らしい。
「そのドレスをお召しになったら、旦那様も奥様もさぞお喜びになると思います」
メイドは目に涙まで浮かべていました。
アンジェリカは、両親から誕生日に貰ったドレスをクローゼットの隅に追いやって、一度も着なかった。
親不孝というか、エドモンドのことしか考えられなかったというか。
そんな自分とも昨日でおさらばです。
生まれ変わった気持ちで、私は黄色いドレスに袖を通しました。
「とてもよくお似合いでございます!
お嬢様!」
着替えた私を見てメイドは微笑んでいました。
「そうかしら」
鏡に自分の姿を映してみる。
髪型とドレスを変えたおかげで、お淑やかな可憐な少女に見えました。
イメージチェンジ成功です。
「あなたにお願いがあるの。
クローゼットに入っている黒のドレスと、黒のリボン、あと今まで使用していたメイク道具を全部処分してほしいわ」
「宜しいのですか?」
そこまでするとは思っていなかったのか、メイドが困惑の表情を浮かべている。
「もちろんよ。
エドモンド様に固執していた私から卒業するの。
だから全部処分して」
「承知いたしました」
私が笑顔で伝えると、メイドを笑顔で答えてくれました。
メイド的にもあのドレスはないと思っていたのでしょう。
「一人では難しいので、他のメイドに声をかけて参ります」
メイドは丁寧にお辞儀をして退室しました。
あとは、父に頼んで商人に来てもらいましょう。
新しいドレスやアクセサリーを買い揃えなくては。
「ふふ、新しい一歩を踏み出せたわ」
鏡の前でくるりと回り、鏡の中の自分に微笑みかける。
『へーーいいじゃん、その色のドレスも似合ってるぞ』
突如、話しかけられてドキリとしました。
ベッドを見ると、ルシアンが大きく伸びをしていました。
誰も見てないと思って、鏡の前でポーズを決めていたので恥ずかしいです。
いえ、それよりも友達になったのはいいけど相手は闇の精霊。
どう接するのが正解かしら?
「おはようルシアン、昨日はよく眠れた?」
にこやかに話しかけ、当たり障りのないことを尋ねる。
『おうよ! バッチリだぜ!
今の俺様ならフリスビーを100回連続キャッチして、隣国まで1時間で走れちまうぜ!』
ルシアンはしっぽをパタパタと激しく振っています。
絶好調という解釈で良いかしら?
『か、勘違いするなよ!
べ、別に初めて友達の家にお泊りしたから、心が弾んでるとか、気分が高揚してるとか、そう言うんじゃないからな!』
急なツンデレ!?
「もしかしてルシアン、今まで独りで寂しかったの?」
それで友達が出来てはしゃいでいるのかしら?
『独りじゃねぇし!
くだらない奴らとつるまなかっただけだし!』
つまり、ボッチだったんのね。
『は、初めて友達ができて嬉しいとか、楽しいとか全然思ってねぇし!
孤独が嫌だから人間の召喚に応じていたわけじゃねぇし!
あんなのただの暇つぶしだし!
思い違いするなよな!』
なるほど、精霊の世界でボッチだったルシアンは、寂しさから人間の召喚に応じていたのね。
ルシアンの話し方や態度から推測して、彼の精神年齢は12〜13歳くらいかしら?
「わかったわ、あなたは独りじゃない」
「判ればいいんだ」
闇の精霊だから恐ろしい存在だと決めつけていたけど、ボッチの少年だと思うと急に親近感が湧いてきました。
「一緒に食事を摂りましょう。
家族や友人は一緒にご飯を食べるものよ」
「おう! そういうことなら仕方ねぇな!
俺様はアンジェリカの友達だからな!」
ルシアンはしっぽを千切れそうなくらい高速で振っていました。
感情がわかりやすいというのは良いことです。
「でも、これだけは約束して。
私以外の人の前で決して喋ってはだめよ」
人間の言葉を話す犬なんてめちゃくちゃ怪しい。
詮索され正体がバレる事態は避けたい。
「おう、わかったぜ。
約束してやるよ!
友達の頼みだからな!
きいてやるよ!」
周囲に危害を加える気はないみたいですし、今まで独りぼっちで寂しかったみたいですし、犬の姿がキュートですし(重要)、優しくしてあげましょう。
「お嬢様、朝食のご用意ができました」
先ほどとは別のメイドが呼びに来ました。
「わかりました。今から食堂に参ります」
『やった! 俺様霜降り肉が食べたい! 焼き方はレアがいい!』
「お嬢様、今少年の声が聞こえたような……?」
ルシアンたら、忠告したそばから人前で話すなんて……!
「私、腹話術を始めたの。
王子教育がなくなって暇でしょう?
わんわん、霜降り肉が食べたいわん……なんて……オホホホ」
私はルシアンの口を押さえ、できるだけ低い声で話しました。
「そうだったのですね。
お嬢様、お上手ですよ。
シェフに霜降り肉を追加するように伝えておきます」
「ええ、お願いするわ」
メイドは乾いた笑みを浮かべ退室した。
ホッ、なんとかメイドを誤魔化すことができました。
だけどメイドには、寂しさのあまり犬相手に腹話術を始めた痛い女だと思われたはず。
記憶を取り戻す前のアンジェリカは黒歴史の宝庫。
今さら、痛い女だと思われるくらい何でもありません。
何でもないはず……。
『アンジェ泣いてるのか?』
泣いていません、これは心の汗です。
読んで下さりありがとうございます。
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