20話「復学と謝罪」
カレンベルク公爵家の家紋入りの馬車が学園の前に停車する。
私は従者の手を借り優雅に降り立つ。
エスコートしてくれた従者にお礼を伝え、校舎に続く道を上品に歩く。
「おい、凄い美人がいるぞ!」
「王立学園にあんな美少女いたか?」
「髪が艶やかで羨ましいですわ」
「お肌もきめ細かいわ。どこの商会の化粧水をお使いなのでしょう?」
すれ違う生徒達の視線が心地よい。
イメージチェンジ大成功だわ。
「あの燃えるように赤い髪に真紅の瞳は……もしかして、カレンベルク公爵令嬢!?」
「ですがあの方は謹慎処分になったはずでは……?」
「カレンベルク公爵令嬢ってツインテールに黒いリボンをつけて、顔をおしろいで真っ白く塗って、黒い口紅をつけて、悪趣味な漆黒のドレスを着て登校してた人でしょう?」
「別人じゃないのか!?」
これまでのイメージを一新したので、皆が驚くのも無理はありません。
「あれがカレンベルク公爵令嬢の素顔だとしたら、彼女は元々凄い美人だったということか……?」
「俺、ちょっとファンになったかも!」
「俺も! あの姿の彼女となら一緒にパーティに行きたい!」
「馬鹿、俺達には高嶺の花だよ!」
「お茶会にご招待して美容の秘訣をお伺いしたいわ!」
周囲の反応は上々です。
人は見た目が全て……とまでは言いませんが、視覚から入る情報は大事です。
一般の生徒の心象を良くすることに成功しました。
『アンジェ、前方から嫌な気配を感じる!
気をつけろ!』
手提げ鞄の中から、ルシアンの声が聞こえました。
ルシアン、忠告ありがとう。
私は鞄に向かって小さく頷きました。
前方に目を向けると、建物の入口付近に見慣れた4つの人影が見えました。
第二王子エドモンド・ブライドスター、聖女コレット、公爵令息ダミアン・カスパール、伯爵令息ライナス・グランの4人です。
コレットを守るように立つ三人の男性の姿は、まるでお姫様と騎士のようです。
先手必勝ですわ!
嫌味を言われる前に、こちらから声をかけて差し上げましょう。
私は品の良い笑顔を浮かべ、優雅に彼らに近づきました。
「エドモンド殿下、コレット様、カスパール公爵令息、グラン伯爵令息、ご機嫌麗しゅう」
彼らの前で立ち止まり、優美にカーテシーをする。
彼らは、瞳をしばたたかせ「誰だお前?」
という顔をしていました。
「その赤い髪……もしかして、アンジェリカなのか?」
どうやら元婚約者のエドモンドが一番に気づいたみたいですね。
「その通りですわ。エドモンド殿下。
アンジェリカ・カレンベルク、謹慎が解け、本日より復学いたしました」
にっこりと微笑むと、なぜかエドモンドが頬を赤く染めた。
彼がそんな表情をするのを、婚約中に一度も見たことがありません。
今さらそんな表情をされても気持ち悪いだけです。
「驚いた、すっかり見違えたよ」
私の正体がアンジェリカとわかり、エドモンドは表情を緩める。
それとは対照的に、ダミアンとライナスは顔を強張らせ、コレットを守るように彼女の前に立ちました。
そんなに警戒しなくても、あなた達の大切な聖女様を傷つけたりしないわよ。
「カレンベルク公爵令嬢、何のようだ!
コレットを害するつもりなら容赦しないぞ!」
ダミアンが私をキッと睨みつける。
「そうだ! 場合によっては暴力もいとわないぞ!」
ライナスが自分の顔の前で拳を握りしめた。
お二人共、勇ましいことです。
腕に自信があるのはわかるけど、公爵令嬢相手に「暴力もいとわない」という発言はいかがなものかしら?
ここには他の生徒の目もあるのよ?
