12話「エリクサーの完成、隣国のスタンピードと疫病」
「完成したわーー!!」
公爵家の研究所(離れ)に籠もること一週間。
ザウベルク山で採取した薬草を使い、ついにレアアイテムを作ることに成功しました。
アイテム自体は翌日には完成したのだけど、ある程度数を揃えたかったのよね。
『ふあ? やっと終わったのか?
もう試験管を洗ったり、薬草を干したあと刻んだり、疲れて気を失ったアンジェを担いでベッドに運んだりしなくていいのか?』
ルシアンが気だるそうにソファーから頭を上げる。
「ごめんなさい、ルシアンにも苦労をかけたわね」
研究意欲が爆発していて、周りが見えなくなっていました。
ルシアンに、また迷惑をかけてしまったみたい。
「これを飲んだら元気になるわよ」
私は、新製品を器に入れルシアンの前に置きました。
『なんか、不味そうな匂いがする……』
効果を優先するあまり、味にまで配慮できませんでした。
「まあまあ、そう言わずに一口だけでも」
ルシアンが恐る恐る容器に顔を近づけます。
『うお! なんだこれ!?
疲れが吹っ飛んだぞ!
体の奥から力がみなぎってくるぜ!』
薬を一口舐めたルシアンが、ソファーから飛び起きました。
「でしょう?」
ルシアンに飲ませたのは上級ポーションです。
怪我を治し、体力を全回復してくれるアイテムです。
「前回の反省を踏まえ、飲んでも、体にかけても、霧吹きみたいに噴射して吸引しても効くようにしたの」
経口薬、塗り薬、噴霧剤、全てを兼ねた優れものよ。
『じゃあ、無理して飲まなくてもよかったじゃないか!』
ルシアンがむくれる。
「ごめんなさい、でも飲むのが一番効果があるのよ」
前回みたいに液剤にして、いざというとき口移しで飲ませないといけないのは辛いもの。
口移し……ユリウスとのキス。
彼のことをまた思い出してしまった。
指で自分の唇に触れると、まだユリウスの唇の感触が残っているような気がした。
『どうした、アンジェ?
唇が痛いのか?』
「ううん、なんでもないよ!」
首を横に振り、思いを振り払う。
気を抜くとユリウスのことばかり考えてしまう。
私、どうしたのかしら?
『それで、他に何を作ったんだ?
説明してくれよ』
ルシアンに話しかけられ、現実に意識を戻す。
「今回私が作ったアイテムは、怪我を治し体力を全回復する上級ポーション。
毒と怪我を治す上級解毒ポーション。
MPを全回復するMP回復薬」
貴重な薬草とザウベルク山の澄んだ水と、王宮から持ち出した禁書のお陰で、希少性のあるアイテムが作れたわ。
「それから世界樹の葉を原料にしたあらゆる病を治す万能薬。
四肢欠損を治し体力を全回復するエリクサー」
これらは、市場に出回ることのない伝説クラスのアイテムだ。
「早速変装して、ヴァルトハイム王国に売りにいかなくちゃね!」
卒業後の移住費用とお店を出す費用を稼がなくちゃ!
「でも、万能薬やエリクサーの扱いには気をつけないとね」
材料や作り方を問われると困る。
ザウベルク山のことは教えられないもの。
『今、ヴァルトハイム王国にいかない方がいいぞ』
ルシアンの声がいつになく険しい。
「どうして?
ヴァルトハイム王国で何かあったの?」
『公爵が新聞を読みながら言ってたぞ。
ヴァルトハイム王国で疫病が流行ってるってな』
「疫病!?」
『ヴァルトハイム王国の荒野で、スタンピードが起きたとも言ってたな』
「ス、スタンピード!
そ、それでブライドスター王国は大丈夫なの?
モンスターが攻めてきたりしないの?」
私がアイテム作りに没頭している間にそんなことになっていたなんて……!
『国王が“ブライトスター王国には聖女がいるから心配ない”って言ったらしい。
実際、この国ではモンスターの被害どころか目撃情報すらないしな』
「……」
一週間前、上空から見たときブライトスター側にはモンスターがいなかった。
綺麗に線を引いたみたいに、ヴァルトハイム側にだけモンスターがいて、大地が荒廃していた。
これにも聖女の加護が関係しているの?
それとも小説の強制力?
小説では、聖女コレットが闇の精霊ルシアンを拘束したあと、アンジェリカと家族を処刑した。
その後、聖女と第二王子エドモンドが結婚。
第一王子ユリウスは闇の精霊の襲撃時に死亡しているので、第二王子のエドモンドが立太子する。
時を同じくして、隣国ヴァルトハイムでは魔物被害が激増し、王都では疫病が蔓延。
ブライトスター王国がヴァルトハイム王国を吸収する形で統合された。
エドモンドはやがて王になり、コレットは王妃としてエドモンドを支えた。
そして物語はハッピーエンドで締めくくられる。
ブライトスター王国、というよりコレットとエドモンドにだけ都合の良いめでたしめでたしの物語。
「ルシアン、私、ヴァルトハイム王国に行くわ!」
『俺様の話を聞いてたのか?
隣国ではスタンピードが起きて、疫病が蔓延してるんだぞ?』
「だからこそ行くのよ!
きっとみんな薬を必要としているはずだわ!」
ヴァルトハイム王国はユリウスの母親の故郷、見捨てられないわ。
小説と違ってユリウスは生きてる。彼がブライドスター王国の王位を継ぐ可能性だってある。
それから、疫病に効く薬も、回復薬もある。
「私、ヴァルトハイム王国の民を助けたいの!」
小説だと「大勢の人が死にました」と終わるけど、現実にはその一人ひとりに家族がいて人生があるのよね。
「救える力があるのに放っておけないよ!」
『はぁ〜〜、アンジェはお人好しだなぁ』
「そうかもしれないわね」
『どうやってヴァルトハイムまで行くんだよ?
スタンピードが起きてるから、駅馬車なんて出てないぞ』
「公爵家にある馬車を使うから平気よ」
『こうと決めたら一直線なんだよな、アンジェは……』
ルシアンが呆れたように呟き、ため息をつく。
『馬車じゃヴァルトハイムまで何日もかかる。 俺様が送ってやるよ』
「いいの?」
実はちょっとだけ期待していた。
『アンジェがいなくなったら、公爵家の全員が悲しみにくれて、ご飯をくれなくなるかもしれないからな。
仕方なくだ』
「私よりご飯が心配なの?」
『アンジェが一番心配に決まってるだろ!
友達なんだから!』
ルシアンのこういう素直なところが好きだ。
『アンジェが隣国の国民を心配するように、アンジェの家族だってお前のことめちゃくちゃ心配してるんだからな。
忘れるなよ』
「うん、わかってる。
協力してくれて、ありがとう」
『もちろん俺様もアンジェのことを心配してるんだからな』
「ありがとう、そう言って貰えて嬉しいわ。
大好きよ、ルシアン」
ルシアンの額にキスをする。
『まぁ、今回は特上牛肉のステーキとロブスターと子羊で勘弁してやるよ』
「うん、帰ったら用意させるね」
そんなわけで、ルシアンと共にヴァルトハイム王国に向かうことになりました。
小説と同じ展開にはさせない!
ヴァルトハイム王国を滅亡させたりしないわ!
「そうと決まったらじょうろを買わないとね」
『じょうろなんかなんに使うんだ?』
ルシアンは首をかしげる。
「ふふふ、とっておきの作戦があるの」
ヴァルトハイム王国の救援作戦開始よ!




