28話「名前で呼ばれるトキメキ」
「あの時、君が口移しで薬を飲ませてくれたから僕は助かった。
改めてお礼を言わせて、あの時は助けてくれてありがとう」
ユリウスははにかんだ表情でそう言いました。
「僕はあれがファーストキスだったんだ。
だから、人工呼吸と同じだなんて言われて、少しだけ傷ついている」
ユリウスが悲しげに目を細めました。
罪悪感で胸が締め付けられます。
「そ、それは言葉のあやといいますか、なんと言いますか……」
人工呼吸とでも思わないと、ユリウスのことで頭がいっぱいになってしまいます。
だから自分にそう言い聞かせていたのです。
「カレンベルク公爵令嬢は、僕とキスをして何も感じなかった?」
ユリウスの長く美しい指が私の唇に触れる。
彼に触れられた唇が熱を持っているみたいに熱いです。
「そ、それは……」
ユリウスの顔が近づいてきて、瞳を閉じそうになる。
『ストーーップ!
アンジェに近づきたければまずは俺様の試練を受けて、合格するのが先だぞ!』
ルシアンがユリウスの指に頭突きをしました。
ルシアン、ナイスです!!
流されてキスしてしまうところでした!
でも、ちょっと、ちょーーっとだけ残念だったような……?
「あいたたた……。
カレンベルク公爵令嬢には護衛がいたんだった。
忘れるところだったよ」
ユリウスが苦笑いを浮かべ、手を押さえています。
「申し訳ありません、第一王子殿下!
すぐに手当を……!
明日、ポーションをお持ちします!」
「いや、僕の治療は必要ない。
だが、君の作った解毒ポーションは必要だ」
ポーションではなく、解毒ポーションが必要……?
それはいったい?
「まだ、毒を盛られているのですか?」
先月彼を解毒したときは深く追求しませんでした。
ユリウスに毒を盛っている人間って誰なのでしょう?
彼が死んで一番得する人間、それって……。
「わからない。
あれ以来、王宮の食事には手をつけていないから」
ユリウスはずっと、毒殺される恐怖に怯えていたのですね。
その間、私は何も知らずに呑気に薬作りに没頭していた。
「体調はいかがなんですか?」
「僕は大丈夫だ。
ただ、母の容態が気がかりで……」
「王妃殿下ですか?」
「母にもあの日以来、王宮で出されるものは食べさせていない。
だが、それ以前に摂取したものが解毒できなくて……」
王妃殿下は今も毒に苦しんでいるのね。
「市販の解毒ポーションはお試しになられたのですか?」
「試したが、あまり効果はなかった。
君は気づいていないようだけど、君が作った解毒ポーションは格別だ。
特別効きがいい」
ユリウスに飲ませたのは、お祖父様のレシピを元に、庭に生えている薬草を集めて作ったものです。
まさか、庭に生えてる薬草で作った解毒ポーションにそこまで効果があるとは思いませんでした。
お祖父様の残したレシピが凄かったのかしら?
それともルシアンの叡智の祝福のおかげかしら?
叡智の祝福を受けた私が作った解毒ポーションだから、特別に出来が良い?
そう解釈した方がよさそうです。
「わかりました。
今宵、解毒ポーションを持って王宮に伺います」
『アンジェ、またそうやって安請け合いする』
私の膝の上にいたルシアンが、咎めるように呟きました。
「ルシアン、勝手に決めてごめんなさい。
軽はずみなのはわかっているわ。
でも王妃殿下を放っておくなんてできないわ」
ルシアンが顔を顰める理由もわかります。
彼は私に危険なことに関わってほしくないのです。
「事後承諾になってごめんなさい。
ルシアン、お願いします!
協力してください!」
彼に向かって祈るように手を合わせました。
『はぁ〜〜。
全くしょうがねぇな。
アンジェは俺様がいないとなんもできないんだからな。
親友だから協力してやるよ』
「ありがとう、ルシアン!
大好きよ!」
『その代わり、帰宅したら苺タルトとレモンパイと一時間のマッサージな!』
「ええ、約束するわ!」
ルシアンは口では色々言いますが、とっても優しいのです。
「母を助けてくれてありがとう。
二人の協力に心から感謝する」
ユリウスが私達に向かって頭を下げたので、萎縮してしまいました。
「第一王子殿下、頭を上げてください!
当然のことをしたまでです!」
「君は優しいんだね。
それに謙虚だ」
ユリウスにそんな風に褒められると照れてしまいます。
「今夜、僕の部屋の窓を開けておくよ。
場所はわかるよね?」
「はい」
以前に侵入したからばっちり覚えてます……とは言えませんでした。
「それにしてもカレンベルク公爵令嬢と、精霊殿は本当に仲良しなんだね」
ユリウスが、私の膝の上にいるルシアンを見つめて言いました。
「はい、ルシアンは私の親友ですから」
「親友か、羨ましいな。
僕も君の友達になりたいと言ったら、君は受け入れてくれるかな?」
ユリウスからのお友達申請!
どうしよう! 嬉しいです!
「はい、それはもちろん!」
「求婚の返事は貰えなかったけど、まずはお友達から始めるのも悪くないね」
そうでした。私、ユリウスにプロポーズされたのに返事をしていませんでした!
「これからは僕のことは『ユリウス』と呼んでほしい。
僕もカレンベルク公爵令嬢のことを、『アンジェリカ嬢』と呼んでもいいかな?」
「へっ……?!」
まさかの名前呼び!?
「本当は君の名前を呼び捨てにしたかったけど、友達の段階ではまだ呼べない。
だから、これが限界かな」
ユリウスは優しげな顔に似合わず、ぐいぐい攻めてくるタイプのようです。
「嫌かな?」
「嫌なんて、そんな……!」
「じゃあ、決まりだね。
これからよろしくね、アンジェリカ嬢」
ユリウスに名前で呼ばれる威力、半端ないです!!
心臓に矢を打ち込まれてしまいました!
「は、はい……よろしくお願いします。
第一王子……ユリウス殿下」
まさか、第一王子を名前で呼ぶ日が来るとは思いませんでした。
「殿下はいらないよ。
ユリウスでいい」
ユリウスが迫ってきます。
「そういう訳には……」
「君にはそう呼んでほしいんだ」
「では、『ユリウス様』とお呼びしてもよろしいでしょうか?
王子殿下を呼び捨てにはできません」
婚約者でもないのに、第一王子を呼び捨てにしたら大変なことになってしまいます。
「わかった。
それでいいよ」
ユリウスはにっこりと微笑みました。
それは、天使の微笑みかと見間違うほど美しい笑顔でした。
昇天しなかった自分を褒めたいです!