軽はずみな言動は自分の首を絞めることになるわよ。
「誤解ですわ、カスパール公爵令息、グラン伯爵令息。
どうか、そのように警戒なさらないでください。
私はコレット様に謝罪に参ったのです」
「謝罪に来たというのか?
もっとましな嘘がつけないのか?」
「ダミアンの言う通りだ!
誰が貴様の話など信じるものか!」
ダミアンとライナスは私への警戒を解く気はないようです。
「どうか私の話を聞いてください。
私は以前、嫉妬からコレット様を傷つけることをしてしまいました。
しかし、コレット様はそんな私にお慈悲をかけてくださった。
コレット様の優しさに触れ、私は心を入れ替えたのです!
今では自らの行いを心から反省いたしております!」
まずはコレットに誠心誠意謝罪する。
全てはそこから始まるのよ。
「進級パーティでは、すぐに退場となりましたので、謝罪する機会がございませんでした。
ですから、この場で謝罪させてください!
コレット様、本当に申し訳ございませんでした!!
今までの非礼の数々、どうか寛大なお心でお許しください!」
大きな声で謝罪し、深く頭を下げました。
事態を見守っていた周囲から、
「あのカレンベルク公爵令嬢が頭を下げたぞ!」
「プライドが服を着て歩いているような人が、平民出身の聖女様に謝罪するなんて……!」
「彼女が、心を入れ替えたというのは本当のようだな!」
という声が聞こえました。
これだけ人目のある場所で頭を下げられたら、お優しいと評判の聖女様には、許す以外の選択肢がないでしょう。
ここで私を許さなかったら、慈悲深い聖女様とその取り巻きという構図が崩れてしまいますもの。
「カレンベルク公爵令嬢、茶番はやめろ!
そんな上辺だけの謝罪など信用できるものか!」
「ダミアンの言う通りだ!
コレット、こんな女の言葉など信じる必要はない!
なんなら自分が、カレンベルク公爵令嬢を担いで、学園の外に放りだしてやる!!」
ライナスの血気盛んな性格は変わっていませんね。
か弱い公爵令嬢にそんなことをしたら、自分の立場が悪くなるとは思わないのかしら?
エドモンドが側近を甘やかした弊害だわ。
「ダミアン、アンジェリカ様に酷いことを言うのは止めて!
ライナス、未婚のご令嬢を手荒に扱うなんて駄目よ!
私の為にそんなことしないで!」
コレットが釣れましたわ。
お優しい聖女様ムーブをかましてくださり、ありがとうございます。
正直、彼女に無言で立ち去られたら困るところでした。
「アンジェリカ様、どうか顔をあげてください」
「恐れ入ります」
頭を上げると、コレットの自愛に満ちた桃色の瞳と視線が合った。
これが聖女様の慈愛に満ちた笑顔なのね。
私が男子ならメロメロになっていたかもしれないわ。
小説のヒロインの力、恐るべしね。
「アンジェリカ様の謝罪を受け入れます。
今までのことは水に流します。
ですからどうか、もう意地悪をしないでね」
コレットは天使のような愛らしい顔で、目を細め穏やかに口角を上げた。
よっし! 言質は取りましたわ!
証人は、この場にいる生徒全員ですわ。
「コレット様の慈悲深い御心に、心より感謝申しあげます。
これからは心を入れ替え、正しい行動をすると神に誓いますわ」
私は淑女の笑みを称え、コレットに微笑み返した。
ダミアンとライナスの眉間にはまだ皺が寄ったままで、不服そうに私を睨んでいました。
納得はいっていないようですが、コレットに叱られたばかりなので、自重しているのでしょう。
「それから、エドモンド殿下にも謝罪いたしたく存じます。
今まで、殿下のお心も考えず付きまとい、多大なご迷惑をおかけしましたこと、心よりお詫び申し上げます」
私は再度頭を下げ、エドモンドに謝罪した。
「構わない、反省してるならいい。
顔を上げろ」
よっし! エドモンドの言質も取りましたわ!
