24話「空き教室の攻防、エドモンドからの死刑宣告」
クラスメイトとの食事も早めに切り上げ、私は一足先に食堂を後にしました。
彼女たちとのおしゃべりは楽しかったのですが、ルシアンにご飯を食べさせなくてはいけないのです。
私を心配してついてきてくれたルシアンを、飢えさせるわけにはいきません。
程よい場所に空き教室があったので、こっそりと入り込みました。
「ルシアン起きてる?」
鞄からぬいぐるみのルシアンを取り出し声をかける。
『ん~~いい匂いがしてたからなんとなく』
「ごめんね、私だけ先に食べて」
『気にするな』
「今からご飯にしようね」
ルシアンの分にと作らせたお弁当を取り出し、ルシアンの前に置く。
お弁当の蓋を開けると、ルシアンが骨付きのお肉にかぶりつきました。
今度から、ルシアンが好きな時に食べられるように、鞄にお菓子を入れて置きましょう。
『骨付き肉も美味だけど、生ハム入りのサンドイッチも、海老のサラダもうまい!
やっぱ公爵家の料理は最高だな!』
ぬいぐるみの口を大きく開けて咀嚼する姿が可愛い。
いつまでも眺めていられます。
『ふい〜〜食った食った」
お腹がいっぱいになったのか、ルシアンがゴロンと横になりました。
私は彼の口についた汚れを、ハンカチで拭いました。
食べ終えたお弁当箱をバックの中にしまう。
『アンジェ、食堂で馬鹿王子達にひと泡吹かせてやったみたいだな』
「ルシアン、聞いてたの?」
『なんとなくだけどな』
「ちょっとスッキリしたのは確かね。
あれにこりて、彼らが私に二度と話しかけてこないといいんだけど」
『それは、無理そうだな』
「どうして?」
『噂をすれば陰、奴らがきた』
ルシアンはしゅっと鞄の中に移動しました。
直後、扉が開きエドモンドを先頭にダミアンとライナスが入ってきました。
コレットは一緒ではないようです。
空き教室まで追ってくるなんて、しつこいを通り越して気持ち悪いです。
私は荷物をまとめ教室を出る準備をしました。
「エドモンド殿下、並びに側近の皆様。
食堂ぶりでございますね。
相変わらず、仲がよいようですね」
ゾロゾロと取り巻きを引き連れてやってくるな、鬱陶しい。
「それでは、私は急ぎますのでこれにて失礼させていただきます」
荷物を持って立ち上がり、彼らに挨拶をする。
彼らと関わりたくないので、早々に退散しましょう。
「待て、そんなに急ぐことはないだろう!」
彼らの横を通り過ぎようとしたとき、エドモンドに腕を掴まれました。
その瞬間、腕に鳥肌が立ち背筋に寒気が走った。
婚約者でもない女性の腕を掴むなんて、礼儀知らずにも程があります。
「エドモンド殿下、手を離して頂けますか?」
「アンジェリカ、君に話があるんだ」
こっちにはありません、さっさとどっかに行ってください!
「でしたら、日にちと場所を改めてお伺いいたしますわ」
こんな人気のない場所で話す必要ないでしょう!
「おい、エドモンド様が話があると言っているだろう!
大人しく聞いたらどうだ!」
「そうだ!
エドモンド様は、お前と話しがしたくて探していたんだぞ!」
エドモンドの腰巾着のダミアンとライナスが吠える。
空き教室で男3人に取り囲まれる女性の気持ちは彼らにはわからないでしょう。
こちらの要求を無視し、強引に話を進めようとする彼らに憤りを感じた。
「話とは今日のテストのことだ」
こちらが「聞く」と言っていないのに、エドモンドが語りだした。
こういう傲慢なところが嫌いです。
記憶を取り戻す前のアンジェリカは、エドモンドのどこに惹かれていたのかしら?
「午前中に受けた君のテストは平均65点だった。
今までの君の成績からは考えられないほど、高得点だ」
本人すら知らないテストの結果を、どうしてエドモンドが知っているのかしら?
これは推測だけど、エドモンド達は私への嫌がらせで、私の復学初日に四時間連続テストを行う計画を立てた。
第二王子のエドモンドならそれくらいのことはできてしまう。
私に恥をかかせ、欠点をあげつらうつもりだったけど、私が思ったより良い点数を出してしまった。
だから計画を変更した?
そのために、私のテストだけ先に採点させたの?
婚約破棄したんだから、私のことなんて放っておけばいいのに……暇なのかしら?
「65点など、Sクラスなら最下位だ。
決して誇れる点ではないことを肝に銘じるように」
嫌味眼鏡のダミアンが、銀縁眼鏡をクイッと押し上げる。
そうでしょうね。
Sクラスに入りたくないから、手を抜いて回答したんだから。
「だが、逆に言えばSクラスにいてもぎりぎりおかしくはない、ということにもなる」
エドモンドが真顔で呟く。
なんだか雲行きが怪しくなってきましたわね。
「謹慎前の君のテストの平均点は一桁。
それも、選択問題のまぐれ当たりで稼いだものだ。
そんな君が一カ月で平均65点を出すなんて、奇跡に近い!
きっと、俺に認められたくて努力したんだな!」
エドモンドがきらきらした瞳で見つめてくる。
あまりの気持悪さに悪寒が走りました。
「アンジェリカ、君の頑張りのご褒美にSクラスへの学級変更を認めよう!
今の君ならSクラスでもやっていける!」
エドモンドが満面の笑みを浮かべ、私の肩を叩きました。じんましんが出そうですわ。
エドモンドの言葉が、死刑宣告に聞こえました。
こんなことになるなら、もっとテストで手を抜けばよかったわ!
「エドモンド様がこうおっしゃっているんだ。 当然受けるよな?」
ダミアンが眼鏡越しに私を睨みつける。
「断ったらどうなるか、わかっているだろう?」
ライナスが低い声でそう言い、指をポキポキと鳴らす。
これでは完全に脅迫じゃない!
「アンジェリカ、君にはコレットの学友兼教育係となってほしいんだ。
コレットは平民だから、貴族のルールやマナーに疎い。
僕らも尽力しているが、どうしても異性ではわからないことや、立ち入れない場所があるんだ」
あ〜〜なるほど、全ては聖女様のためってことですね。
急にクラス変更など言い出してくるからおかしいと思ったのです。
「カレンベルク公爵家でお茶会を開くとき、コレットを呼んで、コレットのことを派閥の貴族に紹介してほしい」
さらにカレンベルク公爵家のコネクションを利用しようと。
「聖女は国の宝。
もちろん協力してくれるだろう?」
エドモンドは爽やかな笑顔でそう告げた。
彼は、私が断ることなど微塵も想定していないようです。