「エドモンド殿下とコレット様のご婚約を、心より祝福いたします。
どうか、お二人が末永く幸福でありますように。
これからは、お二人の邪魔をしないように努め、お二人の前には姿を現さないようにいたしますわ」
あなたには未練はありません、二度と関わらないから安心してくださいね、そちらも私に関わらないでくださいね、という意味です。
そう伝え、淑女の微笑みを称える。
「ありがとうございます。
エドモンド様との婚約を祝福していただけて嬉しいです」
コレットが可愛らしく微笑む。
「ああ、そうか……祝福の言葉は受け取っておく」
エドモンドは何故か複雑そうな表情を浮かべていました。
あんなに邪険にしていたアンジェリカが、「もう二度とあなたには近づきません!」と宣言しているのに、何が不服なのかしら?
「それでは皆様、失礼いたします」
私は優雅にカーテシーをして、その場を後にした。
「カレンベルク公爵令嬢が聖女様に謝罪したらしいぞ!」
「今までの態度を改めると公言したらしい!」
「聖女様も謝罪を受け入れたぞ!」
「大ニュースだ! みんなに伝えないと!」
他の生徒達がそのような話しているのを聞きながら、私は教室へ向かいました。
これで卒業するまでの2年間、平穏に過ごせるわ。
◇◇◇◇◇
『やったな! アンジェ!
お前の計画通りだな!』
誰もいない場所まで来ると、ルシアンが私にだけ聞こえるようにそう囁きました。
「ルシアンが一緒にいてくれたお陰よ。
あなたがいてくれると思ったから勇気が出た。
本当に感謝しているわ」
ルシアンを鞄から取り出し、優しく抱きしめました。
『よせよ、照れるじゃねぇか』
ぬいぐるみの姿で頬を染めるルシアンが可愛らしくて、授業をサボって彼の観察をしたい気分になりました。
しかし、復学初日に授業をサボるわけにもいかないので、ルシアンと遊びたい気持ちを抑え、教室へ向かいました。
【登場人物紹介】
▶主人公:
アンジェリカ・カレンベルク。
公爵家の長女。
16歳〜17歳。
王立学園の二年生。
女。
165センチ、48キロ。
赤髪、ストレートヘア、ハーフアップ。
赤い目、吊り目、美少女。
前世の記憶持ち。
叡智の加護を持ち、闇の精霊の親友ポジというチート主人公。
▶闇の精霊:ルシアン。
アンジェリカは初めて出来た友達なため大切にしている。
1000歳(精神年齢13〜14歳)
体高66センチ、30キロ。
精霊。黒い毛のロングコート、立ち耳、大型犬。
犬種:グローネンダール。
▶第一王子:
ユリウス・ブライトスター。
病弱で知性派の王子。
国王の第一子で王妃の子。
隣国ヴァルトハイム国王の甥。
17歳〜18歳。学園の三年生。
男。
178センチ、54キロ、痩せ型。
銀髪、セミロング、ストレートヘア、紫の目。
知的で優雅な美青年。母親似。
▶第二王子:
エドモンド・ブライトスター。
アンジェリカの元婚約者。
国王の第二子で愛人の子。
ユリウスの異母弟。
16歳〜17歳。学園の二年生。
男。
180センチ、61キロ、細マッチョ。
金髪、ショートカット、サラサラヘア、青い目。父親似。
▶聖女:コレット。
平民。
16歳〜17歳。学園の二年生。
女。
152センチ、36キロ、痩せ型。
ふわふわのピンクの髪、セミロング、ピンクの目の儚げな美少女。
▶ライナス・カスパール。
伯爵家の次男。兄が早世したので跡取り。
騎士団長の息子。
エドモンドの側近。
16歳〜17歳。学園の二年生。
男。
185センチ、67キロ、マッチョ。
オレンジの髪、短髪、ツンツンヘア。オレンジの目、吊り目。
▶ダミアン・カスパール。
公爵家の長男で跡取り。
宰相の息子。
エドモンドの側近。
16歳〜17歳。学園の二年生。
男。
177センチ、56キロ、細身。
緑の髪、ストレートヘア、七三分け、銀縁眼鏡。




